この記事のフォーカス・イシュー
先端技術
未来を実現させるデザイン
2015.12.31
「先端技術とデザイン」について考える前に、そもそも「先端技術」とは何かを改めて整理しておきたい。過去を振り返れば、テクノロジーはいつの時代も人間の様々な能力を拡張し、社会の進化を牽引してきたが、現在の「先端」のさらに先にあるのはまだ見ぬ「未来」である。先端技術に対するデザインが、ひいてはその先端技術そのものが、社会をよりよい方向に前進させ、 人々の生活をより豊かなものにするかは、本当は将来の評価を待たねばならない。また、テクノロジーの進化にも、過去から現在、現在から未来へ続く連続的な進化と、全く新しいテクノロジーの登場や予測不能な事象による非連続な進化があり、それぞれにデザインの役割も異なってくると考えられる。本年度のグッドデザイン賞受賞対象を振り返りながら、そのような連続/非連続なテクノロジーの進化がもたらす未来とデザインの役割について考えてみたい。
テクノロジーから導き出される究極の美しさ
まずは、技術の限界を一歩一歩先に進めていくような、テクノロジーの正常進化の「先端」の事例を挙げてみたい。高画質と極限の薄さを追求し、もはや空間に映像だけが浮かんでいるかのようなソニーの4K対応液晶テレビやLG ElectronicsのOLED TV、高音質を追求したソニーのハイレゾ対応ミュージックプレイヤーは、映像音響機器のように成熟した分野において、そのテクノロジーから必然的に導かれる究極の姿を追求し、ディテールまで精緻に仕上げられた点が高く評価された。
テクノロジーの進化が切り開く新しい可能性
画期的な超高倍率ズームを実現したニコンのデジタルカメラと、超広角を実現したキヤノンの一眼レフカメラ用交換レンズも、まさにテクノロジーの限界に挑戦し、その限界を一歩先に進めた製品であるが、これまでの進化の延長線上にあるだけでなく、ひとつ枠を超えて今までにない新しい写真表現を 生み出す可能性を感じさせるものとして評価が高かった。また、シャープのフリーフォームディスプレイやSamsung Gear VRは、ディスプレイは四角形にフレーミングされたものであるという技術的制約を取り払うことで、情報表示デバイスにおけるデザインの新しい可能性を切り開くものとして今後の展開を期待させるテクノロジーである。
新しいテクノロジーと社会をつなぐ
一方で、全く新しいテクノロジーが従来のテクノロジーを置き換えたり、それまでになかった新しい価値や市場を生み出す、「イノベーション」と言われるような非連続な進化において、デザインはどのような役割を担うべきだろうか。
例えば、もはや空間に映像だけが浮かんでいるかのようなテレビも、かつては「家具調」テレビとして生活空間の中に浸透していったし、初期のスマートフォンは紙のような質感やページがめくれる視覚効果といった現実を模倣する手法を用い、やがてフラットUIやマテリアルデザインに移行していった。これら登場初期のデザインは、いずれもその技術にとっては不要なデザインのようにも思えるが、新しいテクノロジーが社会に受容されていく過程において、一定の役割を果たしたとも言える。
SIM LIGHTING DESIGN COMPANYのLED電球は、独特のLED素子形状により無指向性を実現し、従来のLED電球のような樹脂部分がなく、さらに 低コストである点など、白熱電球の置き換えとしての完成度の高さが評価された。一方で、これから先の新しい明かりのデザインの可能性を広げるという意味においては、旧来技術に依拠した電球という形状から脱し、日進月歩で進化する新しいLED技術の特性を活かしたデザインが登場してくることにも期待したい。
また、トヨタの「ミライ」や東芝の「H2One」に代表される水素関連技術、同じく東芝の量子暗号鍵配信技術など、これまでデザインが関わってこなかったような、生活者にとって馴染みの薄い先端技術に対してデザインの果たすべき役割の重要性も感じられた。それぞれ、製品という「モノ」のデザインだけでなく、水素エネルギーや量子暗号化といった、新しい技術自体の理解を広めるためのPRなど「コト」のデザインを含めたトータルデザインが意識されている点が印象に残った。
先端技術におけるグッドデザインとは
以上、「先端技術」という視点で本年度のグッドデザイン賞を振り返ると、
・テクノロジーから導き出される究極の姿を追求したデザイン ・テクノロジーの潜在的な可能性を社会に示し、その先に広がる未来を予感させるデザイン ・テクノロジーと社会をつなぎ、その未来を実現させるためのデザイン
が評価を集めたと言えるのではないだろうか。
しかしながら冒頭でも述べたように、テクノロジーの進化はますます加速し、未来はますます予測不可能なものになりつつある。そのような時代の変化の中で、先端技術に対するデザインをロングライフデザイン賞のように過去を振り返って評価することはできず、むしろ今は賛否両論に評価が分かれるようなものこそ、新たな時代を切り開く可能性があるのである。これからのグッドデザイン賞は「よいデザイン」を評価するだけでなく、「よいデザインとなりうるか」を積極的に社会に問いかけるような賞があってもいいのかもしれない。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc44fc1-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc46caf-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc4cb91-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc575e2-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dc58326-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dcd93c6-803d-11ed-af7e-0242ac130002緒方 壽人
デザインエンジニア | takram design engineering クリエイティブディレクター
東京大学工学部産業機械工学科卒業。IAMAS、LEADING EDGE DESIGNを経て、2012年よりtakramに参加。ハードウェア、ソフトウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスなど領域横断的な活動を行う。主な受賞に、2004年グッドデザイン賞、2005年ドイツiFデザイン賞、2012年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時