この記事のフォーカス・イシュー
しくみを編むデザイン
行動の連なりで社会が変わる。民主主義の実践としての次世代デザイン
2021.02.04
3つの特徴から読み解く、社会に寄与するデザインのかたち
「しくみを編むデザイン」をテーマに据えた背景には、複雑な変化が必要とされる時代に、デザインはどのような切り口から寄与しうるかを考えたいと思ったためです。
気候変動、COVID-19、それに伴い一層あらわになった社会基盤のひずみ。環境・教育・行政手続きなど、あらゆる側面で変化の必要性が広く認識され、一筋縄ではいかない状況は明らかです。
ですが、その複雑な状況に対峙する方々が各地に確かに存在し、このグッドデザイン賞にも集ってきてくださっています。グッドデザイン賞の審査過程は、応募いただいた彼らのプロジェクトとともに、複雑な変化を後押しすべく「しくみを編むデザイン」のヒントを探索する時間となりました。
テーマの前提として、「プロダクトとしての形態の新規性」だけでなく、複数のステイクホルダーと連動しプロジェクト全体で「社会に何をもたらすか」に力点を置いているプロジェクトを注視しました。また、2020年度の応募作品全体からも、デザインをめぐる状況は後者へと力点が移っていることを感じました。
ここからは、応募作品を横断的に拝見しながら読み解いた「しくみを編むデザイン」の3つのヒントをご紹介します。
1.アーキテクチャ:テクノロジーと人の技の融合で新たな連帯が生まれ、同時に関わる人々の個性が生かされる
固定されたシステムではなく、協働や連帯によって成り立つプロジェクトが多く見られました。例えば「まれびとの家」は、直線的な受発注の関係だった素材の調達、設計、施工、保有という行為を繋ぎ直し、建築における従来の「作る」と「使う」の関係を変容させています。
「WOTA BOX」にも同様のことが言えます。機械学習を生かした水処理技術とデバイスを組み合わせることで、ポータブルな水循環システムを実現しています。巨大なインフラ構築を前提にできない時代において、大きな水処理システムを解体し、暮らしや都市づくりの柔軟性をあげることを目指す彼らのビジョンはとても示唆深いと感じます。
さらにこれらに共通するのは、関係者や場所の個性が生かされていることです。テクノロジーに対してよくあるのが「均質化」への批判ですが、両者ともに、導入する土地の資源や職人の技、そこに暮らす人々との連携が織り込まれた、多くの個性を包摂するアーキテクチャとなっています。
2. プロジェクトへの参加形態:複数の立場から参加でき、新たな仕事や居場所を作る
一企業や一人のスーパーマンが主役になるのではなく、その向こうの多くの人にスポットが当たり、各自ができることから関与する。その結果、人の仕事や居場所が生まれ、関係者全員が関わったことに誇りを感じる。そんな丁寧な設計のプロジェクトも目立ちました。
「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」は、東京都とCode for Japanの連携プロジェクトとして知られていますが、そのCode for Japanを成り立たせているのは国内外の多くの市民たちです。
「BRING」や「LOOP」など、環境問題に対峙するプロジェクトも人々の参加により成り立つものでした。彼らは、現在の行動が将来の社会をつくるという共通認識を示し、共感により企業や個人が加わり影響を広げるという枠組みを提示しています。
3. 中心となるリーダー像:多様な認識を繋げ、「ここ」から未来をつくる
審査過程で行った各プロジェクトへのインタビューでは、プロジェクトのリーダー像に注目しました。しくみに働きかけるということは、異なる立場にいる存在同士を1つの方向に導く力が必要になります。複雑な状況に対峙するプロジェクトのリーダーのありようには、これからのデザインを考える上で重要なヒントがあるのではないかと考えました。
リーダーの姿として印象的だったのは、服から服をつくる再生技術をベースに循環経済のプラットフォームを構築した「BRING」です。かつてメディアアートの分野で活躍していた本プロジェクトのリーダーは、「各家庭に眠る服は、ゴミではなく資源なのだ」とする個人の意識変革から、未来の地球環境への影響まで、空間・時間軸を超えた視点を行き来しながらプロジェクトを導いていました。もう1つご紹介したいのは、台湾の「Design Movement on Campus」を率いるチームです。行政府、学校教員、各地のデザイナーや生徒たちという、行動原理が異なる人たちを動かし教育現場に働きかけるこのプロジェクトは、想像するだけで気が遠くなるような大量の調整を伴いながら実現されました。プロジェクトメンバーを突き動かし、目の前の難しさを乗り越える力になっていたのは、プロジェクトのリーダーらの「この取り組みが台湾の未来を担う若者をつくるのだ」という強い信念でした。
複雑な変化が必要な時代に、前進する力をゆるめないために
イタリアの巨匠エンツォ・マーリは、「デザイン」と「プロジェット」を区別し、自身を後者に関わる「プロジェティスタ」と呼んだことで知られます。「デザイン」が形を作るものなのに対し、「プロジェット」は多様な人や知が集まり物事が生まれる関係性やプロセス全体を包括する言葉です。
今回の受賞対象には、このエンツォ・マーリの思想の実践ともいえる「プロジェット」が多くありました。すなわち、肩書き上の「デザイナー」を超え、関係者全員が広義のデザインに関わる「プロジェッティスタ」であること。それは、「Design Movement on Campus」が職業デザイナーだけでなく、行政や学校、台湾デザイン研究院のスタッフなどさまざま人によって担われていることにも象徴的です。
もう1つ、今回紹介したプロジェクトの、「一人ひとりの信念からはじまり、行動の連なりで社会を変える」というあり方は、日本の政治哲学者・宇野重規が著書『民主主義のつくり方』で紹介しているプラグマティズムの考え方を想起させました。これは、いわばデザインによる新しい民主主義の実践と言えるかもしれません。
個人や企業、行政機関がそれぞれ単独で行えることには限界があります。テクノロジーと人の技を融合して、今までなかったつながりを作り出した「まれびとの家」や「WOTA」、もしくはアノニマスな人々が共感を基盤に協働した「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」のような試みは、今後ますます重要になるでしょう。そしてそういった変化は、大企業でも、個人でも、どこからでも始められるのです。複雑な変化が必要とされる時代に、前進する力をゆるめず対峙していくために、「アーキテクチャ」、「プロジェクトへの参加形態」、「中心となるリーダー像」をヒントに一つひとつの実践を後押しし、さらなる足掛かりを見つけて行けたらと思います。その実践が広がったとき、多くの人の日常的な行動や習慣が変わり、振り返ると社会全体が変化しているのだと思います。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e34f37b-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e8f7f-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e384fff-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e6dbc-803d-11ed-af7e-0242ac130002内田 友紀
都市デザイナー|株式会社リ・パブリック
早稲田大学建築学科卒業後、メディア企業勤務を経てイタリア・Ferrara大学院Sustainable City Design修了。イタリア・ブラジル・チリなどでの地域計画プロジェクトに参画。リ・パブリックでは、福岡市・福井市などの地域産業と人材を育む都市型事業創造プログラムの企画運営や、企業の研究開発領域におけるプログラム設計などに携わる。次代のデザイナーのための教室XSCHOOLプログラムディレクター。内閣府地域活性化伝道師。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時