この記事のフォーカス・イシュー
安心と安全
デザインに約束された安全性が生む安心感
2016.12.31
2016年のグッドデザイン賞を安心・安全の観点でとらえた際の特徴として、災害に対する備えを取り上げた対象がとても多くみられた。地震や台風などの災害に対して「備えあれば憂いなし」の考え方は必須であり、事実、備えによって多くの命が救われることがある。自然が相手である限り絶対的な安全ではないにせよ、一定の安心感が得られる点で取り上げられて然るべきである。一方で、生活における安全は災害に対する備えだけではない。
前回のグッドデザイン賞では、安心と安全は、トラブルには見舞われないだろうという主観的な評価と、事故発生確率が低いという客観的な事実という点で異なるという説明をした。私たちにとり望ましいのは、技術的に安全が確保されていることをユーザーが認識した結果として安心感を覚えるという構図だが、必ずしもそうとは限らない。例えば製造物責任法は製品の欠陥による事故の責任をメーカーに負わせてユーザーを保護する法律である。事故などの民事裁判では原則として原告が立証責任を負うのに対して、この法律は例外的に被告に立証責任を負わせる特別法である。つまり、事故が起こった時にユーザーが訴えることを容易にしただけであり、直接的に製品を安全にしたわけではない。それでも、訴訟リスクを回避するためにメーカーが製品の安全性向上に注力するようになったため、結果としてユーザーは安心して製品を購入できるようになった。法律を背景としてユーザーがメーカーを信頼できるようになった点が特徴といえる。
製品の安全設計が確かならば上述の理想的な構図と成り得るため、デザイナーにはユーザーの安心をもたらす確かな仕事が求められる。安全設計は視覚的なデザインの対象としては地味になりやすいが、そこに美観や信頼感を伴う意匠性があれば、よりユーザーにとって魅力的な製品となるであろう。
「ストレスフリーアクティブ学校制服 」は、子どもたちがのびのびと活動するために人間工学的な分析に基づいてデザインされている。子どもたちの活動を妨げないデザインは自由な活動と健全な発育を支援する製品としての位置付けに至ったと考えられる。「弱吸啜用乳首」はNICUの乳児の吸引力を考慮した製品であり、栄養摂取を確実にすることで健康な発育を支援すると考えられる。いずれも子どもを対象とした製品であり、子どもに製品を買い与える親から強く求められる機能を提供している。
芝刈機「バロネスLM2710」は、ゴルフ場の芝の刈り込み用の芝刈り機である。昨今の我が国の高齢化は就業人口の減少を招いており、これまで当然のことであった環境を維持するのが困難になりつつある。ゴルフ場の刈り込みも特有の技術を要するため、作業者の引退による人的資源の損失は無視できない。
特定の用途に供される製品ではあるが、安定した社会を構築するための支援策として誰にでも品質の高い作業ができる機器を提供している点で、私たちにとっての安心を生むデザインのひとつといえるだろう。
迅速流体継手「サニタリーカプラ」は、食品工場などで使用される配管やホースを繋ぐ製品である。配管が確実に着脱されるとともにメンテナンスを容易にしている点で、毎日の生活の基盤である食の安全を衛生面で支えている。一般のユーザーの目に触れることのない地味な製品であるが、確実に私たちの生活に安心をもたらしている。工業用内視鏡「IPLEX NX」は工場や航空機の品質検査で用いられる製品である。我が国の産業が誇る品質の高い製品の数々は、作業工程における緻密な品質管理に支えられている。製品の機能をより確かなものとするインスペクションもまた地味な作業であるが、ここに高いデザインの成果を具備した点で評価できる。
小田急電鉄の駅構内業務掲示制作プロセス「『誰にとっても見やすい業務掲示を!』カラーユニバーサルデザイン化への取り組み」は、ロナルド・メイスが提唱したUD7原則の一つ「必要な情報がすぐ理解できる」の実現に寄与している。欧州などと比較して我が国の鉄道における情報提供は現在でもかなり進んでいると思われるが、従来的な情報提供だと人によっては確かな情報が得られないことがある。UD化により提供された情報をすぐに理解することが困難であったユーザーに安心を与える取り組みである。
いずれの製品も、安全を支える確かな品質を約束するとともに、デザインの質が高い優れた製品である。安全そのものは普段の生活で意識されることは少ないが、万が一のトラブルに見舞われた時にその重要性が意識される。どんな製品も使い方によって危険を招くのは当然ながら、理想的には安全や危険を意識しないで生活できることが望ましい。すなわちデザインには安全を約束する機能が求められる。ここで紹介した製品はいずれも、堅実な立ち位置から安全を約束するための機能を有していると思われる。
製造物責任法が信頼を作り出したように、デザインが安全を約束することに寄与できることが望ましく、「デザインに約束された安全性が生む安心感」の意義を提言したい。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dcfb184-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3ca1f-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd44562-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd45408-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd8648b-803d-11ed-af7e-0242ac130002加藤 麻樹
人間工学研究者 |早稲田大学 人間科学学術院 准教授
早稲田大学人間科学部卒業、大学院理工学研究科修士課程修了。修士(工学)。博士(人間科学)。専門は人間工学。日常生活における作業負担の軽減や安全性の向上を目的として、高齢者や子どもの安全に関する研究、自転車や歩行者等の生活圏の交通安全に関する研究等を行っている。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時