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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

ビジネスモデルと働き方

仕事は減っていくけれども人は役割を求めている

2016.12.31


100年前、1次産業に従事していた人の割合はどれくらいだったのだろう。その頃より少なくとも世界の人口に占める割合は少なくなっているように思う。その分、仕事があぶれている人が増えているのかというとそうではなく、人はまた新しい仕事をつくっている。けれども今後テクノロジーの進化によって、ますます仕事がなくなればどうなるのだろう?ロボットに仕事を奪われて人の仕事はなくなると予想する人もいれば、今までどおり新しい仕事は生まれていくと考える人もいる。私も新しい仕事が生まれると思うのだけれども、今年のグッドデザイン賞を見ていると、新しく生まれる仕事のあり方というものが大きく変化しているように感じる。

たとえば「ロボット」というキーワードで見ても、いろいろな指向性がある。産業用ロボットは、先端にハンドを装着することで様々な作業をしてくれるロボット。より高速化していくために工夫しているという。ロボット掃除機もすでにおなじみのものになっているし、「大型望遠鏡用分割鏡交換ロボット」という巨大望遠鏡の巨大な鏡のメンテナンスを行うといった用途が特定されたものまである。

ロボットではないけれども、人の作業負担を減らすという点で「アクアセラミック」も共通といえるかもしれない。なんでもキズ汚れ、細菌汚れ、汚物汚れ、水アカ汚れの4つすべてを水の力だけで防ぐ、世界初の衛生陶器素材なのだそう。トイレ掃除が必要なくなるのかもしれない。「スマート内覧」は賃貸物件の無人内覧サービス。不動産仲介業で多くの人手がかかる部分である物件の内覧の労力を減らすために、内覧希望者は専用サイトで鍵の開閉権限を取得し、自らのスマートフォンで開鍵することができるそうだ。余談だけれども、これは不動産仲介業者のいない地域で活躍することが期待できる。

これらは主に身体的に人の代わりを担うことをデザインしているように思う。けれどもそれだけでなく、人の思考の代わりになるものも増えてきている。「退院支援ナビ」は入院患者が退院するために、退院後の支援をする訪問看護ステーションとのマッチングをするもの。今まではメディカルソーシャルワーカーが訪問看護ステーションに1件1件連絡して調整する必要があったが、その手間が軽減されて細やかなニーズに対応することができるようになった。音のユニバーサルデザイン化支援システム「おもてなしガイド」は、空港、交通機関、ショッピング中などで流れるアナウンス、観光地のガイダンス、非常放送などの街中で流れる音声を、日本語がわからない外国人や耳が不自由な方にも伝わるようにしたもの。インターネット回線を必要とせず、音そのものに情報が含まれている。

身体的な仕事だけではなく、知識を得たり、人が思考する代わりを担うことまでをデザインしようとするものも増えている。こうなると、もはや人のする仕事はなくなってしまうのではないか?そんなふうにも感じられるけれど、それでも仕事は増えていくように思う。なぜなら人が人である限り、役割を必要としているから。

「森岡書店」は、1冊の本だけが置かれた書店。インターネット上に膨大な在庫を抱える本屋が現れた今、街の本屋が担う役割が小さくなっているように感じられる。たとえば、書店ならこちらから行かなければいけないが、インターネットなら手元まで届けてくれる。面白い選書をする本屋もあるけれども、AIの読書量は人をはるかに超えているから、アルゴリズムが良くなっていけば人の選書を超えた価値も生んでいくだろう。「森岡書店」も1冊を選書しているけど、ポイントはそこではないと思う。1冊しかないからこそ、この書店では「人と人の関わり」が生まれる。何冊もある書店ならば、それぞれに目的がバラバラになる。けれども1冊しかないからこそ、そこに集った人たちは共有できるものを持ち、自然と人と人が関わる形が生まれるのではないか。たとえば、私も訪れて感じたことは、店主やゲスト、そしてお客さんが、お互いに話しかけやすい場だった。なぜなら同じ1冊の本のために集まった者同士だから。

手前味噌だけれども、私が開催しているしごとバーも同じ。これも毎回、いろいろな生き方・働き方のゲストを1日バーテンダーとして招くもの。本当にお酒をつくってもらうのではなく、お酒を飲みながらお客さんたちも巻き込んで会話する場になっている。「森岡書店」の1 冊の本の役割を、1日バーテンダーが担っている。しかもコミュニケーションは、1日バーテンダーを介することなく、お客さん同士でも自然と生まれていく。同じ目的に集まったからこそ、コミュニケーションが引き起こされやすい。

「トーコーキッチン」も人と人の関わりを生むデザイン。これは1600室の賃貸物件を管理している企業が提供する食堂で、管理物件で採用されているカードキーのみで開くドアが設置されているそう。そうすることで、家庭菜園で採れたトマトを振る舞う物件オーナーがふらりと訪れたり、入居者同士の交流も生んでいるようだ。これが普通の食堂なら、ここまでの関わりを生むのは難しいだろう。

人が人である限り、役割を必要としている。どんなに身体や思考を代替するデザインが生まれたとしても、人は自分の役割を生んでいくように思う。今ある仕事のうち、そのままの形で残りやすいものが、人と人が関わるもの。

そして、身体や思考を人はだんだん使わなくなるのだろうか?きっとそうではないはず。「遊び」や「楽しみ」として残っていくように思う。たとえば、自分で野菜を育てたい、という思いはあるだろうし、ゲームのなかでは人の思考を発揮する場が残っていくように思う。「KOOV」もそういうものかもしれない。これはブロックで自由なカタチをつくり、プログラミングによってさまざまな動きを与えて遊ぶロボット・プログラミング学習キット。このロボットは人の労力を減らすどころか増やしている。でもそこに人が求める遊びがあるのだと思う。

これからテクノロジーやデザインによって、ますます仕事は減っていくのだと思う。けれども人は、きっと新しい仕事をつくっていく。そのとき、仕事の定義は今と少し変わっているかもしれない。きっと多くの人が「自分の時間」と思えるようになっていくはずだが、この話はまた別の機会に。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd83c82-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd45fd8-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd84ce6-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7fdc2-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd82239-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd86c8e-803d-11ed-af7e-0242ac130002

ナカムラ ケンタ

実業家、編集者 |株式会社シゴトヒト 代表取締役

1979年東京生まれ。明治大学大学院建築学専攻卒業後、株式会社ザイマックスを経て、生きるように働く人の求人サイト「日本仕事百貨」を企画運営。「シブヤ大学しごと課」や「シゴトヒト文庫」、「みちのく仕事」などのディレクターを務め、東京の真ん中に小さなまちをつくるプロジェクト「リトルトーキョー」や「しごとバー」の企画・デザインを監修。著書『シゴトとヒトの間を考える』(シゴトヒト文庫)。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時