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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

安心の創出

つながりが産み出す安心

2017.12.31


システムのデザイン

多様化・複雑化する社会において、私たちはどのような安心を得ることができるのであろうか。社会はそれ自体が人間を構成要素とするシステムである。システム工学を教育・研究の専門領域とする立場から、安心の創出についてのデザインを考えてみることにする。

システムとは、様々な要素がつながることによって出来上がるモノであったり、体系であったりする。システムは価値を持っていて、様々な要素のつながりにより機能を発現させ、その価値を産み出している。社会システムにおける安心の創出は、構成要素である人間にとって重要な価値である。

安心な社会を創るためには社会システムを適切にデザインする必要がある。安心な社会システムに必要な構成要素や、要素と要素とのつながりをデザインすることが重要である。

信頼による安心の創成

安心は安全と共に語られる場合が多い。安全は、生存のための生理欲求であり、科学的基準に基づく客観的な概念である。これに対して安心は、安全を基にした感覚を保障しようとする主観的な概念であり、安心の感じ方は人によって異なることが一般的である。

社会システムの構成要素である個人は、自らが感じる不安を解消することが難しい場合、少しでも信頼できる人や組織を探索することによって安心を確保しようとする。人が不安を解消し、安心を獲得する過程から、信頼が大きな役割を果たすことが理解できる。社会的不安を抑制し、合理的な社会的対応を可能とするために、社会的信頼を構築することが有効である。

要素をつなぐことと安心の創造

システム的な思考では、不安を抱えるシステムに対して、その内部に安心を創出する要素を作り、その要素と他の要素(不安を持つ要素なのだが)とのつながりを考えるアプローチが考えられる。人が感じる安心は異なるため、様々な不安を解消するための要素を作り出すのは煩雑であり、むしろ複雑なシステムになってしまうおそれがある。

システムの複雑性を回避するためには、システムの自己組織的な仕組み・分散協調的な仕組みが有効である。安心のベースとなる信頼を創り出すのは、つながりであり、つながり方の仕組みを考えることが重要である。

不安を解消する要素の創出:暮らしの保健室

信頼できる家族とのつながりが弱くなってしまった高齢者は、多くの不安を抱える。これは現代社会の深刻な社会問題である。「暮らしの保健室」は、高齢化が進む団地での高齢者の不安を解消するために作られる要素の典型である。病院ではなく、街にある健康相談所とすることで敷居を低くする工夫は、不安を持つ要素(個人)とのつながりを実現、強化する上では重要である。地域の人々が気軽に立ち寄り、話し合い、医療や福祉に関する心配を相談することができる。さらに、様々に集まる人々の繋がりを作ることが重要であり、その機能がデザインされている。

不安を解消する新たな関係の創出:すこやくトーク

不安を解消する要素を新規に作るのではなく、既存の要素を活用しながら新しい関係を作ることによって不安を解消する方法も存在する。現代社会において、人とのつながりを実現する好例はSNSである。「すこやくトーク」はSNSの機能を有効活用した、患者と薬剤師(薬局)をつなぐコミュニケーションチャットである。いつでも薬剤師に服薬や健康に対する相談を可能にし、患者が抱える不安を解消するサービスである。

このサービスの普及は、人々が病院へ行く機会を減らすことができ、大きな社会問題である医療費の削減にも貢献する点でも期待される。つまり、服薬や健康という「目の前の不安」を解消するだけでなく、未来の国家の財政不安を軽減することにもつながる。必要な信頼関係が機能すれば、システム全体が機能する。様々な要素が絡む複雑な問題に対してシステム的な発想のつながりのデザインに新鮮さが感じられる。

不安を持つ要素の効果的な連携:移動スーパーとくし丸

高齢化社会と過疎社会は「買い物難民」という問題を産み出した。モノで溢れる社会であるにもかかわらず、買い物ができない不安は深刻である。この不安を解消するために、様々な不安を抱える主体が協調して、事業を営む不安や生活の不安などを解消する仕組みが提案された。

「買い物不安を抱える消費者」や「事業リスクの不安を抱える地域スーパー」、さらには「雇用不安を抱える労働者(販売スタッフ)」の不安を解消するために、相互連携をビジネスによって実現した。潜在的ニーズを読み取り、うまく要素をつなぎながら、各要素の負担と利益をバランス良くデザインしている。社会が抱える不安を解消するといった社会的意義は高く、事業性も高い。「四方よし」による安心の創出である。

不安の解消から価値の創成へ: SEND

不安定な環境における経済活動には様々なリスクがつきまとい、様々な不安が生じる。外食産業においては、生産者の需要に関する不安とレストラン事業者の供給に関する不安が存在する。「SEND」は、こだわりの生産者と、買い手であるレストラン事業者をつなぐサービスを構築することによって、作り手と買い手の間にあった不安である、受発注に関連するタイムラグや、少量多品種の安定供給の難しさを解消する。

昨今の高度な情報技術に関連する高度なテクノロジーの導入は得られる安心の質をも向上させる。正確なデータ分析と物流システムの再構築による、不安の解消から価値の創出への転換である。

つながり方のデザイン、安心のデザイン

現代人である私たちは今、「目の前の不安」と「将来への不安」という時間軸の異なる不安を抱えている。それらの不安を解消することが望まれる。

世の中が複雑な状況になっているときほど、いろいろなものの「つながり」によって信頼を生み、安心が創出されるべきではないのだろうか。そのつながりは、人と人でもいいし、人とモノでも、人とコトとモノでもいい。肝心なのは、どういう仕組みでつながりを作ればいいのかということを考えることであり、安心のデザインの肝となる。

安心の創出のために、ちょっとしたつながりで状況を好転させ、システムのメカニズムで不安を解消させる。これからの世の中に必要なのは、まさにそのような仕組みであり、それをデザインすることではないだろうか。

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青山 和浩

システム工学研究者(工学博士) |東京大学大学院 教授

故郷(愛知県豊田市)のものづくり文化の影響と船舶の設計生産支援システムを産学共同で構築した経験を活かし、製造業における設計、生産での意思決定、マネジメントに関する研究に取組む。製品系列設計やトレードオフポイントの発見、顧客要求の変更対応マネジメントなどの具体的なテーマを通して、System of Systems(SoS)の時代における新しいシステムデザイン、マネジメント手法の構築に挑戦している。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時