この記事のフォーカス・イシュー
とおい居場所をつくるデザイン
見えることで想像しなおす、見えないことで想像する人間の力
2021.02.04
見えるようになることで、他者を想像できるようになる
私たちは、生きる中で立ち上がってくる大きな壁に対して、「誰かのために行動を起こさないといけない」という気持ちがふつふつと生まれます。今回のグッドデザイン賞では、そのふつふつとしたものがいくつもありました。
例えば、新型コロナウイルスの流行で苦境に立たされた飲食業を支援する「さきめし」。既存のプラットフォームを活かしつつ、状況に合わせたサービスとして再構築する意思を感じました。
レストランも居酒屋も、食事をするだけの場ではなく、改めてそれぞれの居場所の一つだったことがこの取り組みでは、可視化されている。サービスとして、見えるようになることで、誰かの居場所を想像し直せるようになると思います。
また、台湾デザイン研究院の「Design Movement on Campus」は、「学校」という子どもたちが一日の中で最も長く過ごす空間をどのようにリノベーションしていくのかを既存のシステムを一度、見直すことで、デザイナーと共同し創造的な空間を提案している。特に重視されていたのは、プロセスのデザインでしょう。
それは、同じ机、同じ黒板、同じ環境を提供するのではなく、それぞれの学校の環境に合わせて、子どもたちと先生とデザイナーがその空間を作り上げていくというものです。学校のようなパブリックなものに自分たちが携わることが出来るという感覚を得ることは、今後、道路や鉄道、水道など都市のインフラを考え直し、市民が街を自分ごととして捉えられていくきっかけにもなるはずです。
思い返すと、こういう想像する力を考えさせる個人的なきっかけが2014年に開催された展覧会『想像しなおし』(福岡市美術館)でした。特にはっとさせられたのが、山本高之さんという元小学校教師のアーティストの作品です。彼はビー玉を子どもたちに見せて、そのなかに宇宙空間を想像させる作品を出展していました。
子どもたちのなかにはそのビー玉をみているだけで、恐怖を感じて泣き出してしまった子もいました。なんでもないビー玉であっても、私たちは、方法さえ体得すれば、遠くに想いを馳せることができる。
山本高之『Facing the Unknown』2012年、ビデオ、13分59秒
それ以来、私のなかでは「想像しなおす」ための方法がどのようにデザインされていくのかが大切なテーマになっています。そのことは今回私が掲げた「とおい居場所をつくるデザイン」にもつながっているように思います。「Design Movement on Campus」や「さきめし」のように見えるようになり、他者を想像できるようになることが一つの方法なのかもしれません。
個性が活きる空間をつくる力が、とおい居場所を生んでいく
先ほどの「Design Movement on Campus」は「個性が活きる空間をどのようにつくるか」が、重要なテーマの1つでした。その視点で、2020年度、キラリと光っていたのが「みいちゃんのお菓子工房」でした。
場面緘黙症という病いと生きる中学生のみいちゃんが、得意なお菓子作りをコミュニケーション手段として、家族とともに生きていく術として本人が選び挑戦している。それを本人の意思とまわりの家族のサポートで立ち上げたことに感銘を受けました。
コミュニケーションというと、私たちは「話す」ことを第一手段として考えてしまいがちです。でもここでは、お菓子をつくること、食べることがコミュニケーションになっています。
さらに興味深いのは、みいちゃんがSNSを活用していて、直接リプライがくるところ。話すことが難しかったとしても、お菓子職人であり中学生としてのみいちゃんの人柄がよく見えてくる。これはSNSが普及する以前であれば、なかなか難しかったことなのかもしれません。
2016年にグッドデザイン賞を受賞した「TSURUMIこどもホスピス」(難病で命を脅かされた状態にある子どもたちと家族の居場所として民間主導で設立された)も個人個人の未来を考え、子どもたちや家族の居方をつくる取り組みで、規模は違いますが近しい取り組みだと思います。このような、誰かのとおい居場所を生んでいくような取り組みが全国に広がるべきでしょう。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd77668-803d-11ed-af7e-0242ac130002
福祉や介護の現場の人と話をしていると「(グッドデザイン賞に)応募する予算がないんです」という声を聞くこともありますし、実際みなさんは現場で手一杯だと思います。でもそんな中で、外の人たちが活動の存在に気づき、応援してくれる人たちが広がり、働く人たちも勇気と自信が持てるようになるのを見てきました。福祉に携わる人たちがグッドデザイン賞に応募しやすくなるのは、グッドデザイン賞に関わる私たちの課題でもあるように思います。
地域も人も、見えていることが全てではない
私の好きな本の一つに、生物学者ユクスキュルの『生物から見た世界』があります。このなかで、「カワセミは虫が動いた瞬間にだけ、その虫を認知して捕食することができる」と書かれていました。
私はこの一節から「目に見えているものがすべてではない」ということを大切にしたいと考えるようになりました。前段で書いた「見えるようになること」から、「見えたものだけでなく、その背景やプロセスまで想像できるようになる」。これも、人が想像する範囲を広げていくことで世界の見方を捉えていく例でしょう。
これは、「まれびとの家」にもつながってきます。出来上がったものだけを評価対象とするのではなく、その建築が資材調達から加工や建設までを地域内の技術と経済圏で実現したプロセスそのものがプレゼンテーションの軸になっていました。
おそらく実現までにはいろいろな模索があって、きっとたくさんの失敗もあったでしょう。でも、そこにこそ未来を感じるのです。
その地域で生きる人たちのために、知識と技術を使いそこでしか出来ないものをつくりあげていく。つくることが目的でなく、誰のためになぜつくるのかを改めて考えさせられる取り組みでした。
「とおい居場所をつくるデザイン」は、見えるようになることで想像しなおし、見えないことで想像できる人間の力をもう一度、信頼することではないでしょうか。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e385333-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e40bc34-803d-11ed-af7e-0242ac130002原田 祐馬
アートディレクター/デザイナー|UMA /design farm 代表
1979年大阪生まれ。京都精華大学芸術学部デザイン学科建築専攻卒業。UMA/design farm代表。名古屋芸術大学特別客員教授。大阪を拠点に文化や福祉、地域に関わるプロジェクトを中心に、グラフィック、空間、展覧会や企画開発などを通して、理念を可視化し新しい体験をつくりだすことを目指している。「ともに考え、ともにつくる」を大切に、対話と実験を繰り返すデザインを実践。著書に『One Day Esquisse:考える「視点」がみつかるデザインの教室』。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時