この記事のフォーカス・イシュー
共生社会を描く
共生系のデザイン
2018.12.31
取り残されてきたステークホルダー
デザインと生物の進化を対比する「進化思考」という考え方を教えているのですが、その中でよく生態系と社会を比較・観察しています。そこで強調しているのが「共生」という状態のことです。「共生」という言葉はさまざまによく使われますが、元々この言葉は生物学の用語で、例えばイソギンチャクとカクレクマノミのように、異種の生物が同じところに生息し、互いに利害を共にしている関係を意味します。共生や競争など、ある関係をもったつながりを「系」と言いますが、私は生物学において系を観察する手法を理解することは、企業が関係性を持つ「ステークホルダー」を観察することに直接役立つと考えています。そして、マーケティングでは通常は消費者しか見ませんが、ステークホルダーの系はもっと広い共生関係を持っています。
従来の消費社会では、視野に入れているステークホルダーの数が少なすぎました。たとえば、コストが高かったりクオリティが低いと見なされた下請け業者はメーカーとの関係を築けないまま取り残されてしまう。またユーザーが短期間で購入したものを廃棄すれば、将来にわたる環境への負荷が発生し、その影響で系から取り残される誰かが生まれてしまうことも問題になるでしょう。そして、テクノロジーの恩恵にあずかれない人や、マーケットの基準からこぼれ落ちてしまうような人の存在も見逃せません。
消費社会がもたらした競争の系を先鋭化させると、生き残る人は少なくなります。そうではなく、取り残されたステークホルダーに価値を見出したり、取り残されたものをどうすくい上げるかが、ビジネスはもとより、現代社会全体の重要なテーマであるといえます。言い換えると、今までの系を再構築し、さまざまなステークホルダーがお互いを支え合う仕組みを考えることで、初めて共生社会はデザインできるということです。
多様なアプローチで共生系をめざすデザイン
取り残されているステークホルダーを見出し、新たな系をつくることを追求したり、身近なものを新たな価値に転換したデザインの代表が[おてらおやつクラブ]です。お寺さんに集まったお供え物を、10万世帯を超える貧困家庭に配ることができる仕組みをつくった無形のデザインです。一方的に与えているのかというとそうではなく、貧困家庭からの感謝と祈りを得られるという意味で、信仰を広めるというお寺の理にもかなっています。この1,500年にわたって、地域のハブとして脈々と続いてきたお寺という独自の系の価値を活かし、社会の中で取り残されてしまった貧困家庭とつながる生態系を築いた感動的な物語として、審査でも多くの共感を集めました。
[Gogoro]も共生社会を象徴しているプロジェクトでしょう。EVのバッテリーを社会インフラとして共有し、持続可能な社会を実現しています。バッテリーステーションも直営の拠点だけでなく、コンビニにもアウトソーシングしていたり、電源プラットホームの仕組みを、本来競争関係にある他社とも共有しているなど、非常に幅広いステークホルダーとの共生系を描いています。しかも、それらが公害を撲滅し、持続可能な世界をつくるという明確な形となって提供されています。また、[hanare]も町の空き家にホテルの一室としての価値を見出し、街全体をホテルとして共生させる素晴らしい事例でした。町の銭湯やレストランなど、他のステークホルダーとの関係も秀逸で、まさに共生系が描けている典型だと思います。あるいは堤防のリノベーション[トコトコダンダン]は、治水・防災のための河川の護岸整備事業を、市民の親水空間の創造に結びつけた点に大きな意味があります。それまで取り残されていた場を、地域の人たちが出会い、関わり合える価値を持った場として変容させた手法に希望を覚えました。このように、今年のグッドデザイン賞は、共生系を描くデザインが重要なテーマでした。
未来に求められるデザインの力とは
国連に採択された国際目標「持続可能な開発目標(SDGs)」が近年注目されています。「貧困をなくそう」や「飢餓をゼロに」といった17のゴールとそれに対する169のターゲットが明文化され、「誰も取り残さない」という共生社会実現に向けたメッセージが謳われています。競争でたとえ勝ったとしても、共生可能な生態系を描けない社会は危ういということに多くの人が気づきはじめています。
デザインが発展したのは20世紀の2つの世界大戦の直後、モダニズムとミッドセンチュリーでした。戦争で疲弊した社会を復興するためにデザインの力は大いに発揮されていたのでしょう。しかし時を経てデザインが専門分化する中で、社会とデザインの間に距離が生まれ、専門化・先鋭化していきました。デザインはものごとを先鋭化させることが得意ですし、むしろデザイン界も自ら好んで多くの時間をそのことに費やしてきたともいえます。しかし、日本では特に東日本大震災の発生を契機にして、新しいものを生み出すだけではなく、既存のものの弱みをかばいあい、強みを活かすこと。社会の中で新しい共生関係を発明することがデザインの力として再認識されるようになってきています。デザインはもはやデザイナーのものではなく、これからますます、世の中に必要な共生関係を実現するための形を探り当てる「哲学」として共有されていくのでしょう。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e00fe69-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9df39716-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dfbaca8-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dfbd2f1-803d-11ed-af7e-0242ac130002太刀川 英輔
デザインストラテジスト|NOSIGNER 代表
NOSIGNER代表。慶應義塾大学大学院SDM特別招聘准教授。ソーシャルデザインイノベーションを目指し、総合的なデザイン戦略を手がける。建築・グラフィック・プロダクト等への見識を活かした手法は世界的に評価されており、国内外の主要なデザイン賞にて50以上の受賞を誇る。著書に『デザインと革新』(パイインターナショナル出版)。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時