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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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2025年度フォーカス・イシュー

「2025年度フォーカス・イシュー」を考える

グッドデザイン大賞から3年、チロル堂「意識変容」のデザイン──吉田田タカシ×坂本大祐×太田直樹

2026.1.29

単なる美しさではなく、人、社会そして未来を豊かにするよいデザインを見出し、毎年1,000を超える受賞作を発表する近年のグッドデザイン賞。そこには、次のデザインが目指す“道標”としての役割がある。

しかし、それぞれの受賞作の側からみれば、“賞をもらうこと”はあくまで通過点。過去の受賞作が「本当に社会を変え続けているのか」は、その瞬間を切り抜いてもわからない。この課題感のもと、2025年度フォーカス・イシュー・リサーチャーの太田直樹は、3年前にグッドデザイン大賞を受賞した「まほうのだがしやチロル堂」の“その後”を追うことにした。

たずねたのは、共同代表のうちの2人、吉田田タカシと坂本大祐。彼らとの対話から、新たな仕組みがまちへと根付き、人々の日常的な行動変容から、社会の価値観そのものが変わるプロセスを検証していく。


デザインと「横展開」の関係を問い直す

太田 グッドデザイン賞では近年、社会の変化の“兆し”を捉えて、挑戦しているデザインを積極的に評価しています。僕は直接審査をしているわけではありませんが、傍らで見ていると、小さなアイテムから大きなプロジェクトまで、各領域の先駆けとなりそうなデザインを後押しするような受賞が多い。「こういう挑戦を自分もしてみたい」とみんなが思えるような、道標としての役割を重視していると感じます。

ただ、そうやって捉えた“兆し”が、果たしてその後も本当に続いているのかどうか。2024年度はフォーカス・イシューのテーマを「はじめの一歩から 広がるデザイン」としましたが、では本当に広がったのか。今後はこうした点も検証していく必要があると考えています。

その初回として、この度、2022年度に大賞を受賞された、チロル堂さんにお声がけをさせていただきました。

「支援」を超えて、目の前の関係性からはじめるデザイン──吉田田タカシ×ライラ・カセム

吉田田 ありがとうございます。チロル堂のような「仕組みのデザイン」として評価いただくものは特に、どれも挑戦的な事例ですよね。だからこそ、数年でなくなってもおかしくなく、いい取り組みであっても続くかどうかは別の問題だったりする。でも、その強度も含め「実際どうだったのか?」は、みんなが知りたいところでしょうね。

太田 行政の分野などでは、良さそうな仕組みは「成功モデル」としても参照されやすいんです。みなさん気楽に「横展開」なんて言葉も使いますが、本当に全部そのまま横に持っていけているかといえば、そんなことはありません。

そうしたなかでも、チロル堂さんは実際いくつか拠点を広げ、今度本を出されるとも伺いました。(※編注:2026年1月発売予定の著書『まほうのだがしやチロル堂のまほうの書(著:石田慶子、坂本大祐、吉田田タカシ)』)。ここまでの歩みは、生駒の地で大賞をとった、チロル堂さんだからできたこともあるだろうし、一方で他の人が参考にできる部分もあるはずです。そのグラデーションの内側を、今日はぜひ伺えたらと思います。

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左から「まほうのだがしやチロル堂」共同代表 坂本大祐、同 吉田田タカシ、2025年度グッドデザイン賞 フォーカス・イシュー・リサーチャー 太田直樹

信頼をもたらした大賞から3年、未だ「理想の途中」のわけ

吉田田 グッドデザイン大賞の受賞は、やっぱりすごく大きかったですよ。日本の一番大きなデザインアワードの最高賞を取ったことは、確実に地域の人や行政からの信頼につながりました。メディア露出も増えたことで、お子さんを通わせる保護者にとっても「変なところじゃなさそうだ」と安心感につながったように思います。結果として、子どもの数も増えました。

坂本 実は少し前に、生駒市が子ども関連の施策を考えるためのアンケートをとったところ、自分にとっての「居場所」にチロル堂を挙げる子どもがたくさんいたみたいなんです。それはすごくうれしいなと。

また、地元の人だけでなく、県外のさまざまな地域で活躍するプレイヤーも含め、いろんな大人たちが遊びに来て「チロる酒場」で飲んでくれるようになったのも、大賞の影響がかなりあると思っています。

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店頭のシンボルである「チロルガチャ」も健在。子どもだけが回せるガチャガチャ(100円)にはチロル札が1〜3枚入っており、駄菓子やジュース、カレーなどと交換できる“魔法”がかかっている

太田 行き交う人が増えたことで、運営としては安定してきましたか?

吉田田 いや、経営としてはずっと厳しい状況が続いています。子どもが増えたぶん、やっぱり寄付もたくさん必要になってくるので……。

「どうせ飲むんやったら、子どものためになるチロル堂にしようや」って大人も、もちろん増えました。おつまみやビール一つひとつに寄付が上乗せされているお店を、あえて選んでくれる、それ自体が僕はすごいことだと思っています。中には「安すぎへん? これちゃんと子どもの分乗ってる?」と言ってくれる人もいます。

でも現実問題として、あまりに高い値段で出したら、さすがにお客さんは来ないんですよね。周りのお店が600円で出すビールを、寄付を乗せて1000円にして、それでも人が集まってくるなら理想だなと思いますが、まだまだ「夢の途中」だと感じています。

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大人のメニューには全て1チロル(100円)の寄付が含まれる。その他、500円から参加できるマンスリーのサポーター制度などもある

太田 日本中で子ども食堂がどんどん増え、すでに1万箇所以上あると言われます。でも、寄付だけで運営を回せるところは決して多くなく、実際は主宰者の持ち出しで何とか……というところも多いでしょうね。

吉田田 ほとんどがそうじゃないですかね。チロル堂もいくつか他の地域で展開してもらったんですが、どこもやはり厳しかったです。みなさんすごく想いはあるものの、それだけでは運営が難しいことを改めて感じました。

うちは共同代表の石田慶子さんが福祉事業所をやっていて、その法人の一部門として運営しているから続けられる、という事情があります。だから、成功しているわけでは全くなく、むしろ「成功してほしい」という期待も込めて、下駄を履かせてもらっている感覚。ただ、そこにグッドデザインみたいなアワードが「次の社会が目指すべき方向だ」とお墨付きを与えてくれたことは大きな自信にはなりました。

坂本 この道でいい、と背中を押してもらえてうれしかったですし。「そこをデザインと呼んでもらえるのか」という希望もすごく感じました。

チロル堂は、大人の意識を変える“装置”である

太田 夢の途中と言われましたけど、チロル堂の社会的価値を地元でわかりやすく伝えるための取り組みはどのくらいされていますか?

吉田田 まさに最近、そこに力を入れていこうと動き始めたところです。というのも、チロル堂では今までソーシャルな側面をできるだけ見せず、「あくまでここは駄菓子屋」「困っている/いないに関係なく誰でも来ていい」という姿勢をすごく大事にしてきたんですね。だから「子ども食堂」のようなワードも、意図的に多用しないようにしてきました。

ただ数年間活動して、それ自体はかなり定着したという感覚があるんです。もう誰も「チロル堂は苦しんでる人が来る場所だ」なんて思う人はいない。その部分で安心できるようになった今、もっと僕らの活動の意味をはっきり伝えてもいいんじゃないかと。これは実は、共同代表のメンバーじゃなくて、店舗を運営するスタッフから出た意見なんです。運営の数字なども見て、もっと寄付をしたいと思ってもらえるために、何ができるかを考え始めてくれています。

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太田 でも、「あえて子ども食堂と言わない」数年間も、間違いなく必要なプロセスだったわけですよね。そこが積み重なったからこそ、分け隔てなく人が来る状況が今生まれている。

吉田田 そうです。同時に、その時間があったからこそ、いわゆる「子ども食堂」との違いも明確になりました。もちろん「子ども食堂」も大切な活動です。ただ僕らの目的は、「経済的に苦しい子どもにごはんを食べさせるため」ではない。確かに僕らは、子どもたちが100円以下でいつでもカレーを食べられる仕組みをつくりました。でもやってみるとわかりますが、子どもが育つには毎日カレーばかりじゃだめです。本当にそこの支援ニーズに応えるんだったら、もっと違うアプローチが必要になる。

では何を目的にしているかというと、結局「大人の意識変容」なんですね。日々の小さな寄付を通じて、少しずつ「地域の子どもは地域の大人みんなで育てよう」という感覚が養われていく。これが本当の意味での共生社会じゃないのか? という視点を、できるだけ説教くさくなく広める“装置”がチロル堂なんだと捉えています。

太田 すごくおもしろいですね。外からは「地域の大人が子どもたちを助けている場」のように見えます。けれども、実は周りにいる大人たちこそが、チロル堂があることで変わってきていると。

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吉田田 明らかな変化が起きていると思います。ここで飲食をすると、寄付になる金額分の札が、その人の目の前に積み上がっていくんです。それを見て「チロル堂で飲むと、子どもたちのカレーになるんだ」と理解して、定期的に通ってくれるようになる人がいたり。ある日飲みに来た方が、「実は子どもがずっとお世話になっていたから」と突然数万円置いていってくださったり。

あとは生駒でずっと事業をされてきた方が「これは税金みたいなもんやから」と言って、経営者仲間との飲み会を毎月ここで開いてくれたりもしています。近くで畑をされている方が、「この畝はチロル堂のため」と言って、野菜を育てて届けてくれたりもしています。そういうエピソードが、本当にたくさんあるんですよ。

太田 ただの“馴染みの店”という関係ではありませんね。日々の生活や事業活動が、チロル堂と重なってきている。

吉田田 しかも、そういった近い思いを持つ人が集まるから、気づくと勝手に知り合いになっているんですよ。完全な他人同士が生駒のことを真剣に語り合ったりする、奇跡のような瞬間が何度も起きていて、確実に人の意識を変える場になっているのを感じます。

「みんなで損を分け合う」大人としての振る舞い

太田 “大人を変える装置”という狙いは、最初は全くなかったんですか?

吉田田 明確になったのはやりながらですが、共同代表の石田さんは、その課題をもともと感じていたとも思います。彼女は長く障害福祉の事業をやってきたなかで、「福祉は福祉事業所がやるもの」「教育は学校がやるもの」と役割分担をはっきりさせていく社会への疑問があったんです。もっと万遍なく、みんなでやるものじゃないの? と考えていたことが、チロル堂の運営を経てだんだん言語化され、僕らにも共有できるようになった。

それって、全てを秩序化し効率よく進めようとする社会の流れに、少し逆らうことですよね。でも僕はここに、次の社会の大きなヒントがあるんじゃないかと思っています。坂本さんがよく「チロル堂はみんなで損を分け合う仕組みなんだ」と言うんですが、そういう矛盾を孕んだ振る舞いをしていくことがとても重要じゃないかなと。

太田 損を分け合う。飲み会の話も畝の話も、確かにそうですね。

坂本 チロル堂は、いわば大人の「痩せ我慢」で成り立っているんです(笑)。でもそれこそが、大人本来の役割だと僕は思います。「子どもだけが得してもらったらいいよね」という発想で、あとは大人たちが、それぞれにできる範囲でちょっとずつ損をする。

かつ、その振る舞いを「俺たちがいいことをやっているから、みんなごはんが食べられるんだよ」のようには決して見せたくない。やっぱり子どもが「自分でつかんだチロル札で食べた」と思ってほしい。だから痩せ我慢をしてでも、ここは“魔法”のかかる駄菓子屋なんだよ、って言い続けたいと思うんです。

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吉田田 損を選ぶって、理屈じゃないから理解しづらいんです。普通は「損をしないほうが幸せになれる」と思いますよね。でも、そうやって経済合理性で考えると省かれるものの中に、実は豊かさがある。

実際、僕らってこの活動で全くお金を受け取ってないんですけど、自分の懐を痛めている感覚は全然ないんです。むしろ得ているもののほうが圧倒的に多くて。お金ももちろん幸せの要素の一つですけど、逆に言えば“一つにすぎない”ことが、チロル堂をやってよくわかりました。

太田 それこそ家の中でおこなうことには、経済合理性以外のものがたくさんあります。でも、外に出るとなぜか損得を考えてしまい、同じことができない。

吉田田 そう、個人レベルでは理解しているものが、社会になるとできなくなることが僕は大きな問題だと思っています。それは、今みんなが「ビジネスの規範」だけで動いてしまっているから。チロル堂は、そうではない「暮らしの規範」のようなものを、社会の中にもう一度入れようとする活動なんです。

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太田 規範というのはすごく大事ですね。ある種の矛盾を抱えたまま、損得以外の判断も織り交ぜていくにはどうすればいいか、というのは今ビジネスでも大きな課題になっています。

吉田田 企業は企業で「もはや利潤追求だけでは幸せになれない」とわかっているんです。だから売上や利益を少しでも高めていく活動をしつつ、何か別の豊かさを目指せないかと試行錯誤もしている。そこが今面白いですよね。

ただ、チロル堂で活動をすればするほど、「みんなそんなにお金が重要なのか」というのも見えてくるんです。もう命の次くらいに大事で、一度握ったら絶対手放さない(笑)。そこが最後の砦なんだな、と痛感します。

お金という仕組みはもちろん素晴らしいものですが、僕らはそれに権威を持たせ過ぎてしまった。この過ちを、いかに和らげて次世代に渡すかが鍵だと思います。

日々の小さな行動が、社会のOSを変える

太田 今回のフォーカス・イシューで僕の考えているテーマが、実は「社会のOSを変えるデザイン」なんです。今年の受賞対象で言えば、千代田区の区立公園で、一つひとつの公園が異なるニーズに応えていくような整備をしている事例や、広島県の牧場で、画一的ではない風味を価値に変えていく酪農事業をしている事例などは、社会にある「こうでないと」という価値観そのものを変容させていくデザインだと考えています。

今いろんなことが制度的な疲労を起こしているなかで、何か新しい問いを立て、うまくいくかはわからないながらも今までとは違う方法を探っていく。ここがやはり、デザインの面白さです。

今日お話を聞いていて、チロル堂で行っていることも、そうした社会のパラダイムシフトを促すデザインじゃないかと感じました。時間やお金の使い方、人との関わり方などの具体的な“生活”の形として変化が実際に起き、それが「損を分け合う」といった“意識”の変容にも結びついていくんだなと。ライフステージを変えるような大きな決断も、結局は毎日の小さな行動や思考の相似形でしかありませんから。

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吉田田 社会のOSを変えるというのは、チロル堂も含め、まさに僕らがずっとやろうとしていることだなと思いました。日々の中で人が何となく「いいな」と思って何かを選ぶ、その振る舞いの伝染が、新たな文化をつくると僕も考えています。

でも、多くの大人は「ひとりのささやかな行動に社会を変える力なんてない」と思い込んでしまっている。僕はそれこそが、パラダイムシフトへの一番の近道だと思うんですけど。どう伝えたらわかってもらえるのか……といつも悩んでいます。

太田 本を出版されようとしているのは、そうした行動変容をもっと広げていこう、という狙いなんですか?

吉田田 もともと、チロル堂の取り組みに賛同してくれて「これを自分の地域でもやりたい」と言ってくれる人がすごくたくさんいたんです。まだ僕ら自身が悩みながらやっているのに、いきなり広げたら無茶苦茶になると思って、最初はずっとブレーキを踏んでいました。でも、断り続けるのも大変なので、少しずつ暖簾分けを考えたり、やり方を直接レクチャーしたりしていったんです。

そうしたプロセスを経てわかったのが、いわゆる「横展開」の発想ではうまくいかない、ということ。地域性にすごく左右されるので、チロル堂の看板を掲げてスタートしたいくつかも結局どんどん別物になっていくし、それがむしろ良い。

つまり、チロル堂で起きている変化をもっと広げたいなら、その方法を伝えるときに「できるだけ曖昧に開いていく」ことが重要なんです。それで間接的に情報を届けられる本という形態を選び、内容も「この通りにやって」というマニュアルではなく、ヒント集のような感じにしました。

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太田 直感的には、細かく書いたほうが伝わりやすい気もするんですが、これまでの実践を踏まえて、そうではないとわかったという。面白いですね。基礎的なところだけを書いて、地域でどう味付けをするかは、それぞれが考えられるようにしていると。

坂本 僕らとしては、本当にこれを根付かせたいなら、まずは自分自身で試行錯誤してほしいんですよ。チロル札の仕組みさえ稼働させたらそれでうまくいく、なんてことは絶対にない。むしろ大事なのは、場を運営するときの“作法”です。

だから本でも、「こうしてください」のルールではなく「こっちのほうが良さそうだよ」というマナーの話として記しました。もちろん書籍にすることは、考えてきたものを一度言葉として定着させる行為ではあるので、何を語り何を語らないかのバランスにすごく悩みましたけれど。

吉田田 本は坂本さんを中心にまとめた「思想編」と、石田さん中心にまとめた「実践編」の2冊に分かれています。思想編のほうでは、僕たち自身のバックボーンも書いて、なぜそう考えたかが伝わるようにしました。それを踏まえて、実践編も「あくまで僕らの場合はこうやっているよ」という内容になっています。

坂本 吉田田さんも石田さんも僕も、それぞれ来た道があって、その中でいろんなことを考えた結果、たまたまチロル堂として結実したわけです。言い換えれば、本を読む人それぞれの中にも、すでに始まっている何かがある。そこに気づいてほしいなと思いました。「これはあなたの話なんですよ」って。

「自分たちでつくる社会」の姿を世の中に見せていく

太田 最初は、受賞の話題をきっかけに「あのデザインができる方法を知りたい」と思うところから始めてもいいと思うんです。でも、それを本気でやりたいとなったら、結局自分に戻ってくる。一周回ってそういう気づきが生まれるサイクルができるといいですよね。

ただ、大賞ともなると、どうしても“答え”のように見えてしまう部分はあります。特に僕らのような「正解を当てに行く」教育をされてきた大人は、それを求めてはダメだと言われると、最初戸惑うかもしれません。

吉田田 僕はずっと教育に携わってきた人間なので、「自分でつくる」教育をされてきていないことが、いろんな問題の根底にあると感じています。確立された社会というものが最初からあるんだ、とみんな思い込んでしまっているんです。

そうじゃなく、社会をつくるために自分がいるんだよ、ということを子どもたちにはもっと教えたい。大人にも「自分たちで社会をつくるんだ」という感覚を取り戻してほしいなと思っています。

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太田 吉田田さんの運営するアートスクール「アトリエe.f.t.」では、天理市で新しい教育事業をされようとしています。児童館をリノベーションして、子どもと大人が学び合う地域の居場所を目指されていますよね。これはチロル堂で起きている「大人の意識変容」を、また別の形で広げる試みだと解釈していいでしょうか?

吉田田 アトリエe.f.t.で20年以上やってきたことに、チロル堂の考え方や、2025年度グッドデザイン賞をいただいた不登校支援の「トーキョーコーヒー」の実践なども集約させた、大きな学校のような場所を考えています。アートスクール事業もおこないますが、一部は子どもだけでなく大人も自由に使えるようにするので、対話の会や映画鑑賞が日々開かれるようになったらいいなと。まずは大人の意識を変える、そこを行政と一緒になって実践していくことで、結果的に公教育が変わっていけばと思っています。

坂本 起きている問題に対して、子どもの側にパッチを当てるような施策ってたくさんあると思うんです。でも結局、大人側の行動変容が起こらない限り、一瞬の状況が改善するだけで根本的な解決にならない。その意味で、まさに先ほど太田さんのおっしゃった「OSを変える」ことを狙ったチャレンジです。

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吉田田 今の社会は、「みんなが生きやすいように」と思って全部をきれいに整理し秩序化した結果、逆に生きづらくなった状態だと僕は見立てています。その過程で得たものはもちろん大きくありますが、一方で手のひらからこぼれ落ちたものもたくさんある。そこをもう一度拾い上げる活動として、見てもらえるといいなと考えています。

太田 書籍にしても天理のプロジェクトにしても、いろんな人が「自分はどうする?」と考えるきっかけになりそうだと感じました。グッドデザイン賞は答えではなく、あくまで挑戦の種火を見つけるものです。その種火が、今後さまざまな人の手でどう育っていくか。検証を続けながら、行方を見定めたいと思います。

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吉田田 タカシ

教育者、デザイナー、ミュージシャン

アートスクール「アトリエe.f.t.」代表。「一般社団法人みちをつくる」代表理事。「まほうのだがしやチロル堂」共同代表。教育や社会課題に取り組む「トーキョーコーヒー」を全国約400拠点で展開。日本PTA全国研究大会など多数の講演実績がある。バンド「DOBERMAN」ボーカル。著書に『「いきたくない」もわるくない?』がある。


坂本 大祐

クリエイティブディレクター

奈良県東吉野村に2006年移住。2015年 国、県、村との事業、シェアとコワーキングの施設「オフィスキャンプ東吉野」を企画・デザインを行い、運営も受託。開業後、同施設で出会った仲間と山村のデザインファーム「合同会社オフィスキャンプ」を設立。奈良県生駒市で手がけた「まほうのだがしやチロル堂」がグッドデザイン賞2022の大賞を受賞。2023年デザインと地域のこれからを学ぶ場「LIVE DESIGN School」を仲間たちと開校。


太田 直樹

共創パートナー 株式会社 New Stories代表取締役社長

2014年まで、ボストンコンサルティングの経営メンバーとして、アジアのテクノロジーグループを統括。2015年から17年まで、総務大臣補佐官として、デジタル戦略と地方創生の政策策定に従事。2018年にNew Stories を立ち上げ、デジタルに関する専門知識と官民のネットワークを活かし、未来の価値を創造する仕事をしている。Code for Japanなど、テクノロジーを活用するコミュニティづくりを支援。


佐々木 将史

ライター/エディター

保育・幼児教育の出版社に10年勤め、'17に滋賀へ移住。児童福祉をベースに、教育、デザインなどの領域で編集者として活動中。


進士 三紗

フォトグラファー

1998年京都生まれ。京都市立芸術大学を卒業後、アーティストとして作家活動を続ける傍ら、フリーランスフォトグラファーとしてクライアントワークも行う。