focused-issues-logo

グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

thumbnail

この記事のフォーカス・イシュー

都市と社会基盤

社会基盤を維持・更新しながら、都市の新たな価値を創出する

2016.12.31


既存の社会基盤を大切に活かし、縮小する社会に向かい合う人口減少が進む地方都市では特に、社会基盤への投資を減らさざるを得ない。都市の資産である既存の社会基盤を長らえさせ、基本的な機能を維持しながらも、その時代や地域に見合ったかたちにデザインし直していく必要がある。

東日本大震災の津波で被災した鉄道の線路敷を活用した「気仙沼線/大船渡線BRT」は、復興プロセスの段階に応じた公共交通を速やかに導入するだけでなく、公共交通の選択肢拡張の可能性を投げかける。BRT(バス高速輸送システム)は南米やアジアを中心に世界各地で導入されているが、都市の急成長に長期的な交通計画が追いつかなかったり、地下鉄を導入する経済力がない都市が新規に導入するというイメージが強い。そうした「若い」都市ではなく、ピークを打って縮小する都市での導入の可能性を体現するのが「気仙沼線/大船渡線BRT」と見ることもできる。鉄道の維持にあえぐのか公共交通を廃止して自動車に依存するのかの二者択一ではなく、都市・地域の状況に応じて様々なモードを組み合わせた、しなやかな交通システムを形成するヒントになろう。

条件は異なるが、新たな台車が製造できないという制約の下で、既存の台車を活用して車両とシステムを刷新した「新型大山ケーブルカー」も同様に、既存の社会基盤を長らえさせながら、新たな価値を創出している。

社会基盤をまちに開く

近代都市計画では用途は純化・分化すべきものだったが、用途混合による都市再生がここ20〜30年の世界的潮流である。一方、都市を構成する社会基盤は、それぞれ独自の技術体系が確立しているためか、まだ合目的的な単機能のものが多いように思われる。団地は居住機能、公園はレクリエーション機能、鉄道は輸送機能、というように。しかし、そこにも変化の兆しは感じられる。

「ホシノタニ団地」「天王寺公園エントランスエリア“てんしば”」は、社宅と有料公園という単機能の閉じた空間を、複合化させてまちに開くことで、まちの多様な人々の生活を支える新たな社会基盤となり得ている例だ。「コミュニティステーション東小金井」も、連続立体交差事業によってできた新たな高架下の空間ではあるが、機能を複合化させてまちに開く点では共通している。

社会基盤供給側の論理で作られ運営されてきた従来のシステムに対して、そこに接するまちの側の論理から空間づくり・仕組みづくりを見直すことで、地域にも新たな価値が創出されうる。空間づくりでは、拠り所となる社会基盤があって、そこに寄り添うように、あるいは差し込まれるように、まちの側から求められる機能が組み込まれる。仕組みづくりでは、企画から運営まで、様々なかたちで公共セクターと民間セクターが協働し、あるいは役割分担をしている。

ところで、いずれの例でも鉄道事業者やグループ会社が主体となっている点は、偶然とはいえ、興味深い。日本の都市 ・地域においては鉄道事業者がすぐれて公共的性格を帯びていることと無関係ではなかろう。

社会基盤を地域愛着の基盤にする

社会基盤を地域や人の論理から再考する取り組みとして、近年増えている鉄道路線のブランド再構築のためのトータルデザインも挙げられる。「デザインブランドアッププロジェクトによる相模鉄道9000系のリニューアル」「323系と大阪環状線改造プロジェクト」のように、車両のデザインに留まらず、駅や制服、VIやイメージカラー、そして沿線地域との関係までを総合的に再デザインするプロジェクトが見られた。一方、「小田急電鉄業務掲示カラーユニバーサルデザイン化への取り組み」は、鉄道駅を中心とした情報伝達のデザインを見直すことで、誰にとっても使いやすい鉄道を目指している。

日本の大都市圏では、鉄道利用率が非常に高く居住環境や生活圏が鉄道に依存するため、鉄道沿線がある種の地域単位として認識される。これは世界的に見ても独特の現象と言える。大都市圏の鉄道は、輸送量、速さ、カバーする範囲を充実させることに努めてきた。その充実した社会基盤システムが、機能を提供するだけでなく、地域への愛着や人々のアイデンティティの基盤にもなるのだとすれば、地域社会やそこに生きる人の論理に今一度立ち返ろうとすることは自然なことだろう。

既存の社会基盤を維持・更新しながら新たな価値を与えていくようなデザインは、これからも増えていくだろう。さらに今後は、社会基盤の縮小や廃止を司るためのデザインも求められるかもしれない。パリのヴィアデュック・デ・ザールやニューヨークのハイラインなど廃線高架の公園緑地へのコンバージョンはわかりやすい先行事例だが、日本の社会基盤ならではの維持・更新・縮小・廃止のデザインがどのように現れるのか 、興味は尽きない。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3a890-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd6b1e3-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd790ca-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3a079-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd39f20-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3a398-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd73947-803d-11ed-af7e-0242ac130002

伊藤 香織

都市研究者 |東京理科大学 教授

東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。東京大学空間情報科学研究センター助手を経て、現在東京理科大学教授。専門は、都市空間の解析及びデザイン。特に公共空間と都市生活の関わり方に着目する。2002年より東京ピクニッククラブを共同主宰し、国内外の都市で公共空間の創造的利用促進プロジェクトを実施する。シビックプライド研究会代表として『シビックプライド』『シビックプライド2国内編』(宣伝会議)を出版。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時