この記事のフォーカス・イシュー
社会基盤を築く
ファンクショナルとエモーショナルを求める社会基盤
2018.12.31
社会基盤を3つのフェーズでとらえる
社会基盤の直英訳であるinfrastructureのinfra-とは、「下の」とか「下部の」という意味があり、社会基盤ということばは、「社会を下支えするもの」とも置き換えられます。伝統的で狭義の社会基盤には、橋や鉄道などがあるでしょう。より上位の社会基盤には、市民生活が底上げされる存在が当てはまります。さらに社会全体や生活をよりよく回す仕組みという意味での社会基盤も重要で、いずれも社会全体に寄与することが前提条件にあるでしょう。
機能と美しさが共存する社会基盤とは?
いわゆる伝統的な社会基盤のあり方として注目されたのが、中部電力の[西名古屋火力発電所7号系列]の建築・空間・サインシステムです。機械というファンクションを中心に設計・デザインされていた発電所のような施設は、働く人にとって使いづらく、間違いが起こりやすいという問題がありました。それを、たとえば駅などではあたりまえになった思想ですが、空間だけでなく、カラースキームやサイン計画を徹底し、働く人にも快適にしたことで、職場への誇りや帰属意識も高めることができたそうです。
よりソフトな社会基盤という点で、[喫茶ランドリー]はとてもインフラ的だと思いました。企業が自社のオフィスを解放して、公民館のようなインフラに近い状況を作り出しています。以前なら行政が担った役割に近いことがそこでは起きている。年間500回におよぶイベント開催のほとんどが、お客さんが主体となっている事実もそれを表しています。
[おてらおやつクラブ]も同様に、お寺という全国に広がり根を下ろしたある意味でインフラといえる機能が、政府による貧困世帯への施策とすべき社会課題に取り組んでいます。この取り組みはフィロソフィーが注目されがちですが、独自のネットワークで中間団体をつないだアイデアや、お菓子などの集め方と配分の仕組み、新たに参画しようとする人に対する間口の広げ方といった、サプライチェーンのオペレーションとコミュニティのマネジメントが高く評価されたと思います。アジアでも注目されているそうなので、グローバルなインフラとして発展する可能性もあります。
[逃げトレ]は、インフラをアプリが担っている点で注目しました。これは、南海トラフ巨大地震・津波による避難経路と、想定される津波浸水状況を可視化するアプリのサービスです。東日本大震災時に、日頃の避難訓練によって、高学年児童が低学年の児童を率いて安全な場所を目指すことができ、その様子を見た地域の人も安全な場所へと避難できた事例があります。かつては地域に建てられた石碑に記された内容の伝承が人々を誘導する役割を果たしていましたが、それらは時間とともに存在と意義が風化してしまいがちです。訓練にも実際の避難にも活用できる点で、石碑がアプリ化したようなデザインだと思いました。
[ナラティブブック秋田]も、これまでファンクショナルな記述が主体だったカルテに、患者や介護者のパーソナルな物語性を加えることで、人が本来必要とする治療がしやすくなったり、ケアの質を高めることにつながるという点で、新たなインフラとしての可能性を感じました。
このように、今年度高く評価された事例はどれも、ファンクショナルとエモーショナルなデザインの要素がリンクしていることが大切なポイントだったように思います。
求められる人間的なアプローチ
今後ますます、人間性を重視した人間的なものごとの価値が上がっていくと考えられます。Webサービス、アプリやハードウエアを中心としたテクノロジーの領域でスタートアップのプロジェクトを見ていると、人間性を見つめて作っているものは、より早く多くの人に愛されたり、より浸透しているように感じています。 好例が[Gogoro]です。世界の大気汚染問題を解決しようというバックキャスティングを実現させるために、ユーザーのニーズをくみ取ると共に、使ってみたいという感覚を引き出すための仕組みが実に巧妙に編まれています。「アイコニックな電動バイクと出会う:0.3秒、ショールームを訪ねて実際に見る:3秒、アプリを試す:3分、乗り始めてバッテリーを交換する:3日」と、人が感動や気持ち良さを体感する時間軸を開発者が考え抜いて、コミュニケーションが進んでいくようなフレームを形づくっていることに感心させられました。人間性を見つめた結果、ユーザーにきわめて近いスケールで社会に実装された、新時代のインフラの典型と言ってよいでしょう。
ビジネスになるか、事業になるかということ以上に、アセットをどう集めて課題を解決するかという視点にシフトさせたいときこそ、デザインが力を発揮します。ものごとやサービスを人にきちんと届ける、あるいはその目的性を最大化すること自体がデザインであると言えるくらい、私たちがとらえるべき射程が広がりを持つようになったいま、デザイナーひとりではなく、あらゆる人が、人々の幸せに向けた社会の基盤づくりを担えるという意識を持つことが、いっそう重要になってくるのです。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9df9e5f3-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dfbbdf9-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dfe77b8-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dfe79b0-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9df39716-803d-11ed-af7e-0242ac130002井上 裕太
プロジェクトマネージャー /KESIKI INC.パートナー/Whateverディレクター/quantumフェロー
マッキンゼー、WIREDの北米特派員、TBWA HAKUHODOを経てquantum設立に参加。CSOやCIOとして大企業やスタートアップとの共同事業開発及び投資を主導。その後KESIKI INC.設立に携わり、現職。Whatever Inc.ではCorpDev Directorを務める。官民連携による文部科学省でのトビタテ留学JAPAN設立、九州大学客員准教授としてSDGsの産官学連携なども経験。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時