focused-issues-logo

グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

thumbnail

2023年度フォーカス・イシュー

Focused Issues Researcher's Eye

グッドデザイン賞という定点観測──野見山桜

2024.04.17

審査委員ではない外部有識者の立場から、すべての審査対象を見つめ、“うねり”を探ってきたフォーカス・イシュー・リサーチャー。3人それぞれの専門性や切り口から、審査プロセスに伴走する中で見えてきた気づきや視点について書いてもらった。 今回は、デザイン史家の野見山桜が、グッドデザイン賞という「今」のデザインを評価する活動の意義と、その可能性について考察する。 本記事は、2023年度フォーカス・イシューレポートにも収録されています。


日本のデザイン史のなかで私が最も面白いと思う時期は1950年代です。世界デザイン会議(1960年)の日本初開催や東京オリンピック(1964年)におけるデザイナーの活躍など、デザイン業界が盛り上がりを見せ、華やかなイメージがある60年代の影に隠れがちですが、戦後の急激な復興のなかでデザインという言葉が社会に徐々に浸透し、日本宣伝美術や日本インダストリアルデザイン協会といったデザイン系職能団体の設立や日本デザインコミッティーによるデザイン運動などが繰り広げられたのが50年代。当時の雑誌や文献を読むと混沌としていながらも、とても活気があったことが分かります。

img01
デザイン史家・デザイン研究家 野見山桜

グッドデザイン賞の設立もこの時期、1957年のことです。当時、日本のメーカーが外国商品のデザインを模倣していたことが問題となり、国産商品の「よいデザイン」を奨励することを目的に作られたというのは業界では有名な話。いまやデザイン先進国と呼ばれるようになった日本ですが、かつては「よいデザイン」の例を示さなければならなかった状況があったことに驚かされます。

50年代に起きた数々の事象がいまやデザイン史の一部となり語り継がれ、時間の経過と共にデザイン振興のマイルストーンとなっているわけですが、グッドデザイン賞には特記すべき点があります。それは一過性の出来事ではなく、今も継続している活動であるということ。つまり歴史の一部でありながら、現代とも接続している稀有な存在なのです。グッドデザイン賞ほど長い時間を通じてデザインの「定点観測」の場として機能しているものは、ほかに例がありません。毎年新たに選定されるグッドデザインを列挙していくと、時代ごとに「デザイン」が変容していく様を追うことができます。それに応じてグッドデザイン賞の活動も「よいデザイン」の啓蒙から啓発へ変化を遂げてきました。

定点観測の意義

今回リサーチャーとして参加するにあたり、デザイン史という「過去」を研究する者がグッドデザイン賞という「今」のデザインを評価する活動に立ち会うことでどんな考察ができるのか考えを巡らせていました。想定していたのは、審査のための素養としてデザイン史の知識がなんらかの役に立つ状況を専門家として分析すること。例えば、あるプロダクトの形がいつぞやの時代に流行した様式を参照しているとか、ある運動から影響を受けているなど。もちろん、時折そのような会話を審査委員同士で繰り広げている様子を見ることはありましたが、審査に大きく影響した局面はなかったように思います。

img02
(左から)2023年度グッドデザイン賞 フォーカス・イシュー・リサーチャー 林 亜季、野見山 桜、中村 寛

それよりもわたしが興味深く思ったのは、審査委員が議論に取り上げる過去が、5年前、10年前というように、「今」からそんなに離れていない時点だったということ。つまり「歴史」にはまだなっていない過去の集積、「定点観測」が審査における重要な参照点としてしばしば作用していたのです。

「定点観測」からの考察が審査に活かされたもので、特に印象に残っているのが、トヨタ自動車株式会社のプリウスです。2023年度に大賞候補に選出されていましたが、実は1998年度グッドデザイン賞で初めて受賞をしています。当時は、エコロジーデザイン賞というカテゴリーでの受賞でした。そして2003年度には初めて大賞を受賞しています。エコロジーの観点からだけでなくそのデザイン性の高さが評価のポイントでした。その後、2009年度、2011年度、2016年度とグッドデザイン賞を受賞しています。審査当時のコメントを読むと、それぞれの受賞時にどんな点が評価されたのかを確認することができ、それらをひとつの時系列で見た時に、2023年度のプリウスの受賞がどんな意味を持つかがより際立ちます。これまでの受賞モデルと比較して何が変わらないのか、あるいは何が圧倒的に異なるのか、そういった話が審査のなかであがっていました。もちろん過去に大賞を受賞していることも議論されています。2023年度の受賞では、そのデザイン性が高く評価されました。モノ離れが進む昨今、「これまでのプリウスの印象を刷新し、欲しいと思わせる圧倒的なかっこよさを持っている」と審査委員が熱弁していたのが印象深いです。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/20395

デザインは、日々変化する私たちの生活や価値観に応じて変わります。しかしその変化は時に微細でその時に捉えるのは難しいもの。定点観測を通じて、変化を意識しながら継続して見ていくことで、「ある時」だけでは分からないことに気付くことができるのです。

グッドデザイン賞は、誰にとっての定点観測となるべきなのか?

グッドデザイン賞がこれまでに得た貴重なデータは膨大です。現在、賞の公式サイトでは、過去の審査に関する情報がデータベースとしてまとまっており(「知る−グッドデザイン賞とは」の参照をおすすめします)、これまでの活動を概観することができます。

一方で気になったのは、その内容が主に作り手側に向けられているということ。確かに、デザイナーやメーカーがよりよいデザインを生み出すことで、グッドデザイン賞が目指す、よりよい暮らしや社会の実現へ貢献することはできるでしょう。しかしデザイン文化が成熟してきた現代においても、「よいデザイン」について議論する母数がデザイン業界や産業界にいる人たちのみで形成されているのに少なからず違和感を感じます。

img03

なぜならば近年、デザインの主体が作り手側から、使い手側に移行してきたと思うからです。今の時代、SDGsの観点からモノやサービスを選んで使うという行為に能動的な態度が求められ、使い手側にも大きな責任が課せられるようになりました。デザインの需要を生み出す使い手側の意識や行動は、社会や暮らしに対し大きな影響力を持つことはもはや言うまでもないでしょう。デザインリサーチへの関心が高まり、ユーザー起点のデザインの重要性が説かれるようになったことを鑑みても、デザインが使い手主導になりつつあることは明らかです。

今回の審査でこのことを強く意識したのは、ランドセルや脱毛機が議論にあがっていた時でした。

これら商品を存在させるのは、「小学校の通学カバンはランドセルである」「体毛はないほうがいい」といった既成概念や価値観があるからこそ。私自身を含め、そこに違和感を覚える審査委員が多数いたのです。しかし、考えてみれば、使い手側がその束縛から逃れて、新たな意識を持てば、それに応答するようにデザインも変化します。もちろんその逆もあるでしょう。ブレイクスルーが生まれるのは、作り手側と使い手側の意識が共鳴して、変化することを恐れない、あるいは新しいことに挑戦する勇気を持つ時。これは商品開発のみならず、政策や社会制度など、あらゆる領域のデザインにおいて当てはまることです。

今年発信する提言のひとつでは、グッドデザイン賞をシンクタンクとして機能拡充させる必要性を説いていますが、これからは作り手側だけでなく、使い手側にも有効な分析や調査を提供することが求められるでしょう。より豊かなデザイン活動の循環を生み出すために、使い手を単に「よいデザイン」を参照する存在として位置づけるのではなく、「よいデザイン」を考えるための議論に積極的に巻き込むことが重要になってくると考えます。そのためにも、グッドデザイン賞による定点観測のあり方を改めて考えることで、デザインが目指すべき方向に新しい光をもたらすことが可能になるのではないでしょうか。

今年度フォーカス・イシューの活動を総括したレポート『FOCUSED ISSUES 2023 これからの「デザイン」に向けた提言』では、審査や受賞者へのインタビューを通じて得られた新たなデザインの“うねり”を、提言と論考でまとめています。詳しくはこちら。

勇気と有機のあるデザインを紐解く:2023年度フォーカス・イシューレポート公開


野見山桜

デザイン史家・デザイン研究家 | 五十嵐威暢アーカイブ(金沢工業大学)学芸員

パーソンズ・スクール・オブ・デザインでデザイン史とキュレトリアルスタディーズの修士号を取得。東京国立近代美術館勤務を経て、デザインに関する展覧会の企画、書籍・雑誌のテキスト執筆、翻訳などを行う。近年の仕事に書籍『Igarashi Takenobu A to Z』(Thames & Hudson、2020年)、展覧会『DESIGN MUSEUM JAPAN:日本のデザインを集める、つなぐ』(国立新美術館、2022年)などがある。


今井駿介

フォトグラファー

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。


小池真幸

エディター

編集者。複数媒体にて、主に研究者やクリエイターらと協働しながら企画・編集。