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今回のテーマ
海外から見たグッドデザイン
グッドデザインを中華圏に広げる、台湾で愛される日本カルチャー誌《秋刀魚》
2026.10.9
12年にわたり、日本文化を台湾の視点から伝えてきた雑誌《秋刀魚》。ラーメン、銭湯、民藝、音楽など、毎号一つのテーマを掘り下げています。グッドデザイン賞との関係も深く、一冊丸ごとの特集をはじめ、台湾でのイベントやポッドキャスト「MAMONAKU 設計到站」へと取り組みを広げてきました。《秋刀魚》は日本のデザインを台湾にどう伝え、どんな交流を育ててきたのか。台湾出身で、「.g Good Design Journal」編集チームのメンバーでもあるKeiが、《秋刀魚》編集長の陳頤華(Eva Chen)さんに聞きました。
日本の雑誌から刺激を受け、育ってきた12年
台湾には、日本文化だけを特集し続けている雑誌があります。その名は《秋刀魚》。2014年の創刊以来、ラーメン、銭湯、民藝、音楽、デザインなど、台湾の社会や読者の変化を見つめながら、これから関心が高まりそうな話題を届けてきました。執筆時点で52号を数えますが、これまで同じ特集テーマを繰り返したことはありません。

創刊当時、台湾では大手出版社に属さない小規模な雑誌が次々と生まれ、「小雑誌の逆襲」と呼ばれる動きが起きていました。《秋刀魚》も、雑誌に強い憧れを持つ3人のチームから始まった一冊です。雑誌づくりを学ぶなかで、誌面構成や特集の切り口など、大きな刺激を受けたのが日本の雑誌でした。
「『雑誌という媒体そのもの』を本気で大切にしているのが日本でした。一つのテーマをきちんと論じきる器として、雑誌を信じている。だから、雑誌で日本文化を扱うことに意味があるのだと思うようになりました。」
彼らが日本の雑誌から感じたのは、一つのテーマを深く掘り下げ、考え抜く文化でした。情報を広く集めるだけではなく、限られた領域をどこまでも研究していく。その「オタク的」な探究心が、一冊の雑誌として形になっていることに惹かれたのです。
創刊前に日本を訪れて書店を回った際、その厚みに圧倒されたといいます。台湾では一つのコーナーに収まるライフスタイル誌が、日本では一列を占めている。テーマが細かく分かれ、それぞれに一冊の雑誌が成立している光景が強く印象に残りました。
《秋刀魚》の編集には、こうした日本の雑誌文化から受け取ったインスピレーションが息づいています。
雑誌を通して、台湾と日本のあいだに対話をつくる
日本の読者にとって、まず印象に残るのが《秋刀魚》という誌名です。その名前には、台湾と日本のあいだに会話を生む仕掛けがあります。
「誌名の《秋刀魚》に使われている漢字は、台湾と日本で共通しています。さらに、日本語では『サンマ』ですが、台湾語でもよく似た発音なんです。この話をすると、日本の方は必ず驚いてくださる。」
まず名前で興味を引き、驚きを共有する。そこから、二つの地域が重ねてきた歴史へと話をひらいていく。《秋刀魚》という誌名そのものが、異なる文化のあいだに会話のきっかけをつくるコミュニケーションデザインになっています。
この姿勢は、内容づくりにも一貫しています。
「私たちは日本でつくられる雑誌を台湾で再現することを目指していません。日本文化を取材し、台湾の読者が暮らす社会や感覚に合わせて組み直します。それが日本へ戻ったとき、日本の人にも自分たちの文化を見直してもらえる。その往復から生まれる、文化を越えた対話が《秋刀魚》の価値だと思っています。」
その往復が具体的に表れたのが、第7号「美の進化論」でした。日本における「美」を台湾の視点から考えた号で、編集部が表紙に選んだのは、青と緑のあいだのような鮮やかな色でした。

表紙を見た日本の読者からは、「日本で美を語るなら、白やグレー、黒といった色を選ぶ。この緑色は、台湾の視点だから生まれたものだ」という反応が届いたといいます。日本文化を取材し、台湾で咀嚼して表現します。その誌面が再び日本へ渡ることで、日本の読者も、自分たちが無意識に抱いていた「美」のイメージに気づくことになりました。
デザインは、読者と社会をつなぐ共通言語
《秋刀魚》の特集づくりには、読者の関心が大きくなる少し前に、その兆しを捉える姿勢があります。すでに台湾で広く知られているものではなく、人々が「もっと知りたい」と思い始めたテーマを選ぶのです。第50号でジャズを特集したのも、この数年、台湾で演奏する人や場所が静かに増え、台湾ならではのジャズの捉え方が見え始めたからでした。
こうした編集の視点から、《秋刀魚》が繰り返し取り上げてきたテーマの一つがデザインです。第23号「デザインで日本の地方に提案!D&DEPARTMENT」、第24号「印刷先決!!!」、第25号「デザインが行動になるとき」、第26号「デザインのひながた」、第34号「Japan create 現在形」など、デザインを扱った号が数多く並びます。

「《秋刀魚》の読者は、まずデザインに対して一定の関心と理解がある方が多い。その土台の上に、食べものが好き、神社が好き、日本酒が好きと、それぞれの関心が積み重なっていく。デザインは読者の共通言語なんです。」
ここでいうデザインは、見た目を整える技術だけを指すのではありません。食べること、旅すること、地域で暮らすことを、誰かに届く形へ組み直す方法でもあります。扱うテーマが変わっても、デザインという視点から、その背景にある考え方や社会との関係を掘り下げられる。だからこそ、異なる関心を持つ読者をつなぐ共通言語になるのです。
2014〜15年ごろ、台湾では日本のデザインを「シンプルで洗練された見た目」として学ぶ傾向がありました。一方、日本ではすでに、地方創生や高齢化、暮らしのなかの不便といった課題に向き合う活動も、デザインとして捉えられていました。
完成したデザインの形だけでなく、なぜつくるのか、誰の生活をどう変えるのか。その背景へ関心が移っていく兆しを捉え、《秋刀魚》はデザインと暮らし、社会の関係を伝えてきました。その延長線上で出会ったのが、グッドデザイン賞でした。
受賞結果だけでは見えない、グッドデザイン賞の価値を伝える
《秋刀魚》とグッドデザイン賞の関係が本格的に始まったのは2019年です。第26号「デザインのひながた」では、一冊を通してグッドデザイン賞を特集し、編集部は審査の現場を訪ねて審査委員や受賞者を取材しました。


最初の相談で想定されていたのは、受賞結果を伝える短い記事でした。台湾でも、グッドデザイン賞の結果は複数のメディアが報じています。そこで話し合いを重ねるうちに、受賞対象を紹介するだけでなく、賞が生まれた背景や、社会のなかにどのようなよい循環をつくろうとしているのかまで伝える企画へと発展しました。
審査現場で特に印象に残ったのは、審査委員同士が一つひとつの対象について交わす議論でした。
「台湾では、賞の話が『獲ったか、獲らなかったか』で止まってしまうことがあります。でも、自分の仕事を言葉にして応募し、異なる専門を持つ人から問いを受け、もう一度考え直す。選ぶプロセスのほうに大きな価値があると知りました。」
応募することは、自分たちの仕事を他者の視点から見直すことでもあります。厳しい議論があるからこそ、選ばれた対象に意味が生まれる。《秋刀魚》の特集は、賞を成果の証明としてだけでなく、デザインを考え直す機会として台湾へ伝えました。
雑誌から、声が行き交う場へ
一冊の特集を終えたあとも、《秋刀魚》は、毎年更新されるグッドデザイン賞と日本のデザインを継続して台湾へ届けたいと考えました。受賞対象だけでなく、その背景にある考え方や、つくり手自身の言葉まで、より深く伝える。その方法として始まったのが、ポッドキャスト「MAMONAKU 設計到站」です。

《秋刀魚》編集長のEvaさんと、東喜設計の呉東龍さんが共同で進行し、グッドデザイン賞の審査委員、受賞者、デザイナー、研究者らをゲストに迎えます。番組は、台日のデザインをめぐる列車に見立てられています。多彩なゲストと「よいデザインが社会をどう変えるか」を考え、グッドデザイン賞という終着駅を目指します。日本人ゲストの言葉は通訳を介して中国語で届けられ、日本語を理解しないリスナーも対話を追うことができます。
「台湾で日本のデザインに触れるときは、完成したプロダクトや、編集された後の情報を見ることが多いんです。音声なら、完成形に至るまでにその人が何を考えたのか、言葉を選ぶ時間も含めて、長い対話のまま届けられます。」
話し方から、作品とつくり手のつながりが見えてくることもあります。緻密なデザインを生み出す人は、一つひとつ言葉を選びながら厳密に答える。想像力に富んだ作品をつくる人は、話にも自由な発想がにじむ。収録後、Evaさんたちは「この人だから、このデザインが生まれたのだ」と納得することがあるといいます。

番組に登場する日本のゲストには、もともと台湾に関心を持つ人が多いそうです。出演する側にとっても、自らのデザイン理念を、自分の声で台湾を始めとする中華圏の聴き手へ届けられる貴重な機会になります。収録を重ねるなかで、台湾を訪れ、現地のデザイナーと話してみたいと考える日本のつくり手も増えているといいます。
台湾では、美術館やデザイン関連機関、大学、フォーラムなどが、日本のデザイナーを招いた講演や交流会を数多く開いています。グッドデザイン賞も毎年、応募説明会や交流会を台湾で開催し、日本と台湾の審査委員や受賞者が同じ場で言葉を交わします。ポッドキャストを通じて考え方や活動を知ってもらうことは、台湾でさらに交流を重ねる入口にもなります。

台湾で見つけたものが、日本のデザイナーへ問いを返すこともあります。台湾のコンビニでは、インドネシア語やタイ語、ベトナム語で「荷物を送りたい」「お金を引き出したい」といった用件を示せるカードが、レジに備えられています。台湾を訪れたある日本のデザイナーは、多様な背景を持つ人の生活を、ささやかな工夫で支えるこの仕組みに感銘を受けたといいます。Evaさんが日本側からよく聞く台湾の魅力は、こうした「文化的な包容力」と「変化に応じる柔軟さ」です。
番組のリスナーからも、具体的な反応が届いています。「障害のある子どもも一緒に遊べる遊具」を扱った回には、自分の子どもが同じような状況にあるという母親から、「台湾でも、さまざまな子どもが一緒に遊べる環境をつくれないだろうか」と考えるようになったという声が寄せられました。
「その方はデザイナーではないので、自分で新しい遊具を設計することはできません。でも、デザインを暮らしのなかに意識して取り入れ、子どものために選択することはできる。その変化に、とても感動しました」とEvaさんは話します。番組は、一般のリスナーにとっても、デザインを自分の生活に取り入れ、身近な選択について考えるきっかけになっています。

次の対話が始まる場所
一冊の特集から、継続するポッドキャストと台湾での交流会へ。日本のデザインは、台湾のつくり手やリスナーに新しい視点と刺激を届けています。一方、台湾での受け止められ方や、そこから生まれた反応は、日本のつくり手にとっても、自分たちの仕事が異なる文化でどのように響くのかを知る機会になります。《秋刀魚》とグッドデザイン賞が重ねてきたこうした往復が、次の出会いや、新しい取り組みが生まれる土壌を少しずつ育てています。
Kei Chen
執筆
台湾出身、日本在住。ウェブメディア「.g Good Design Journal」の編集チームのメンバー。Webやアプリなどのデジタルサービスからオフラインの場まで、幅広い領域で体験デザイナーとしても活動している。
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