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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

環境改善に寄与するデザイン

環境問題にプランBはない。今後デザインに求められる高い公共性

2020.10.30


デザイナー、クリエイティブディレクターとしてSIMONEの代表を務めるムラカミカイエがフォーカス・イシューのディレクターに就くにあたり掲げているテーマは「環境改善に寄与するデザイン」。表面的な「環境問題への配慮」が問題視され、正確な情報が広く行き渡っているとは言えない現在の状況下で、どのようなデザインが評価に値するのだろうか。先日行われたベスト100に選ばれた受賞者によるプレゼンテーション聴講後に、改めて今回定めたイシューテーマについて語ってもらった。

経済と環境。2つの面から見えてくる環境問題を意識したデザイン

環境問題は、あまりに深遠なテーマで、情報も多岐にわたるので、一人ひとり、見えている景色や捉え方が全く違います。しかし、そういった違いはあるにせよ、いま人類にとって最も重要な課題であるのは自明で、選択肢として「プランB」は残されていないということも含め、誰もがその深刻さを認めざるを得ない状況にあります。そんななかで、いま最も有効であるだろうというデザインはもちろんですが、未来に繋がる種となる取り組みも大切にしたい。そんな気持ちで審査にあたりました。

今回のベスト100 には、直接的に環境改善や廃棄の問題を考えて、次のスタンダードの社会インフラを示す取り組みもありましたし、再生素材を中心に構成されたプロダクト事例もあったりと、大なり小なりこのテーマに適合するエントリーが沢山ありました。その観点で、すでにあらゆるデザインが環境に対する意識のもとに作られ始めていることを確認することができました。

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ムラカミカイエ

実に多様なエントリーがありましたが、それらを3つの視点から読み解こうと考えました。まず、「知る」や「学ぶ」に繋がる文化的視点。次に、直接的な改善に寄与する機能的視点。最後に、持続性をふまえた経済的視点。それぞれ異なる視点を基にインパクトのあるデザインを評価しました。

まず、ひより保育園のレシピ本 『「ひより食堂」へようこそ 小学校にあがるまでに身に付けたいお料理の基本』は、一見このテーマと関係のなさそうな取り組みですが、エネルギー効率の悪いフードロス問題は、非常に深刻な問題の1つで、「知る」や「学ぶ」という分野が弱い日本のなかで、幼い頃から食育によって環境意識を育てる素敵な取り組みの1つでした。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e24efda-803d-11ed-af7e-0242ac130002

また、世界初の「持ち運べる水再生処理プラント」を謳う自律分散型水循環システム 「WOTA BOX」は、気候変動によって起こる災害対策を意識したものですが、同時に世界的な水不足を解決する1つのきっかけになるであろう、画期的な取り組みです。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e8f7f-803d-11ed-af7e-0242ac130002

さらに「ソーラータウン府中」は、エネルギー問題やライフラインの小規模化や分散化の点で先進的な取り組みでした。日本国内でのエネルギー問題は非常に繊細で、原子力を止め、石炭や火力に頼ると、たとえ電気自動車が増えても、電気を作る時点で二酸化炭素を出しているので本質的な解決に至らないのではないか?という議論があります。そんななか、こうした地域内やマイクロコミュニティでエネルギー問題を解決し、また環境の大切さを伝え、維持していく取り組みは非常に有効であると感じました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e347e63-803d-11ed-af7e-0242ac130002

具体的なインパクトの大きさでは、循環型ショッピングプラットフォーム「LOOP」と、アパレル産業のサーキュラーエコノミーを推進する「BRING」に尽きます。

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「LOOP」は環境問題を意識の高い人だけのものにしないという点で非常に野心的で、効果的な社会実装を目指しているビジネスモデルです。すでに数か国の都市部で導入されており、日本でも多くのナショナルブランドが参画することが発表されていて、近く実施される予定の取り組みとして注目しています。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e379e51-803d-11ed-af7e-0242ac130002

そして、「BRING」は「服から服を作る」というシンプルなメッセージの下に産まれた、画期的なソリューションです。先日、フランス企業である Axens と IFPEN との事業提携を発表し、技術ライセンサーである両社と協業することで、この技術をシェアし、世界のアパレル産業の不良在庫問題に取り組んでいくという積極的な企業姿勢を含め、評価しました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e6dbc-803d-11ed-af7e-0242ac130002

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いまアパレル産業では、不良在庫問題が大きな問題となっています。例を挙げると、1990年当時、作られたアパレル製品の約98%は売れ残ることなく消化されていましたが、現在は作られた製品の約60%が売れ残り、他国にゴミとして送られるか、廃棄されています。また、アパレル製品の60%超が石油由来の原料で作られている状況下で、それらを再生できる技術開発は、ファッション産業のみならず、環境視点で非常にインパクトが大きい取り組みです。

今後、デザインに関わる人すべてが目を向けるべきこと

さきほど「プランBは無い」と言いましたが、一方で、いまも環境問題に関する情報が広く行き渡っているわけでありません。現在のような社会の転換期には、「エコ」という言葉が一人歩きし、それを謳う活動が「グリーンウォッシング(表面的な環境問題への配慮)」に使われたりと、個々の取り組みに実質的な価値がどれほどあるのか、専門家ですら分かり得ない状態が生まれています。

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そうしたなかで、街中の信号や横断歩道のように、「いつの間にか人や社会がその仕組みを当たり前のように使っている」というような、一過性のトレンドに終わらない長期的視座に立った公共性の高いデザインが求められているのかもしれません。「BRING」や「LOOP」はそうした存在になり得るという点で、個人的に高く評価しました。

環境問題を考えるうえで、当然、今回のコロナ禍は大きな出来事でした。世界的な交通網の停止によって、光化学スモッグに覆われていたはずのインドでは数十年ぶりに遠く離れたヒマラヤ山脈を眺めることができ、オーストラリアでは多くの動物が街に降りてくる、といった事例が報告されるなど、コロナ禍は、地球に本来あった姿を一瞬でも垣間見させることができました。この経験は、人類が今後どのように行動していくのかを推し量る意味でも、このパンデミックの時間には少なからず意義があったのではないかと感じています。

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また、コロナ禍における変化では、急速に進んだデジタル化、オンライン化にも注目していました。リモート技術を通じた、脱物質主義的なものづくりの可能性も垣間見られ、デジタルファブリケーション技術の進歩によってクリエイティブな活動は一定程度できる、ということも実証されました。

そうしたなかでは、モノの削減や循環だけでなく、物質や私たち自身が移動することで生じる環境リスクがあることにも、目を向ける必要があります。そういった視点も踏まえながら、どのようにオンライン技術を活用した新しいものづくりに向かうのかということも、今後デザインに関わるすべての人に与えられた課題なのではと感じています。

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ムラカミ カイエ

デザイナー/クリエイティブディレクター|SIMONE 代表

株式会社三宅デザイン事務所を経て、2003年 SIMONE 設立。国内外の企業に向け、デザイン、ビジネス、テクノロジーを融合した実践的なクリエイティブ・コンサルティング、ビジネス・デヴェロップメントを行う。主な仕事: LOUIS VUITTON、LEXUS、UNDERCOVER(キャンペーン)、 Parfums Christian Dior、adidas、資生堂、三越伊勢丹(商品開発、パッケージ、広告)、 GSIX、THE PARK-ING、UNITED ARROWSほか(WEB&APP開発)、 受賞歴:Cannes Lions GOLD、NY ADCほか。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時