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「よいデザイン」がつくられた 現場へ

よいデザイン、優れたデザイン、 未来を拓くデザイン 人々のこころを動かしたアイデアも、 社会を導いたアクションも、 その始まりはいつも小さい

よいデザインが生まれた現場から、 次のデザインへのヒントを探るインタビュー

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今回のお訪ね先

しまね総合診療センター

ネットワークで社会を変える(前編)

2023.06.15

今回の訪問先は、2022年度のグッドデザイン金賞に選ばれた、しまね総合診療センターです。同センターの総合診療医養成プロジェクト「NEURAL GP network」は、中山間地域や離島などで活動する医師と大学をつなぎ、相互サポートと総合診療医学の研究を行うバーチャルオフィス。住民が安心できる医療を実現することで、島根から未来を変えていこうと取り組んでいます。センター長の白石吉彦さんに語っていただきました。


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2022年度グッドデザイン金賞に選ばれたしまね総合診療センター。

楽しめることがリーダーの条件

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島根県出雲市にある島根大学医学部キャンパス「みらい棟」内に同センターの事務局がある。

— グッドデザイン賞は、有形無形のあらゆるものが応募対象です。しまね総合診療センターが運営する「NEURAL GP network」は、形のない、ネットワーク上で構成されたバーチャル医局なのですね。

白石吉彦 地域の病院と大学、行政をつないで、優秀な総合診療医を養成し、島根のすべての地域の医療を支えることを目標に活動を始めました。「NEURAL GP network」という名称は、地域の総合診療医(GP)が病院の垣根を越えて、神経細胞のようにつながり、補完的に成長していく、私たちのネットワークの目指す姿から名付けています。

— 医療の難しい課題に立ち向かいつつも、ウェブサイトに登場する医師や学生が生き生きとしていたのが印象的でした。その雰囲気をつくり出しているのが、センター長である白石さんなのですね。

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しまね総合診療センターのセンター長・白石吉彦さん。

白石 はい、楽しくないといけないと考えています。リーダーの条件はいろいろありますが、そのミッションに一番パッションを持ち、楽しんでやっているかだと思っているからです。楽しそうなところでないと、人は集まりません。

へき地で輝く医師がいる

— 白石さんが地域の医療に携わるようになったきっかけを教えてください。

白石 自治医科大学卒業後の1998年に、隠岐諸島の西ノ島にある隠岐島前(どうぜん)診療所に赴任しました。本土からフェリーで2時間半、後醍醐天皇と後鳥羽上皇が流された流刑の地という歴史がありますが、それまでここに望んで来る医師はほとんどいませんでした。大学病院から一年交替で医師が派遣されていたのです。

でも私は、私自身がハッピーに生きるために、隠岐を選びました。自然が豊かで、ヨットや魚釣りが楽しめるし、人は親切で、なによりも仕事が充実していますから。

— 一年交替という従来の体制を打ち破り、隠岐に腰を据えて地域医療に向かわれたのですね。

白石 へき地では常に医師が不足しています。小児科から内科、循環器科、外科など、医師の専門は関係なく患者が訪れます。そこでは医師は必要とされていて、医師はさまざまな症例の臨床経験を積むことができ、需要と供給がマッチした、やりがいある充実した日々が送れると思ったからです。

34歳で院長となりましたが、看護師や医師が隠岐に定着するように、他の診療所とも連携した役割分担をするなどして、がんばって環境を整え、人材を増やしてきました。

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島根大学からは出雲市が一望できる。地域と大学、医師、学生を結ぶことがプロジェクトの根幹にある。

総合診療医とは?

— 地域の医師というと、ドラマではヒーローのような活躍ぶりが描かれます。

白石 「私のこの痛いのを取ってほしい」と、お年寄りも子ども大人もあらゆる人が訪ねてきますが、そのファーストタッチを担うのが総合診療医です。実際にスーパードクターもいると思いますが、スーパーマンになる必要はありません。

来た人みんなをまず診るのが大事なんです。どんな病気でも診る。わからなかったら調べたり、自分の施設だけでなく、外部の医者に相談したり、必要な専門医に受け渡すことが総合診療医に求められます。

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島根県内のプロジェクト参加メンバーとオンラインで行われた早朝ミーティングの様子。

— 総合診療医は新しい専門医で、まだ聞き慣れない人もいると思います。どのような医師なのでしょうか。

白石 外来患者の多くは、30〜40種のよくある疾患で病院を訪れます。総合診療医は、そうしたよくある疾患を幅広い視野で多角的に診ることができる医師なのです。これまで、かかりつけ医や総合内科医などがその役割を担ってきました。

医療の進歩は、医療の分化を促してきました。大学病院では「内分泌系」や「膵臓のβ細胞」など、さまざまな専門に分かれています。分化した大学のカリキュラムで総合診療医学を学ぶことは難しく、そのため現場でしか学べないとされてきました。しかし、総合診療医の養成はうまく進んでいませんでした。

— 超高齢化社会になると、総合診療医の需要が高まると言われています。

白石 現代は、病とともに生き抜く時代です。慢性疾患を抱えながら、一生を終える人が6割に達しています。高齢者になると、複数の疾患を抱える割合は高くなり、総合診療医が幅広く診察にあたり、必要に応じて専門医が診る方が効果的となるからです。

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白石さんの著書をはじめ、総合診療に関するさまざま医学書が書棚に並んでいる。

白石 国も高齢化社会への対策として、改善策を講じてきました。総合診療医を19番目の専門医として位置づけたのがその一つです。次いで厚生労働省は「総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業」を開始しました。2020年度に、本学をはじめとした6大学が応募し、このしまね総合医療センターと同様に総合診療医センターが各地に設けられました。2023年度からは8大学に増えています。

— 現在、白石さんは週3日隠岐島前病院の参与として週2日しまね総合診療センターのセンター長として勤務されているのですね。

白石 通常ならば島前の病院は辞めて、新任のセンター長として、デンとここに構えるのかもしれません。実際にそのための立派な机も用意すると言われました。でも、大学病院に常勤すると、地域との関わりが絶たれてしまいます。またここの空間も閉鎖的になり、センターの中に壁ができてしまうでしょう。

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気軽に立ち寄れる開放的な雰囲気を目指し、間仕切りにガラスを採用。センター長のデスクは事務局の一画にある。

世の中を変えたい

— 厚労省の医師養成推進事業によりセンターが開設されましたが、さらにバーチャルオフィスを構築されたのは、なぜでしょうか。

白石 このネットワークオフィスは、総合診療医が増えるようなパイロットスタディ(試験的な調査)をやろうと始まったプロジェクトなのです。そもそも私は、隠岐で暮らしながら、あまりにも世の中が大変なことになっている、なんとかしなければならないと感じていました。とりわけ高齢化による社会のひずみは大きい。

隠岐の高齢化率は50%近くに達しています。地域の開業医の多くは、このままだと高齢化で辞めていってしまいます。総合診療医がいなければ、医療がたちゆかなくなる状況が目の前に迫ってきていました。これは東京も人ごとではなく、30年後はこうなると予測されています。

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どうすれば生き生きとしたネットワークが構築できるか。白石さんはそこに力を注いだ。

白石 私たちのミッションは、島根県に優秀な総合診療医をつくることです。2010年より、大学卒業後に特定の地域や診療科で医師として働くことを条件とした医学部の地域枠選抜(地域枠)が始まりました。該当する学生に奨学金を貸与し、定めた地域で一定期間従事すると、奨学金の返済義務がなくなるという国の制度です。

地域枠ができたときに、起爆剤となるように、地域の医師を大学の教授に迎えましたが、総合診療医を目指す学生はほとんど増えませんでした。優秀な先生たちですが、それでも人の1.5人分ぐらいで、10人分の仕事はこなせない。正直なところ、10人分ぐらいの働きでないと、今の逼迫した状況を好転させることはできないのです。ましてや私が大学に常勤しているようでは、世の中を変えることなど、とてもできないでしょう。

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2013年に日本医師会赤ひげ賞を受賞している白石さん。センター長として島根県全体の地域医療のマネージメントを担うが、視点は社会全体に向かっている。

がんばらないという決意

白石 私ががんばるのではない。そうではなくて、地域の医師を巻き込み、可能な限り学生を呼び込んで、多様な人に関わってもらえる仕組みをつくればいい。そう考えたのです。仲間がいないとできないことです。実際に、軸足を隠岐に残した状態でセンター長をやれるのは、仲間の医師が協力してくれているからです。

— 一人のがんばりで乗り越えているようでは、次につながらないということですね。

白石 いずれ次の人にセンター長を譲るときに、「給料は半額になるけれど、臨床もできなくなるけれど、私はがんばったから、頼むわ」とは言えないでしょう。それでは次の人にとてもじゃないが渡せません。私のポジションが輝いて見え、ここに座りたいと次の人に思わせないといけない。

医療の世界は細分化し、縦割りで、分断されてきました。大学病院で働くことを好まない医師もいて、彼らは地域でがんばっていたりします。そこに私が乗り込んで、大学には近寄ろうとしなかった地域の総合診療医をこのプロジェクトに呼び込んだのです。彼らは大学で講義もすれば、学生を地域に連れ出して地域実習にも行ったりします。その仕組みをつくりあげました。

— 分断されていた関係性を、なぜ再構築することができたのでしょうか。

白石 隠岐をはじめ島根県のへき地の病院はほとんどが公立病院なので、私は全病院の院長や看護部長を知っていました。そもそも、これまで誰も行きたがらず、大学から医師を派遣しなければいけなかった離島で四半世紀、医師として勤めてきたことに対し彼らは敬意を表してくれていたのです。ありがたいことです。

現在は、17の医療機関・組織に所属する島根県の医師130人が参加して、ネットワークを形成しています。155本のEラーニングビデオを公開し、学生がいつでも自主的に学べる環境を整え、医学部志望の高校生のための体験実習も行っています。参加者が自発的に企画立案し実践していくTeal型組織*を構築することができました。勝手にうまくいっているというのが、今の状況です。

*Teal型組織 リーダーがマネージメントをしなくても目的のために進化を続ける組織

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デザインのポイント:離れて点在する総合診療医を結び、育てるネットワークを構築。日常業務から研修医の受け入れ連絡、相談、企画立案などを随時行う体制をつくりあげた。参加メンバーが目的に応じてプロジェクトを進化させていく組織となっている。また、診断の注意点を解説する動画を作成し、ウェブサイトで無料公開している。

— 最後は人の力がネットワークを結ぶカギなのですね。学生からの反応はどうでしょうか。

白石 総合診療医が19番目の専門医となっても、学生は地域の本物の総合診療医を近くで見たことがないため、当初は大丈夫なのだろうかと半信半疑な様子も見受けられました。でも私たちは、総合診療医は一番かっこいいんだよと、胸を張って伝えています。学生の声は日増しに高まってきており、県境の山奥に喜んで行く学生も出てきています。

バーチャルなネットワークオフィスには、センター長の白石さんと同様に、熱意をもって地域に向き合う医師と学生が集っています。後編では、実際にどのようなプログラムを組んでいるのか。地域と日本の医療はどこに向かっていくのかについて語っていただきます。

グッドデザイン探訪では、あるテーマを切り口にインタビューや仕事紹介の記事をお届けしていきます。今回のテーマは「未来福祉」。福祉は「しあわせ」や「豊かさ」を意味します。未来の社会をよりよくしたい。そのために、どのような壁を乗り越えていったのか。先を見据えた未来へのデザインは、どこから始まったのかを語っていただきます。

後編はこちら


NEURAL GP network

しまね総合診療センター

厚生労働省の総合診療医を養成する推進事業により、2020年度末に島根大学医学部に「しまね総合診療センター(島根大学医学部附属病院総合診療医センター)」が開設された。同センターで「地域だけでない、大学だけでもない、持続可能な成長し続けるための総合診療ニューラルネットワーク」として立ち上げたバーチャルオフィスで、ヒエラルキーと組織相互間の壁のない、総合診療医養成のためのネットワークである。 https://shimanegp.com


受賞詳細
2022年度 グッドデザイン金賞 総合診療医育成プロジェクト「しまね総合診療センター NEURAL GP network」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/12099

プロデューサー
白石吉彦

ディレクター
和足孝之

デザイナー
益田工房/大石淳司/杉本綾子/司馬暁音


石黒知子

エディター、ライター

『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。


佐々木哲平

写真家

大学卒業後、デザインオフィスに勤務した後、フリーランスのデザイナーとして始動。同時に趣味である写真を学び直し、写真家としても活動開始。島根県松江市を拠点に、現在では自治体、民間と多くの撮影の実績をもつ。