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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

学びの充実

デザインが発言させる創造性の4領域

2017.12.31


いまの教育は人の創造性を育てているだろうか。1997年に始まるアップルの有名なThink differentキャンペーンに登場する人物たち─ピカソもアインシュタインもジョン・レノンもキング牧師もガンジーもいずれも創造的な人物である。彼らのインスピレーションは豊かで、強靱な意志をもってそれを具現化する力をもつ。しかし、彼らがもつものだけを創造性だと思い込んでしまうと、一般の人と創造性は縁遠いものになってしまう怖れがある。

社会の諸問題を解決し、イノベーションを巻き起こす創造性を育むには、まず「創造性とは何か?」という問題から考えなければならない。創造性は決して表現力のことばかりを指すのではない。絵がうまいから、文章力があるから創造性があるわけではなく、また奇抜さ=創造性が豊かというわけでもない。筆者は、創造性には4つの領域《芸術家的表現》《仮説構築》《問題解決》《共感と自己参照》があると考えている。

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創造性の4領域

創造性の4つのフィールド

《芸術家的表現》とは身体性を基盤とした創造性である。より正確に言うと、身体、感覚、感情、個人的な記憶を土壌とした表現である。一般に芸術家がもっているとされる狭い意味での芸術的創造性である。《仮説構築》は、客観的な事実をもとに隠された関係性や未知の真理を見出して仮説を打ち立てる力である。アメリカの哲学者パースの言うアブダクション(abduction)を指す。典型的な事例は、リンゴが木から落ちるのを見て、物体同士が引っ張り合う万有引力の存在に気づき理論化したニュートンである。多くの優れた科学者はこの力をもって科学の進展を切り拓いてきた。

《問題解決》は、フィールドワークや実験から得られた分析や先行事例 ・規則・データを参照し根拠のある解決策を生みだす創造性である。自分の外部にあるリソースを探し出し適切に利用して解決策を導き出すこと ─外部参照能力といってもよい。仮説構築との違いは「飛躍」の有無である。問題解決は帰納法(induction)である。客観的なデータを集めてルールに基づき分析すれば、誰もが似たような答えにたどり着く。ただ、どのデータを参照するか、どのルールに基づくかによって答えは違ってくる。それゆえ質の高い問題解決は、情報収集力や経験、教養、協働するメンバーの能力が左右する。

《共感と自己参照》は他者を自己化し、自己を他者化する力である。ともに観察と客観的な分析にもとづいて、「自分ならこう考える」「あの人ならこう考えるだろう」と想像力を働かせて、自分をコントロールして行動に反映させる力である。こうした能力は、自己表現のみを目的とせず他者のためにモノやコトをつくるデザイナーに必須なものである。俳優やサービス業、福祉の現場でも欠かせない力である。通常《共感と自己参照》は創造性だとは考えられていない。なぜなら、もともと創造(creation)とは何かをゼロからつくりだすことである。しかし、末期ガン患者をケアする終末医療の現場は生産的に何かをつくりだしている現場とはいえないだろうが、生きる意義を日々噛みしめながら死を見つめる人たちに寄り添う仕事が創造的な行為でないと誰が言えるであろうか。

真の創造性とは、《芸術家的表現 》《仮説構築》《問題解決》《共感と自己参照》の4つがバランス良く共存してこそ発現する。それゆえデザインは単なる《問題解決》ではない。アートと区別するためにデザインはしばしば《芸術家的表現》と対極にある《問題解決》が強調されるが、この4つの創造がすべて必要である。その中でも、デザインが得意とするのは人間の身体感覚に寄り添った《共感と自己参照》にあるのではないか、と筆者は考えている。

創造性を育むプロダクト

創造性を軸に学びを考えると2017年度のグッドデザイン賞ベスト100に選出されたものの中では、ヤマハの「ボーカロイド教育版」とプリモトイズの「キュベット」が興味深い。

「ボーカロイド教育版」は、ボーカロイドの技術を使い子供たちが協働してクラスの歌などを作詞・作曲する教育ソフトで、自己表現ではなく共感を基礎とした共創プラットフォームを実現したプロダクトとして高く評価できる。「キュベット」は、プログラミングの初歩を手で図形を組み合わせて動く木箱を操作することで学ぶ知育玩具だ。身体的体験から論理思考を育み、さらに宇宙の仕組みまで想像力を広げる仕掛けも備わっている。自己の身体性と論理思考の両立を子供の頃から身につけることは真の創造性を育てる第一歩になるだろう。ソニーの「toio(トイオ)」も工作感覚でプログラミングを学べる知育玩具として面白い展開が期待できるものであった。

しかし、創造性が必要なのは子供たちだけではない。大人も含めて潜在的な創造性を発現させる仕組みづくりは、まだまだ未開拓状態にある。創造性とは限られた芸術家や科学者だけがもっていればよいものではない。すべての人の創造性を育むためにデザインができることは限りなくあるはずだ。なぜならデザインとは《共感と自己参照》に重心を置きながら、上で述べた他の3つの創造性をバランス良く発現させて、さまざまな分野をつなぎ、未来の生活を創造する横断的な知であるからだ。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de67050-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de671a6-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de6732e-803d-11ed-af7e-0242ac130002

藤崎 圭一郎

デザイン評論家 / 編集者 |東京藝術大学 教授

1963年生まれ。『デザインの現場』編集長を務めた後に、フリーランスとしてデザインに関する記事の執筆、雑誌・書籍の編集に携わる。主な著書に広告デザイン会社ドラフトの仕事を取材した『デザインするな』。最近編集を担当した本に『T5 台湾書籍設計最前線』。2010年より東京藝術大学美術学部デザイン科准教授、2016年より同大学教授。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時