審査委員長・副委員長対談
「2020年度グッドデザイン賞」を考える
テーマ「装置と交感」から考える、コロナ禍以降のデザインのかたち
2020.10.16
1957年に始まり、半世紀以上の歴史を持つグッドデザイン賞。毎年さまざまな分野で開発・発表された多数のデザインを評価し、その可能性や活動の広がりを推奨するのが同賞の役割だが、「デザイン」が示す領域が爆発的に拡大するのにともなって、その意味や意義も大きく変わっている。ユニットと呼ばれる選考部門に「システム・サービス・ビジネスモデル」「取り組み・活動・メソッド」といった具体的な造形に限定しない部門が加わっているのも、そのあかしだろう。
今年も同賞のために84名の審査委員が集まり、3日間にわたる選考会が行なわれた。審査委員ごとに千差万別のデザイン思想・哲学がぶつかる激論の末に見えてきた、2020年のデザインとはいかなるものだろうか? 審査委員長の安次富隆、副委員長の齋藤精一に聞いた。
「新しい生活様式」をデザインの視点からどのように見ていくか
例年は東京を会場に行われてきたグッドデザイン賞の選考会だったが、2020年は予定されていた東京五輪の開催のため愛知県に会場を変更、さらにコロナウイルスの流行が重なったことで、オンラインでのヒアリング審査が実施されるなど、これまでにない異例の開催となった。そのような変化について2人はこう語る。
安次富 コロナウイルス感染拡大の影響はとても大きなものでした。実際、選考過程のコミュニケーションに難しさがあったという声も聞こえましたし、この特殊な状況が今年だけで収束するかはわかりません。
グッドデザイン賞自体の審査方法も、時代とともにアップデートしていく必要があるでしょう。ですが、対面型のコミュニケーションが十分ではないぶんだけ、お互いが想いを伝えようとする意志は例年以上に強かったようにも感じていて、むしろ審査自体は濃密なものになったと感じています。
齋藤 グッドデザイン賞のような、消費者と距離の近いアワードは、やはり実際に物を見てみないと判断しきれないところがあるので、今後も一堂に会して議論を交わすスタイルの審査会を行うことは必要だと改めて思いました。
昨年のアワードでも環境問題は大きなトピックでしたが、今年はよりいっそう踏み込んで、サーキュラーエコノミー(さまざまな資源の無駄を排して、利益を生み出そうとする経済活動)やリサイクルのためのシステムを生み出そうとする製品が多くありました。「新しい生活様式」ができてくるなかで、そこでの評価指針・生活指針をデザインの視点からどのように見ていくかが重要になってくるでしょう。
広がるデザインの領域。どうプロダクトを比較し、社会全体をかたどることに寄与していくか
選考にあたって、グッドデザイン賞では毎年異なるテーマが掲げられる。今年のテーマは「交感」。そして、サブテーマとして「装置」が示された。
コミュニケーションの重要性を感じさせる前者と、なじみ深くはあるがその定義の広さがミステリアスでもある後者。これらの言葉はグッドデザイン賞の受賞対象を横断的にとらえ、「次なる社会に向けた課題や可能性の発見」と「デザインがいま向き合うべき重要な領域」の提言を行うフォーカス・イシューとも、強く共鳴している。2つのテーマはどのように導かれたのだろうか。
安次富 今年のテーマの1つを「交感」としたのは、過去2年間のテーマ(2019年「共振する力」、2018年「美しさ」)をふまえて、感情や感じたことを相互的に交えていくことが重要であると考えたからです。
そして2つ目のテーマである「装置」は、デザインの領域がますます広がっていくなかで、異なる種類のプロダクトをどのように比較して見ていけるか、という問いへの回答として設定しました。例えば建築と文具を同列に比較することは難しいけれど、装置、という言い方をすれば、どれもが「何かをするための方法論」として考えることができるようになる。そのような考え方から「装置と交感」が2020年度のテーマになりました。
事実、今年のグッドデザイン賞も、例年通りじつにバラエティー豊かな応募作が並んだ。かたちのあるデザインはもちろん、音やWebサービスといった無形のデザインも含まれているのが、近年のグッドデザイン賞の大きな特徴だ。
齋藤 グッドデザイン賞が扱うテーマには、教育、リサイクル、企業としての取り組み、ベンチャーのスタートアップなど、さまざまな視点があります。それらを産業界のプレイヤーとしてどのように位置づけ、社会全体をかたどることに寄与していくか。その姿勢を示すものとして、今年のグッドデザイン・ベスト100(受賞対象の中で、審査委員会により高い評価を得た100件)の選考では、ふさわしいものを選べたと思っています。
グッドデザイン賞は、デザインの「いま」を象徴するものを示す
「次年度以降もその問題意識を引き継いで議論していきたい」と齋藤は総括と展望を述べる。そして安次富は、しばしば名誉を得るための「コンペティション(競争)」としてのみ見られがちなグッドデザイン賞について、新鮮な知見をつけ加えた。
安次富 あらためて認識しておきたいのは「グッドデザイン賞は競争ではない」ということです。ベスト100という名称がついていますが、それは優劣を決めるためのものではなくて、その総体からデザインの「いま」を象徴するものを示すためにあります。その意味で、プロダクト、教育、取り組みなど、偏りなくさまざまなものが選ばれたのが今年の特徴であり意義であるように思っています。
中国、台湾などから集まったものも含め、国内外から4769件の審査対象の中からグッドデザイン賞を受賞することは、デザイナーや企業にとってたしかに名誉なことだ。だが近年みられるような、応募数の増加や領域の多様化、国際的にも関心が広がり続けている傾向は、この賞に「デザインのいま」あるいはちょっと先の未来にやってくる「デザインのこれから」を知るためのコンパスのような役割を与えている。
コロナ禍の拡大を受け、今年の受賞作にはリモートワークをうながす仕組みや、ステイホームの労働・生活環境を豊かにするデザインが多く見受けられた。それらはさらに、世界中で問題になっている気候変動や環境保全に対する大きな意識ともつながるものでもある。
長期間にわたる感染拡大防止のために唱えられた「新しい生活様式」という言葉は、これからの日本や世界を不安視する多くの人にとって、やや不穏な響きを持つかもしれない。だが、その未来像を明晰にするための取り組み、あるいはそこで生じる問題を解決するための存在としてデザインはありうる。今年のグッドデザイン賞は、そんな可能性の萌芽を感じさせる内容であった。
島貫 泰介
ライター
今井 隆之
フォトグラファー
宮原 朋之
エディター
CINRA.NET編集部