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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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2023年度フォーカス・イシュー

Focused Issues Researcher's Eye

あらゆる新規事業が、グッドデザイン賞を目指すべき理由 – 林亜季

2024.05.16

審査委員ではない外部有識者の立場から、すべての審査対象を見つめ、“うねり”を探ってきたフォーカス・イシュー・リサーチャー。3人それぞれの専門性や切り口から、審査プロセスに伴走する中で見えてきた気づきや視点について書いてもらった。 今回は、フォーカス・イシュー・リサーチャーの林亜季が、ビジネスの視点から、デザイナーに限らずあらゆるビジネスパーソンがグッドデザイン賞を目指すべき、と明言するその理由を紐解きます。 本記事は、2023年度フォーカス・イシューレポートにも収録されています。


「失われた30年」からいかに脱するか

かつてさまざまな業界で日本企業が世界的な競争力を持ち、時価総額ランキングを席巻していた時代がありました。その後、バブル経済崩壊前後から日本経済の停滞が続き、「失われた30年」と言われる、長期にわたる低成長時代ヘ突入。競争力のある産業が生まれず、デジタル化の遅れや効率性の低さが指摘されてきました。

国際経営開発研究所(IMD)が発表した2023年版の「世界競争力ランキング」によると、日本の競争力は64ヶ国・地域の中で35位と過去最低を更新。2023年の日本の名目GDPは、1位の米国、2位の中国に続き、ドイツに抜かれ4位へ転落する見込みです。

多方面から指摘されてきたのは、特に日本経済をリードする大企業からイノベーションが生まれにくい点です。過去の成功体験にとらわれたリスク回避志向、硬直化した組織文化や人事制度などから、組織の中でイノベーティブな挑戦が生まれにくく、育ちにくい状況へと至り、日本経済低迷の一因に。「大企業病」とも言われてきました。

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林亜季

私自身、組織に身を置く中で、また企業人に取材を重ねる中で、どうやってイノベーションの種を生み出すか、そしてその種を潰さずに、いかに芽を出させ、花を咲かせるか。そのために組織をいかに変革していくべきかが、日本の将来を左右する、非常に重要なテーマだと感じてきました。

果たして、日本は、日本経済は、この先も「失われ」続けるのでしょうか?

いや、そうではない。2023年、一連の審査過程を追いかけ、審査委員や受賞者のみなさんと対話を重ねる中で、一縷の光明を感じました。

歴史ある大企業から生まれた革新的シェーバー

大胆に持ち手をなくした、イヤホンケースほどの大きさのコロンとした佇まい。石のような質感でガジェット感を抑え、高い携帯性やインテリア性を実現、コンパクトながら機能性を損なわない点が高く評価され、2023年度グッドデザイン金賞を受賞した電動シェーバー「Panasonic ラムダッシュ パームイン」。2023年末、クリスマスの贈り物の選択肢としても急浮上し、シェーバーのイメージを塗り替えたヒット商品になりました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/18596

長年シェーバーを手掛けてきた大手のパナソニックから、いかにしてこのような商品が生まれたのでしょうか。パナソニック くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンターの別所潮さんに話を聞きました。

商品化に向けたプロジェクトが始まったのは2021年の年頭。パナソニックのデザイン部門で、未来の家電のデザインやコンセプトについてワークショップ形式で議論する「アドバンスド・デザイン・レビュー(ADR)」を起点に、経営層へのプレゼンを経てプロジェクトが始まったそうです。

シェーバーという成熟商品にイノベーションをもたらした秘訣を、別所さんは3つのポイントから振り返ります。

①現状を疑う姿勢 シェーバー市場は成熟しており、剃り性能の追求で競い合ってきたなか、この先のビジョンが描きにくい状態だったそうです。そんな中でコロナ禍が始まり、自宅で過ごす時間が長くなり、世の中の健康や美への意識が変化してきました。そんな価値観の変化に目をつけ、「ゼロベースで新しい体験をつくる」という姿勢が起点となりました。

②引き算の発想 確実に剃れる5枚刃とパワフルな小型リニアモーターという本質機能以外を徹底的に引き算し、グリップすら削減するという大胆なアイデアが生まれました。シェービング性能は落とさずに手のひらにおさまるコンパクトさに凝縮し、部品数や素材を見直し環境負荷を低減。手の感覚を生かし、「肌と対話するように直感的に剃る」という体験価値を生み出しました。

歴史ある巨大企業の中から、過去の自己否定ともいえる革新に挑むのは困難が伴うことです。「なぜこのデザインなのか」「本当に売れるのか」……。さまざまな意見や懸念があったことと拝察します。

③世に問う意志 社内外の壁を突破し、商品化にこぎつけることができた要因としては、発案した別所さんらデザイナー自身が「この商品を世に問いたい」という強い意志を持ち続けたことが重要だったといいます。

ユーザー調査についてもその設計からデザイン部門が主導し、ライフスタイル感度が高い層に直接ヒアリングを実施。ユーザーが思い思いに手に取って、「こういう使い方ができますね」「こんな場所に置くといいですね」と、聞かずとも自ら話し始める様子を見て、商品への手応えを感じたそうです。

背景には、パナソニックグループのデザイン経営実践プロジェクトがあります。「Future Craft」というデザインフィロソフィーのもと、デザイナーたちが未来を見据えたデザインを志向しているそう。「デザインに壁を壊してもらいたい。風を起こしてもらいたい。そんな雰囲気を強く感じます」と別所さん。

組織変革は「トップダウン」と「ボトムアップ」の動きがミートしたところで起きると言われます。まさにデザインを通じて、パナソニックという巨大企業の変革が起き始めているといえるのではないでしょうか。

NTTコミュニケーションの社内デザインスタジオ

大企業の変革の兆しは、他の受賞事例からも見てとれました。

NTTコミュニケーションズが2020年に設立した社内デザインスタジオ「KOEL」の取り組みは2023年度グッドデザイン賞を受賞。社内各組織へのデザインの浸透や、サービスへのデザインプロセスの導入に取り組んでいます。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/17841

さらに「KOEL」が関わった2案件も受賞。着衣型ウェアラブルデバイスとスマホアプリ、運動記録の保存が可能な個人の運動習慣をサポートするサービス「みえるリハビリ」と、スマホからワークスペースの検索・予約ができるサービス「droppin®」です。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/19660 https://www.g-mark.org/gallery/winners/20121

KOELの取り組みは2つの切り口で評価されました。一つは、NTTグループのような公共性の高い企業が「公共×デザイン」の領域でデザイン組織を立ち上げたことのインパクト。もう一点は、巨大企業の内部から全社的にデザインマインドを醸成、浸透させていることのインパクトです。

デザインというものを通じて、いよいよ日本の大企業に本格的な変革やイノベーション創出の兆しが生まれているのかもしれない。このうねりを、デザイン部門やデザイナーに限った話にしておくのはもったいない。そう感じました。 

ビジネスパーソンこそ、グッドデザイン賞を目指せ

ここで掲題の「あらゆる新規事業が、グッドデザイン賞を目指すべき理由」について、いくつかのポイントからお伝えします。

・スタートアップ庁の創設など、国内でもイノベーション創出への注目は高まっています。一方で、大企業をはじめとする企業内での動きはまだ途上。質・量ともに新規事業の創出を盛り上げることは、日本経済と日本企業が再興するための重要テーマです。

・組織内においてはしばしば「現状維持バイアス」といった心理作用や「出る杭を打つ」といった抑圧の動きが生まれ、新規事業や新領域への挑戦が認められにくく、その将来性やインパクトが正しく評価されない場合があります。そんな時、何らかの受賞や社外からの認定を得ることで、事業を取り巻く風向きが一気に変わり、思いきった投資などのジャッジがなされやすくなることがあります。

・デザインに関わる多様なバックグラウンドを持つ審査委員が顧客や社会、未来にとっての「Good」を見極めるグッドデザイン賞の選考プロセスを経て、受賞が叶えば、事業や商品自体をより高みに導くことができます。

・新規事業の担当者や起案者は孤独です。社内からの評価も定まりにくく、離職リスクもあります。今後ますます重要になってくるイノベーション人材をモチベートし、活躍を促すためにも、アワードへの挑戦や受賞が、彼ら彼女らの励みや支えになるはずです。

デザインについては門外漢だからと怯まず、まずは過去の受賞作を事業開発の観点で見てみることで、何かビジネスのヒントや突破口があるかもしれません。ビジネスパーソンのみなさん、応募の可能性を模索してみませんか。

フォーカスされていない課題にこそ、グッドデザインを

また、デザイナーに限らず、あらゆるビジネスパーソンが「Good」を志すこと、グッドデザイン賞を目指すことが、社会全体がよりよくなる一助にもなるのではないかとも考えています。

社会ごと、会社(組織)ごと、自分ごとにとっての「Good」はかつてそれぞれ違う領域やベクトルにありました。それが社会状況や価値観の変化を経て、ベン図的に互いに求心的に近しくなっていき、重なる領域が大きくなってきているのではないかと感じています。

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そんな傾向を象徴する受賞作が、2023年度グッドデザイン金賞を受賞したソーシャルグッドマーケット「Kuradashi」でした。フードロス解消に向けて、賞味期限が近くなった商品を消費者がよりお得に購入することができる仕組みです。ユーザーは「私ごと」としてお得さと社会貢献を両立できます。

このような、社会的にも、会社的にも、個人的にも「全方よし」のグッドデザイン、グッドビジネスが加速することで、社会がよりよい方向に変わっていくのではないか。そんな兆しも感じました。

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2023年の応募作、受賞作を概観すると、地球環境やサステナビリティ、防災やヘルスケアなど、多様な課題に向き合う作品が多い一方で、あまり触れられていない課題もまだまだ多いと気づきました。世界でも後進的とされているジェンダーギャップ、自殺、貧困、差別、いじめ、メンタルヘルス、投票率の低下、フェイクニュースなどなど……。

課題先進国と言われている日本。まだあまりフォーカスされていない課題にこそ、これからのグッドデザインに可能性があると期待しています。

今年度フォーカス・イシューの活動を総括したレポート『FOCUSED ISSUES 2023 これからの「デザイン」に向けた提言』では、審査や受賞者へのインタビューを通じて得られた新たなデザインの“うねり”を、提言と論考でまとめています。詳しくはこちら。 → 勇気と有機のあるデザインを紐解く:2023年度フォーカス・イシューレポート公開


林亜季

編集者・記者・経営者 | 株式会社ブランドジャーナリズム代表取締役

2022年、企業やブランドのジャーナリスティックな発信活動を支援する株式会社ブランドジャーナリズムを設立、代表取締役に就任。株式会社NewsPicks for Business取締役 コンテンツプロデュース担当、株式会社アルファドライブ執行役員 統括編集長も同時に務めている。前Forbes JAPAN Web編集長、元朝日新聞記者。文部科学省の大学教育デジタライゼーション・イニシアティブ ステアリングコミッティ委員。東京大学法学部卒。


今井駿介

フォトグラファー

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。


小池真幸

エディター

編集者。複数媒体にて、主に研究者やクリエイターらと協働しながら企画・編集。