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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

環境改善に寄与するデザイン

「難しい」を「楽しい」に。環境問題解決に全員で参加する

2021.02.04


「コミュニティでの循環」が持つ可能性

今回のグッドデザイン賞全体を振り返ると、大量生産消費社会から距離を取り、俯瞰的な視点から社会をリデザインしようとする意欲的な取り組みが多くみられました。これは産業革命以降、資本主義経済を背景に「モノ」の生産を主として歪に発展してきた社会が、行政システムやインフラ、環境、コミュニティなどのソーシャルプラットフォームのあり方を再構築し、調和の取れた構造への変革を望みはじめている、という発露なのかもしれません。

長年滞っていた日本における環境問題への取り組みも、少しずつですが変化を見せ始めました。SDGsへの取り組みは経済界だけでなく、教育の現場でも当たり前に行われるようになり、身近なところではコンビニをはじめとする商業店舗のレジ袋有料化なども、人々の意識を変えつつあります。

以前から何となく取り組むべきと感じられていた物事が、いよいよ行動に移さねば、と印象づけられた1年。その変化には、2019年のオーストラリアやブラジルでの森林火災、アフリカや中東でのサバクトビバッタの異常増殖による穀物被害、国内では千葉県での台風による水害など、気候変動によるリスクを深刻に裏付ける出来事が続いたことに加え、新型コロナウイルスの影響で世界中の経済活動がストップしたことも大きく影響しました。

都市封鎖されたインドでは一年中スモッグでかすんでいたヒマラヤ山脈が数十年ぶりにハッキリと見えるようになり、ベネチアでは緑色に濁っていた運河の水が透明になったことなど、コロナ禍で世界中の人々が立ち止まり、人や地球が本来あるべき姿を垣間みられたことも強く印象づけられたのではないでしょうか。

これまでのモノ主体の経済循環は多国籍間のグローバリズム=「つながり」を前提として発展を遂げてきましたが、コロナ禍はその世界のつながりを断ち切りました。そんななか興味深いのは、今回の受賞対象に、「WOTA BOX」「まれびとの家」「BRING」など、大なり小なりあるコミュニティ内での循環だけで、経済や生活が成り立つ社会の実現可能性を感じさせるものが、少なからず見受けられたことです。

大きな経済圏や行政に依存しなくとも、社会基盤となるインフラやそのスケールを再創造することで、独立したコミュニティのなかで経済を回し、生活を支える文明を発展させていくことができるのではないか。それは環境に優しいだけではない、公共デザインの民主化による、もう1つの社会のあり方を示すことができる。そんな可能性の断片を受賞作から強く印象づけられたのです。

環境問題で注視すべきは、物質の移動による汚染

私が「WOTA」や「BRING」を評価するのは、自分がアパレル産業の仕事に長年関わってきたという背景があります。いまアパレル産業はファストファッションの台頭によって、ここ20年の間にCO2排出量が全産業の約1割を占め、水の使用量も石油産業の次に大きくなるなど、大量生産消費社会における象徴的な環境汚染産業となりつつあります。

その持続可能化を目指す動きがあるなかで、「BRING」 のインパクトは強く、「WOTA」のような技術が発展した先にある未来をイメージできたのは大きな収穫でした。また、使用済み製品やパッケージのリユースを前提にした循環インフラを作り上げた「LOOP」も、自分がデザイン側の当事者として現場で感じてきた課題を根本的に解決すると同時に、新たな創造性を呼び起こしてくれるものでした。

「ZOOM」や「LINE Pay」も、環境視点から無視できないソリューションです。これらは、人やモノが移動しなくても経済や文化をドライブさせることができるという、新たな社会活動のかたちを提案しました。

環境問題の根本から見えてくるのは、人も含めた物質の移動による汚染負荷の割合がかなり大きいことです。たとえば、コロナ禍で世界の経済が止まった約4か月の間の温室効果ガス排出量は、2019年比で16億トン減少したと言われます(英国の環境メディア『Carbon Brief』発表)。これは自動車が3億5000万台減るのに相当する数字です。

いわゆるフードロス問題も、実際には食べ残しの問題だけではありません。農業や畜産業では製造過程で水や石油、電気など多くのエネルギーが必要とされますが、過剰に作られた食物を国を越えて運び、加工場を行き来し、買いに行き、食べ残しを回収し廃棄する、そのすべての過程にあらゆる交通機関が使われており、その間に発生するエネルギーコスト、およびCO2排出量は深刻な問題となっています。そうしたなか、物質移動しなくても良いモノやコトをオンライン化し、情報循環から新たな生活像や経済市場を創造していくサービスの意義、インパクトはかなり大きいと言えます。

優れたデザインは、難しい課題にも楽しく前向きに向かえるように変えてくれる

これまで挙げた対象、すべてに言えることですが、それらが優れているのは、ただ「環境問題や社会課題を考えよう」という目的だけでなく、そこに経済合理性はもちろん、人がワクワクして使いたくなる動機付けが備わっていることです。テスラが数あるEVメーカーのなかで突出したのは、環境性能が高いだけでなく、従来のモビリティに勝るドライバビリティや、生活を支えるパートナーとしての楽しさを備えるなど、人々の欲望に訴えかけることに成功したからです。

私が掲げた「環境改善に寄与するデザイン」というテーマが今後、より加速していくためにもっとも重要なのは、教育や啓蒙に違いありません。カーボンニュートラルをはじめとする環境改善の一歩に向け、効果のある方法は何か。優先順位はどうなのか。

信用度の高いデータから正しい知識を身につけ、それを広く知らしめることに尽きます。しかし、ある事実を右から左にただ伝えるだけでは、人々の心にうまくは届きません。

いま社会には、美しいかたちや優れた機能があるだけではなく、難しい課題に人が向かうとき、それを分かりやすく咀嚼し、前向きに楽しく向き合えるような入口を整えてくれる、そういった人の気持ちや行動を後押しするデザインが求められています。今回の受賞対象は、環境問題解決に向け、そんな入口を作ってくれました。

子どもからお年寄りまでストレスを感じずに楽しく快適にこの問題改善に参加できるデザイン。私たちが日々接するモノやコト、生活や経済活動を支えるあらゆる物事のなかに、こういった利他的な思考が当たり前に練り込まれた未来や生活を創造していくこと。それこそがデザイナー、ひいてはデザイン業界の果たすべき役割となっていくべきではないでしょうか。

そのデザインのヒントを、既存のものに例えるならば、信号機や横断歩道のようなものかもしれません。日々の生活のなかにあり、そのものの存在が意識されずとも、生活を支え、行動を促し、命を守ってくれるアノニマスなもの。デザイナーのエゴでなく、社会を意識した民による「新たな公共」を定義するデザインなのだと。

環境改善を目的とした製品やサービスだけでなく、今後生み出されるすべてに、こうした理念が練り込まれたグッドデザインが求められています。社会がそれらに満たされたとき、世界はイデオロギーやリテラシーの壁をこえ、世界中の人々が環境問題の解決に参加できる社会形成がより進んでいくのではないでしょうか。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e8f7f-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e34f37b-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e3e6dbc-803d-11ed-af7e-0242ac130002
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ムラカミ カイエ

デザイナー/クリエイティブディレクター|SIMONE 代表

株式会社三宅デザイン事務所を経て、2003年 SIMONE 設立。国内外の企業に向け、デザイン、ビジネス、テクノロジーを融合した実践的なクリエイティブ・コンサルティング、ビジネス・デヴェロップメントを行う。主な仕事: LOUIS VUITTON、LEXUS、UNDERCOVER(キャンペーン)、 Parfums Christian Dior、adidas、資生堂、三越伊勢丹(商品開発、パッケージ、広告)、 GSIX、THE PARK-ING、UNITED ARROWSほか(WEB&APP開発)、 受賞歴:Cannes Lions GOLD、NY ADCほか。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時