この記事のフォーカス・イシュー
教育と学び
教育×デザイン
2016.12.31
今、教育の再デザインが求められている。社会の要求に応える新たな学びの提案とも捉えられるデザインが「学びの内容」、「学びの方法」、「学びの環境」という3つの観点から認められ、そのことを教育と学びのあり方の変化として理解したのが前年度であった。そして今回は、それらの変化をさらに「促進」、「創造」、「拡張」するデザインが認められた。
促進
昨年度定義付けをした3つの学びの変化を「促進」するデザインが多数見られた。学びの内容としては、ロボットによるプログラミングで創造力や課題解決力を育む「KOOV」、地域産業にプログラミングやデジタル工作を組み合わせて創造力を育む「ロボット動物園」、日常生活の中で不思議に思う心やテーマを発見する力を育むテレビ番組「カガクノミカタ」など、自ら課題を発見し、解決する、もしくは新たな価値を創造する学びにつながるデザインが多い。2020年度から小学校においてプログラミング教育が導入されるが、その動向を支援し、学習内容の変化を加速する一助となる取り組みが複数あったことが印象的だった。
学びの方法面では、主体的な学習で創造性を育むカードゲーム「おっとっトランプ」、学生が能動的に学ぶ授業スタイルに合わせた「スクラムシリーズ」、多様な観点から物事を観察し、議論する力を育むテレビ番組「昔話法廷『三匹のこぶた』」など、主体的・能動的に学ぶ、他者と協働しながら理解を深める学びを家具やツール、コンテンツからサポートするデザインが目立った。
学びの環境面としては、地域の産学連携により実践的な学びの場を提供する「のべがくプリン」、学校・家庭・地域を繋ぐことにより地域総がかりで子どもたちを育む「てらこや」をはじめ、地域で学びの場を支援する取り組みの多さに驚いた。産官学連携で、地域で学ぶことが当たり前になる時代が近いと感じさせる。
創造
教育分野で新たな領域を「創造」するデザインも見られた。「オーサグラフ世界地図」は、メルカトル図法に代わる新たな世界地図を作り出し、世界の構造や歴史の見方に対してこれまでとは違う視点を提示する。すでに完成されたものとして捉えられていた地図に内在していたテーマと可能性を提示したことで、世界史の学習方法にも変化をもたらすのではなかろうか。これまでの教材や教具にもデザインによって新しい創造を導く余地がある。ハッとさせられる一品であった。
保育園と家庭の新たなコミュニケーションの構築に挑戦をしたのは「キッズリー」だ。これまで保育園の課題であった、保育士の業務の効率化と、家庭との情報共有の仕方に対して、手法としてはオーソドックスではあるものの、確実な解決方法を提示している。結果として子どもたちの環境が豊かになることが想像できる。保育園のみならず未就学児童が集まる学びの場に導入していくことにより、就学前児童への新たな学びの提供も可能となるのではないだろうか。
拡張
「拡張」するデザインとして、学びや教育の意味をひろげ、再定義するような取り組みも見られた。
「学びを軸にした、まちづくりプラットフォーム『未来こどもがっこう』」は、子どもたちの学びの場を作るだけではなく、それを軸に街づくりをしていこうという意欲的な取り組みであった。これまでも地域ぐるみで学びの場を作るという事例は多数見られたが、「学び」を「まちづくり」にまで拡張することを視野に入れた事例は少ない。子どもも大人も全ての人が生涯にわたって学び続ける本格的な生涯学習時代に突入し、まちづくりの中心に「学び」を据え、学びづくり=まちづくりとしていく取り組みは、これからの「学び」や「街」を考えるにあたり大きな示唆を与えてくれる。
小中学校の児童生徒・卒業生・父兄が校歌を歌う音楽祭である「ウダーべ音楽祭」も興味深い。卒業すると疎遠になりがちな小中学校を地域の中核に位置付けようとしている。東日本大震災発生時にも、学校は地域の防災拠点、情報発信拠点として大きな役割を果たした。学校の役割を地域の人たちが集う場へと拡張し、設計してみることで、学校のあり方、学びのあり方の見直しにもつながるのではないかと考えさせられる。
教育の分野におけるデザインの意義を見通すうえで、「意匠としてのデザイン」、「社会課題手法としてのデザイン」、「教育それ自体としてのデザイン」という3つの観点があると考える。
審査を通じて、「教育的取り組みとしては素晴らしいがデザインとしてはどうか?」という、おもに教育のツールとしての見た目の美しさ、意匠としてのデザインに対する厳しい指摘がみられた一方で、「KOOV」や「おっとっトランプ」などは質的にも高いレベルであった。さらに、意匠としてのデザインを超えて、デザインが、教育や学習の中身にまで大きな影響を与える可能性があることを示してくれた「オーサグラフ世界地図」に対しては多くの感嘆の声が上がった。クオリティの高さが理解と創造の芽を引き出すのである。「社会課題手法としてのデザイン」は「キッズリー」が挙げられるだろう。スタートしたばかりのサービスであるが、多くの人が認識していながら確かな一手を打てずにいた課題を大きく乗り越える可能性を秘めている。保育業界に対して新たな風を吹かせて欲しい。
そして、教育との関わりにとどまらず、これからの社会におけるデザインのあり方を考えるため、次世代に対してどのように「デザイン」を伝えていくかがつねに議論された。
そのような中で、明確にデザイン教育もうたった「KOOV」は、インテリアとしても機能するほどの美しさ、プログラミング教育という今後の学校教育の課題に対する提示、子どもたちに対するデザイン教育という3つをすべて兼ね備えた提案として大きな可能性を示している。
デザインの力が教育・学習に浸透した先に、どのような学びが作られるのか。そのさらなる化学反応が楽しみだ。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7fdc2-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7f5d0-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd869db-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7dc8a-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dcee956-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd5d116-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd87d96-803d-11ed-af7e-0242ac130002石戸 奈々子
デジタルえほん作家 |NPO法人CANVAS 理事長、株式会社デジタルえほん 代表、慶應義塾大学 准教授
東京大学工学部卒業後、MITメディアラボ客員研究員を経て、子ども向け創造・表現活動を推進する NPO「CANVAS」を設立。実行委員長を務める子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人の子どもたちを動員。その後、株式会社デジタルえほんを立ち上げ、えほんアプリを制作中。総務省情報通信審議会委員などを兼務。著書に『子どもの創造力スイッチ!遊びと学びのひみつ基地 CANVASの実践』、『デジタル教育宣言』など。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時