この記事のフォーカス・イシュー
社会基盤の進化
社会のエピジェネティクス
2017.12.31
2017年度グッドデザイン賞にあたって私に課せられたフォーカス・イシューは「社会基盤の進化」であった。「進化」という言葉を用いるにはよほど気をつけなくてはならない。なぜなら自然史で起こってきた進化とは一切の合目的性を持たず、ランダムな環境の変化にランダムに適応してきた結果を指しているからだ。このように巨視的に産業とデザインを捉えてしまうと、市場の淘汰圧のなかで「成るように成る」というニヒリズムに陥ってしまいかねない。だから、「社会の進化」を論じるには、自然の進化史から降りた人間に特有の「志向性」という変数に注意を払う必要がある。つまり、社会はどのように進化していくか、という大局を見据える未来予測だけではなく、社会をどのように進化させたいのか、という明確な意志に裏付けられた「デザイン的欲望」を考え、議論しなければならない。
今日、このような議論の萌芽はあちらこちらで散見できる。東日本大震災と福島の原発事故以降には、原子力発電という社会インフラの基盤を再考する機運が世界的に高まり、再生エネルギーへの注目が高まった。雇用におけるブラック企業の問題が年々深刻化しつつも、新しい働き方の議論が活性化し、旧来の資本経済型の金儲け主義以外にも社会起業やNPOといった選択肢も見直され、企業や仕事の概念もゆるやかに変わりつつある。情報技術の分野においても、2018年1月にはFacebook社が、行き過ぎた注目経済(attention economy)型の思考を見直し、中毒性の高い広告やコンテンツを抑制しつつ、ユーザーのウェルビーイングを重視した情報提示アルゴリズムへの切り替えを宣言した。
このような事例は、人間が「社会の遺伝子」を組み替えることで、その進化の方向性を再定義する能力を持っていることを表しているといえる。生物学においては、ある世代が獲得した形質を次世代に遺伝させることはエピジェネティクスと呼ばれる。これまでは個体の形質は遺伝しないという従来のダーウィニズムのセントラル ・ドグマに反する考え方として退けられてきたが、近年のバイオテクノロジーの発達と共に大いに注目を浴びている。私たちはいわば、社会のミクロからマクロのレベルまでにおいて、それまでの常識を疑い、望ましい未来を設計するという、デザイン的エピジェネティクスの方法論を鍛えているのだと言える。問題は、そこに人が人でいることを誇りに思えるような価値が提案されているかどうかということだ。 今回のグッドデザイン賞では日本と中国(香港)の応募作を総覧したが、この問題意識に応えるようなプロダクトがいくつもあった。個人的には香港で審査を行った「失踪した子供をクラウドソーシングで探索できるよう、機械学習を使った画像認識システム」が最も感銘を受ける取り組みだった。利益向上の用途で機械学習技術を使うことがもてはやされる昨今において、子供の誘拐/失踪という社会問題の解決のために非営利団体として最新テクノロジーを活用するこのような事例が、今後はもっと増加してほしいと願う。同じく香港で審査した「自宅で使える超音波胎内モニター」は、医療機関における診察というハードルを下げ、家庭環境でこれから生まれてくる子供の生命感を夫婦で感得できるようにしたことで、出産の実感を抱きづらい夫が育児への能動性を高めることが期待できる。一人っ子政策が長らく徹底されてきた中国において、この器具によって胎児の性別を調べて、産み分けを助長するのではないかという指摘もあったが、それは技術的改善によって防げることだし、イクメンなどという用語の普及を必要とするほど男性の育児参加が不足している日本においては特に、補って余る利点があるだろう。
「アマゾンダッシュボタン」は、より本質的には同商品を支えるAWS IoT Buttonの技術こそが、住民が自分でプログラマブルなHEMSをデザインできるようにしている点で評価したい。衣食住すべてにおいて、カスタマイザビリティは嗜好品や高級品の領域が主であったが、Amazon Web ServicesはIoT化によって情報技術と結合した衣食住の民主化を担う可能性を示している。MUJIの小屋やスノーピークのモバイルハウスは所有概念のマイクロ化を提示しており、自律運転車の発展と並行して、土地に紐付いた人間の住居観を大きく変えていくかもしれない。台湾の未使用の土地を公園化する活動は、土地という公的資源の最適化と公共の活性化への新しい働きかけ方を提示している。日経新聞のデータビジュアライゼーションの取り組みは、データとエビデンスをもって社会の実像を知るというデータジャーナリズムのあり方の模範解答だが、このような事例はもっと増えなければ、フィルターバブル的状況は変わらないだろう。YAMAHAによるボーカロイドを用いた音楽教育プログラムの設計と新しい管楽器の提案は、音楽との関わり方にコンピュータと身体の両方からアプローチしており、併せて音楽文化の進化を推し進めるものとして素晴らしい取り組みである。
以上、本年度のグッドデザイン賞応募作品を「社会基盤の進化」という観点から振り返ってみたが、いくつかの瞠目すべき事例があるものの、全体としてはこの問題意識に直接呼応するようなプロダクトの数が足りない印象が拭えない。希望と不安が交互に明滅する私たちの社会をその基盤から進化させる、エピジェネティクスとしてのプロダクトが今後ともより多く登場することに期待したい。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de667d0-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dda053b-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9ddfe1c3-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de12893-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de12b49-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9de8cfa5-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd9b00a-803d-11ed-af7e-0242ac130002ドミニク・チェン
情報学研究者|早稲田大学 文学学術院 教授
1981年生まれ。博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center[ICC]研究員, 株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現職。テクノロジーと人間、自然存在の関係性、デジタル・ウェルビーイングを研究している。著書に『コモンズとしての日本近代文学』(イースト・プレス)『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)など多数。監訳書に『ウェルビーイングの設計論―人がよりよく生きるための情報技術』、監修書に『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために―その思想、実践、技術』(共にBNN新社)など。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時