この記事のフォーカス・イシュー
技術を活かす
「問い」と「思い」を力にするテクノロジー
2018.12.31
そもそもという「問い」が重要な時代
企業や組織が新たな価値を生み出そうとするとき、「問い」からスタートすることが重要な時代になっていると感じます。例えばオフィスを設計するときに、1人あたりの必要最小限のスペースから生産性を数値化するなど、ロジックを積み上げて発想しようとしても、似通ったソリューションしか出てこないことが多い。また、効率化はできたとしても、まだ見ぬ新しい体験や創造的な価値を生むものはつくれないんです。一方で、デザイナーは異なる方法で思考します。彼らの発想の起点は「そもそも働くってどういうこと?」とか、「人が働く環境に潜在的に求めていることとは?」などという問いになります。デザイナーが持つそのような特性が、いま社会に必要とされているのです。
新たな価値を生み出すため、もうひとつ重要な要素があるのですが、それを私は「KIND TECHNOLOGY(思いやりのテクノロジー)」と呼んでいます。AIやロボティクスといったテクノロジーが加速度的に進化している今、それらによって人の仕事が奪われるというディストピアがよく語られます。でも、果たしてそうでしょうか。
テクノロジーの力によって、個人が自分自身の「問い」を起点として、新たなモノやサービスをつくることも以前より簡単になりました。多くのモノやサービスが生み出されるなか、人々に支持される必須条件となるのが、思いやりです。困ったときは助けてくれたり、心の支えになってくれる「ドラえもん」のような存在-ただ暮らしを便利にするだけでなく、人に寄り添い、時に叱咤激励し、人を堕落させずに育ててくれる-人の心を豊かにしてくれるテクノロジーこそが、これからの時代に求められるようになるでしょう。そして、そのような「ドラえもん」を描くことができた日本人的な感性が、これからのテクノロジーと人間との関わり方の未来像として輸出することができる「KIND TECHNOLOGY」という思考法なのかもしれません。
ENABLERとなるテクノロジー
あらゆる人が情報技術をはじめとしたさまざまなテクノロジーを手にしやすくなり、新しい価値を生み出すハードルが下がっています。その典型的な事例がグッドデザイン大賞の[おてらおやつクラブ]でしょう。「子供の貧困問題を解決するためのシステムづくり」を考えたとき、一昔前ならシステムをつくるためにプログラマー探しから始まるなど、それほど身軽にプロジェクトは進まなかったでしょう。僧侶による、「すべてのお寺をつないでプラットホームをつくる」という発想そのものが生まれることが、テクノロジーがENABLER(支援者)になっている証拠ですし、「問い」を実現しやすくなっていることを示しています。
オーダーメイドのぬいぐるみ[クリッチャ]は、子供たちが描いた絵をもとに、そっくりのぬいぐるみをつくるサービスです。子供だったらどれほどうれしいだろう、と想像してしまうこのサービスは、絵の上手い下手ではないところにクリエイティビティがあることを教えてくれます。情報技術が人に自信を与えたり、ポテンシャルを拡張する可能性がある、ENABLERになるという点で、おてらおやつクラブと共通しています。
「思考のプロセス」というもうひとつの技術
テクノロジーは、情報技術に限りません。「思考のプロセス」もデザインにおいて重要なテクノロジーのひとつといえます。世の中に新たな価値を生み出すためには「思考のプロセス」が必須であり、そのプロセス・メイキングはノウハウとしてもっと共有されるべきでしょう。アメリカのデザイン教育では、問いの立て方や相手がより自由に発言できる対話の仕方など、アプローチのメソッドを重視しています。
一方で、かつての日本にはエクスペリエンス ・デザインが素地として備わっていたと考えています。例えば伊勢神宮の参詣の道筋ひとつとっても、五十鈴川にかかる橋を渡って神域へと近づく設計には人々の気持ちを高めるストーリーがあります。設計者は直感力に優れ、人間のインサイトを見抜く力も持っていたのでしょう。かつての日本には、このように文字化されていなくても伝統的に存在する思考のプロセスと、そこから生まれる豊かなアウトプットがありました。この手法を日本発の「デザイン思考」としてクリエーションに生かせたら、人々がワクワクするようなものがもっと生まれてくるかもれません。
[フードハブ・プロジェクト]は、「日本的な食とは何か」という問いから、中山間地で「育てる ・つくる・食べる・つなぐ」という食の仕組みをつくり、地域の日常を豊かにしていく点が秀逸です。思考のプロセスそのものが、人が幸せに生きるための新しい技術と言ってよいかもしれません。宿泊施設[hanare]にも同様のことがいえます。このような技術が社会でうまく共有されることを希望しています。
エンタテインメントロボット[aibo]は、今年度のグッドデザイン賞で、先端テクノロジーと人の関わりを象徴するプロダクトです。センサーを凝縮し、ペットとしての犬の表現力を高い技術で実現している点は評価に値するでしょう。一方、リアルな犬を飼うときのように「愛着を持って飼い始める」というコンテクストが含まれていたら、より優れたプロダクトになったのではないでしょうか。ペットと初めて出会うときに箱に入った状態だろうか? 動いている複数のaiboから選べたら? 斑やカラーなど個体差があったら? “捨て”aiboを拾うストーリーはあるだろうか……? そのような問いから導かれるプロダクトは、人とテクノロジーの関係性を変えてくれるかもしれません。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e00fe69-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de9835d-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e00b983-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dfbaca8-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9df096c4-803d-11ed-af7e-0242ac130002石川 俊祐
デザインディレクター| KESIKI Inc. Partner Design Innovation / 多摩美術大学TCL 特任准教授
茨城県生まれ。ロンドン芸術大学Central St. Martins卒業後、Panasonic Design Companyでプロダクトデザイナーとしてキャリアをスタート。英PDD Innovations UKのCreative Leadを経て、IDEO Tokyoの立ち上げに従事。2018年よりBCG Digital VenturesにてHead of Design / Strategic Design Directorとして大企業社内ベンチャー立ち上げに注力したのち、2019年、九法崇雄、内倉潤とともにKESIKI設立。多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム特任准教授・プログラムディレクター。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時