2023年度フォーカス・イシュー
新審査委員長が語る2023年度の展望
デザインの「シンクタンク」に。 グッドデザイン賞フォーカス・イシューを刷新した理由──新審査委員長・齋藤精一
2023.05.23
グッドデザイン賞では2015年度より、審査を通じてデザインの新たな可能性を考え、提言する活動「フォーカス・イシュー」が行われてきた。
一方で、デザインおよびグッドデザイン賞に求められる役割は、年を追うごとに拡大・変遷し続けている。こうした変化を踏まえて、2023年度グッドデザイン賞では、フォーカス・イシューの仕組みが大きく変わる。
オーソリティからフロンティアへ──以前別記事でも深堀りしたように、デザインの社会的使命の変遷に伴ってその役割を変化させてきたグッドデザイン賞、そしてその変化が如実に反映されたフォーカス・イシューだが、このタイミングでいかなる変革がなされるのか?
今年度より新たに審査委員長に就任した齋藤精一が、フォーカス・イシューのアップデート内容と、そこに込められた想いについて語る。
グッドデザイン賞の役割は「大きな文脈をつくる」こと
グッドデザイン賞ができてから、約65年。
この間「デザイン」の役割は移ろい続けてきましたが、それに応じて、グッドデザイン賞の果たす役割もさまざまに変遷してきました。
1957年に通商産業省(現:経済産業省)によって設立された当初、グッドデザイン賞(当初は「グッドデザイン商品選定制度」)は消費者に安心・安全な品質を保証し、国内のIP(知的財産)を適切に管理するための認証制度でした。そのため当時の評価対象は「アウトプット」そのもの、すなわちプロダクトが中心でした。
次第にその背後にあるプロセスや素材、環境や社会に対する貢献性などが評価されるようになり、いまや有形のプロダクトから無形のサービスや取り組みに至るまで、受賞作は非常に多岐にわたっています。
そして現在、デザインを「モノか、コトか」の二元論で語ることは、もはや無意味になっていると感じます。最終的なアウトプットがプロダクトのような「モノ」になったり、サービスや社会活動のような「コト」になったりはするものの、モノの背後にはコトがあり、コトの背後にもまたモノがある。どちらが入り口になっているかの違いだけで、すべての作品に「モノ」と「コト」の両方の要素が備わっているはずだからです。
2023年度のテーマである「アウトカムがあるデザイン」も、こうした課題意識のもとに設定しました(参考)。
これだけデザインが多様化し、「認証」はもはや重要ではなくなった時代、グッドデザイン賞が果たすべき役割は「大きな文脈をつくる」ことではないでしょうか。新たに審査委員長を拝命したいま、私は改めてその思いを強くしているのです。
私は2015年からグッドデザイン賞の審査に参加していますが、応募作品の傾向は毎年大きく変わります。それはつまり、毎年新たなデザインの“うねり”が起こっているということ。そしてグッドデザイン賞では、その“うねり”をさまざまな角度からとらえ、文脈として提示してきました。
たとえば、2018年に大賞を受賞した「おてらおやつクラブ」。当時私は審査副委員長を務めていましたが、私も含めて多くの人が、このような“しくみ”が大賞を受賞するとは思っていなかったのではないでしょうか。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e00fe69-803d-11ed-af7e-0242ac130002本作に対する審査委員たちのフィードバックを聞いていると、既存の組織・人・もの・習慣をつなぎ直すことで機能する仕組みの美しさが伝わってきて、いわゆる「ソーシャルデザイン」というものの1つの完成形を見たような感覚がありました。
グッドデザイン賞の審査というのは、単なる機械的な投票の連続で行われているわけではありません。膨大な議論の結果として、受賞作が“抽出”されているのです。
その背後に起こっているうねりを精緻に分析し、よりはっきりとした文脈として社会に提示することで、グッドデザイン賞はさらに進化していけるのではないだろうか。審査に関わるようになって以来、常々そう考えてきました。
グッドデザイン賞を「シンクタンク」に
受賞作の背景にある“うねり”をより精緻に分析し、そこから社会はどの方向に向かうべきなのかを提案する。別の言葉で表現するならば、私はグッドデザイン賞を「シンクタンク」のような存在にしていきたいと考えているのです。
こう考えるに至った背景には、「国内にデザインのシンクタンクがあまり存在しない」という課題感があります。
経済や少子高齢化、DXについて研究やコンサルティングを行っている企業は少なくありません。一方、デザインやものづくりの領域において、みんなで歩調を合わせながら世の中をよりよく変えていこうという視点で調査・研究を行っている機関はあまり目にしない。
たとえばイギリスでは、科学・技術・芸術の3分野における先駆的なプロジェクトや人材育成の助成を行うNESTA(英国国立科学・技術・芸術基金 / National Endowment for Science, Technology and the Arts)という政府機関より、その年のイノベーションの動向に関する詳細なレポートが発表されています。毎年横断的にデザインを見ているグッドデザイン賞なら、そうしたデザインのシンクタンク的機能を担えるのではないかと思いました。
それによって、業界や企業の枠を超えた「共創(コ・クリエーション)」を行うために不可欠な「規範」を提示できるのではないかと考えています。
たとえば、昨今デザインの分野でも環境や社会への負荷が少ない素材の検討が必須になりつつありますが、プラスチック素材ひとつとっても、考え方はいくつもあるはずです。これに対して、「この素材を使用しなさい」と法律や条例で定めるのも1つの方法ですが、行政府の中に常にその分野の専門家がいるとは限らない。何よりこのやり方では、ステークホルダー皆が納得のいく“スタンダード”、すなわち共創の前提となる共通理解が形成できないのではないでしょうか。
共創を実現するためには、トップダウンで基準を下ろすだけでなく、民間の側からアクションを起こし、コンセンサスを形成していく必要がある。さまざまな業界の企業・団体に参画いただいているグッドデザイン賞は、そのための合意形成の場として機能するのではないかと思っています。
フォーカス・イシュー変更点(1):テーマは審査後に抽出する方式に
「デザインのシンクタンク」というビジョンを実現するため、今年はフォーカス・イシューに、これまでの良さはそのまま引き継ぎつつも、大幅なアップデートを加えました。
変更点は、大きく3つ。
1つ目は、“テーマ”の意味づけ。事前にテーマを設定する方式から、審査を通じて得られたインサイトからテーマを抽出する方式へと変更します。
2015年度に始まった当時は、「地域社会」「震災復興」「教育」といった領域ごとにテーマが分かれていました。2020年度からは、フォーカス・イシュー・ディレクターの方々が、より自由にテーマを設定するような方式になりました。
一方で、私がこれからやっていきたいと思っているのは、毎年起こるデザインの“うねり”をとらえ、分析すること。そのため今回、審査が終わった後に、総括としてテーマを抽出する(=その年の“うねり”が何だったかを言語化し表現する)方式に変更したのです。
フォーカス・イシュー変更点(2):「デザイン」外の視点をより取り込める体制に
2つ目は、体制面の変更です。
2022年度までは、審査委員の中から選ばれた数名のフォーカス・イシュー・ディレクターが、それぞれ独自の視点で作品を考察する形式を取っていました。
しかし今年は、委員長・副委員長の3名が従来のフォーカス・イシュー・ディレクターを務め、そこに外部有識者として3名のフォーカス・イシュー・リサーチャーの方に加わっていただく形になりました。
その理由は、フォーカス・イシューにデザインから一歩引いた視点を取り入れるためです。
「審査に外部有識者の視点を取り入れる」という試みは、去年まで「外部クリティーク」(編注:グッドデザイン賞を客観的な視点で見てもらうため、人間の生活や所作、社会の仕組みについて異なる学問分野から関わってきた識者に参加してもらっていた制度)という仕組みで行っていましたが、これはフォーカス・イシューとは独立したものでした。たとえば2022年度は、美学者の伊藤亜紗さんや人類学者の中村寛さんに参加いただき、グッドデザイン賞全体を俯瞰しながら対話を重ねていただきました。
そこで生まれたクリティークたちの思考や言葉は、これまで対談記事などの形で発信していたのですが、これらをちゃんとした書面に落とし込み、残しておきたいと思いました。また、「外部」クリティークではなく「内部」リサーチャーとして、デザインから一歩引いたそれぞれの視点で作品を見ていただくことで、より多角的にデザインの変化を捉えられるのではないかと考えました。
こうした考えのもと、今年は外部クリティークではなくフォーカス・イシュー・リサーチャーとして、先にも触れた中村寛さん、野見山桜さん(デザイン史家・デザイン研究家)、林亜季さん(株式会社アルファドライブ執行役員・統括編集長/前Forbes JAPAN Web編集長)の3名に、フォーカス・イシューに参加していただくことになりました。文化人類学、デザイン史、経済という視点から、デザインがどのように変化しているかについて考察していただこうと思っています。
また正副委員長がフォーカス・イシュー・ディレクターを兼任するのは、今年が新方式の1年目で、来年につながる事例をまずは自分たちでつくろうという意図によるもの。すべてのユニットの作品を網羅的に見ている正副委員長であれば、責任を持ってディレクターの役割を務められるのではないかと考えたのです。
フォーカス・イシュー変更点(3):「提言」は具体的なアクションを提案するレポートに
3つ目は、成果物の形式です。
これまで、フォーカス・イシューで得られた成果は、各フォーカス・イシュー・ディレクターによる「提言」という形でまとめてきました。
しかし、これからは「提言」という形にこだわらず、シンクタンクによる1本のレポートのような形にまとめていければと考えています。
2022年度までの提言は、読んだ人自身にヒントを探してもらう側面が大きいものでした。今年度のレポートでは、今年こうしたデザインが出てきたということは、いまの社会にはこんなデザインがが求められていて、この領域に力を入れていく必要があるんじゃないか……という具合に、とるべきアクションを具体的に提案するものにしたいと考えています。
それを読むことで、ものをつくる人の次なるアクションが変わるような、寄りかかれる強度のあるレポートにまとめていければと思っています。
言い換えるなら、これまでのフォーカス・イシューが、審査の最後に「。(マル)」をつけるものだったとすれば、これからは「こうなってほしい」という「→(矢印)」をつけていくイメージです。
そうして、新しく起こった“うねり”を次の日、次の年へとしっかりつないでいく。それこそが、これからのグッドデザイン賞、日本デザイン振興会に求められる役割なのではないかと思っています。
いまデザインに求められる、共創のハブとなる役割
こうしたアップデートの背景には、デザインに対していま改めて寄せている「期待」もあります。
それは、デザインに、さまざまなセクター・領域を横断した共創のプロトコルとなってほしいという期待です。
デザイナーは、分断されている業界や企業の間を自由に横断し、まったく異なる領域の視点をコンバートすることができます。たとえば、使い古しのデニムを自動車の内装材にアップサイクルする、というような視点は、異なる業界を横断できるデザイナーだからこそ生み出せるものだと思うのです。
まったく異なる業界や企業が共創へと向かうには、その間をつなぐプロトコルが必要です。 そして、デザインにはその力がある。むしろこの共創を生み出すことこそが、デザインの本質である。
そう考えたとき、デザインに関わる人たちは、もっと意識的かつ積極的に、その役割を果たしにいってもよいのではないでしょうか。
自分の関わっている領域だけでなく、他の領域でも使えるようなものをつくり、共有し、コンバートすることで、領域を超えた共創のハブになっていく。さらに、そうしたアクションを、デザインという共通の属性にぶら下がる人たちが連帯して起こしていくことが重要だと考えています。
そうした連帯がいまならできるのではないかと思ったのは、僕がグッドデザイン賞の審査に入るようになったこの8年の間にも、横断的な議論と連帯の流れがどんどん生まれているからです。
「どちらの方向に進むべきか」という“羅針盤”を共有しながら、デザインに関わる人が連帯してアクションを起こしていく。よいものをよい素材とプロセスでつくり、それをよい状態で社会に実装することで、よりよい未来に向かっていく。
そうした流れをつくっていくことこそが、いまの日本においてデザインが果たすべき、大きな役割だと思っています。
齋藤精一
クリエイティブディレクター | パノラマティクス 主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。社内アーキテクチャー部門「パノラマティクス」を率い、現在では、行政や企業などの企画、実装アドバイザーも数多く行う。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。
今井駿介
フォトグラファー
1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。