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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

共生のためのデザイン

あるべき未来へ、つくる喜びを。ともに作り出し「共生」をもたらすデザイン

2022.03.28


改めて「共生」を考え、「豊かさ」の価値転換を

今回、フォーカス・イシューで設定したテーマは「共生のためのデザイン」。私は昨年度(2020年度)もフォーカス・イシュー・ディレクターを務め、そのときは「環境問題に寄与するデザイン」というテーマを設定しました。「共生のためのデザイン」は、昨年に引き続き、定点観測のような視点から導き出されたテーマです。

「共生」と言っても、その解釈やかかわる領域はさまざまです。

身近なところでは、家族や職場、学校や地域といった特定のコミュニティの中での共生。また、高齢者や障害のある方々、人種や性別、地域といった属性によって、社会的に不利な立場に置かれている方々との共生。あるいは脱・人間中心主義的な視点から俯瞰すれば、COVID-19のようなウイルスや人間以外の生命体、さらには自然環境との共生にも目を向けられるでしょう。

そうした多種多様な「共生」に向けて、人々が関係性を構築していくために、必要なデザインとは何か。どのような取り組みやあり方が考えられるのか。それをつぶさに追っていきたいと考え、このテーマを設定しました。

私自身の専門領域は、アパレルやビューティといった、人の暮らしや営みの中でいわば“欲望を喚起する”分野と呼べるものです。資本主義システムのど真ん中で発展してきた領域、ともいえるでしょう。この領域のつくり手やメーカーは、SDGsという人類共通の課題に、より一層真摯に向き合う必要がある。SDGsの目標にある「つくる責任 つかう責任」を果たしながら、資本主義システムの中心部でものを生み出し、経済活動を維持していかなければならないのです。

そうした困難な課題を現実的に解決する、フィジビリティ(実現可能性)の高いデザインに焦点を当て 、大量生産・大量消費が是とされるこれまでの資本主義システムを前提とした「豊かさ」の価値転換を促したい──そんな意図も、今回のテーマ設定の背景にはあります。

以上のような課題意識を持ちながら審査に臨み、さまざまな作品に触れるなかで、「共生のためのデザイン」に必要な要素が少しずつ見えてきました。以下では、その要素を大きく二つに分けて説明します。

「バックキャスティング」でデザインする

一つは、「バックキャスティング」。現状から改善を積み重ねていくのではなく、あるべき未来を起点に、そこから逆算してデザインしていくことです。

あるべき未来を問い直す際、「マルチスピーシーズ」(複数種)の視点を踏まえる必要があるでしょう。デザイン分野では長らく「Human Centered Design」(人間中心デザイン)を前提に考えられてきました。しかし、持続可能性を考えると、人間だけへの着目では不十分。人類が地球環境に大きな影響を与えている「人新世」であることを前提に考えなければなりません。

こうしたオルタナティブな見方や倫理観を踏まえ、未来を描く。そして、そこへたどり着くために足りないピース──いわば「ミッシング・リンク」──をなんとか探し出し、アプローチすることが必要なのです。

ただ、私自身、ファッション・ビューティ業界に関わっていると、さまざまな矛盾があることに気づきます。製品として100%オーガニックで、プラスチックフリーでカーボンニュートラルを実現したとしても、海洋汚染や持続可能な資材調達といった課題のすべてを解決することはできない。矛盾から解き放たれることそのものは、困難だと思うのです。

その中で、台湾のコスメブランド「O'right」には驚かされました。サプライチェーン全体でサーキュラーエコノミーを徹底し、ブランド価値とファンコミュニティを確立するとともに、働く人々のモチベーションと誇りにも寄与している。その裏では20年にわたって持続的な事業成長を遂げているのも、特筆すべき点でしょう。

確固たるビジョンを持ち、長い年月をかけて、業界やサプライチェーンのしくみや人々の価値観を変えている。あるべき未来社会に向けて、実績を積み上げながら、ビジネスとの両立を図ろうとしている。こうした未来志向の会社や組織のデザインの実践は、世界中の心ある企業に勇気を与えてくれる実例だと感じます。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e60cf47-803d-11ed-af7e-0242ac130002

テクノロジーを活用し、子どもの安全や保護者の安心、そして保育業務の負担軽減を実現する次世代型保育園「スマート保育園®」もまた、あるべき未来を示した実例の一つでしょう。保育園や幼稚園は、自らが人を育てる責任を負うとき、その役割の一部を他者に担ってもらう場でもある。いわば、人の社会的共生の入口のようなものだと思っています。だからこそ多くの親は保育園に強い期待を寄せるし、ときにそれは過度なものとなり、先生たちを傷つけてしまう可能性もある。

そんな中、スマート保育園は先生たちの事務作業の業務負荷を減らし、子どもたちとのかかわりに集中してもらうことを目指している。人がやったほうがいいこととそうでないことを切り分け、後者をテクノロジーに任せる。しくみを変えることで、人間とテクノロジーの良好な関係性を実現しているのです。

共生を試みる際、その関係性に参加する人々の精神的負担を等分したり減らしたりしなければ、持続的な事業とはなり得ません。「スマート保育園」は、そうした負担軽減を社会実装し、「共生」を実現している。事業として持続的なので、一般化していく可能性が高く、他の産業にも応用可能なのではないかと思います。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e60d41e-803d-11ed-af7e-0242ac130002

責任だけでなく「喜び」や「希望」を

二つ目の要素は、「喜び」や「希望」です。

冒頭でSDGsの「つくる責任 つかう責任」を例示しましたが、「スマート保育園」「O'right」などを見ていると、「つくる責任」から「つくる喜び」を生み出しているように感じるのです。

描く未来像に共感でき、それに関わること、使うことを誇らしいと思え、喜びを感じられるデザイン。それが、より多くの人を巻き込むことにもつながっているのです。

今回グッドデザイン大賞を受賞した「分身ロボットカフェDAWN ver.β」と「OriHime」はまさに、そうした「つくる喜び」をもたらしてくれるデザインの一つだと思います。老若男女・障害の有無にかかわらず操作できる遠隔操作デバイス「OriHime」「OriHime-D」、そして、その分身ロボットを活用して就労・来店できる場所「分身ロボットカフェDAWN」。これらにより、時間や場所、身体的な制約にとらわれず、誰もがあらゆる社会活動に参加できる。身体を持った人間として、生物学的な制約を受けながらも、誰かのために何かを行うことで、生きる意味を実感できる……。

まさにこのコンセプトそのものが「共生」です。オリィ研究所が実現している世界は、あらゆる人々に「つくる喜び」をもたらしてくれるように感じます。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e60a2ab-803d-11ed-af7e-0242ac130002

そもそも、欲望の形自体が、変わってきているのかもしれません。

20世紀には、個人の欲望を喚起することが、消費の主な原動力となっていました。優れたデザイナーが生み出した作品を、多くの人が支持し、それを所有したり使ったりすることに喜びがあった。けれども今は、ブランドや企業の発信する「あるべき未来」のビジョンに共感することが、消費の原動力となっています。

個人的な欲望から、社会的な欲望へ。デジタルネイティブである若者や子どもたちは、今の大人たちがつくったこの世界、社会に対して、そうしたアンチテーゼを持っている。その前提でコンセプトを立て、製品や会社のデザインに応用されたとき、人々の喜びや希望が満たされ、同時に共生も実現するのです。

アクチュアルとバーチャルが併存する世界で、デザインを民主化してゆく

こうした二つの要素を踏まえたデザインをしていく際、現代社会が「二つの世界」を前提としていることを踏まえる必要があるでしょう。

昨今はメタバースという概念が話題になっていますが、これからアクチュアルとバーチャル、二つの世界が並行していくのは明らかなことです。これは20世紀における蒸気機関や電気と匹敵するほどのイノベーションであり、これ以上のインパクトはもう起こらないのではないかとさえ考えています。

アクチュアルとバーチャル、二つの世界に軸足を置きながら、クラウド上でさまざまな知見が共有され、誰もがデザインに参加することができる。メタバースやブロックチェーン、NFTといった新たなテクノロジーは、いわばその副産物のようなものです。そうした副産物は無数にありますし、今後も次々と新たなものが生み出されるでしょう。その中では、瑣末な「How」は重要視されません。

そもそも、こうした「二つの世界」の中では、0→1のイノベーションに固執する必要はない。バーチャル世界の誕生によって、既に0→1は起こっている。既存のルールや固定観念は、いったんリセットされた。それだけ大きな文明の変革期に私たちはいるのです。

だから無理して0→1を起こさずとも、1を2に、2を3にしていくべく、地道なチャレンジを積み重ねていけばいい。もっとみんな、どんどんチャレンジして、アイデアを形にしたほうがいいと思います。そのために必要なテクノロジーやツールは揃っている。たとえ失敗しても、そこからまたチャレンジすればいい。

だからこそ「How」ではなく「Why」を……何のために、どんな未来をつくりたいのか、問い直さなければなりません。重要なのは、無数にあるテクノロジーとこれまでの知見や知識を掛け合わせ、どんな未来を形にするか。

自分視点・社会視点・環境視点……複数の視点から、それぞれの欲望のありかを見据え、未来を考える。そのためには、できるだけたくさんの人を巻き込むことが重要です。なかでもデジタルネイティブ世代は、アクチュアルとバーチャル、二つの世界を身近に感じているからこそ、欠かすことはできません。

もちろん、これまでの技術や知見がまったく機能しなくなるわけではありません。デザイナーが専門職として培ってきた技能が活きる場面も、現役引退された方の知見が役立つときもある。むしろ、できるだけ多くの人の力を借りたほうが、社会的なインパクトをもたらせることは間違いありません。その柔軟性を持つことは、共生の観点ではとても大切です。

そもそも「共生のためのデザイン」においては、一人よりも二人、三人と、多くの人を巻き込んでいくことが重要です。世代や属性にかかわらず、多様な人々の価値観を踏まえたうえで、未来のため、社会に大きなインパクトをもたらすようなデザインを共に考えていく必要があるでしょう。

現代の技術環境は、それを後押ししてくれます。いわば、デザインを民主化していくべきだと思うのです。インターネットをはじめとしたテクノロジーの発展によって、より多くの人々がデザインに参加可能となりました。特にデジタルネイティブ世代にとって、それは顕著なことです。バックキャスティング思考で、できるだけ多くの人々を巻き込みながら、つくる喜びを実現していく──それこそが「共生のためのデザイン」に必要なことだと考えます。


ムラカミ カイエ

デザイナー/クリエイティブディレクター|SIMONE 代表

株式会社三宅デザイン事務所を経て、2003年 SIMONE 設立。国内外の企業に向け、デザイン、ビジネス、テクノロジーを融合した実践的なクリエイティブ・コンサルティング、ビジネス・デヴェロップメントを行う。主な仕事: LOUIS VUITTON、LEXUS、UNDERCOVER(キャンペーン)、 Parfums Christian Dior、adidas、資生堂、三越伊勢丹(商品開発、パッケージ、広告)、 GSIX、THE PARK-ING、UNITED ARROWSほか(WEB&APP開発)、 受賞歴:Cannes Lions GOLD、NY ADCほか。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時