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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

新ビジネスのデザイン

従来の視点を超えて社会を推進させるビジネスの力

2019.12.31


デザインの手法や効果が活かされた魅力的なビジネス、「デザインする」姿勢に基づいて生み出された新しいビジネスモデルなど、これまでの着眼やアプローチを超えて社会を推進させる力に注目したい。2019年度フォーカスイシューディレクターの林 厚見とペニントン・マイルスによる提言。

「ビジネスをデザインする」とは何をすることなのか?

 今回、審査委員を務めることで「ビジネスのデザイン」という問いに向き合う機会になりました。つまり「素晴らしくデザインされたビジネス」とは、もうかるビジネスをデザインしたことなのか、いや、それは置いても社会的意義があるビジネスを生み出したことなのか、それともビジネスモデルにおける美しいストラクチャーを組み立てたことなのか、という問いですね。そこでは、美しいけれどもうからないというビジネスは評価されるのか? という問いも含め、整理しなくてはなりませんでした。

ペニントン 私は、審査の前には、新しいビジネスデザインとはイノベーションのデザインだと考えていました。そこには、新しいアプローチ、新しいプラットフォーム、あるいはビジネスモデルの構造の中にある新しい手法、システムを含んだものになるのだろうと想像していたのです。ところが実際に審査に入ると、純粋に新しいビジネスモデルがあるのではなく、そしてどこにデザインがあるのか、これは“デザイン”と呼べるのかという作品に出会うこととなりました。具体的な“モノ”を見て審査をするよりも難しい作業でした。

 ビジネスモデルのデザイン、組織のデザイン、そして、モノのデザインと、デザインの作業にはいくつかタイプがあるんだと思います。そしてそれぞれの場面で、違うプレーヤーが違う役割を果たすわけです。シリコンバレーなどで言われる整理でいうと、起業家でありビジネスのストラテジーをリードする「ハスラー(アントレプレナー)」、テクノロジーのリーダーである「ハッカー」、クリエイティブリーダーとしての「ヒップスター」という3人のメンバーがいると言われます。視覚的に捉えられる、 “ビジブルな”対象を中心にモノの審美性を評価してきたグッドデザイン賞(以下GDA)は、言うなればヒップスターのコミュニティなのでしょう。しかし、GDAがビジネスデザインを扱うとなれば、ビジネスモデルや組織のデザインを担う人たちもこのコミュニティに包含することとなります。それは従来のコミュニティとは別種のものになってくるのではないでしょうか。なぜなら、同じデザインだとしても、そもそもの頭の使い方、感性、相性が違うからです。ミュージシャンと彫刻家は共にアーティストですが、違う種類であることは明らかですね。同じように、右脳的な統合のスタイルや考え方の要素に共通する指向はあるだろうけれど、ヒップスターとハスラーは本質的に異なるものだからです。デザイン・シンキングのような統合的、創造的思考は、あらゆる分野に求められる素養であり、それは広げるべきです。他方で、“スマートなもうかる”アイデアをデザインするといったことではない、いわば高い審美性を目指すデザインという世界の存在にはやはり意味があり、だから私は対象がビジネスだろうと、GDAはその価値観を貫くべきというスタンスで作品を見ていました。そういう視点で今年の作品を見たとき、印象に残ったのは[MITOSAYA薬草園蒸溜所]と[能作 新社屋・新工場]です。私は建築の出身なのでどうしても建築も見てしまいますが、この作品に共通するのは、建築空間や環境デザインが全体の事業の価値、地域への波及など、統合的にシナジーを持って機能していることです。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e170cad-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e1712fd-803d-11ed-af7e-0242ac130002

ペニントン 私はデザイナーの立場で今回臨んだわけですが、GDA全体で建築に関わるエントリーがこれだけ多いことに驚きましたね。既存の建物をリノベーションして、そこから地域のコミュニティに発信し、コミュニティづくりに寄与しているという事例が多くあったと記憶しています。私自身は建築の専門家ではないのですが、だからこそ建築が、単に空間のスパイスではなく、それ以上の機能を示すようになっていることが印象的でした。

 この2つの事例がまさにそれですね。MITOSAYAの建築は、もともとあった建造物をマイナーリノベーションし、でしゃ ばらず自然と融合したフォルムに仕立てた。それとともに、薬草園だったこの場所で、新たにフルーツブランデーを生産して、日本にはなかった新しい市場を生み出すというストーリーも卓越しています。プロジェクト全体の着地のさせ方が美しく「訪れたい」という誘引性を感じさせる点で高く評価しています。能作は、伝統技術を新しいタイプの事業として見せています。この場所に人々を集め、関係性をつくり、顧客のロイヤリティを引き出す。環境だけでなく、地域の産業という経済的な持続性のありようにも美しさを感じます。いま、地域に残れるビジネスがどんどん少なくなっている中で、マスにはならないけれど、しっかりと差別化しているという点でこの2作品は、ビジネスソリューションとして「解けてる!」と感じました。

ペニントン 私は、富士フイルムによる創薬支援サービス [drug2drugs]がデザインの賞にエントリーしていることに強い関心を持ちました。このプロジェクトは、対象とする、リアルな“モノ”がないわけで、これまでデザインと呼ばれていた境界線を外へと広げるものです。デザインが主導したイノベーションであることには間違いなく、デザイナーと呼ばれる人が、こうした分野にどんどん参入するべき、と考えている私にとって、この作品がエントリーされたこと、さらにはデザイン賞に選ばれたことは、素晴らしい一歩だと思います。これからのデザインを議論する上で新たな見方を提供している先駆的なエントリーですね。

 同じ文脈で、[願いのくるま]は、発想はとてもロマンティックで、心を打ちました。ただ、ではデザインとしての解が素晴らしいかというと疑問符がついてしまった。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e1e8ecc-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e1ec0c1-803d-11ed-af7e-0242ac130002

ペニントン そうですね。確かにビジネスモデルとして興味深いのですが、インターフェースやプロダクトデザインという、具体的なタッチポイントに関して美しくデザインされているとは言い難いわけです。私自身、まだ答えが出ていないのですが、言ってみれば技巧が核となった「デザイン」というものがあり、それはビジブルな形を作るというだけでなくクリエイティビティを用いるという意味で広がりつつあります。しかしそうした概念が広がっていくにつれ、純粋な意味での「デザイン」の意味が薄まってしまうのではないか、とも懸念しています。イノベーションをもたらすものとしてのデザインと、技巧としてのデザインとが私の頭の中で拮抗しているのですが、願いのくるまは、分断された私の頭の中をよく象徴している例ですね。昨年の審査会以来、ずっと考えているのが[ノンスリップアルミ定規]のエントリーです。何百年も前からずっとある定規という道具を、この時代に改めてデザインしようという人がいるということに驚きました。しかもとても美しい。他方で、数ある定規に新しいデザインが加わったところで、大勢に影響はない、と考えることもできます。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e05833d-803d-11ed-af7e-0242ac130002

 この定規は、確かに美しいデザインで、今後スタンダードになりうる可能性はあるけれど、世界を塗り替える力としてのインパクトが大きいとは言えないかもしれません。

デザイナーがビジョンを描き、事業を組み立てる

ペニントン 少なくともデザインは社会や経済にインパクトをもたらしてそれを支援するということを一般の人に理解されるように、説明していかなくてはなりませんね。

 デザインが包括する、できる範囲には、さまざまあります。デザイナーは、いわゆるヒップスター的立場であって、従来的な「デザイン」の分野を担う人たちですね。彼らは本質的にロジックや枠組を離れようという指向性を持っているわけですから、ハスラーの領域にもっと寄り添うべきでしょう。しかし「デザイン」という定義を広くすることで何が起こるだろうか、とも考えています。「美しいデザイン」は、ビジネスの価値や社会的意義、持続性に大きく寄与します。そうだとすれば、デザインという言葉を従来的な範囲に留まらせることにも意味があるのではないでしょうか。ヒップスターとして影響力を発揮した人が、ハスラーの領域を評価しても、必ずしも成功するとは限らない。なぜなら両者は違うものだからです。

ペニントン 私はデザイナーなので、希望的にはデザイナーは、ハスラーやハッカーの領土を侵略していきたいと思います(笑)。本来、3つの領域が重なる部分でデザインが誕生し、周りの分野に影響を与えるべきです。デザイナーは素晴らしいビジョンを持っているにもかかわらず、CEOになるのは、起業家やエンジニアであって、デザイナーがCEOになった歴史はほとんどありません。優れたビジョネアーはデザイナーの領分と融合しています。デザイナーは将来、ビジョンをデザインする立場になるかもしれません。30年前、タッチパネルの画像をデザイナーが担当するとは誰も想像していません。20年もすれば、科学的な発明をするとか、それを社会に実装する原動力になる人がデザイナーと呼ばれるようになるかもしれません。むしろ、いま、デザイナーの役割がきっちりと定義されていないのは、喜ばしいことで、これから拡大していく様を想像すると心が躍ります。

 確かに、ストラテジストやCEOは、デザインの領域、デザイナーの仕事をより理解するようになるでしょう。しかしビジョネアーとスーパーテクノロジスト、そしてデザイナーと呼ばれる人々がそれぞれ存在する未来も悪くない気がしています。そして相互の“領域侵犯”も頻繁に起こる。今、それぞれが理解を深め、より深いリンケージが起こっていくというベクトルには絶対にあって、そうでなければ価値が生まれないのは明らかです。


林 厚見

建築、都市プロデューサー / 株式会社スピーク共同代表、東京R不動産ディレクター

不動産サイト「東京R不動産」および空間づくりのウェブショップ「toolbox」のマネジメントの他、建築・不動産の再生事業企画プロデュース、地域経営戦略立案、イベントスペース・宿泊施設・飲食店舗の企画運営などを行う。東京大学工学部建築学科、コロンビア大学建築大学院不動産開発科修了。McKinsey & Companyおよび国内ディベロッパーを経て現職。株式会社TOOLBOX代表取締役、株式会社セミコロン取締役を兼任。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時


ペニントン・マイルス

教育イノベータ / 東京大学生産技術研究所デザイン先導イノベーション研究室教授

独創的かつ国際的なイノベーション研究所であるDLX-Design Labの運営に携わる。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに勤務後、インペリアル・カレッジ・ロンドンとの共同ダブルマスタープログラムであるイノベーション・デザイン・エンジニアリング(IDE)プログラムのプログラム長を務めた。また、国際交流プログラムであるグローバル・イノベーション・デザイン(GID)プログラムの創設者の一人であり、そのプログラム長を務めた。イノベーション・コンサルタント会社Takramの元ロンドン事務所長。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時