審査委員長・副委員長対談
「2021年度フォーカス・イシュー」を考える
“社会のあるべき姿”を提示する──安次富隆×齋藤精一が語るグッドデザイン賞フォーカス・イシューの意義
2021.10.20
デザインとはなにか──これほど回答が一意に定まらない問いもそうないだろう。
単なる「意匠」を意味する時代はとうに過ぎた。サービス開発や組織づくり、あるいは経営も、もはやデザインの対象としては一般的だ。さまざまな領域においてその力が求められるようになったデザインは、これから社会においてどのような役割を担っていくのか?
「デザインを『社会のあるべき姿を提示するもの』へ変えていかなければならない」──そう答えたのは、グッドデザイン賞の審査委員長・安次富隆と副委員長・齋藤精一。2021年度のグッドデザイン賞二次審査会の真っ最中のことだ。二人は、「社会のあるべき姿を提示する」役割を負わせるカギに、「デザインが今向き合うべき重要な領域」を定めたフォーカス・イシューを挙げる。グッドデザイン賞、そしてフォーカス・イシューから読み解く、デザインの現在地と未来とは。
デザインに求められる、ニーズの“その先”
齋藤 「デザインはこれまで、社会のニーズを汲み取り形にする役割を担ってきました。しかし、それだけではいけない時代になりつつある。人々の欲望が、必ずしも社会を正しい方向へ導くとは限らない。だから、『みなさんはこういうものを求めているかもしれないが、こちらを取り入れてみるのはどうか』という提案が必要なんです」
2015年からグッドデザイン賞の審査に携わり、自らもパノラマティクス(旧ライゾマティクス・アーキテクチャー)を主宰するなど、最前線を走り続ける齋藤は、「デザインの現在地」をこう語る。齋藤がこう考える背景には、デザインは先を見せる役割を“果たせるようになった”という社会変化もある。そのきっかけのひとつに挙げるのは、DXの潮流だ。
齋藤 「近年、さまざまな領域でDXの重要性やインパクトが語られるようになりましたが、デザインにおいてもその影響は大きい。最も大きな変化は、小さな組織・資本でも社会に大きな影響を与えうるものを生み出せるようになったことです。
これまでは、社会へ価値を届けるには、大きな組織・資本による大きな動きが不可欠でした。しかし、DXによって、小さな組織でも社会へ一定規模の価値を提供可能になった。すると、顕在化したニーズだけに限らず、これまではすくい取れなかった小さな声にも耳を傾け、『こんな可能性もあるのでは』と、社会へ投げかける動きが可能になったんです」
実際、受賞作やベスト100選出作にも、小さな組織が生み出したものが増えている。例えば、2020年度に大賞を獲得した、自律分散型水循環システム『WOTA BOX』も、新興のベンチャー企業が手がけたプロダクトだ。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e8f7f-803d-11ed-af7e-0242ac130002業界における「北極星」としてのグッドデザイン
その齋藤の想いは、2021年度のグッドデザイン賞のテーマ「希求と交動」にも現れている。この言葉は安次富と齋藤が二人で考案したもので、「希求」を安次富が、「交動」を齋藤が選んだ。
安次富 「2020年度のテーマは『交感』でした。デザインしたものを届ける先の『誰か』が、何を思っているのかを捉える必要があると示すために『交感』という言葉をかかげたんです。ただ、当時はどのような思いを捉えるべきかまでは提示しなかった。それを、2021年で表明したわけです。捉えるべきは、誰かの希う(こいねがう)気持ちだ、と」
安次富が特に“捉えるべき”と考えるのは、「声にならない願い」だ。先ほど齋藤が指摘したニーズは、「声になった願い」。しかし、社会には声の小さな人や、声を持たない人もいる。そういった人たちの希う気持ちを汲み取り、寄り添うことが、デザインには求められている。そういった想いも込め、「希求」という言葉が選ばれた。
齋藤 「安次富さんから『希求』という言葉を聞いたとき、こんなイメージが浮かびました。人々のベクトルの向きはバラバラながらも、同じ一つの光、つまりは社会のあるべき姿に向かっているイメージです。
『脱成長』や『脱炭素』のように、近年は『脱〇〇』という言葉をよく聞くようになりました。これは『今いるトンネル(=現状)から抜け出したい』という感覚が社会全体で強くなっている表れでもあると感じます。人々が共有している『現状を抜け出さねば』と希う気持ちを汲み取り、共に出口へ向かっていく。『希求』からはそんな想いが感じられました」
齋藤は、そのイメージに「交動」という造語を重ねた。
齋藤 「僕は、グッドデザイン賞の役割の一つは『デザインの北極星になること』だと考えています。プロダクトもサービスも都市計画も含め、すべてのデザインに共通する、進むべき方向を示す。そのために“交動”——すなわち、さまざまな人や事象と交わりながら、そこで得た知見やインスピレーションをもとに行動してる人や、その人がつくったものにスポットライトを当てたいと思ったんです」
北極星は、未来を見据える土台でもある
安次富は、齋藤の「北極星」という言葉を別の側面から捉える。
安次富 「一般的に北極星という言葉は『目指すべき方向を示すもの』として使われますが、私は『自分の立ち位置を示すもの』とも捉えられると考えています。齋藤さんの言葉を捉え直すと、グッドデザイン賞はデザインの『現在地を示す』ともいえる。その役割から考えると『フォーカス・イシュー』は重要な存在になると言えますね」
多様なデザインを扱うグッドデザイン賞の審査プロセスでは、応募作に込められた意図や思想、それが描く未来図まで踏み込み議論を重ねる。その過程では、領域を問わず次なる社会に向けた課題や可能性を発見することもある。それらを見出し、伸張させていく役割として生まれたのが「フォーカス・イシュー」という取り組みだ。
デザインがいま向き合うべき重要な領域を「フォーカス・イシュー」と定め、イシューについて議論を深めるための特別チーム(フォーカス・イシュー・ディレクター)を編成。チームは、審査ユニットを横断して応募対象を観察、「これからの社会における可能性」や「デザインの役割と意義」について議論し、審査後に各イシューにおける「課題や今後の可能性」を「提言」として発表する。2015年からはじまり、毎年複数名のディレクターがそれぞれのテーマを探求してきた。
安次富の言葉を受け、齋藤は「あるべき姿の提示」に対する観点を補足した。
齋藤 「デザインがあるべき姿を提示する上でも、フォーカス・イシューは重要な役割を果たします。行き先を考えるには、まず現在地を知らねばなりません。その解像度が高いほど、正確に未来への思考を深められる。その意味で、フォーカス・イシューは未来を見据える土台と言えるかも知れません」
5つのテーマが問いかけるメッセージ
これら5つのテーマは、イシュー・ディレクター陣各々が、自身の経験やバックグラウンドをもとに“今向き合うべき”と考え得要素を抽出し設定する。安次富はこれら5つのテーマを以下のように解釈したという。まずは『完成しないデザイン』について。
安次富 「本来、デザインは“完成しない"もの。『本当にそのデザインで良かったのか』という問いは完成後ずっと続きますし、『このデザインは現代において本当にいいものか』という問いは常に持ち続けねばならない。たとえばペットボトルも発明された当初は良いデザインだったかも知れませんが、近年はそれが問い直されている。
"完成"への意識が強くなればなるほど、デザインは矮小化されかねない。『完成しないデザイン』はそれを理解した上で、理想やあるべき姿に向き合うことを求めるメッセージだと受け取りました」
「完成しないデザイン」に向き合う覚悟や、高い目標を追い続けるための希望を与えてくれるのが、2つ目の『時間がかかるデザイン』だという。「そもそも、デザインは時間がかかるもの。だから、安心して時間をかけよう」と伝え、目先の“完成”にとらわれない勇気を与えてくれるものだと、安次富はこのテーマを解釈している。
3つ目の『将来世代とつくるデザイン』は、「“未”来世代」ではない点が肝という。
安次富 「『未来』という言葉は時間軸しか表しません。ですが、『将来』を辞書で引くと、それに加え『ある状態や結果をもたらすこと』という意味も持つ。つまり『将来世代』は『これから何かをもたらす、成し遂げる人たち』を意味するんです。そこには若い世代だけではなく、たとえば『これから何かをもたらす』お年寄りも含まれる。このテーマには、そんな『将来世代』の人々と現在の課題を考えなければ、理想の未来はつくれないというメッセージがあると感じました」
4つ目は、「まなざしを生むデザイン』。フランスの哲学者・サルトルが自己と他者の関係性を論じる際に「まなざし」を重要なテーマとしたように、この言葉は単なる「視線」以上の哲学的な意味を持つと安次富は言う。
「“まなざす”ということは、まなざす主体が客体の存在を認知している、言い換えれば『気にかけている』ことでもある」。客体の希う気持ちを感じ取る非言語コミュニケーションに「まなざし」がある。まなざすことから、「希求と交動」は始まるのだ。
5つ目は、『共生のためのデザイン』。これは「とても難しい問いを孕んでいる」という。
安次富 「みんな『共生することが大事だ』と言いますよね。しかし、現実は理想とはかけ離れたものになっている。本来、共生は『自らにとって不快なものや、異質なものも含めて共に生きること』を指すのに、近年は不快なものや異質なものを排除する力が強く働いているからです。例えば、コロナウイルスに『打ち勝とう』としている時点で、それは共生の理念から離れてしまう。とはいえ、共に生きるべきなのか……。『共生のためのデザイン』は、この難しい問いと向き合おうというメッセージだと捉えています」
デザインの「当たり前」を改めて深める意義
これらの5つのテーマは、一つのメッセージに集約できると安次富は考える。「時間がかかるとしても、言葉を超えるまなざしによって、共に生きるために“完成”の先にある高い目標へ向かい、将来世代とデザインを続けていこう」──フォーカス・イシューはそう語りかけるという。
一方、齋藤は5つのテーマから、「当たり前のことを言い続ける重要性」を感じた。
齋藤 「穿った見方をすれば、これらのテーマはすべて『当たり前のこと』とも捉えられます。ですが、むしろ今は『当たり前』の重要性を改めて伝えるべき時代なのかもしれない。グッドデザイン賞ができてから60年以上が経ち、デザインの重要性は行政や経営などさまざまな領域に浸透しました。デザインが社会における『当たり前』なりつつある今だからこそ、デザインにおける『当たり前』を、改めて深めるべきなのでしょう」
また齋藤自身、フォーカス・イシューのテーマから「デザインはもっと情緒的なものでいい」というメッセージを受け取ったそうだ。
齋藤 「『◯◯を何%にするためのデザイン』といったような、数値目標を含むテーマではなかったことは重要だと思っているんです。デザインは数字だけでは測れません。数値化できない情緒的なものの価値を『北極星』としてまとめてくれた意義は大きいと思っています。
これは、これまで話してきた『あるべき姿を提示する』役割を担うことにも通じる話。潜在的な希求って、数値化できないじゃないですか。でも、『数値化できないから重要ではない』はずはない。『数値化できないけど、重要なこと』を示すという意味でも、フォーカス・イシューは役割を担っていると感じています」
安次富 「デザインの意義は、数値ではないところにこそ現れますからね。今年のグッドデザイン賞に出品されたプロダクトやサービスにも『こういったニーズがどれくらいあったから』ではなく、『こういった社会にしたいから』を起点に生み出されたものが多くありました。デザイナーの『目指す先』は、確実に変わってきている。そう実感しています」
今を「激動の中」と表するのは簡単だ。確かに、コロナ禍で私たちの生活は大きな変化を余儀なくされた。インタビューの場となった二次審査会も、感染対策を入念に行い、例年とは大きく異なる様相を呈していた。
ただ歴史を振り返ったとき、穏やかで変化の少ない時代など、どれほど存在していただろうか。少なくともグッドデザイン賞が誕生した約60年前から、常に社会は変化を続けてきている。
これは、デザインが社会の中で果たすべき役割の変化という意味でも同様だ。デザインは常に変わり続けなければいけない。その北極星でもあるグッドデザイン賞、そしてフォーカス・イシューは、2021年どのような役割を見せるのか。年度内まで続く一連の活動を、楽しみにしていて欲しい。
鷲尾 諒太郎
ライター
今井 駿介
フォトグラファー
小池 真幸
インタビュー/エディター
designing編集部