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「よいデザイン」がつくられた 現場へ

よいデザイン、優れたデザイン、 未来を拓くデザイン 人々のこころを動かしたアイデアも、 社会を導いたアクションも、 その始まりはいつも小さい

よいデザインが生まれた現場から、 次のデザインへのヒントを探るインタビュー

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今回のお訪ね先

株式会社ツボエ(新潟県燕市)

町工場からブランド誕生!(前編)

2023.04.27

「グッドデザイン探訪」では、グッドデザインのはじまりとなる小さな一歩を、現場でのインタビューから探っていきます。初回の訪問先は、おろし金で2年連続グッドデザイン賞を受賞した新潟県燕市の株式会社ツボエ。日用品になぜデザインが宿ったのか、唯一無二のおろし金が生まれたその軌跡を語っていただきました。


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2020年度グッドデザイン・ベスト100 「ツボエの極上おろし金 箱 -hako-」

手作業を機械化していく

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— ツボエさんは「ツボエの極上おろし金 箱 -hako-」が2020年度グッドデザイン・ベスト100に、同シリーズの「丸皿-maruzara-」「角皿-kakuzara-」が21年度のグッドデザイン賞に選出されています。今日は、その受賞への道のりを教えていただきたいと思います。

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ツボエ代表取締役社長の笠原伸司さん

笠原伸司(ツボエ 代表取締役社長) 私たちの会社は、歴史こそありますが、社員数は20名足らずの零細企業です。1907年(明治40)に、金属加工産業が盛んな燕市で、高祖父の笠原恒太郎がヤスリの製造に着手したことから始まります。私で四代目となります。

ヤスリは、ノコギリの刃を尖らせるためのもので、鏨(たがね)という刃を持つ工具でつくります。かつては大きな需要がありましたが、ノコギリが機械化されるようになると使い捨ての替刃が普及して、次第に姿を消していきました。この頃から始めたのが、おろし金です。

— ヤスリからおろし金への転身ですね。

笠原 おろし金も野菜を削るヤスリなので、技術には共通するものがあるのです。鏨で目を掘り起こす「本目立て」という作業が重要なのも同じ。三代目である父・英司は、規模を縮小しながらも、おろし金を手作業と同様の工程で機械化する道を探っていきました。

— 手作業だけでは、おろし金をつくるのにかなり時間がかかるのですか?

笠原 本目立てをすると、一日10枚つくれるかどうかでしょう。父はより多くの人に届けられるように、さまざまなおろし金を機械でつくり始めました。そのための試作機からつくるのです。

私が会社に入ったのは30年前ですが、そこでヤスリからおろし金へ、本格的に切り替えました。私たちはアルミやチタン、ステンレスなど、硬くて加工しにくい素材を次々取り入れて、手業の技術を機械化していきました。

—  自社開発のNCマシンで本目立てまで行っているのですね。

笠原 その機械化により、多種多様のおろし金が製造できるようになりました。近年はOEM生産を中心に受注をいただいています。バケツで大根おろしを受け取るような大型の特殊なおろし金の設計や製造まで行っています。

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ツボエでは形も大きさもさまざまなおろし金とヤスリ(上段の黒)を製造している。

すべてが中途半端で、チャレンジの余地なんてなかった

— OEMの注文があるということは、企業としては安定していたのではないですか?

笠原 受注にもとづく工賃仕事なので、機械の開発といった投資をせずに製造できますから、数字の上では安定してみえます。その反面、競争相手は世界中にいるわけで、ある日突然、取引が打ち切られる不安がつきまとっていました。

このままでは、いずれ立ちゆかなくなってしまうのではないか。そんな不安をぬぐうには、ツボエならではのものづくりに挑むしかないと、決意したのです。燕には、ブランディングで世界的な企業となった事例があります。それを参考にしようと考えたのです。

とは言っても、社内にデザイン部門があるわけではないし、何でもかんでも社長がやらないといけない状況でしたから、ソフトを使って自分でロゴをデザインしたりしていました。

できあがりを社員に見せると「いいんじゃないですか」としか返ってこない(笑)。それしか言えないですよね。結果、やらなければならないことが増えていって、すべてが中途半端で、新しいことに挑む余地なんてなくなっていきました。

— 多くの企業が抱える課題ですね。

笠原 そんなとき、知人を介してグラフィックデザイナーでアートディレクターの栗山薫さんを紹介されました。そこでロゴのデザインを依頼したんです。すると、会社の歴史から理念から、いろいろヒアリングしてくるわけです。

そうか、デザインするためのスピリッツを探っているんだ。ただ、見た目を格好よくすればいいわけじゃない。ああ、プロってそういうものなのか、と驚きました。

できあがったロゴを見て、まさに脳天をつかれる思いがしました。そこには、おろし金の刃が入れ込まれていて、私たちの歴史も思いもデザインされていたからです。

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まっすぐなデザインが生まれた理由

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おろし金「箱」のパッケージを手に語ってくれた栗山薫さん(kuriyama kaoru design)。ディレクターとしてブランディングに携わっている。

栗山薫(kuriyama kaoru design)始まりは6年ほど前ですね。単発の仕事からでした。

笠原 先代から何十年もの間、依頼されてたくさんのおろし金をつくってきました。こんなにたくさんの種類があるというのは、究極の一品がまだないからに違いない。その究極のおろし金はどういうものなのだろうと、いつも考えていました。

ずっと構想と試作を重ねていたんです。でも、どうしても一人では形にできなかった。それで栗山さんに「プロダクトデザイナーではないけれど、できる範囲で手伝ってもらいたい」と相談したんです。そこから急ピッチにプロジェクトが動き始めました。

— グラフィックデザイナーにとって、通常、プロダクトデザインは分野外です。

栗山 「箱」はグッドデザイン賞の審査委員から「差別化のために無理にデザインを操作した痕跡がない」と評価していただきました。笠原さんの思いをもとに私がラフを描いて、それを外注して図面化するというプロセスで、あえて差別化しようとつくりこんだり、前例のない装飾を狙ったりといった意識はまったく入っていないのです。

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— 審査委員からは「まっとうで、まっすぐにつくられている」との声もありました。笠原さんの思いをまっすぐに描くことに、グラフィックデザインの力が発揮されたのですね。

笠原 アイデアはいっぱいありました。例えば、プロ用のおろし金もたくさん経験してきたので、プロの料理人が本目立てのおろし金でつくる大根おろしはおいしいと評価しているのも知っていました。本目立てだと、大根を切り下ろすので、フワフワに仕上がるんです。

でもそれを、形にするのは簡単ではありませんでした。試作をつくりながら改善して、何度も図面を描いてもらうことを繰り返しました。

栗山 笠原さんは「これもやりたい、あれもやりたい」と、言葉の端々からやりたい思いがあふれていました。今後の展開を考えるならば、ブランドとして確立させたほうがいい。そこで、二人で話し合いながら、ブランドをつくり込んでいったのです。

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デザインのポイント: シンプルな形状ながら、おろしやすいように斜めにしたり、容器の端のカールをなくして汚れが溜まりにくいようにするなど、細部にこだわり設計。ザルとシリコン蓋が付属品で、蓋はおろす際の滑り止めになる。シリコン蓋やザル、容器は燕市と三条市のメーカーが製造。まさに技術の結晶で、専門家が見ても唸るできあがりになっている。

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笠原さんは「にいがた県央マイスター」に認定されている技術者でもある。自身で目立てし、加減をさぐる試作を繰り返してきた。

自分から「極上」なんて言えない

栗山 商品名やブランド名は重要です。ブランド名を決めるときに、「極上」はどうですかと私の方から提案したんですが、笠原さんからは「いやいやいや」と否定されまして。

笠原 つくっている人間からすると、自分で「極上」なんて言えないですよ。もちろん気持ちは最高の極みをつくりたいんです。でも「それを俺が言うか!?」(笑) とてもとても言えません。

栗山 ツボエの名は100年以上前に生まれ、鋼の焼き入れを行う鉛が入った壷に由来します。ヤスリからおろし金への歴史や受け継いだプライド、培った技術、すべて極上です。

名に恥じないので、「ツボエの極上」と言いましょう、使ってみたら極上とわかってもらえるはずだから、と伝えました。でもこれは外から客観視できる人間でないと出てこない視点だと思います。

— 第三者が評価したことが、ブランド・デザインの核になったのですね。

笠原 自分だったら絶対に付けませんよ。すごい自信がないと出せない名前です。でも、毎日毎日考えていたら、1週間ぐらいしたら慣れてきて、今ではその名を負う覚悟というか、当たり前になっています。

栗山 SNSでユーザーの方々が「極上の名に恥じない」と言ってくださるのを見ると、本当にこの名にしてよかったと思います。

こうして渾身の「極上」のおろし金が完成。でもまだ道半ば。後半では、「高いと売れない?」葛藤や、なぜグッドデザイン賞に応募したのか、ヒットした理由についてなど、語っていただきます。

グッドデザイン探訪では、あるテーマを切り口にインタビューや仕事紹介の記事をお届けしていきます。今回のテーマは「中小企業パラドックス」。市場競争ではなにかと不利とされがちな中小企業*ですが、自由に発想できたり、意志決定が早くなったりなど、メリットもあるはずです。パラドックスとして、中小企業だからこそ生まれたグッドデザインを掘り下げます。 *資本金3億円以下、従業員総数300人以下の企業

後編はこちら


ツボエの極上おろし金

株式会社ツボエ

1907年新潟県燕市に創業。笠原伸司は四代目社長として2010年就任。ステンレスや硬質アルミ合金、チタンなど、難加工素材のおろし金に挑み、特殊機械のおろし刃の設計・製造にも着手。2017年にブランドロゴをリニューアルしたのを機にブランディングを見直し、これまでにない極上のおろし金を開発した。https://tsuboe.co.jp


受賞詳細
2021年度 グッドデザイン賞 ワサビ用「ツボエの極上おろし金 丸皿-maruzara-」、 生姜用「ツボエの極上おろし金 角皿-kakuzara-」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e49893c-803d-11ed-af7e-0242ac130002?years=2021 2020年度 グッドデザイン・ベスト100 「ツボエの極上おろし金 箱 -hako-」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e25882b-803d-11ed-af7e-0242ac130002

プロデューサー
笠原伸司

ディレクター
栗山薫

デザイナー
笠原伸司


石黒知子

エディター、ライター

『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。


佐治康生

写真家

1970年桑沢デザイン研究所写真科卒業。フリーランスとして勝見勝編集の『グラフィックデザイン』の図版撮影などで経験を積み、現在はデザイン誌、PR誌、美術大学のアーカイブ、美術館の図録など、紙媒体を中心に活動している。