この記事のフォーカス・イシュー
地域社会とローカリティ
地域が蘇る。
2016.12.31
縁あって、東京生まれ東京育ちの私が、新潟・南魚沼という「田舎」に住んで13年が経とうとしている。南魚沼に限らず、日本全国、田舎の生活者にとって「デザイン」とは、「都会に住む人たちのもの」であり、自分たちの生活と密接に関わっているという感覚はほとんどない。田舎に住む大多数の人々にとって、デザインは「自分には興味のない付加価値」であり、昨今の「デザインで町おこし」という動きも、「都会の人を引き寄せるための手だて」程度にしか認識されていないのが現実だ。
デザインとは「問題解決のプロセスである」と私は思っている。これからの時代に必要とされるデザインとは「社会的ミッションに対して、どのように問題を解決できる方法があるのか」、その答えと提案なのではないか、と感じている。では、その「社会的ミッション」とはなんだろうか。地域社会というフィルターを通してみると、人間が危機と感じること、すなわち地方では「人口減少」と「歳入減」を根源とする社会インフラ整備と地域経済の複雑に絡んだ問題であり、都会では「災害」がいちばんの関心事なのではないだろうか。
とりわけ「人口減少」には問題が山積みだ。都市における災害は「確率論」であるが、地方の人口減少は「確実論」。さらに都市部のような所得の高い地域ほど出生率が低く、所得の低い地域の出生率が総じて高いという傾向は、労働力供給の点においてパラドックスになっている。つまり「地方」がどうやって活力あふれる街であり続けるかという点は、地方在住者にも増して、実は都会に住む人々が考えなければいけない問題なのである。
ところで、ウーバーやair bnbなどのシェアリングエコノミー、siriなどのAI、ドローンなどの新技術が世の中を賑わしている。これら新技術は、便利すぎる都会をより便利にすることや、誰かをおとしめるために使われるものではなく、地方と都会との隔たりを縮め、社会的弱者になりつつある地域の人々にとって優しいツールとなるべきだ。 タクシーを呼んでも来ない地域にこそウーバーの将来性があり、高齢化の進んだ集落にこそ自動運転の可能性があり、買い物が不便な場所にこそドローンの可能性があるはずだ。 そして新技術と同じように、問題解決のプロセスである「デザイン」に対しても、「いかに社会への提案性を持っているか」という点に人々の評価がシフトしてきていると感じるのである。
そんな切り口からグッドデザイン賞を俯瞰すると、一見「どのへんがデザイン?」と思えるものが、意義深いデザインであることがよくわかると思う。
たとえば「気仙沼線/大船渡線BRT」は、震災復興の段階的交通手段と捉えられがちだが、多くの地域で問題になっている赤字の鉄道路線をどのように残し、公共交通の軸とするかという示唆に富んでいる。 「岩沼市玉浦西災害公営住宅」は震災復興住宅であるが、この住宅は部屋に面したデッキを近隣住戸と共有し、さらにバリアフリーの歩行者専用道路につながっている。隣接する住戸とゆるやかに生活を共有する新しい形であり、高齢化や少子化が進む地域にとって参考になるに違いない。
新潟県十日町市の「ブンシツ」は、シャッター街化が進む地方の商店街がどのような活性化を目指すべきか、ひとつの方向性を示している。十日町市は今回の受賞作以外でも「自治体+民間」の新しい連携を模索しており、デザインを街づくりに取り込んだ先進地域と言える。「ウダーベ音楽祭」もいたって単純な取り組みながら、地域コミュニティを活性化させる斬新なアイデアだ。
さらに「ホシノタニ団地」は今年のグッドデザイン賞でも象徴的なものだと思う。この集合住宅のある神奈川県座間市は、けっして「田舎」でも「地方」でもない「郊外」だが、人口減少は切実な問題であり、また築年数の経った住宅をどのように活かしていくのかは大きな社会問題である。この「ホシノタニ団地」は単に古い集合住宅をリノベーションして新たなコミュニティをつくったことにとどまらず、賃料は周辺の新築賃貸住宅以上という、新たな価値観も創出している。
同様に、賃貸住宅の入居者が利用できる「トーコーキッチン」も、郊外住宅地の新たな価値創造を示唆する作品だ。民間の一不動産業者が手がけているという点も興味深い。 郊外の高架下という遊休地を利用しながら、画一化させない街づくりに取り組んでいる点で「コミュニティステーション東小金井」も注目に値する。昨今、日本は北海道から沖縄まで、複合ビルも駅前も郊外も全国展開チェーンの店に埋め尽くされる勢いだが、文化と地域性の継承という点から考えるとけっして好ましいことではない。この施設は地元の小規模事業者が入居できるようにさまざまな工夫が凝らしてあり、新たな地域住民のコミュニティにもなっている。
そして「日本にもやっとこういう時代が来た」と思わせるのが、ヤンマーのトラクター「YT3シリーズ」だ。農業生産者にとってトラクターと軽トラックは、もっとも生活に密着したモビリティである。トラクターにもっとも重要なのは機能と安全性、快適性であるが、それだけでは味気ない。所有することに喜びがあり、自慢したくなることも重要だ。このトラクターは機能に優れているだけでなく、「生活に彩り」を添えている。
デザインとは、けっして都市住民のためにあるのではない。“おしゃれな人”たちのためだけのものでもない。2016年。日本のデザインは新技術と同じく、社会の諸問題を解決する可能性に満ちている。そして地域、地方経済を活力あるものに変えていく可能性に満ちているのだ。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3a890-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd6f6e4-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd8b2d6-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3c5b6-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd73947-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd6b1e3-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd82239-803d-11ed-af7e-0242ac130002岩佐 十良
クリエイティブディレクター |株式会社自遊人 代表取締役
東京都出身。武蔵野美術大学在学中の1989年にデザイン会社を創業し、のちに編集者に転身。2000 年、雑誌『自遊人』を創刊。2004年には拠点を東京から新潟・南魚沼に移転。そのライフスタイルが注目され「情熱大陸」などに出演。2014年、新潟県大沢山温泉にオープンした「里山十帖」では、空間から食まで全てをディレクション。シンガポールグッドデザインアワード受賞、グッドデザインBEST100に選出される。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時