2023年度フォーカス・イシュー
「勇気と有機のあるデザイン」を考える
経済合理性と公益性、環境配慮を両立させる、“全方良し”のビジネスモデル──Kuradashi・河村晃平 × 林亜季
2024.03.29
2023年度フォーカス・イシュー・リサーチャーを務める林亜季は、グッドデザイン金賞を受賞したソーシャルグッドマーケット「Kuradashi」を、「社会的にも、会社的にも、個人的にも『全方よし』のグッドデザイン、グッドビジネス」として興味深い事例に挙げた。ソーシャルグッドなビジネスであると同時にスタートアップとしても成功を遂げる同社のビジネスモデルはいかにして生まれたのか。取締役執行役員CEOの河村晃平に話を訊いた。
2023年、デザインが今向き合うべき課題を問い直し、提言する活動「フォーカス・イシュー」が刷新された。ビジョン「デザインのシンクタンク」を新たに掲げ、受賞作品の背景にある動向を分析して通底するテーマを抽出し、向かうべき方向を社会に示していく。
2023年度のテーマは「勇気と有機のあるデザイン」。フォーカス・イシュー・リサーチャーを務めるアルファドライブ執行役員統括編集長/前Forbes JAPAN Web編集長の林亜季は、グッドデザイン金賞を受賞したソーシャルグッドマーケット「Kuradashi」を、「社会的にも、会社的にも、個人的にも『全方よし』のグッドデザイン、グッドビジネス」として興味深い事例に挙げた。
ソーシャルグッドマーケット「Kuradashi」 Kuradashiは、楽しいお買い物で、みんなトクするソーシャルグッドマーケットとして、フードロス削減を目指し、まだ食べられるにもかかわらず捨てられてしまう可能性のある食品などを、おトクに販売しています。さらに、売り上げの一部を環境保護・災害支援などに取り組むさまざまな社会貢献団体への寄付やクラダシ基金として活用し、SDGs17の目標を横断して支援しています。楽しくておトクなお買い物が、社会に良いことにつながる。そんな、全く新しいソーシャルグッドマーケットを創出しています
Kuradashiを運営する株式会社クラダシは2022年6月にB corp認証を取得。その後、2023年6月30日にはIPOを果たしている。売上の一部を環境保護活動等の寄付や支援充てており、フードロス問題や地方創生に関心のある学生収穫支援や現地での関係交流などの支援を自ら実施したりする「ソーシャルグッド」なビジネスでありながらも、同時にスタートアップとしても成功を遂げる同社のビジネスモデルは、いかにして生まれたのだろうか。
林は取締役執行役員CEOの河村晃平に、経済的合理性と公益性、そして環境への配慮を全て成立させるKuradashiの“全方よし”のモデルが生み出された背景について訊いた。
事業利益とフードロス削減、寄付が連動するビジネスモデル
林 グッドデザイン金賞の受賞、おめでとうございます。Kuradashiはさまざまな理由により捨てられてしまう可能性のある食料品などをユーザーにお得な値段で販売してフードロスを削減しつつ、売上金の一部を社会貢献活動への支援や寄付に充てるいう仕組みのサービスですが、受賞してみての所感から伺えますか?
河村 選ばれるとは思っていなかったので嬉しかったですね。審査では「こんなに先端を行く良いモデルはなかなかない」と言っていただき、勇気をもらえました。
というのも、実はクラダシはちょうど二次審査に進む直前にIPOしまして。その際に、機関投資家をはじめ向き合うステークホルダーも増えてくる中で、「経済的な利益の追求に偏らず、公益性と経済性を両立させることはできるのか?」といったコメントをいただくこともあったんです。今回の受賞で、自分のやりたいことを自信を持って追い求め続ければいいのだと思いましたね。
林 すごいタイミングですね。こうしたKuradashiのようなビジネスモデルの企業は他にあるのでしょうか?
河村 環境に対する意識の高い欧米では結構増えていて、いい流れがきていると思います。ヨーロッパでは「Too Good To Go」という売れ残り商品を飲食店とマッチングさせるアプリがありますし、同様のビジネスモデルのユニコーン企業がアメリカでも生まれているという情報も耳にしています。
個人のパーパスにも寄り添うビジネス
林 受賞に際して、社内からの反応はいかがでしたか?
河村 Kuradashiのビジネスモデルとしてのデザイン性が評価されたということで、社内でも喜んでいる人が多かったですね。
私たちはミッションとして「ソーシャルグッドカンパニーであり続ける」、ビジョンに「日本で最もフードロスを削減する会社」を掲げていて、社員の多くがこれらに共感し入社を決めてくれています。受賞によって、そういったクラダシが目指している姿が一つ形になったのは、大きなモチベーションに繋がったのではないでしょうか。
近年ではグッドデザイン賞の受賞だけでなく、B Corp取得、環境大臣賞、農林水産大臣賞など多方面から活動が認められはじめています。それによって社員たちは、自分たちの手がけているビジネスが社会性/環境性/経済性、全てにとって優れた三方良しの形なのだと、自負を持って事業に取り組めるようになったと思います。
林 昨今は経営において、会社のパーパスはもちろん、従業員個人のパーパスも非常に重視されていますが、社員の方が自分の仕事に社会的意義を感じられることは重要ですよね。
「SDGs」以前から、フードロス問題に注目
林 そもそもクラダシは、どのような経緯で立ち上げられたのでしょうか?
河村 2014年に代表取締役の関藤竜也がクラダシを一人で創業し、2015年2月にサービスをリリースしています。当時は「SDGs」などの言葉が生まれる前だったのですが、「フードロスが世の中で必ず大きな問題になるだろう」と関藤は考えていたようで、リリース当時からビジネスモデルは変わっていません。
さらに関藤は阪神淡路大震災での経験から、「世の中のために一人でできることには限界がある。社会課題を継続的に解決するためにはシステム化が重要だ」とも考えていました。そうした背景から、現在のフードロス問題を解決するモデルが生まれたんです。
林 なるほど。河村さんはどのような経緯でジョインすることになったのでしょうか?
河村 前々職の商社で中国に駐在していたときに関藤と出会ったのですが、数年後に久々に再会してKuradashiのサービスの構想を聞いたとき、「時代の先端にある非常に稀有なモデルだ」という印象を受けまして。ちょうど、資本主義の最前線でいかに収益を上げて利益を生み出すかを重視して働いてきた中で、「その先の社会やステークホルダー、環境のことも配慮した、サステナブルな形があるはずだ」と感じはじめていた頃でした。
そこで利益の追求と社会貢献がトレードオフではなく“トレードオン”になるKuradashiのビジネスモデルは、まさに新しい資本主義のあり方だと感じ、関藤と意気投合したんです。「このモデルの影響範囲をより大きく広げていきたい」と思って、ジョインすることを決めました。
林 とはいえ、「新しい資本主義のあり方」ともいえるビジネスモデルで、既存の資本主義の枠内で「上場」を目指すというのは決して容易ではありませんよね。より収益性の高いビジネスにピボットするという選択肢もあり得たはずです。
河村 もちろん短期的な利益を追求するやり方もあり得るのですが、結局は創業当初から「ソーシャルグッドカンパニーでありつづける」という柱がぶれなかったのが大きかったと思います。
さまざまな壁にぶつかりながらも続けてこられたのは、売れ残ってしまった商品の価値を高めて再流通させるKuradashiのモデルに誇りを持ち、「このサービスは今の時代に求められているものだ」と信じ続けられたから。経済的合理性と公益性、地球環境への配慮を全て成立させることが、長い時間軸で見ると利益の最大化につながると信じているからこそ、上場まで走ってこられたのだと思います。
林 「SDGs」という言葉も生まれる前からのスタートだったということですが、風向きが変わったと感じるターニングポイントはありましたか?
河村 2014年の創業時はフードロスという言葉自体も一般的ではありませんでしたが、2019年10月に国が法律として取り組むことを義務化した「食品ロス削減推進法」ができた頃から流れが変わったと思います。また「SDGs」という言葉が浸透しはじめると、飲食店でも食品ロスを減らすことへの注目も高まり、コロナ禍でECの利用頻度が高まったタイミングも相まって利用者が大きく増えていきました。
林 「消費者のサステナビリティへの興味関心がより高まってきている」という感覚は私にもあって、Kuradashiユーザーの声や最近の傾向についても聞いてみたいです。
河村 私たちが目指すフードロス削減に共感してくださっているユーザーさんは増えていて、アンケートを取ると「いつも応援しています」「フードロスを減らしてくれてありがとうございます。」といった声が寄せられることも少なくありません。
それに伴って、会員数も私がジョインした2019年には約6〜7万人ほどでしたが、現在は51万人を超えています。リピート率も8割以上で、商品を提供してくださる協賛企業数も1,600社まで伸びていますね。
林 応援してくれる方々の数も順調に増え続けているのですね。
河村 2015年のリリース直後は環境への配慮に感度の高い方々が利用してくださっていましたが、ここ数年はIPOに向けてより多くの人に知ってもらうためにマーケティング施策を講じてきたので、それらが功を奏した結果でもあるかもしれません。
社会のセーフティネットでありたい
林 こうしたビジネスモデルがデザイン賞において評価されることが、いまの時代を象徴しているような気がします。ビジネスモデルに限らず、事業を進めていくうえでデザインの観点で特に留意したポイントはありましたか。
河村 メーカーとユーザー、両者の視点を大切にしていることでしょうか。もともとKuradashiは、メーカーファーストをコンセプトにつくられています。メーカーにとって“我が子”のような商品を廃棄することなく、大切に扱って再流通させる。だから、リリースしてすぐの頃は特にメーカーからの目線を大切にブランド設計をしていました。
さらに、2022年7月にはユーザーの方々のサステナビリティへの興味関心の高まりを背景に、ブランドリニューアルを実施しています。ユーザー目線を意識して親しみやすさが生まれるよう、オレンジ色の柔らかい雰囲気のロゴや、温かみや食欲を喚起する色使いのWebサイトなどをつくりました。
林 なるほど。もともとメーカーファーストで、そこからユーザーからの目線にも気を配り始めたと。
河村 はい。そして、私たちのEC事業の背景には、たとえばメーカー企業の製造プロセスや物流システムがあります。そうしたより広いバリューチェーンにおいて課題解決が可能なシステムを提供し、最終的にはフードロス削減にかかわる全てのインフラをクラダシが抑えているような状態にしていきたいと思っています。
林 バリューチェーンのさらに上流工程にも入っていく、ということでしょうか。
河村 そうですね。たとえば、倉庫をお貸しするビジネスをはじめてみたいと思っているんです。現状の物流では、メーカーが製造した商品は消費者に届ける前にメーカーの倉庫に置かれています。そして、クラダシではその中からフードロスになりそうな食品を買い取って、弊社の倉庫に移動させている。
しかし、もし私たちがメーカーに倉庫をお貸ししていれば、わざわざ私たちの倉庫に食品を移動させなくても、自社の倉庫なのですぐに仕入れができますよね。さらに、こうして流通に介入してデータを取っていくと、流通過程での需給予測の精度が上がり、だんだんフードロス自体が発生しなくなっていくはず。
林 素晴らしい構想ですね。これからがより一層楽しみです。
河村 一方で、「フードロスがなくなったら、あなたたちのビジネスもなくなるのではないか」ともよく言われるんです。
もし仮にフードロスがゼロになって私たちの会社がなくなったら、それは私たちの目指している世界が実現したということだと思います。ただ、フードロスがゼロになることはないと思いますし、出てしまった際もクラダシがセーフティーネットとして存在していたいと思っています。
社会に大きなうねりを生み出すために
林 本当に幅広くチャレンジをされていらっしゃるのですね。クラダシだけでなく、他企業をはじめ社会を巻き込みながら大きなうねりを生んでいくビジネスだと考えていますが、それを成功させるためにどうしたらいいのか、最後に教えてください。
河村 まずメーカーのみなさんは、フードロスを削減する必要があるという課題意識は持っています。 しかし、長い時間をかけて形成された商慣習では捨てることが当たり前で、「捨てたほうが良い」という考えが未だに残っている。ただ、そうした積み重ねで生まれた食品廃棄で発生する温室効果ガス排出量は自動車から排出される量に匹敵するんです。
林 昨今注目が集まっているゼロカーボンにも大きく関係していると。
河村 まさに。ゼロカーボンへの配慮の姿勢を示すために、食品メーカーが統合報告書などにフードロス削減に言及されていることも少なくありません。しかし、具体的な取り組みについては言及がないことも多くて。
Kuradashiというサービスを使っていただくことによって、そうした取り組みを数値的に見える化する一助にすると同時に、フードロスへの関心を一過性のブームで終わらせずに大きなムーブメントに変えていきたいと思います。
林 社会の当たり前を変えていくには、国や行政とも連携して強いメッセージの発信が必要になってくるのではないでしょうか。
河村 フードロス削減は農水省や消費者庁、環境省が積極的に取り組んでいて、そのような方々との連携は必要不可欠だと思っています。ただ、行政の取り組みが消費者に浸透するまではどうしてもタイムラグが生じてしまうので、そのラグをいかに埋めていくかという点で、私たち民間のサービスが価値を発揮していきたいと思います。
林 まさに今回の受賞などを通じて、「うちもクラダシさんみたいなモデルに変えていこう」など、さまざまな領域で注目されていくといいですよね。ビジネス界に一石を投じた受賞だったように思います。
河村 グッドデザイン賞は圧倒的な認知度だと思うので、そこで選ばれた出展作品がモノではなくビジネスモデルであったということで、今後広まっていくきっかけとなったら嬉しいです。B Corp取得やIPO、今回のグッドデザイン賞受賞によって注目が集まっている中で、さまざまな自治体や企業などのステークホルダーと手を組みながら、社会に大きなうねりをつくっていきたいですね。
今年度フォーカス・イシューの活動を総括したレポート『FOCUSED ISSUES 2023 これからの「デザイン」に向けた提言』では、審査や受賞者へのインタビューを通じて得られた新たなデザインの“うねり”を、提言と論考でまとめています。詳しくはこちら。
並木里圭
ライター
2001年千葉県生まれ。関心は民藝、アナキズム、フェミニズム。立教大学観光学部卒。2025年から大学院進学予定。1番好きな花はチューリップ。
今井駿介
フォトグラファー
1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。
石田哲大
エディター
92年生まれ、国際基督教大学(ICU)卒。北海道出身。農業系・建築系スタートアップの事業開発を経て、編集者へ転向。人文・社会科学分野の研究者を支援する団体「De-Silo」運営。デザイン、サステナビリティ、ディープテック領域を中心に、研究者への取材をメインに活動。