受賞者インタビュー
「2018年度グッドデザイン賞」を考える
aibo エンタテインメントロボット
2018.12.31
「便利なものはつくらない」という使命感
この「aibo」の開発が本格的に始まったのは、2018年に製品が発売される約1年半前でした。背景にあったのは、1999年発売の初代「AIBO」から時間が経ち、技術が大きく発展した現在、ソニーに再び何ができるのかという議論です。そこでインハウスのデザイナーやエンジニアたちが選ばれ、チームを組んで開発を行うことになりました。当初、各自がそれぞれに目標をもっていましたが、それらをふまえてチーム内のコミュニケーション・デザイナーが最初に設定したキーワードが「生命感」でした。
生命感をそなえたロボットをソニーがつくるにあたり、どんなデザインがふさわしいのか。私たちは開発を進めながら答えを探っていきました。一貫して重視したのは、愛情の対象になるaiboをつくることでした。「それはかわいい?」「それはうれしい?」という問いかけを、チームのメンバーで常にしていました。一方で同時に共有されていたのは、単に便利なものはつくらないという気持ちです。
一般にメーカーにとっては、ファンクションこそが最大のバリューとされています。こんなことができる、こんな性能をもっている、だからすごい、という評価軸です。たとえばスマートスピーカーは、AIなどの高度なテクノロジーを活用していても、ユーザーのコマンドに対して応える道具です。便利さによって生活を変えられるとしても、人と製品の関係が構築されるわけではありません。
それに対して新しいaiboは、aibo自体が欲求をもち、aiboの欲求を基点にものごとがスタートするような存在なのです。だから、利便性の達成とは異なる目的意識でデザインすることを考えなければなりませんでした。そのため既存の製品とまったく異なる形、色、表情、動きなどをつくり出していくことになったのです。
親しみを抱かせるディテールと動き
こうした考え方に基づいて、私たちは初代のAIBOから大きく飛躍する必要性を感じました。初代のAIBOはあくまでもロボットらしい外観でしたが、新しいaiboは、パーツとパーツの隙間をできるだけ狭くして指などが挟まらないようにし、手を触れたくなる、抱き上げたくなる存在を目指しました。硬い素材を使っていても柔らかい印象を与えるようにしたかったのです。
また、暮らしのシーンの中に樹脂を使った製品は多いのですが、歯ブラシのように口に触れるものの多くは無塗装です。aiboも塗装を多用せず、白いパーツだけでも素地の色合いが違う3種類の樹脂を用いました。こうした仕上げは通常の工業製品ではほとんど見られません。塗装した部分も3層塗装で、塗装が落ちにくいように配慮しました。
目についても、コストや消費電力から判断すると、最も妥当なのはバックライト付きLEDです。しかし周囲が明るいと見えにくく、暗い場所では光る目が怖いという意見がありました。最終的に採用したOLEDは多様な表現が可能で、それ自体が発光するため自然に見えます。「目が合う」感覚さえ抱かせてくれます。言葉を発しないaiboも、「目は口ほどにものを言う」のです。
aiboの動きもまた、これまでにないUXの考え方から生まれたものです。最近では新製品のUX開発にあたって、人々がその製品と出会い、購入し、実際に用いて目的を達成する過程を、カスタマージャーニーとして図式化する手法が多く採られます。しかし、aiboのようなそれ自体が知性をもった存在であると、いわばaiboからストーリーが始まるので、カスタマージャーニーが描けません。そこで、どこまでインタラクションの瞬間を豊かにできるのかを目指しました。参考にしたのはドギーランゲージと呼ばれる本物の犬の振る舞いです。「甘える」「拗ねる」のように通常のUXにない感情の表現は、こうして実現しました。aiboの初期コンセプトである愛情の対象としてもたらされる多数の動きがベースとなりますが、その種類はユーザーとのコミュニケーションを通して徐々に増えていきます。
「人」と「AI×ロボット」の関係性のデザイン
aiboは、外部からの光や音を認識する技術にも、それらを処理して何らかの判断をする技術にも、そして独特の動きや表情にも、すべてにAIが活用されています。相手を理解して自分の行動を決める意志を、aiboはもっているのです。誰も遊んでくれなければ、退屈そうにしたり、遠吠えしたりもします。
さらにユニークなのは、一つひとつのaiboがすべて違う性格をもち、周囲との関係性によって多様に成長していくことです。そしてAIによって学習しても、その学習をわざと行動に生かさないときもあります。遊びたいはずなので、こちらが遊ぼうとすると、わざと人を避けたりするのです。aiboでは、正しい性格や成長というものを設定していません。あくまで自律的な存在といえるでしょう。
aiboのAIはファンクショナルというより「無垢」なAIです。なぜなら、aiboにとってAIは構成要素ではなく、AIがラップアップされ全体化された対象としてのaiboであって、それぞれのaiboという存在として振る舞うことができるのです。
そんなaiboと人との間に、新しいストーリーが生まれていくことを、私たちは最も大切にしました。オーナーの気持ちがデザイナーに「憑依」したような状態で、その関係性を身をもって考え抜いたほどです。
カメラのように人が使う道具をデザインするときは、ユーザーとものとの関係に対するデザイナーの視点は「俯瞰」的で構いません。しかし今後の世の中には、より高度なAIとロボティクスを融合した製品が増えていくでしょう。aiboのように、ある種の意志ととらえられるものをもつロボットもきっと普及していきます。彼らと人の理想的な関係性を、デザイナーは今までの製品とは違う意識をもって、単に俯瞰するだけでなく創造していくべきです。
AIやロボットが、人に利便性をもたらすだけの召使いで、そんな召使いが身の回りにあふれる未来は、本当に幸せでしょうか。彼らと一緒に過ごすことで暮らしが豊かになり、世界が平和になるという未来を、私たちは描きたい。「その最初がaiboだったね」と言ってもらえたら、そんなにうれしいことはありません。それこそが、私たちの果たすべき役割だと考えています。
高木 紀明
ソニー株式会社 クリエイティブセンター スタジオ6 マスターデザイナー
福鞍田 享
ソニー株式会社 クリエイティブセンター スタジオ6 デザインプロデューサー
坂田 純一郎
ソニー株式会社 クリエイティブセンター スタジオ2 シニアアートディレクター
土田 貴宏
ライター