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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

医療と健康

「医療と健康」におけるグッドデザインとは

2016.12.31


革新的な医療技術(医薬品や医療機など)はそれだけで優れたデザインといえないのか、という根本的な問いがある。

そもそも医療機器の開発には工程上、デザインを含めた設計を適切に行い、管理し、品質を保証するという決まり事がある。つまり、医療機器としての薬機規制をクリアしているならば医療機器としてのデザインについて合格点が付けられる。だから医療製品に対しては、「それ以上のデザイン」にこだわる必要がないのではないかという見方がある。

医療は公共財であり、誰にも平等に提供されるべきという原則がある。近年、医療技術の向上や高齢化により、とりわけ先進諸国において医療費の高騰が社会問題となっており、できるだけ医療費を抑制するという社会的なミッションが生じている。その時に、そもそも医療の目的は治療や診断が安全で有効的に行われることであるから、表層的なデザインにコストをかけることは、結果的に医療機器や医薬品が一層高価になり、医療費の高騰につながる。これでは、医療を充実させるというミッションと矛盾してしまう。であれば、極論すれば「見た目はどうでもよいではないか」という考えも合理的なものと言える。

他方、もう少し離れた視点が考えてみると、医療が必要な人は健常な状態ではなく弱っている状態なのであるから、少しでも暖かみのある医療サービスを提供してあげることは癒やしにもなるので理にかなっている。そうであれば、見た目も人に安らぎを与えたり、それに接する人から格好良く見えるようなデザインは実はとても大切な要素なのではないかと思うし、装着感をよくするために患者さんと接する部分の素材にこだわったりすることも必要なのではないかと思う。そうなら、やはりできるだけ見た目もよくするべきという見方にも一理ある。

このような医療領域のデザインにまつわる視点の二極性や判断の難しさに対して、製品デザインの質、イノベーション性といった点から注目される実践が多くみられた点は心強い。

レントゲンの撮影装置や超音波診断装置などの領域でデザインの向上を真摯に追求した製品があった。

「FUJIFILM DR CALNEO AQRO」や「Sono Site i Viz」など、中でも、患者さんの目線に立って、小型化や静音化を果たしつつ、外観上も美しく仕上げた製品として、 持続的自動気道陽圧ユニット「ジェイパップ」は、医療機器のデザインに対するつくり手の思想が明確に表されている好例といえた。

同様に、長らくイノベーションが求められていた領域に対して、新しい視点でデザインによる変化を挑み支持されたものがあった。「モルフ」は、用途を空港や飛行機内専用に設計された車椅子で、航空機利用者の負担軽減につながるアイデアはとても画期的といえる。「COGY」は車椅子に自力で推進力を加えられるペダルをつけたことで、下肢の不自由な方が、自分の足でこぐ世界初の車椅子である。足を使うことで日常的にリハビリをすることにもなり、その斬新な発想がとても高く評価された。「モルフ」も「COGY」もユーザーの視点から、長らく変化の少なかった車椅子のデザインを本質的に変えるという製品であり、こうした着想には、普段我々が気づくことがなかった新しいイノベーションが新たに生まれてくる可能性を感じた。

これらが示すように、今年はマイノリティや社会的弱者といわれることもある方々に対する製品や取り組みに優れた提案が目立った。髪の毛で音を感じる新しいユーザーインターフェース「Ontenna」は、ヘアピンのように髪の毛に装着して使い、音の周波数を光と振動に変えることにより、様々な音を耳で聞く以外の新しい方法で認知する。耳の不自由な方を中心に新たなコミュニケーションツールになる可能性もあり、そのチャレンジと全体的なデザインの質でさらなる発展を期待させる。

「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」は、障害者をはじめとするマイノリティや福祉そのものに対する「心のバリア」を取り除こうと、2014年より渋谷区と超人スポーツ協会との共催で渋谷ヒカリエを中心に開催されている展示会である。いわゆる福祉という枠を超えてしまい、かっこいいと思えるようなこと、よりポジティブでクリエイティブなことをやっていこうという発想が人々に支持されているのだろう。

ここで、グッドデザイン賞の評価に関わる重要点に言及しておく。そもそも医療機器は規制の対象であって、規制に合致していなければどんなに優れたデザインと思われてもグッドデザイン賞に該当しえない。医療機器として薬機規制を遵守していなくてはならないのである。アプリと専用キットを使い、精液を撮るだけでアプリが解析して精子の運動率や濃度の状態をチェックできる「Seem」は、不妊の一因とされる男性の機能を自宅で簡便にスクリーニングしようとするサービスであり、今まで注目されていなかったメンズヘルスへの関心を高めるデザインに優れた製品と評価された。この製品については、あくまでスクリーニングのために使用するものであり、医療機器には該当しないというのが応募者のスタンスであった。他方、医療機器として一般的名称:「精子・精液分析装置」がある。これはクラスIの医療機器で、その定義は「試料中の精子の濃度を測定し活動度(運動性)の特性を示す装置をいう」である。筆者はこの製品が医療機器に該当する可能性が極めて高いと考えている。ではどうするべきか?ディスカッションの結果、薬機などの規制遵守についての責任は応募者にあり、主催者側がその判断をする機能は持たないということで収束した。特許侵害などに対する判断も同様で、それゆえ応募者の判断に基づいた申告に沿って審査を行うことになった。万一、グッドデザイン賞受賞対象において違法性が確認された場合は、受賞者の申し出により受賞が抹消されることになる。今回の議論で薬機規制とグッドデザイン賞について、一定の審査の基準が認められたことがプラスであった。

総合的にみて、今年の審査を通じてまさに医療新時代を実感した。IoT技術やICT(Information and Communication Technology)により医療と健康の界がますます希薄になり、IoTが身近になってきたことがうかがえた。

これまでは病気になったら医療を受けるというように、医療と健康とは別次元のものであったが、今や、いかに病気にならないようにするかという予防の概念が社会に滲透してきた。その背後に子供の頃からの健康データをICTを用いて一括管理するパーソナル・ヘルス・レコード(PHR)などの広がりも見られ、実際にPHR関連のアプリやプログラムが複数応募されていた。今後は、ロボティクス、AIなども加わり、医療と健康に関する製品がますます多様になりそうで、医療技術における優れたデザインの意味もさらに追求されるであろう。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd597a2-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd3f1a3-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd80311-803d-11ed-af7e-0242ac130002

内田 毅彦

医師・医療機器インキュベーター |株式会社日本医療機器開発機構 代表取締役社長

臨床医として内科・循環器内科専門医を取得後、米国ハーバード大学院にて臨床研究の方法論に関する修士号を取得。その後日本人として初めて米国食品医薬品局(FDA)にて医療機器審査官を務める。医療機器大手ボストンサイエンティフィック米国本社ディレクター、シリコンバレーでの医療機器開発コンサルティングを経て、現在日本で初めての本格的医療機器インキュベーター事業を展開中。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時