ディレクター座談会
「2020年度フォーカス・イシュー」を考える
よいデザインって何? 現在の社会課題に果たす役割を考える
2020.10.01
1957年に創設されたグッドデザイン賞は、これまで国内外の優れたデザインやそれに類する取り組みを評価し、顕彰してきた。近年では、具体的な造形物だけでなく、地域での取り組みやwebサービス、教育システムなど、有形無形のデザイン的思考にも評価の目を向けている。グッドデザイン賞も半世紀以上の歴史を経て、次第にそのかたちが変わってきているのだ。
そんな変化の1つとして2015年から始まった「フォーカス・イシュー」という取り組みがある。近年、急速に拡張・多様化するデザインの潮流に対して、複数のディレクターがそれぞれにテーマを設定、近年のデザイン動向を分析した上で社会課題解決に向けた提言を行う、というのがその主旨だ。
今年「フォーカス・イシュー」ディレクターとなった内田友紀、川西康之、原田祐馬、ムラカミカイエ、山阪佳彦の5名は、それぞれの視点からグッドデザイン賞の審査会を捉えることになった。3日間に及ぶ二次審査会を終えたばかりの5名にグッドデザイン賞とフォーカス・イシューのこれからについて聞いた。
優れたデザインが示す、世の中が向かうべき方向
「次の社会に向けた課題や可能性の発見」と「デザインがいま向き合うべき重要な領域」の提言を行うフォーカス・イシュー。5人の「フォーカス・イシュー」ディレクターには、この審査会はどう映ったのだろうか?
ムラカミ こういう年になってしまったので、どうしてもコロナ問題に意識が向かいがちですが、やはり気候変動や環境問題から生じる被害については真剣に考えていかなければいけません。この問題を、次の世代に引き継ぐわけにはいかないですからね。
ムラカミ それをふまえて、僕は「環境改善に寄与するデザイン」というテーマを設定し、審査会にのぞみました。去年以上に、有形無形問わずデザインの社会実装に本気で取り組んだものが多く見られ、明らかに流れが変わり始めたなあ、という感想を持っています。同時に、僕らデザイナー側もそういった潮流のなかで、どのように啓蒙、貢献ができるかをより深く考え行動していかないといけない。
テーマ「環境改善に寄与するデザイン」に関連する受賞対象
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e6dbc-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e379e51-803d-11ed-af7e-0242ac130002ムラカミ 単にパッケージの無駄遣いをなくすって話だけではなくて、「LOOP」というインフラに乗ることで企業姿勢を示すことができ、それを支持するファンが増えれば、メーカー側にも利益が生まれるわけです。
環境問題と言うと、まだどうしても「意識の高い人」向けのイメージが強いですが、「LOOP」ではかなり大規模な消費材を扱うメーカーも参加していて、マスに浸透させていく可能性が大いにある。これが日本に上陸するということ自体が強いメッセージになると思っていて、いよいよ時代が変わっていく印象を持ちました。
メーカーやデザインが社会のあり方を示していく、という考えは、クリエイティブディレクター山阪佳彦が掲げたテーマ「新たな社会の道しるべとなるデザイン」ともつながるだろう。
山阪 世の中が向かっていくべき方向を、デザインがどうやって示すかがますます問われていると感じます。でも気をつけたいのは、世の中や世間、世論ってものは大きな方向に行きがちだということです。
山阪 大きな取り組みも大切だし、個人やニッチな分野での気づきを与えるような小さなプロダクトも大切。それぞれの影響力をうまくまとめあげて社会に発信していくことも含めて、デザインの役割になっているのだと思います。
テーマ「新たな社会の道しるべとなるデザイン」に関連する受賞対象
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e379c6e-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e40e61b-803d-11ed-af7e-0242ac130002デザインを捉え直す複数の視点。そこから新しい動きが見えてくる
アートディレクター / デザイナーの原田祐馬は、審査会をこう振り返る。
原田 僕は「とおい居場所をつくるデザイン」というテーマを設定しましたが、今回の審査会を通して、自分の興味が「他者」「知らない誰か」というようなものに向かっていることを再確認しました。そのうえで審査をしながら感じたのは、個々のユニット(審査は領域別に応募対象をグループ分けして行われる)だけでの評価はますます難しくなっていることです。
原田 フォーカス・イシュー自体が、そういった審査の問題点を解消するための取り組みでもあって、各ジャンルを横串で通すものだと思います。ここ数年の応募作には、それ単体でもジャンルをまたぐような横串感をすでに備えているものがたくさんあるなと感じました。
テーマ「とおい居場所をつくるデザイン」に関連する受賞対象
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e34c4d1-803d-11ed-af7e-0242ac130002原田 最近のデジタルテクノロジーの進化の速度を考えると、「みいちゃんのお菓子工房」のような取り組みにもコミュニケーションをサポートするAIなどが合流していくこともあるんだろうとぼんやりと考えることもあります。そういった未来への変化も、フォーカス・イシューでは向き合っていかないといけないと思っています。
その原田祐馬と対照的なテーマを掲げるのは、鉄道などを中心とする規模の大きなプロダクトデザインで活躍する川西康之。そのテーマは「つながりを広げるデザイン」というユニークなものだ。
川西 昨今よく言われるような、知や技術のシェアによって未来をよくしよう、課題解決のためにつながりを広げていこう、というのはグッドデザイン賞全体でも共有する問題意識だと思っています。それは今回のグッドデザイン・ベスト100(受賞対象の中で、審査委員会により高い評価を得た100件)にも見て取れますが、そこにはおそらく2つの大きな流れがあると感じています。
川西 1つは、とんでもなく完成度を高めていくタイプのものづくり、仕組みづくり。これは従来型のアップデートですね。そしてもう1つは、まだ不確定の部分はあるかもしれないけれど「たぶんこれが未来だよね」と言えるものを見据えてつくるもの。この2つがバランスよく混ざり合っているのが、今年のベスト100だったのではないでしょうか。
川西 しかし、あえて疑問を呈するならば、「広がり」の意味することについてはもう少し厳しくあらねばならないとも思っています。例えば原田さんがあげた「みいちゃんのお菓子工房」のような取り組みは、積極的に広がっていくべきだし、攻めた言い方をすれば、その方法をポジティブに「パクる」事例が増えてほしいタイプです。でも実際には、すでにあるものを焼き直ししだけのプロダクトも無数にある。その見極めをしていく必要があるわけです。
実際に審査会では、前年度のベスト100と比較した議論が多く繰り広げられた。
川西 グッドデザイン賞以外でも、あらゆる場でその議論はあります。私が関わっている乗り物も同様で、もっと言えば「乗り物なんて究極的にみんな一緒じゃないか」という厳しい見方もできてしまいます。
とはいえ、既製品としての従来の価値もあるわけで、ここで何らかの判断をするのはとても難しい。今回ベスト100に挙がった新しい動向について、もっと議論していくことが今後必要になっていくでしょう。
一方で、内田友紀が掲げる「しくみを編むデザイン」というテーマからも、ユニークな視点が投げかけられている。
内田 このテーマを掲げた背景には、これまで社会の前提とされていた様々なしくみがサステナビリティーを失っていることにみんな気づき始めた、ということがあります。特にコロナによる社会変動によって、そのほころびが一層押し出された。先ほどから挙がっている「環境問題」をはじめとし、「ものの作り方」「学びのかたち」など様々なジャンルで議論が巻き起こっています。じゃあ、この先に何を「新しいしくみ」として私たちは編み直していくべきなのか、そういうことを考えていきたいと思っています。
内田 その視点で今回の審査会を振り返ると、まだ途上ではありつつも、大きな変化の胎動も感じられる機会でした。すでにある仕組みをほどき、新たに編んでゆくことはとても複合的で、一朝一夕ではできないことです。では何から始められるか、どうやったら動き出すのか、そんなヒントを考える場としてフォーカス・イシューを機能させたいと思っています。
テーマ「しくみを編むデザイン」に関連する受賞対象
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e384fff-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e34f37b-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e372cb8-803d-11ed-af7e-0242ac130002世の中を変える取り組みと出会い、それを未来に届けていく
この「しくみの組み替え」という視点は、ベスト100の審査過程の議論からも多く感じられたものだ。
原田 作り方自体が変わっていくことに意識的である必要がありますよね。「BRING」はまさにそのような事例だし、もっとこのような思考やものづくりが広がっていくだろうと思いました。
山阪 日本の企業は、これまでだと「自社でなんとかしていこう」という意識が強かった。それが、「同じ目的のためなら他と組みましょう」「知恵を集めて問題に向かっていきましょう」という流れができてきている。それは企業・個人に関わらず感じます。
1つの特徴的な例として、トヨタ「ハリアー」が挙げられる。日本を代表する大企業が、数人規模の中小企業と力を合わせて新車を開発し、それが売り上げとしてもきちんと成果をあげている。そういう実例が、This is Japan な自動車業界でも現れ始めている。
川西 行き詰っていることへの反省は、どこの業界にもあるんです。しかし従来の仕組みを壊すことはなかなかできない。だから「ハリアー」のような、ピラミッド構造を組み替えるような試みは、1つの未来なんですよね。
内田 もちろん業種や国によってはもっと先行する事例がありますけど、それが日本のいろんな業種でも現れてきた。
川西 「渋谷パルコ」のリニューアルも象徴的でした。商業施設はいかに商用床を埋めて効率よく利益を上げるモデルの最たるものですが、パルコがあれだけ多くの共用部を設けて、トータルで価値を生んでいく、持続可能性を探っているのは大きな変化です。
テーマ「つながりを広げるデザイン」に関連する受賞対象
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3052af-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e34b326-803d-11ed-af7e-0242ac130002議論が白熱した審査会では、ベスト100以外にも時代精神が顕著にあらわれている作品が多くあることが感じられた。この変化はいまだけのものではなさそうだ。
原田 グッドデザイン賞自体にも変化が現れていると思います。昨年2019年度のグッドデザイン大賞は「結核迅速診断キット」。その前年2018年度は「貧困問題解決に向けてのお寺の活動 [おてらおやつクラブ]」が受賞していること自体がかなり面白い状況です。
2019年のグッドデザイン大賞
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0d75cf-803d-11ed-af7e-0242ac1300022018年のグッドデザイン大賞
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e00fe69-803d-11ed-af7e-0242ac130002王道感や華やかさが保証されるGマーク。グッドデザイン賞には、日本を代表するトップデザイナーによる、ジャンルごとにその時代を象徴するプロダクトが並ぶイメージが未だにあるのは事実だろう。ただ近年の受賞作には、そこに収まらないものが多数存在している。
原田 こういった審査に参加すると必ず生じる迷いがあるんですよね。審査時は「いいね!」ってなったけど、はたしてその後、受賞したプロダクトや取り組みは、きちんと継続性を保っているのか? 受賞時の意義が薄れてはいないか?
「おてらおやつクラブ」の場合、僕が児童福祉の仕事に関わっているからでもあるんですが、その取り組みの重要性をいろんなシーンで再認識させられるんです。「おてらおやつクラブ」の示したものが、別のところでも脈々と変化して伝播していっている実感がありました。
これからのグッドデザイン賞の意義とはそういうものであるべきだと思うんです。社会に広がっていくよりも一歩早い段階の取り組みと出会い、それをきちんと評価して、未来に届けていく。
ムラカミ グッドデザイン賞っていうとまだやっぱり世の中は「かっこいいものがいっぱい出てくる」というような印象を持つと思うんです。けど、受賞対象を見るとパッと写真だけ見てもわからない、形を持たないデザインがすごく多くなってきていますよね。その中には、デザイン思考みたいなものが潜んでいて、そこから理念や作りたい社会の断片が見えてくる。
川西 我々の審査はその部分を読みとらなければならないですし、それはデザイナーとしての我々の仕事でもありますね。
山阪 ネットの普及で実現可能性や波及性が可視化される時代になりましたが、そのときだけは華やかに見えても、次の時代に使えない仕組みはどこかで行き詰ってしまいます。
内田 その点、企業に所属していた人が、外にスピンアウトして生まれたプロジェクトも今回はたくさんありましたよね。技術と人的な流動性の活性化は、成熟して固まった現在の日本の状態に対するカウンターにもなっているように感じました。
原田 それは国内だけの動きじゃないと思います。例えば、台湾で開催されたアートフェスティバル『Romantic Route 3 Art Festival』は明らかに『瀬戸内国際芸術祭』や『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』の影響を受けて生まれたものだと思うのですが、土台となる取り組みに台湾固有の歴史や文脈を加えていくことで、全く異なったアップデートがされていく事例としてとても面白かった。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3ec230-803d-11ed-af7e-0242ac130002いま改めて問い直す、グッドデザイン賞の本当の役割
アワードである以上、グッドデザイン賞につきまとうのは「権威的」なイメージだ。ベスト100にあげられた出品作に大手企業のプロダクトが入っているのを見るにつけ、多くの人は詳細な受賞理由には触れずに「品質やデザインが優れているから当たり前」と流してしまうのではないだろうか。
しかし、審査会に立ち会っていると、あらゆる応募作品には一見しただけでは見えてこないストーリーや製作者や企業自体の煩悶があり、そのいずれもが悩みながら作られていることが間接的に感じられてくる。
内田 今年が初めての審査でしたが、ベスト100を選ぶ過程で、こんなにもプロジェクト固有の背景が見えることに驚き、その背景と社会状況を踏まえた多角的な議論が行われることがとても印象的でした。
ムラカミ 賞って、どうしても権威的に見えてしまう部分がありますよね。Gマークがついた瞬間に斜に構える方々も結構いるんじゃないかと思います。
今日、審査会でなされた議論は、いろいろな立場からのデザインの知見が集まっていて、その内容は素晴らしいものでした。グッドデザイン賞を通して、そういうデザインの知見が間接的に伝わって、固まってしまったイメージが開かれていくといいなって思いますね。
川西 何を持ってグッドなデザインとしてこれを選ぶのか? これを選ぶならあれもそれも選ぶべきではないか? そういった煩悶を丸々3日間かけて行ってきました。我々も苦しんで選んでいます。
その反映としてあるのが、外部からは見られることのない、審査委員から各出品者に向けて書く「応援コメント」です。簡単に要約すると「惜しかった、次はここをがんばって」というフィードバック。僕は、これこそがグッドデザイン賞の肝だとすら思っています。
原田 グッドデザイン賞の役割は権威化ではなくて、さらによくなっていくための方向を示すことであるべきだと思います。作り手の多くは「こうすればもう一歩先に進めるのに」と思っているはず。でもいろんなルールや制限で諦めているんです。だからこそ「ここまで挑戦してもいいのかもしれない」という応援になれば嬉しいですよね。
内田 グッドデザイン賞って、そういう背中を押してあげる場でもあるんですよね。今回の審査に参加してすごく思いました。
川西 賞を取ることも大事だし、取らなかったものに対して応援するってことも含めて、グッドデザイン賞なんですよ。性質的に結果が発表されるまではすべてがブラックボックスだし、応募者に対して私たちが伝えられるメッセージも限られている。
でも、本当はもっと喋りたいことがある。フォーカス・イシューの取り組みがそうであるように、グッドデザイン賞自体を刷新するような構造やデザインを考えていきたいですね。
原田 たしかに、グッドデザイン賞はかつては安全基準に近いものだったり、強いものだったかもしれない。でもそれだけに留まらない、もっと血の通った、ユーザーがプロダクトや取り組みのファンになれる状況づくりを審査委員含めてみんなで考えていきたいですね。
山阪 グッドデザイン賞の「グッド」の意味をどういう風にアップデートしていくのか。それがフォーカス・イシューが担う役割でもあるのでしょう。
島貫 泰介
ライター
今井 隆之
フォトグラファー
宮原 朋之
エディター
CINRA.NET編集部