この記事のフォーカス・イシュー
防災・復興のデザイン
人の存在と尊厳の維持のため、「取り戻し」「予め備える」ためのデザイン
2019.12.31
災害が多発し脆弱性が露わになっている現代にあって、エコシステムにおける人の存在と尊厳の維持が問われている。「取り戻す」ことと「予め備える」ことに対してデザインは何ができるのか?
求められるのは「復興」
井上 誰もが、いつ、どこで被災してもおかしくないくらいに、災害が身近な時代です。より安心して暮らすためには、社会をどのようにデザインすればよいのか。受賞作の優れた部分をひも解いていくと、これからの社会のあり方における大切なヒントが見えてきた気がしました。例えば、国内のいたるところに、その土地で起きた災害にまつわる伝承や知恵が残されていると思います。そういった防災や復興の工夫を、より分かりやすく大勢に向けて伝えるという点で、デザインが提示できるソリューションはたくさんあるはずです。また、被災後のコミュニティや社会の仕組みを再建することも、広義のデザインといえるでしょう。今回の「防災・復興のデザイン」というテーマには、デザインの大きな可能性を感じました。まず注目したのが、[須賀川市民交流センターtette]。東日本大震災で被害を受けた街の中心地に、図書館や子育て支援などの複合施設をつくり、市民が交流できる場所にしました。これは、震災がなかったら起こり得なかったプロセスといえます。さまざまなものが、いったんリセットされたからこそ、複合的なリデザインが可能になったのだと思います。
栃澤 被災後、特に公費を使う場合は、元の状態以上の改善をともなう復旧・復興は受け入れられない傾向があります。でも、一度壊れてしまった社会を再生するには、形だけ戻すのではなく、未来を見据えた、新しいまちの創造や経済的な活性化をともなう「復興」が必要です。被災によりリセットされてしまうからこそ可能になる「未来のつくりかた」が、きっとあるはずで、そこにデザインの力が発揮されるべきだと考えます。tetteは、取り組みの内容、デザインの落とし込み方、プロジェクトチームの構成、どこをとっても未来志向の復興のお手本のようなプロジェクトですね。時が経ち、それが復興事業だったことが忘れられたとしても、まちの複合施設として、市民交流の場所であり続けるであろうことが容易に想像できる、極めて素晴らしいプロジェクトだと思います。
井上 勇気がありますよね。このプロジェクトを提案した時点では、おそらく反対もあったでしょう。潤沢な予算があったわけではないだろうし、その中で、復興としてプロジェクトの意義をきちんと提示し、成功させたのはすごいことです。
栃澤 オペレーションの面でも、よいモデルとなるのではないでしょうか。公共施設はどうしても縦割りの運用になりがちで、多分野の機能を1カ所に集約することが難しいんです。この施設には、図書館、子育て支援、就業支援、ミュージアムと、担当部署がことなる分野の機能が集まっていて、建築的に領域が明確に分かれずにずるずるとつながっています。でも開館時間はそれぞれ細かく設定されていて、多分野がうまく融合できるオペレーションの仕組みまで、ちゃんとデザインされているんですよね。
井上 複合施設は、あちこちで最近よく見られるようになりましたが、フロア別に機能が分かれていることが多く、こういう形で建築的にも、コンテンツ的にも、緩やかに融合している例は希少だと思います。プロジェクトマネジメントを含めた広義のデザインとして、非常に優れた事例でした。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e178509-803d-11ed-af7e-0242ac130002防災を日常化するためのデザイン
井上 コミュニケーションのデザインとして興味を持ったのが、[+ 住宅用消火器]です。消火器を誰かにプレゼントするなんて発想、いままでなかったですよね? 表に出しておけるし、贈り物にもしやすいデザインの防災グッズは、いままでありそうでなかった。インスタ映えする防災も「あり」なんだな、と感心しました。
栃澤 災害は突然起こるものだから、防災グッズは本来、日常的に身近にあるべきもの。ところが、防災用品は一様に注意喚起、性能担保を追求して、快適性や美しさが排除されてきました。この消火器は、単に色を変えただけでなく、暮らしの中に溶け込み、見えるところに置いておけるようにした点で、デザインの効果が端的に表れています。大災害までいかなくとも、台風や水害、停電など、生活に支障をきたす災害が頻発するいまだからこそ、従来使ってきた「もの」や「仕組み」のデザインを見直すべきだと思います。災害を、稀にやってくる特別なものと捉えるならば、防災用品は注意喚起を促すデザインがよいのでしょうが、いまや日常の出来事となっています。そうなると、防災用品も日常生活になじむ形にシフトチェンジしたほうがいいし、そこにデザインが持つ力を活用できると思うんです。「部屋にあるとかっこいい」というコンセプトが、他の防災用品にも波及していくといいですね。
井上 老舗の防災メーカーが、「消火器は赤」という伝統を変えるのは、そう簡単ではなかったはずです。そういう意味でも、「身近に置く」という別の切り口から最適解を探ったアプローチは、防災分野のデザインにおいて次のスタンダードになり得ると思うので、応援したいですね。 日常に防災を持ち込むことと並んで、非常時の生活においてストレスをなるべく減らすという視点も大切です。被災生活でじわじわダメージを受けるのは、トイレで気持ちよく用が足せないとか、シャワーを浴びることができないという要素なんです。[レジリエンストイレ(災害配慮トイレ)]は、地道で誠実な取り組みとして評価しました。
栃澤 これは非常に画期的な事例です。一般的に水洗トイレは1度に5リットルの水を流すのに対して、1リットルで済むという仕組みですが、不足する4リットル分はプールの水や溜めた汚水排水管側に流すことで補っています。
井上 考え方を変えることで、大量に節水できるわけですね。しかも、そのためにわざわざ配管構造を変えるとなると、現実的にはなかなかリソースが配分されない。このトイレはそこまで配慮しています。しっかりとしたビジョンや思いがあってこそ実現したプロジェクトであり、こういうアプローチを一歩ずつ進めていくことが大切です。
栃澤 非常時は簡易トイレ、という既成概念を覆す改革に大企業が取り組み始めたことは、大いに注目できると思います。また、このトイレの設置をきっかけに、学校や企業で防災教育を行っていることも評価できます。施設整備と運用への理解がセットになって初めて非常時に有効活用されるものになると思います。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0738dd-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e108655-803d-11ed-af7e-0242ac130002環境破壊を抑制する
井上 同様のアプローチでは、[グリーンライズ]のファスナーも画期的な取り組みです。温室効果ガス削減や石油使用量削減に寄与するため、植物由来のファスナーを開発した事例ですが、YKKのようなグローバル企業がエシカルな製品開発に本気で取り組むことが、社会に対するメッセージにもなっています。CO2排出による地球温暖化が引き起こす異常気象はわれわれ人間が抑制すべきですが、企業がCO2削減に取り組むには経営陣の積極的な意志が必要です。一人ひとりの心掛けも大切ですが、産業の担い手である企業の姿勢を変えることで、世の中が劇的に変わります。社会の流れを変えていくためにも、企業のこうした取り組みは、きちんと評価されるべきですね。
栃澤 災害が起きにくい世の中にしていくにはどうしたらよいか? というのも、防災における大切なテーマです。災害を減らしていこう、というムーブメントの中で、デザインに何ができるのか、という一つの答えを示してくれました。
井上 グローバル企業の取り組みとしては、中国の総合家電メーカーXiaomiの[One Paper Box]も非常に示唆に富むものです。1枚の紙を組み立ててつくる、家電製品の緩衝材を兼ねたパッケージで、プラスチック材を使わないという社会トレンドに対応しています。いま、非常に勢いのある企業で、一定の利益率を超えたら、その分を社会に還元することにしているんですね。プロジェクトが経営陣と密接に連携することで達成される事例の一つです。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0357d8-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e196cb9-803d-11ed-af7e-0242ac130002自立して支え合うコミュニティのあり方 — 分散型社会をつくるデザイン
井上 社会機能が一極に集中した構造によりもたらされる災害被害が起きにくいよう、分散型の社会構造を指向する意味で、[MITOSAYA薬草園蒸留所]は好ましい取り組みだと思います。閉園した公営の薬草園を、果樹や植物を原料にした蒸留酒づくりの蒸留所に改修し、住居も備えたローカルな事業施設にしています。ごく少量しか作れない蒸留酒を、地元の消費者に売り切るという、メーカーとユーザーの距離の近い地域経済が美しく実現されていて、経済的な分散型社会が成り立っているんです。
栃澤 これは建築のユニットでの受賞ですが、単なる建築のデザインだけではなく、住まい方、暮らし方、働き方をトータルに見て、どうリデザインしているかも含め評価しています。小さな社会で経済を回していくことは、防災においても有効です。大きなインフラに頼らず、小さな社会の自立をどうやって実現していくか、これから日本が考えていくべき課題だと思います。
井上 これまで日本が構築してきた中央制御型の大きな社会システムは、災害に弱いという欠点があります。自立した小さな経済圏が分散して支え合う社会設計のほうが、より柔軟で強靭な社会に近づいていくでしょうね。[蒸暑地サステナブルアーキテクチャー]ではエネルギーと水を数軒の住宅の間で生産、消費するマイクロなインフラが提案されています。
栃澤 現代都市は巨大なインフラによって支えられていますが、一部が破壊されると全体に影響がおよぶそのシステムは、実は災害に対して脆弱だということがわかってきました。小さなエリアで自給自足するこのシステムは、非常時に隣のエリアと助け合える、とてもレジリエンスの高いものになっています。[プライムメゾン江古田の杜・グランドメゾン江古田の杜]は、分散というより、意図的に多世代をミックスしたプロジェクトですね。子育てもできるし、高齢者が安心して住める集合住宅。単世代が集中しているのも実は脆弱であり、ここでは多様な世代が暮らし、お互いに助け合えるつながりを育んでいることが評価のポイントです。そういうつながりが、いざという時に力を発揮しますから、こういうコミュニティのあり方が増えていけばいいなと思います。
井上 支え合うコミュニティが実現されていながら、敷地内で閉じていないのもいいですね。地域、多世代、森に対し少しずつ開いていて、こういう地域社会のあり方が防災面では強い。1カ所が被災しても、周囲が支援してリカバーできる自立型の社会は、復興時の回復も早いんです。これからの社会は、小さな地域内でエネルギーやインフラを自給自足しつつ、近隣地域とも連携する分散型社会システムを目指していくのがいいんでしょうね。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e170cad-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e1f08c1-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e150e6e-803d-11ed-af7e-0242ac130002井上 裕太
プロジェクトマネージャー /KESIKI INC.パートナー/Whateverディレクター/quantumフェロー
マッキンゼー、WIREDの北米特派員、TBWA HAKUHODOを経てquantum設立に参加。CSOやCIOとして大企業やスタートアップとの共同事業開発及び投資を主導。その後KESIKI INC.設立に携わり、現職。Whatever Inc.ではCorpDev Directorを務める。官民連携による文部科学省でのトビタテ留学JAPAN設立、九州大学客員准教授としてSDGsの産官学連携なども経験。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時
栃澤 麻利
建築家|株式会社SALHAUS
1999年東京理科大学大学院理工学研究科建築学専攻修了。山本理顕設計工場を経て2008年SALHAUSを安原幹、日野雅司と共同設立。建築設計、まちづくり活動を行い、代表作に「陸前高田市立高田東中学校」「群馬県農業技術センター」「tetto」「扇屋旅館」「麻布十番の集合住宅」など。受賞歴に日本建築学会作品選奨、木材活用コンクール最優秀賞農林水産大臣賞、BCS賞、住宅建築賞など。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時