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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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受賞者インタビュー

「2020年度グッドデザイン賞」を考える

公共空間はどう変わるべきか?台湾デザイン研究院の実践

2020.12.01


学校空間を根本から問い直し、美観を高めるデザインを導入していく台湾デザイン研究院の『Design Movement on Campus』プロジェクトは今年のグッドデザイン賞で金賞に輝き、選考過程でも大きな注目を集めた。

公的機関、学校、デザイナー、市民。幅広い関係者を巻き込み進められた本プロジェクトは、なぜ実現できたのか? フォーカス・イシューディレクターの原田祐馬と内田友紀が、プロジェクトで中心的な役割を担った艾淑婷(アイ・シューチン、台湾デザイン研究院 院長室 副院長)にさまざまな関心をぶつけた。

空間の背後にある意味や影響を考え、改善していく

内田 まずは今回の『Design Movement on Campus』プロジェクトの背景や概要について、あらためてお聞かせいただけますでしょうか?

 「台湾デザイン研究院」(以下、TDRI)は、デザイン振興組織である「台湾デザインセンター」(以下、TDC)を前身に、今年誕生した組織です。非常に大きな予算が投じられたデザイン機構で、私たちはこの組織改編にあたり、TDC時代以上に挑戦的なプロジェクトを行おうと考えました。

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艾淑婷(アイ・シューチン、台湾デザイン研究院 院長室 副院長)

 そこで日本の文部科学省にあたる「教育部」に、台湾の公共教育や公共施設に関して、美学的なアプローチで貢献できないかと相談したんです。具体的には学校のキャンパスのリノベーションを提案したのですが、そこには主に3つの要因がありました。

1つめは現在、台湾に限らず世界的に少子高齢化が課題となっていること。新しい学生を集めることが困難な状況で、学校側にも危機感があります。

2つめとして、いままで教育と言うと、講義内容など言語的な部分が注目され、学生が空間からも無数の影響を受けるという視点、つまり「環境教育」という側面はあまり注視されていなかったということ。私たちは、それを変えたいと考えました。

そして3つめは、学校のような公共機関で大きな予算を使う場合、従来はレギュレーション上の制限があり、物事を理想的なかたちで進めにくい面があったということです。この機会に、優秀なデザイナー、デザインを学校に投入したいと考えて、この取り組みを起こしました。

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中央回廊のリノベーション:実施前 / 苗栗県豊林国民小学校
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中央回廊のリノベーション:実施後 / 苗栗県豊林国民小学校

内田 プロジェクトはどのようなプロセスで行われたのでしょうか?

 まず、生徒も含めた関係者が学校にどのような課題や要望を抱いているのか、学校側に提案してもらう機会を設けました。その後、学校側やデザインの専門家を含む調査チームを作り、実際にどんな問題があるか調査しました。

すると、学校が問題としたことがたいした問題ではなかったり、それよりも大きな問題があったりすることが見えてきました。この調査では、専門家の目を通すことで、問題を正確に把握できることを確信しましたね。

そして、再度問題を洗い出し、デザイン案の公募をかけ、最適な案を選びました。我々、デザイン研究員はこの過程で、全体的なプロジェクトマネージャー(PM)として全体の進行を担いました。

このプロジェクトの大きな成果は、学校の先生や生徒、保護者がデザインの力を理解してくれたこと、教育にとっての環境の大切さを理解してくれたことです。初年度の今回は合計9校でリノベ―ションを行いましたが、教育部の評判も良く、来年度は25校に同様の取り組みを広げる予定です。台湾全土、あるいは興味を持ってくれたほかの国でも、このやり方を推薦したいと思っています。

原田 ありがとうございます。「環境教育」という言葉を使われていましたが、これは物理的な場という意味ですか?

 「環境教育」とは、一言で言えば「場づくり」だと思います。学校にはいろんな空間がありますが、それぞれの空間にはそこにいる人にとって持つ意味があります。

たとえば、校門を通ることは、生徒が自分の学校に抱く誇りに関わっていますよね。また、台湾の学校で一番象徴的なのは「司令台」というものです。先生は1メートルほど高い台の上から下にいる生徒に話しかけます。この権威的な構図は、平等を重視する現在の教育の理念と明らかな相違があるでしょう。

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指令台のリノベーション:実施前 / 雲林県山峰シュタイナー学校
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指令台のリノベーション:実施後 / 雲林県山峰シュタイナー学校

 本来、教室は生徒の想像力を刺激するべきはずの場所ですが、非常に汚く殺風景な学校もありました。こうした空間の背後にある抽象的な意味や生徒への影響を考え、それを改善するのが私たちの考える環境教育です。

原田 均質化せず、一つひとつの場所の持つ意味を考えるのは、多様性を認め合っていく時代にとても重要ことだと思います。日本の教育現場でもヒントになるお話ですね。

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教室のリノベーション:実施前 / 新北県北港国民小学校
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教室のリノベーション:実施後 / 新北県北港国民小学校

学校の改修プロセスを、教育プログラムの一環として活用する

内田 応募資料を拝見すると、場所のデザインもさることながら、このプロジェクトは関わる人の認識や、教育のプログラムにも関わるものでした。実際の取り組みで具体的にどんなことが起きたのか、教えていただけますか?

 とくに印象的だったのは、「環境が変わることで生徒の行為も変わった」という先生側の感想があったことです。学校を超え、社会全体でデザインの意識が高まったことにも注目しています。

台湾の教育部では2019年、「自主学習カリキュラム」という制度が設けられました。これはカリキュラム設計における教師の自主性を高めるもので、これにより教師が生徒を街に連れ出すことが活発になりました。

その流れから、私たちがデザインの基礎的な考え方を伝えるため開催した展覧会に、多くの先生が訪れました。学校とデザインの結びつきの可能性を考えたり、デザインの認識を新たにした教師も多かったと思います。

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TDRIが開催した『學美・美學—校園美感設計實踐計畫-成果分享會策展』での様子。学校の改修プロセスと成果が発表された

 また、今回、校内のサインデザインを学生たちと一緒に考える取り組みも行いました。最初にレクチャーで「なぜサインシステムが必要なのか」を学び、その後、ワークショップを通じて、どんなサインがふさわしいのかを学生とデザイナーがともに考える、というものです。生徒が学校の各箇所に実際に設置し、導線に沿って歩いて合理的かどうかも確かめてもらいました。

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サインのリノベーション:実施前 / 新竹県竹東高等学校
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サインのリノベーション:実施後 / 新竹県竹東高等学校

内田 実際の環境を変えるだけでなく、デザイナーと生徒がサインのフォントや造形、色について話し合うことで、感性的な教育プログラムの一環にもなっているのですね。

そもそも、なぜこのプロジェクトは、公的機関や学校、デザイナー、市民まで、幅広い関係者を巻き込むことができたのでしょうか?

 それには4つポイントがあると思います。1つは学校にアプローチする際、窓口を通すのではなく、校長先生や実務主任など、決定権を持つ人に直接働きかけたこと。

2つめに、すべてのプロセスにわたり、デザインシンキングの手法を取り入れることにこだわりました。すべての関係者に、「デザインは人のためにある」と理解してもらえれば、私たちの取り組みの価値も共有しやすくなります。

3つめに、我々TDRIは、デザイナーと学校の仲介役として公正な立場を取ることを重視しました。意見に食い違いがある場合は、私たちが間に入り、その調整に努めました。

そして最後に、プロジェクトの初期段階から外部に向けた活動の紹介に力を入れました。活動が紹介されるということは、デザイナーや学校にとっても、次につながるアピールの機会となります。良いものを作れば社会の幅広い層に届くものになると知っているから、一生懸命に参加するのです。

たくさんの人が利用する空間にこそデザインが必要

内田 チームアップから、参加者の動機づけまで、あらゆる面で丁寧にプロセスが作られていたとわかりました。TDCがTDRIに変わった際、教育現場に働きかけることに至った背景について、もう少し聞かせてください。

 TDRIの設立にあたり、私たちは、いままでより公共的なイシューにフォーカスすることを使命に掲げました。公共イノベーションやサービスイノベーションに関する部署を新しく作り、研究チームが1年ほどかけていまの台湾の問題を洗い出しました。

結果、取り組むべき課題として最初に挙がったのは、「多くの人が使う空間の再デザイン」でした。そこで最初に取り組んだのが、今回の教育機関。その次に取り組んだのが、駅舎や車体も含む交通機関、医療機関のリデザインです。

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ケーブルの整理:実施前 / 新北市沙崙国民学校
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ケーブルの整理:実施後 / 新北市沙崙国民学校

 変化を起こしたいのであれば、トップダウンが一番早い方法だと思います。教育に関して変化を起こしたいと考えたとき、教育部の当時の政務次官に提案をしました。

結果、対象校の枠は10校しかないにもかかわらず、172校から申請がありました。その数字を見て気づいたのは、学校側にとてもニーズがあるということです。

その背景には、もちろん補助金が下りるという経済的な理由もありますが、これまで予算をもらっても、学校は設備品を購入したり工事をして終わりでした。今回は最終的な結果よりプロセスを重要視し、学校とデザイナーが一緒に学習します。その共創のプロセスへの期待が大きかったのではないかと思います。

内田 応募資料のなかで、「専門家(教員)が社会の動向に追いついていないことが課題の1つだった」と書かれていました。TDRIの取り組みは、複数のリサーチに基づいて、このような現場の複雑な課題を把握し、それに対応する政策を設計するという「政策のデザイン」を丁寧にされていることに感銘を受けました。

若者の声を重視する、民主化する台湾の背景

内田 みなさんが、TDRI設立から意思を持って一気通貫で取り組まれていることがわかりました。同時に、大胆な提案を教育部が受け入れたことにも驚かされます。

日本で同じような取り組みを行おうとした場合、いろんな障壁があることは容易に予想できます。台湾では、民主化を押し進め、ソーシャルセクターの強化に力を入れていることが、今回の実現へも影響しているのでしょうか。

 おっしゃる通り、台湾の民主的な環境の影響は大きく、特に若い人の声が重視されているという現状があります。台湾では従来、デザインの重要性は認識されつつも、どちらかというと技術的な面に偏っていたところがありました。目に見えないデザインには注目が集まりにくい状況があったのです。

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リサイクルシステムのリデザイン:実施前 / 屏東県大同高等学校
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リサイクルシステムのリデザイン:実施後 / 屏東県大同高等学校

 そうしたなか、近年、『総統イノベーション賞』(イノベーション主導型国家実現のため日本の経産省に相当する経済部が2013年から隔年で実施)というものが生まれ、実験的な試みが推奨されるようになりました。こうした新しい取り組みに開放的で、応援してくれる空気があるんです。

人材の育成についても、台湾内で重要性が共有されてきています。教育部も、2013年頃から教育に関して開放的でイノベーションを重視する方向を掲げてきました。

私たちは運良くその波に乗れたと思います。タイミングが熟していたので、公的機関からも民間からも応援してもらえた。また、前身のTDC時代から、いろんな民間の産業へサポート案を出していて、その力を信用してもらえていることも大きいと思います。

とはいえ、プロジェクトの進行中は正直、すごく大変でした。とくに現場の担当者は大変でした。乗り越えられたのは、共通する目標があったから。

つまり、「私たちの取り組みは台湾の将来の人材を育てる重要な活動なんだ」「未来の市長や総統はこうした素晴らしい環境から育つのだ」という確信です。その自負が取り組みを支えました。

内田 参加した学校の先生や生徒にはどんな変化が生まれているのか、もう少し伺えればと思います。

 1年目なので、まだ変化は少ないですが、今後はKPI(重要業績評価指標)のような基準を定めて、結果を検証できるようにできればと思っています。あるいは、1校が参加して終わるのではなく、2年目からはそれに続く学校のフォローも考えていきたいです。

現時点でも、良い影響が出てきています。たとえば、我々の取り組みを知った企業や学校のPTAが寄付をしてくれるケースも生まれています。学校の内部だけでなく、学校の外にもデザインの認識を広げることは、私たちの目指すものです。将来もそうした影響の輪を広げていきたいと思っています。

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食堂のリノベーション:実施前 / 台南市 新東国民小学校
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食堂のリノベーション:実施後 / 台南市 新東国民小学校

 また、変化で言えば、一部の学校では今回の取り組みの範疇を超えて、ほかの問題解決を同じデザイナーに依頼する動きもあります。つまり、両者に信頼関係が生まれてきている。これは良い影響だと考えています。

さらに、さきほどもお話した、SNSなどを通じた取り組みの紹介により、社会的にもこうしたプロジェクトがあることが認識されてきています。そのなかで、参加していないほかの学校からも、私たちの方法を知りたいという連絡が多く来ています。そのなかには保護者からの声も多く、将来的に、何も改革をしない学校は淘汰されていくのだと思います。

内田 TDRIの介在がなくても学校とデザイナー、パブリックセクターが協働していけることは、このプロジェクトの目指す姿なのかもしれないですね。

必要なのは、大きなしくみを解き一人ひとりのモチベーションを動かす、力強いビジョン

原田 私がフォーカス・イシューのテーマとして掲げている、「とおい居場所をつくるデザイン」は、誰もが関われる居場所のデザインに関係するものです。TDRIの活動はこのテーマにも関わるものだと感じます。

ここまで学校に関してお聞きしましたが、ほかの公共空間のリデザインについて、どのような可能性があると考えていますか?

 2020年12月に公表するものとして、「衛生所」という、公共衛生を周知する施設に関する取り組みがあります。日本で言えば自治体単位の保健所にあたるでしょうか。

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『衛生所のリデザイン』(現在建設中) / プロジェクトの目的は、「衛生所」の現在の状況を最適化し、一貫した安全な印象を作り出すこと。サービス設計の調査から開始し、「一貫した印象」「最適なスペース構成」「毎年のインフルエンザシーズンに対応できる柔軟性」「最適な情報掲示」などの視点で現地調査を行った。この一連のデザインは他の衛生所にも適用される

 やり方としては学校と同じく研究と調査を行い、デザインシンキングの手法を取り入れ、そのサービスの中身を最適化することを考えています。

また最近では、公共空間の消火栓などの消防設備や、駅舎のデザインも行いました。それぞれ一定の手法ではなく、属している所轄の機関に働きかけながら、臨機応変に行っています。我々TDRIはこうした自分たちの手法を「破壊的なイノベーション」と呼んでいます。

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『消防設備のリデザイン』 / TDRIは内務省消防省と協力して公共消防設備の分野に参入。台湾では公共消防設備の最適設計の事例が少ないことから、クロスフィールドチームを編成した。このデザインを通じて台湾の消防設備の現状を最適化して生活環境に統合、設備の向上を促進する

原田 TDRIの思考だけでなく、その姿勢をもっといろんな人に届けたいですね。話を聞くと、川が上流から下流に流れ、雲が生まれて雨が降るように、台湾のみなさんがデザインを通して1つの生態系を再構築しようとしている姿勢が見えてきて、感動しました。

内田 私のフォーカス・イシューのテーマは「しくみを編むデザイン」です。いま、さまざまに綻びが起きている社会のシステムを、どのように編み直していくことができるかと考えて設定したテーマですが、みなさんの取り組みはそこを実践するものでした。

また、このテーマを通して考えたいのは、そうした社会を変える取り組みを、どんな人がリードしていくべきなのか、という問題でした。

 『Design Movement on Campus』プロジェクトに関わった人間として触れないといけないのは、TDRI院長の張基義です。彼は以前、台東県の副県長を務めており、公的機関の考え方をよく理解していました。

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通り抜けロビーのリノベーション:実施前 / 花蓮県明礼国民小学校
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通り抜けロビーのリノベーション:実施後 / 花蓮県明礼国民小学校

 今回、私たちが公的機関と関わる機会を与えてくれたのも張院長です。1人が教育部をはじめとする公的機関との意思疎通、もう1人の私がデザインの観点から枠組みの設計をするという、このバランスは上手く働いたと思います。そして、もちろん現場でプロジェクトを実行してくれるメンバーがあってこそです。

内田 みなさんが本当に未来のためのお仕事に取り組んでいることが伝わってきました。そのために大きなしくみを解き、一人ひとりのモチベーションを動かすエンジンを作っていることもわかりましたし、あいだに立ったみなさんの苦労も感じました。そこにあるのは、力強いビジョンですね。

 (拳を掲げながら)強い信念を持ってやっています(笑)。

内田 現場が抱える問題には、国を超えた共通性もあると思います。お隣同士、台湾と日本で今後も互いに学び合いながら、アジアからどのような発信ができるかを考えていけたらいいですね。行き来が自由になったら、ぜひ現場に伺わせてください。

 ぜひ台湾に来てください。一緒に学校めぐりをしましょう。

インタビュー動画はこちらから

杉原 環樹

ライター


宮原 朋之

エディター

CINRA.NET編集部