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「よいデザイン」がつくられた 現場へ

よいデザイン、優れたデザイン、 未来を拓くデザイン 人々のこころを動かしたアイデアも、 社会を導いたアクションも、 その始まりはいつも小さい

よいデザインが生まれた現場から、 次のデザインへのヒントを探るインタビュー

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今回のお訪ね先

しまね総合診療センター

ネットワークで社会を変える(後編)

2023.07.06

今回の訪問先は、2022年度のグッドデザイン金賞に選ばれた、しまね総合診療センターです。同センターの総合診療医養成プロジェクト「NEURAL GP network」は、中山間地域や離島などで活動する医師と大学をつなぎ、相互サポートと総合診療医学の研究を行うバーチャルオフィス。住民が安心できる医療を実現することで、島根から未来を変えていこうと取り組んでいます。センター長の白石吉彦さんに語っていただきました。 前編はこちら


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ミッションを問いかけ続ける

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しまね総合診療センターの事務局がある島根大学出雲キャンパスのみらい棟

— 「NEURAL GP network」は、島根県の総合診療医をつなぐバーチャルオフィスです。短期間でネットワークを構築し、さまざまなプロジェクトを立ち上げていますが、どのようにつくりあげていったのでしょうか。

白石吉彦 厚生労働省が全国に総合診療医センターを開設する計画があり、島根大学が候補にあがっていることを知ったのは2020年の11月です。それから、現在しまね総合診療センターの副センター長を務める和足(わたり)孝之先生と、総合診療医養成プロジェクトを立ち上げ、バーチャルオフィスの開設を目指しました。

総合診療医を養成するには、医師同士が連携する必要があると考えたからです。島根県は東西に230キロと離れており離島もあります。医師が一堂に会するのは困難ですが、バーチャルオフィスならば点在する医師をつなぐことができます。コロナ禍でZoomやSlackなどオンラインを活用する動きが加速したことも後押しとなり、およそ半年で、拠点となるウェブサイトを開設することができました。

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エネルギッシュに総合診療医について語るしまね総合診療センター センター長の白石吉彦さん。

白石 最初に、和足先生とオンラインでブレストし、「へき地・離島を含むすべての住民が安心して過ごせるように、優秀な総合診療医を養成し、持続可能な医療を提供し続ける」というミッションを定めました。それから、県内の総合診療医に声をかけ、登録者を増やしていったのです。

Slackを用いて意見を交わしますが、アイデアを出した人がプロジェクトリーダーとなります。医師も学生も参加しています。ウェブも一人がやるのではなく、参加しているメンバーみなが手がけています。そこには上下関係も、病院間の垣根もありません。

私の役割は、それぞれのプロジェクトに対し、その活動で本当に総合診療医が増えるのかを常に問いかけ判断することです。活動実績を見ながら、ミッションにマッチしているかを振り返ります。同時に、誰がどのくらい発信しているかを分析し、停滞してきたら意識的にプロジェクトを立ち上げ、ディスカッションします。

迷ったときはミッションという基本に立ち戻る。こうして、2年で当初目指していたプロジェクトのほとんどを実現することができました。現在のアクティブユーザー数は90以上で、毎日のやりとりは100を超えています。このやりとりから、総合診療に関する155本の動画をつくりました。無料公開しています。

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プロジェクトのスムーズな進行のために、メンバーとはカレンダーも共有。離れていてもやりとりに支障はない。

動画に最新のエビデンスを網羅

— 白石さんが常にミッションという軸に立ち、全体を視野に入れていることが重要なのですね。わずかな停滞期も見逃さずに、適宜、軌道修正していくことで、参加しているメンバーは安心して活動を続けられる。ネットワークを生き生きとさせるポイントだと感じました。動画はどのように制作しているのでしょうか。

白石 動画の加工や著作権のチェックは外部に委託していますが、すべてプロジェクトチームが項目を決めて、ビデオをつくっています。

その動画は、ベーシック、アドバンス、マネジメント、その他と分けて構成しています。ベーシックは、学生のための基礎となる40症候80本の動画です。アドバンスは、総合診療医のためのより専門的な内容になっています。

「UpToDate」という、世界中の臨床医による治療法をまとめ、インターネットで公開している臨床支援ツールがあります。最新のエビデンスを集めたものであり「臨床の教科書」と評され、ここに載っていないものは、まだよくわかっていないことと言えるほど、信頼されています。私たちはここと協力体制にあり、サイトには動画を作成するときに使用した「UpToDate」のコンテンツのリンクを貼っています。

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学生が学ぶ動画ベーシックの項目には「体重減少」「浮腫」「食欲不振」「不眠」などわかりやすいタイトルが並ぶ。

— ベーシックは、島根大学医学部の学生だけでなく、総合診療を学ぶすべての医学生のための動画なのですね。

白石 はい。誰でもアクセスすることができます。島根大学の学生には、「興味があるものから、5分でいいから見ておけ」と言っています。このベーシックを見ていれば、学生をある程度の知識をもった状態にすることができるのです。

さらに、医療雑誌と組んで、これらビデオの内容をきちんと理解できているかどうか確認できる問題集スキルアップドリルを用意しました。このドリルには簡単な解説が載っているのですが、詳しい解説はうちのホームページに飛んでくるようになっています。

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専門誌と提携し、ビデオで自習した内容を理解できているか、ドリルを用いてチェックできる仕組みをつくった。

時間はつくり出せる

白石 なぜこうした動画をつくったのかというと、教育の現場では、同じことを何回も繰り返す必要があるからです。大学の医学部はこれまで、毎年、毎年、同じスライドを使い、同じ講義が繰り返されてきました。しかしこのビデオを活用すれば、勉強したくなった人が、その人のタイミングで勉強できるスタイルへと変えることができます。しかも、「UpToDate」を参照した最新のエビデンスを含んでいます。

大学病院の医師は、患者を診る臨床と学生の指導、さらに論文を書く研究……と、日々、時間に追われています。忙しい日常で同じことを繰り返すのは最小限に留め、かつ指導のクオリティは維持した状態にしたいと考えたのです。時間は有限ですから、どこかを省かなければならない。繰り返していたところをなくせば、医師の時間をあけることができる。そうすることで、次のことができるようになるのです。

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ひとつのアクションが風穴をあけることになるように、白石さんの視線は先を見据えている。

— ビデオの狙いは、医師の時間をつくりだすことにあったのですね。驚きました。カリキュラムにも即しているのでしょうか。

白石 日本の大学はこれまで座学が中心で、臨床を体験する授業はほとんどありませんでした。しかしアメリカでは体験型の実習を経ていないと医師になれません。日本もその影響を受け、カリキュラムが改変され、地域実習が2週間から4週間に増えています。医師はさらに時間をつくらなければならなくなっていたことも、動画制作の背景にあります。

— グッドデザイン賞に応募されたのは、どのような狙いだったのでしょうか。

白石 それは、患者さんたちに総合診療医という存在を知ってもらいたい、認識を変えていきたいと考えたからです。医師を選ぶのは患者で、また医療や介護は、二度は経験できません。この数年で変化しつつありますが、まだまだ総合診療医は認知されているとは言い難い。でも、最初に総合診療医を選んでよかった、と島根の人々に言ってもらえるようにしなければいけない。

例えば、島では、釣り針が刺さったといった怪我で病院を訪れる患者もいます。怪我だからといって外科を訪れると、医師は困惑してしまうかもしれません。これは、ストリング・ヤンク・テクニックという、糸を釣り針に引っ掛けて、シャンク(釣り針の軸)を押さえて、スナップを利かせて外すという方法で治療します。

これは学術団体「アメリカン・ファミリー・フィジシャン」のウェブサイトに掲載されており、検索することができれば、誰でも対応できます。そうした調べる能力に加えて総合診療医の工夫としては、釣り針の刺さった傷からごくごく少量の局所麻酔を流し込むのですが、そうするとまったく痛みは感じません。

実際に、総合診療医が学ぶ20の手技ができれば、外科に外来で訪れる患者の89.6パーセント、40の手技なら98パーセントの患者を診ることができます。しかし多くの場合、総合診療科でなく外科を訪れているのが実情です。

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複数のモニターを駆使し、メンバーと100を超えるやりとりを行うことが日常業務となっている。

一皮むけるために、世に出よう

— 受賞したことによる、手応えや反応はありますか。

白石 応募したときは、まさか入選するとは思っていなかったのですが、実際に受賞してみるとグッドデザイン賞の一般の人々への認知の高さに驚きました。思っている以上に効果がありました。病院の入り口に受賞プレートを掲げているのですが、足を止める方も少なくありません。

島根県は、総合診療医の数としては、対人口比率で全国平均の4倍、日本トップクラスを誇ります。これは島根では高齢化が加速していたため、総合診療医の育成にいち早く取り組んできたためです。でも、しまね総合診療センターという存在や、島根で総合診療医をつくる仕組みができていることは、まだ多くの方が知らないのです。

— 広く一般の方に知ってもらうために、グッドデザイン賞が有効だったのですね。

白石 地方に暮らしていると、東京一極集中による社会のアンバランスを痛感します。実際に、社会改革をしようと地方でがんばっている人は、私の周りにもたくさんいるのです。この受賞を機に、さらに、そうした方々と近しい関係になっています。

地方では、医師だけでなく、弁護士の数も圧倒的に足りないのです。弱い立場の人を助けようとボランタリーでやっている人たちもいます。そういう活動をしているグループに、あなたのすばらしい活動はグッドデザイン賞に値するから、応募してはどうかと言っているんです。この1年間で何件か、エントリーを薦めました。「一皮むけるためには、世に出ようよ」と、発破をかけています。

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大学病院の入り口に掲げられたグッドデザイン賞のプレート。

— 白石さんのように地方で輝いている方がたくさんいらっしゃるのですね。

白石 世の中のために、住民の困っていることを手伝いながらも、私たちは生活の豊かさも味わっています。私は畑もつくっていますが、烏骨鶏を飼い、自家製の蜂蜜を食べているんです。蜜蜂を育てると、畑の結実がよくなるんです。また、島ならではの、海を満喫する生活も楽しんでいます。

島根で総合診療を学ぶ学生は、地域の暮らしのすばらしさに気づき、その学生がまた次の世代へと伝え始めています。一人から100人に広がるようなかたちで、私たちのネットワークは動き始めているんです。地方が変われば、日本も変わっていくと考えます。

それでもまだスタートアップの段階なので、もっと活性化させていきたいですね。今年は「2023 Shimane GP一歩前へ!」をキーワードにしています。今までこれでいいと思っていたことも、もう一歩前へ出よう。みんな、すぐに引っ込み思案になってしまうけれど、一歩前へ思い切って踏み出そうという思いを込めています。

私も今年7月、島根で第15回日本ポイントオブケア超音波学会学術集会を開催します(15、16日)。「外来でチョイあてエコーを極める」がテーマです。エコーを用いると得られる情報は多いため、今後の総合診療に不可欠となる技術と考えます。東京以外での学術集会の開催は初めてだったため、困難もありましたが、一歩前へ出るための挑戦です。総合診療医の魅力はそうやって、これからも伝えていきたいと思っています。

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住民が幸せを感じられる暮らしのために、白石さんは総合診療に取り組む。


NEURAL GP network

しまね総合診療センター

厚生労働省の総合診療医を養成する推進事業により、2020年度末に島根大学医学部に「しまね総合診療センター(島根大学医学部附属病院総合診療医センター)」が開設された。同センターで「地域だけでない、大学だけでもない、持続可能な成長し続けるための総合診療ニューラルネットワーク」として立ち上げたバーチャルオフィスで、ヒエラルキーと組織相互間の壁のない、総合診療医養成のためのネットワークである。 https://shimanegp.com


受賞詳細
2022年度 グッドデザイン金賞 総合診療医育成プロジェクト「しまね総合診療センター NEURAL GP network」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/12099

プロデューサー
白石吉彦

ディレクター
和足孝之

デザイナー
益田工房/大石淳司/杉本綾子/司馬暁音


石黒知子

エディター、ライター

『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。


佐々木哲平

写真家

大学卒業後、デザインオフィスに勤務した後、フリーランスのデザイナーとして始動。同時に趣味である写真を学び直し、写真家としても活動開始。島根県松江市を拠点に、現在では自治体、民間と多くの撮影の実績をもつ。