この記事のフォーカス・イシュー
生活文化・様式
変わる産業とデザイン
2015.12.31
産業とデザインの可能性を見すえていくグッドデザインの、今後の進むべき方向を想定しながら、フォーカス・イシュー「生活・様式」の点から考えてみた。まず、第一に向き合わなくてはならないの、近未来の日本の産業の動向についてである。
インバウンドの急速な伸び
現在の日本は、工業生産すなわち「ものづくり」一辺倒の時代に別れを告げて、観光を基軸とする「価値創造」の産業へと変わろうとしている。人口減少と高齢化が進んでいる状況下では、負の要因を埋め合わせる活力として移民政策の是非などが議論されているが、一方では新たな光明が見えはじめている。
ひとつは世界の旅行者人口の推移。もうひとつは、訪日者人口の推移である。世界の旅行者人口は「うなぎ上り」という形容を使いたいほどの上昇基調にある。日本は、二つのオリンピックを経験することになるが、最初のオリンピック、すなわち1964年頃は、国境を越えて世界を移動する人々の大半は欧米人であった。しかし、徐々に、アジア中東などの移動人口が増え、ここ数年は中国人旅行者も加わり、増加傾向に拍車がかかっている。これは、世界の産業における「観光」の比重が急速に高まっていることを意味している。ある国を訪れる人が生み出す消費は、その国の「輸出」に相当するわけであるから、インバウンドが増え、多くの消費を国内で行ってもらうことは、輸出を増やし外貨を稼ぐことと同義である。急増する旅行者をいかに呼び込み、産業化できるかという視点が、これからの日本の産業振興にどのような意味を持つかは、もはや自明であろう。
日本への渡航者数も基本的に上昇基調で、ここに来てその傾向は一段と加速している。2度下がっている年はリーマン・ショックと3.11。昨年2014年の訪日者総数は1,400万人であった。日本政府の目標値と聞かされてきた2,000万人は、二度目の東京五輪の五年後、2025年あたりであったが、驚くべきことにこの数字は、今年2015年に達成される可能性が出てきたと言われている。急速なインバウンドの伸びである。
日本の経営資源
観光資源の要は以下の4点であると言われている。1:気候 2:風土 3:文化 4:食。東アジアの東端に南北に連なる列島には変化に富んだ気候がある。国土の大半は樹々に覆われた山で、上質で豊かな水に恵まれている。列島全体が火山帯で、いたるところに温泉が湧き出している。千数百年の間、ひとつの国であり続けたことによる極めてオリジナリティの高い文化を持ち、ホスピタリティのきめ細やかさと洗練においても世界のトップクラス。また「和食」は、世界の食がまさに注目し始めた「旬」と「うまみ」を標榜する高度な技術・サービス体系を確立している。低価格の食も味や安全性の点で、高い水準に達している。つまり観光立国を果たすには、日本は十分すぎる資源に恵まれているのである。日本を訪れる人々はその価値を知っている。しかしながら、なぜか日本は今日まで「観光」に正面から向き合ってこなかった。その理由はおそらく、戦後の国策として工業立国を果たし、その成功すなわち高度経済成長の余韻が色濃く漂っていたからであろう。「観光」は途上国の産業であり、工業技術において日本の後ろを歩く国に任せておけばいいのではないかという、暗黙の軽視がその理由だったのではないかと考えられる。
しかしながら、状況は変わり、日本を訪れる人々と、その増加傾向が、日本の魅力と可能性を明確に示唆しているのである。「移民」ではなく「旅行者」が、これからの産業を支えていきそうである。フランスを訪れる観光客の数は6,500万人。日本の現状は1,400万人であるが、潜在する実力値として8,000万人から1億人が想定できると言われている。戦後70年間、工業化に向けて、日本は国土を「工場」にように開発してきた。沿岸をコンクリートで固めて港湾化・コンビナート化し、高速鉄道網や高速道路網を整備して、物流のインフラを整えた。そろそろ発想を切り替えて、国土を徹底的に掃除し直し、外からの来訪者を迎え入れる国として、磨き直さなくてはならない。デザインが活躍するのは、まさにこうした局面であろう。したがって、グッドデザインのあり方も「製品のデザイン」のみならず、訪問者に向けて「国土と環境のデザイン」という観点から、見直していく必要がある。これは「生活・様式」というイシューの向こうに見えてくる根本的な「グッドデザイン」の捉え直しを示唆するものであり、活動の根幹を問い直すものでもある。こうした視点から、本年後の応募案件を眺めてみたい。
空き家とインバウンド
住生活の領域では、空き家の再生、シェアリング、高齢者コミュニティという観点での提案が増えてきている。「空き家」は問題というよりも新しい可能性でもある。社会問題は見方を変えれば「可能性の芽」である。たとえば地域の「空き家」は、激増するインバンウンドに対応する宿泊施設と考えると、途端に光が差して見えてくる。
宿泊サービスを展開するAirbnb(エア・ビー・アンド・ビー)という米国企業がある。空いた家や部屋を、宿泊用途に貸し出す仕組みである。貸し出される空間は利用者によって格付け評価されるが、これを貸し出す方も利用者を格付け評価する。利用の仕方が乱暴だといい評価は得られず、いい評価を得ていないと思い通りの物件に泊まれない。かくして「優れた物件」と「気持ちのいい利用態度」は自動的にふるいにかけられ共進化することとなり、欧米を中心に利用者が急増し、物件の登録件数は190カ国3,400都市、150万件を超え、利用者の数も4,000万人を超えた。日本にもこのサービスは上陸し始めたが、Airbnbは、東京や京都はもとより、さらに日本の深部へと入り込もうとしている。日本のオリジナリティを堪能したい外国人にとっては、日本の一般家屋や古民家は魅力的である。一方で地域は空き家に頭を痛めている。二つの与件を付き合わせれば、おのずと答えが出る。もちろん、これは一例に過ぎないが、このような状況を調停していくところに、デザインの介入を期待したいところである。
一般住居については建築家自身による設計提案が大半を占めるが、古い建築を再利用するリノベーションが加速していく状況の中では、「住まい手自身の能動性」を助長し、「住宅リテラシー」を育成していく、広義の意味での「教育的アプローチ」が待たれている。自分の住まいを自分で考えていく能動性、積極性が、今後の日本の住環境の向上には欠かせない視点である。
異界ホテルとエネルギー
日本は四方を海に囲まれ、素晴らしい景観を堪能できる国立公園は沿海地域に多い。しかし半島の先や島々など、いわゆる異界にはエネルギー、移動手段、通信などのインフラが整備されていない。コストをかけてインフラ整備をするのではなく、テクノロジーと知恵で、こういう場所に新しい発想の小規模ホテルなどが構想されていいのではないかと思う。日本には世界に誇れる旅館は少なくないがホテルは非常に少ない。リゾートの考え方も植民地を持っていた国々の亜流である。環境負荷を低く抑えつつ、自然環境を壊さず生かせる、日本独自の宿泊施設やサービスが待たれている。水素エネルギー車「ミライ」は、大きなエネルギーの発電量が魅力で、単なる移動手段を超えて、異界に設えられた別荘などに、電気と情報を送り込む手段と考えると面白く見えてくる。
日本の深部への旅客移送
都市間の大量移送もさることながら、風光明媚な日本の深部へと外来者を運ぶ、新しい移動インフラの構想が待たれるところである。新幹線や空路は、もっぱら都市間移動で、その先の日本へと外来者移送するサービスは、ないか、極めて細い。箱根の登山鉄道など、地域の移動サービスプロジェクトは、明快に外来者を意識することでもっと焦点の定まったデザインが見えてくるはずだ。
子供を送迎するタクシーサービス「エキスパート・ドライバー・サービス」は、自動運転とは異なる視点で、人的サービスの優位をふまえてタクシーサービスを再定義している点で可能性を感じた。
モーターボートのデザインが2点(レジャーボート「242 Limited S」、プレジャーボート「PONAM31」)あったが、海に囲まれた国としては、こうした「海の乗り物」の圧倒的な先進国でありたい。そういう意味で、次年度以降にさらに期待したい。
2シーターのスポーツ車「マツダ ロードスター」は、単独のデザインというより、このような「走る快楽」をどのようなサービス連携で、外来者に堪能してもらえるかを考えてみるとどうだろうか。
旅客へのインフォ・デザイン
移動空間の結節点である駅や空港は、人の誘導を円滑にそして心地よく誘うための、サイン計画などが新たなテクノロジーの導入とともに、総合的な視点で行われるべきである(「成田空港第三ターミナル」)。駅のサインや、プラットホームの電動壁面など、断片的な提案はあるのだが、総じて大局的な視点が乏しい。これは大局観で解決できる明快な課題ではないだろうか。
物流サービスの可能性
物流サービスでは、宅配便のクルマが道の駅へと農産物を輸送するサービスを並行させるプロジェクト(道の駅「ソレーネ周南」)に、小さいながら、ぽっと心に灯がともるような、あたたかい可能性を感じた。今日の日本の物流サービスには圧倒的な可能性を感じている。最後は人の手を介するきめ細やかな物流サービスが、高齢社会や観光の問題に明るい光をもたらしそうに思われるからだ。冷蔵庫の未来形は「ドアが向こうからも開く」という指摘がある。つまりプライベート空間の内側で、自分のための食材を自分で冷蔵管理するだけではなく、外のサービスに食材管理をゆだねるという発想である。
これには高度なセキュリティと物流の管理が必要になるが、このような、テクノロジーとサービスの信頼性を融合できる可能性をもった国として日本はその先端にあり、また社会状況もこのようなサービスによって解決できる問題としてそこにある。少量で細やかに生産されるものを、人々に、きめ細やかに、確実に届ける仕組みが、未来の日本の安定を生み出していきそうな気運である。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc91cd7-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc92492-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc937aa-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc93a65-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc94264-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc943b2-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dcc00d5-803d-11ed-af7e-0242ac130002原 研哉
デザイナー | (株)日本デザインセンター 原デザイン研究所 代表取締役 社長
1958年生まれ。デザイナー、日本デザインセンター代表、武蔵野美術大学教授。「もの」のデザインと同様に「こと」のデザインを重視して活動中。2002年より無印良品のアートディレクションを担当。また『RE DESIGN』『HAPTIC』『SENSEWARE』など価値観を更新していくキーワードを擁する展覧会を数多く手がける。近著『Designing Design』、『白』は世界各国後に翻訳され多くの読者を持つ。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時