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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

技術と情報

情報社会における人間と技術のcybernetic loop

2016.12.31


私の専門である情報学のサイバネティクスという領域は、システムを構成する要素同士のフィードバック・ループをどう評価し、設計するかということを考える。この観点を社会に展開されたプロダクトやサービスに照らし合わせてみれば、それに触れる人間の行動にどれだけポジティブなフィードバックをもたらすか、という側面を考えることにつながる。今回「技術と情報」というイシューテーマのもとで、プロダクトやサービスを成立させている設計(デザイン)と技術(テクノロジー)という観点に加えて、プロダクトがもたらすサイバネティックなループ構造をも評価したいと考えた。

「ポジティブなフィードバック」とはどういうことだろうか。ただの情報を提示するシステムはユーザーに提示された情報以上の価値を生成しない。デザイン=設計という観点が活かされれば、その情報の持つ潜在的な価値を暗示したり、ユーザー自身による意味生成を支援したり、他の情報との関連性を示唆したりできる。換言すれば、そのシステムが存在することによって、量的ではなく質的な変化がもたらされるか、さらにはユーザーの認識論や感覚が拡張されるかという問いに対してどのように向き合っているかという点が重要になる。そして、これからはインフォメーションではなくエクスペリエンスの時代だということが喧伝されているが、その本質とは体験が個の中でとどまることなく、どれだけ周囲の人間に感動の波紋を広げ、それらの人々の行動にも影響を与えられるかということまでを、情報技術は対象として扱えるようになっている。

この意味で今年の受賞対象の中で個人的に最も感銘を受けたのは、車椅子の「COGY」である。足を自由に動かせない人間が、少しだけ筋肉を動かすだけでその力を増幅して車輪を動かせ、まるで自由にペダルを漕いでいるように感じさせるという設計は、車椅子に通常求められる「不自由なく移動する」ことではなく、利用者とその親しい人々に「動かせないと思っていた身体を動かせた」という情報的フィードバックを生み、自信と活力を与えることを実現している。まさに先述したポジティブなフィードバックという理念をそのまま物理的に具現化したプロダクトであるといえる。いわゆるコンピュータ的な機構ではないが、技術がその利用者である人間を心身共に活性化させるという点において、あらゆるプロダクトの参照根とするべきといっても過言ではないデザインであると考えている。

聴覚障害者が髪の毛に付けることによって環境音を振動と光で伝えるデバイス「Ontenna」も同様の価値をたたえているプロダクトである。障害者は健常者よりも知覚・認知能力が劣っているという一般的に広まっていると思われる(不当な)バイアスを覆すようなプロダクトの思想が、対象者と協働してきた長年の研究開発の実績に支えられている点、「猫のヒゲが空気の流れを感じるように、髪の毛で音を感じることのできる装置」という提案者の説明、「はじめてセミの鳴き声を感じることができた」という利用者の声からは、まだ健常者でも知覚したり表現したりすることのできない情報が新たなコミュニケーション領域として切り拓かれていく希望さえ感じさせてくれる。

「バリバラ」というETVの番組は、障害者による障害者のためのバラ エティーである。メイン出演者の多くが障害者である番組の構成は、ともすれば視聴者の障害者に対する無知から奇特の目にさらされる危険と隣り合わせだが、異なる身体的条件を持つ出演者たちのトークはそんな心配をすぐに忘れさせてくれるほど、驚くべき知的な密度と多様な視点を提供してくれる。ここで紹介されるいわゆる「障害者」の環世界は、むしろ常識と偏見に凝り固まった健常者(筆者もそれにあたる)のそれよりも広く、深いように感じる。ネット全盛に見える現代におけるマスメディアの新たな可能性、そして人間そのものの可能性のビジョンを拡張してくれる優れた情報源である。

障害の種類は多種多様であり十把一絡げには語れないが、障害者=ハンディキャップを負う人間というイメージが、こうした情報技術の発展によって障害にチャレンジする先端的な人間として見直される予感を感じるのは筆者だけではないだろう。スポーツ競技においてすでに議論されているように、障害者がサイバネティックな身体(サイボーグ、cybernetic organization)を一番最初に社会において駆使しはじめるのはおそらく時代の必然なのである。障害者の多くが日常的に対峙する心身問題のリアリティが今後も社会的にオープンに解明され、共有されるようになれば、健常者/障害者という二値的な区分はもっとなめらかに解体されていくだろう。オープン化とは常に非対称な二項対立の中間層の可能性を指し示すことで、社会的な現実像を再定義し、まだ見ぬ運動への参加を誘発する動きなのだ。

精子の簡易検査キットである「Seem」は、不妊治療といえば女性の方が身体的、精神的にもより大きなストレスを負う立場にある現状に対して、男性側もより主体的に参加するきっかけを与えるプロダクトとして、女性に対する不平等を緩和する志向性を持っている。こうしたプロダクトの存在は妊娠という事象における男性の意識を変えることで、男女の役割に対するイメージに対称性を取り戻す社会的波及性を持つといえる。

「ひふみ投信」は長期に保有するほど実質的なコスト(信託報酬)が低減するサービス「資産形成応援団」を日本で初めて提供し、好調な成績をおさめていることが評価された。このような長期的な投資を奨励する動きは、米国で株式会社と非営利組織の中間形態として注目されるPBC(Public Benefit Company)法人格や、同じく米国で長期投資のインセンティブを取り入れた証券取引所の議論などと時代的な呼応関係にあるように思われる。短期的な利益を追求する現在の主流な金融パラダイムは、企業が制作する製品の価値をメタ化することによって、高頻度取引(HFT)のようなアルゴリズム設計者にすら因果関係がトレースできないほど複雑なシステムに株式市場が依存してしまう、という歪みを生んでしまっている。しかし、クラウドファンディングのような少額投資の仕組みに加えて、このような長期投資のスキームがもっと発展することによって、信頼や支持といった人間的な判断によって投資を行うという原点回帰につながれば、社会はより安定してイノベーションを起こすことが可能になるだろう。

日本の官公庁の情報は一般的に、視覚的なデザインへの配慮が不足していることによって、伝達されるべき意味が十全に理解されないことが多いのは固定観念にさえなってしまっているが、「東京防災」はそこに優れたグラフィックデザインと編集の力を挿入することで、防災という重要な情報が存分に伝播され、関心を得られるということを証明した。この本を都民に無料で配布し、かつウェブ版をネットで無償公開するという行政のオープン化に向けた決定も評価できる。惜しむらくはせっかく多言語対応しているのに、それぞれの言語のバージョンへのアクセスが困難であり、またPDFという私企業のプロプライエタリなデータフォーマットのみの提供という点において、オープンデータの観点からは画竜点睛に欠く結果となっていると言わざるをえない。今後の改善に期待する。

六本木のハロウィンのためにデザインされた「ジャックオーランタン型のゴミ袋」は、忌避されるものとして見られるゴミにフェスティヴな「顔」を与えることで街の清掃のプロセスにもポジティブなフィードバックを与えることに成功している。この袋が集積している場を見てもただゴミが散乱しているのではなく、イベントの成果物としてポジティブに受け止められ、さらに清掃に従事したスタッフたちの心も活性化しただろうし、参加に誘う効果もあったのではないかと憶測したくなる、優れた社会システム的デザインである。

個人的に興味深い領域であるがゆえに残念に思うのは、いわゆるストレートな情報技術の応募が少なかったことだが、近い将来、まだ社会的にはブラックボックスであるアルゴリズム、つまり情報社会に対して深層部分で強い影響を持つ計算機のロジックも含めてグッドデザイン賞の評価対象とする局面が到来すると考えている。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd80311-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7d6ea-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3f1a3-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd80196-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd86b5e-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7ea65-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7e939-803d-11ed-af7e-0242ac130002

ドミニク・チェン

情報学研究者|早稲田大学 文学学術院 教授

1981年生まれ。博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center[ICC]研究員, 株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現職。テクノロジーと人間、自然存在の関係性、デジタル・ウェルビーイングを研究している。著書に『コモンズとしての日本近代文学』(イースト・プレス)『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)など多数。監訳書に『ウェルビーイングの設計論―人がよりよく生きるための情報技術』、監修書に『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために―その思想、実践、技術』(共にBNN新社)など。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時