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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

文化と生活様式

テマヒマを愛でる民主主義の生活美学

2016.12.31


「共創」はいいことなのか? 協調性を強要されて、突破力のある創造性が押しつぶされるのではないか? ひとりの生身の人間が感じたリアリティが削りとられていくのではないか? —わたしは東京藝術大学美術学部デザイン科で教鞭をとりながらいつもこの問題と向き合っている。

いやいや、共創なきイノベーションはありえない。異なる領域の専門家の知識や技能が活きるには、共創のプラットフォームはどうしても必要であり、現在の社会が抱える問題は一人の天才が解決するには複雑すぎる。

特に、社会課題を解決するソーシャルデザインにおいて、コミュニティデザイン、コデザイン、パーティシパトリーデザイン、インクルーシブデザインはキーワードだ。現代アートの世界でもリレーショナルアートやソーシャリー・エンゲージドアートやパーティシパトリーアートなどと呼ばれ、共創は全世界に広がっている。しかし、である。誰でも参加して、みんなでやれば、みんなハッピー、なんてことに簡単になるわけではない。共創はむずかしい。3人寄っても文殊の知恵とは限らない。共同制作者の意思がバラバラで感情的対立まで生まれてしまうことだってある。

共創には、共創のための技術と仕組みがいるのだ。他者の良さを引き出すファシリテーションの技術。上下関係や年齢や声の大きさで議論が左右されず、建設的な批評を生むためのノウハウとマナー、などなど。共創の合意形成プロセスには手間と時間がかかる。経済効率性の高い創造方法とは言い難い。しかしすべての協働した人たちが納得できる結果になるように合意形成のプロセスにテマヒマをかけることで、共創の技術と仕組みは時代や案件に応じた解を得られるように更新されていく。

そもそも民主主義というのは、そういうものである。組織の構成員が平等の権利を持ち、十分な議論の上に選挙を行うという意思決定システムの実践はとても時間も手間もかかる。しかも多数決は必ず最適解をもたらすとは限らない。しかし民主主義の仕組みを丁寧に維持していくことは、組織に新陳代謝を促し、結果的に組織を持続的に成長させる可能性を高めていく。したがって丁寧な民主主義は資本主義と相性が良い。逆にどれほど優れた独裁でも、長期的にみればカリスマの死や老いなどに起因する停滞・混乱という不安要素を抱えている。

わたしたち日本人は民主主義国家に生きている。しかし、民主主義を日々の暮らしのなかで意識的に実感することは少ない。政治家の存在は遠く、多くの人たちは会社や役所の上意下達の意思決定プロセスのなかで暮らしている。だが「今晩はどの店に行こう」を多数決で決めたり、グッドデザイン大賞を投票で決めたり、民主主義的な思考はわたしたちの生活のすみずみにまで浸透している。

イデオロギーとは、人間の行動や生活の仕方を決めている物の考え方の体系のことである。資本主義のイデオロギーは底なしの欲望と絡みつき、成長なくして安定なしという経済成長至上主義をわたしたちの生活の至る所にしみわたらせている。便利であることを使命としているコンビニはその象徴と考えていい。そうしたなか、どうも民主主義の姿が見えにくいものになっている。

しかし先にも言ったように、資本主義と民主主義は対立するものではない。右肩上がりの成長に執着した短絡的な成果主義が陥りがちな停滞や破綻を、丁寧なプロセス主義はサステナブルな成長に変えることができる。

そこで大切になるのは、プロセスにテマヒマをかけることを“美しい”とする価値観である。経済的に適正かといった功利主義とは位相が異なる。また、テマヒマをかけることは善だとして道徳的な正しさを問うこととも異なる。「正しさ」でなく「美しさ」。つまりテマヒマの美学である。

そこにデザイナーの領域が見えてくる。自立する多様な個の共生、寛容、オープンで建設的な議論、プロセスの透明化、機会均等、寛容と尊重といった考え方を「生活美学」として呈示すること。換言すれば、民主主義を人々の暮らしのなかに美しく描き出していくこと。その責務を現代のデザイナーは負っている。今年度のグッドデザイン賞においても、こうした視点から評価できる事例がかなり増えている。たとえば、住民主体の街づくりの美学を前面に推し出して不動産価値を向上させた「ホシノタニ団地」、1222世帯のマンション住民10万の声を集めて1000の提言を美しくまとめた「イゴコチBOOK」、デザイナーが関わることでアートの力で障害者の社会参加に取り組んできた「Good Job! プロジェクト」、福祉用品をカッコイイという美学で魅せる「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」、より美しく効率的なプレゼンテーション技術のオープン化をはかるNPO支援プログラム「伝えるコツ」、美術館が中心となって地域に継承された染め物の技法の再生をはかった「宮の注染を拓く~」など。どれも共創プロセスのテマヒマと丁寧に向き合ったものである。

テマヒマを減らすのではなく、あえてテマヒマを楽しむ興味深い製品も目立った。

レコードプレイヤー「PS-HX500」や、創意工夫の電池の使い方を促す「MaBeee」、ロケットストーブ「テンマクデザイン マキコン」など、いずれも使用プロセスの体験の美学にデザインの焦点が当てられている。

とはいっても、本当に共創はいいことなのだろうか? 体にしみついてしまっている民主主義や資本主義の思考の枠組みをググッと飛び越えて、もっと体の奥底にある感覚を個人的に掘り出して、新しい生活様式やイデオロギーの可能性を呈示するデザイナーやアーティストがいてもいいのではないか。学生にはそうした挑戦も望みたいわけで、わたしのデザイン科教員としての悩みはまだまだ続くわけである。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd8923c-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd16e20-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd89b4c-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd22f7a-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd8910a-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd886e5-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd8844b-803d-11ed-af7e-0242ac130002

藤崎 圭一郎

デザイン評論家 / 編集者 |東京藝術大学 教授

1963年生まれ。『デザインの現場』編集長を務めた後に、フリーランスとしてデザインに関する記事の執筆、雑誌・書籍の編集に携わる。主な著書に広告デザイン会社ドラフトの仕事を取材した『デザインするな』。最近編集を担当した本に『T5 台湾書籍設計最前線』。2010年より東京藝術大学美術学部デザイン科准教授、2016年より同大学教授。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時