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「よいデザイン」がつくられた 現場へ

よいデザイン、優れたデザイン、 未来を拓くデザイン 人々のこころを動かしたアイデアも、 社会を導いたアクションも、 その始まりはいつも小さい

よいデザインが生まれた現場から、 次のデザインへのヒントを探るインタビュー

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今回のお訪ね先

株式会社ツボエ(新潟県燕市)

町工場からブランド誕生!(後編)

2023.05.19

「グッドデザイン探訪」では、グッドデザインのはじまりとなる小さな一歩を、現場でのインタビューから探っていきます。初回の訪問先は、おろし金で2年連続グッドデザイン賞を受賞した新潟県燕市の株式会社ツボエ。日用品になぜデザインが宿ったのか、唯一無二のおろし金が生まれたその軌跡を語っていただきました。 前編はこちら


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2020年度グッドデザイン・ベスト100「ツボエの極上おろし金 箱-hako-」(下)と2021年度グッドデザイン賞 ワサビ用「ツボエの極上おろし金 丸皿-maruzara-」(上右)、 生姜用「ツボエの極上おろし金 角皿-kakuzara-」(上左)

手づくりイコール「よいもの」、ではない

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— ツボエさんでは、極上のおろし金をつくるために、まず手作業で試作品をつくり、そこから金型をつくり、機械化していきました。手の技術を機械で再現したのですね。

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職人の技術を量産できるよう、先代より機械化を進めてきたツボエ。手で目立てし、その最適な感覚を機械に落とし込む。

笠原伸司(ツボエ 代表取締役社長) 人間の手はフレキシブルに動きますが、機械はひとつ動かすにも指令が必要で、容易ではありません。手に伝わる感触や強さの違いなどは、経験を積んだ職人だからわかることなのです。ですから私は、機械化への足がかりとして、鏨で目を掘り起こす職人の「本目立て」の技術を習得したのです。

職人にしかわからない感覚をNC工作機*に置き換えているので、職人でないと、その機械は使いこなせません。一般に、手づくりイコール「よいもの」で、手づくりの反対語が機械加工とされがちですが、そこは「異議あり!」と言いたいですね。

持論ですが、手づくりの反対語は「手抜き」ではないでしょうか。実際に、機械の方が優れていることもあります。昔からおろし金に使われた銅は、軟らかいので、手で目立てできますが、ステンレスは硬く、人間の手では目立てができないのもその一例です。機械だから目立てができるんです。

*NC工作機 数値制御装置が備わっている工作機

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前評判は最悪だった

— 多くの試作を重ねたということですが、開発費用も膨らんでいったのではないでしょうか。

笠原 設備投資に、かなりかかりましたね。試作品をつくっているときは、おろし金の最高峰として「極上」の名にふさわしい製品を目指し、一切妥協しませんでしたが、いざ売る側の立場になって考えると、途端に弱気になってしまうんです。

市場では、一般的なおろし金は高価なものでも5,000〜6,000円。それでは投資分は回収できないし、この製品は従来品を超えるものであり、もっと価値がある。でもそんなに高価な価格にして、受け入れられるのだろうかと不安がよぎりました。

ものには適正価格があるはずと考え、おろし金としては高価な1万円という価格を想定しました。しかし、その価格で販売することは今までの商流を変えなければ実現できませんでした。問屋を通し小売店へ商品が流れていく既存のルートは、全国に広まるスピードが速い反面、中間マージンが発生し販売価格が高くなってしまうデメリットもありました。そこで流通を改革しようと、自社で小売店へ直接卸す方法に決めたのです。

栗山薫(kuriyama kaoru design) 問屋を通すと、価格は全国でバラバラになってしまいます。それによる価格破壊が起きないようにもしたかったんです。

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職人であり経営者の笠原伸司さんとアートディレクターの栗山薫さんの協働により、唯一無二のブランドが生まれた。

— ブランドを確立するためには、従来の付き合いを絶つほどの覚悟が必要なのですね。

笠原 問屋に任せた販売方法では、小売店にこちらの考えが伝わりにくくなってしまう難点もありました。「お前のところなんて、今後一切、買ってやるか」と言われる覚悟をもって問屋との取引を断りました。その代わりに、この製品に協力してくれた人たちのためにも、絶対に売らないといけない。でも周囲からは「高すぎる」「売れるわけがない」と、前評判は最悪だったのです。

経営者というのは孤独なもので、助けてくれる人はいっぱいいるけれど、責任は一人で負わなければなりません。失敗したら、過剰投資と言われかねない。売れなければ恩返しできない。どれほど我慢しなければいけないのか、これまで維持してきたものもなくなるほどの覚悟で挑みました。

最大の武器となった「ベスト100」

— 転機はどのようにして訪れたのですか?

笠原 売るためには武器になるものが必要と考え、さまざまなデザイン賞に応募しました。また、よい製品はよい環境からと考え、会社のブランド力も高めていこうと、労働環境の改善や工場内の整理整頓を行い、女性にも働きやすい作業環境にしました。

積極的に賞に応募しているうちに、さまざまな賞をいただけるようになり、武器になるものが増えてきたんです。その中で一番大きかったのが、グッドデザイン賞の「ベスト100」です。

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ツボエの工場ではより作業しやすいように機械や環境を整えており、女性や若いスタッフが中心となって働いている。

栗山 すごく大きかったですね。それまではOEM専門メーカーと思われていたのが、グッドデザイン・ベスト100に選ばれ、評価は一変しました。特に都市部や海外からの反響が大きかったです。

笠原 グッドデザイン賞をきっかけに、いろいろなところから声がかかり、新聞や雑誌のほか、テレビ局まで取材に来てくれました。

栗山 テレビ番組で紹介されたら注文が殺到して、在庫切れになってしまったんです。何カ月も入荷しない状態になりました。そのときに従来の流通を選んでいたら、なぜ品物がないのだと、欠品に対する苦情が殺到する事態になっていたことでしょう。直接販売するから、お客さまも理解して待ってくださる。この方法を選んでいてよかった、と胸をなで下ろしました。

笠原 グッドデザイン賞では、審査委員からすばらしい評価コメントをいただきました。私たちがこの製品に託した思いがそのまま伝わったんだとわかり、まるでご褒美のようでした。涙が出ましたね。

ツボエの極上おろし金「箱」の評価コメント: 誠実で堂々とした佇まいが美しい。ステンレスの厚板で作られているため、どっしりと安定感があり、補強のために端面をカールさせる必要もないので、汚れがたまりにくく衛生的である。シリコンゴムの蓋は使用時の滑り止めや、おろした食材の保管にも最適で、抑制のきいた黒が現代的な印象を与えている。差別化のために無理にデザインを操作した痕跡がなく、あくまでも機能に対してまっすぐなものづくりの姿勢に敬意を評したい。

海外に行っても、「オー、グッドデザイン」と認知されます。自分がユーザーとなったときに、知らないメーカーということで購入を迷ったら、その背中を押すのがグッドデザイン賞なのではないかと思っています。

また、グッドデザイン賞はメーカーのステイタスであるとともに、プライドをもったものづくりを続けるシンボルマークであるとも考えます。

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ツボエでは全商品の単品検査を行い、徹底した管理を行っている。

職人冥利のものづくり

― 燕市と三条市の協力メーカーもベスト100に入ったことを喜ばれたのではないでしょうか。

笠原 もう皆さん喜んでくださいました。喜んでもらえるけれど、賞をとっても注文が来ないようじゃ、心から喜んではもらえません。皆さんにこれからも気持ちよく仕事してもらえるように、価格は適宜見なおしながら、しっかり売ることを考えました。

適正価格を維持するのは大事なことです。現在は、利益を新しい商品の開発にまわせるようになっており、いい循環を保てています。

— ほかには、どんな反響がありましたか?

笠原 1万円出して買ってくださったお客さまから、「すばらしい製品をありがとう」と手紙をいただくんです。切れ味がよく、軽い力でおろせるように傾斜がついていて、さらに滑り止めとなるゴムも付属しています。「力がなくて、今まで自分ではおろせなかったのにこれならできた」「片手でできるおろし金はこれだけ」「でき上がった大根おろしがとてもおいしい」といったお礼の手紙をいただいています。

そんな反応があるとは考えてもいなかったので、まさに職人冥利に尽きますね。零細企業でもベストを目指せることがわかった製品です。これこそ、ものづくりの楽しさだと感じます。

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デザインのポイント:道具としての無骨さを排除し、食卓にそのまま出せるように、シンプルでエレガントな形状とした。驚くほどおろしやすく、右のワサビ用「ツボエの極上おろし金 丸皿-maruzara-」は、クリーミーに素早くすりおろせるのが特徴。左の生姜用「ツボエの極上おろし金 角皿-kakuzara-」は、生姜の繊維が出ないように設計されており、角口から汁を注げる工夫も秀逸。

— 2021年は、第二弾として、ワサビ用の「丸皿」、生姜用の「角皿」をつくりました。

笠原 これは難しかったですね。前年の「箱」は、大根をおろす基準を想定できますが、特に丸皿のワサビは、どこからすりおろし始めるか基準がないので、起点がつくれないんです。ですから、どの方向からもおろせるように8方向に刃を配置し設計しました。

技術者だったら、丸型は製造する際も起点となるポイントがなく、固定もしにくくつくりにくいので避けようとします。私たちは、製造のしやすさを念頭に発想してしまいますが、デザイナーと技術者では視点が違う。つくり方に縛られない発想が、「丸皿」「角皿」の源です。

— デザイナーの視点なくして、生まれなかった製品なのですね。

笠原 現在は、すべて栗山さんと協議し製品づくりから広報活動までを行っています。その体制は最初からうまくいったわけではありませんが、ようやく道がつくれたと感じています。こういうかたちの方が絶対にうまくいくし、結果も出始めました。

栗山 年下の外部のディレクターにすべて委ねてくれるのは、笠原社長の度量であり、それは技術を持っている自信の表れでもあると思っています。

笠原 彼女こそ妥協しない人です。そこに、私と同じベクトルを感じます。やりきってくれるんです。同じことを考えてくれる人が社外にいるのは、大切なこと。客観的に物事を見て判断し、修正してくれますから。

— 最後に、今後の目標をお聞かせください。

笠原 グッドデザイン賞に応募できる商品づくりを目指していきたいですね。その土俵に乗れるまでの商品をつくろうという、目標になっています。賞を取るためではなく、ストーリーとヒストリーとスピリッツを組み込んだ製品を目指していきたい。

その次の目標は、ロングライフデザイン賞です。「箱」がおろし金の代名詞、定番になれたらいい。

会社が急成長したようによく言われますが、やりたいことが急にできたわけじゃなく、積み重ねて少しずつ次につながっていったんです。

そうやって、現在の最高の技術を投入しましたが、まだまだ進化するはず。入社した30年前の技術では、「箱」はつくれません。それと同じように、今後の技術で変化していけることでしょう。シリーズを増やし、ツボエの世界観を喜んでくださるファンを一人でも増やしていきたい。ツボエじゃなければできないことをやっていきたいと思います。


ツボエの極上おろし金

株式会社ツボエ

1907年新潟県燕市に創業。笠原伸司は四代目社長として2010年就任。ステンレスや硬質アルミ合金、チタンなど、難加工素材のおろし金に挑み、特殊機械のおろし刃の設計・製造にも着手。2017年にブランドロゴをリニューアルしたのを機にブランディングを見直し、これまでにない極上のおろし金を開発した。https://tsuboe.co.jp


受賞詳細
2021年度 グッドデザイン賞 ワサビ用「ツボエの極上おろし金 丸皿-maruzara-」、 生姜用「ツボエの極上おろし金 角皿-kakuzara-」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e49893c-803d-11ed-af7e-0242ac130002?years=2021 2020年度 グッドデザイン・ベスト100 「ツボエの極上おろし金 箱 -hako-」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e25882b-803d-11ed-af7e-0242ac130002

プロデューサー
笠原伸司

ディレクター
栗山薫

デザイナー
笠原伸司


石黒知子

エディター、ライター

『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。


佐治康生

写真家

1970年桑沢デザイン研究所写真科卒業。フリーランスとして勝見勝編集の『グラフィックデザイン』の図版撮影などで経験を積み、現在はデザイン誌、PR誌、美術大学のアーカイブ、美術館の図録など、紙媒体を中心に活動している。