この記事のフォーカス・イシュー
技術・伝承のデザイン
発展し続けるテクノロジーと、脈々と受け継がれてきた匠
2019.12.31
日々めまぐるしく進歩し、発展し続ける新しいテクノロジーと、暮らしの中で長らく伝わり、脈々と受け継がれてきた匠。デザインはそれぞれにどのように関わり、その新たな価値を築いていくのか。2019年度フォーカスイシューディレクターの佐々木 康晴と廣川 玉枝による提言。
「楽しみ」に表象されるバランス
佐々木 デジタル領域ではAIや情報通信、5Gなどのさまざまな「技術」が駆使され、とにかく「いままでのものをリセットし、新しさを詰め込んで『新製品』をつくる」という流れが強い。しかし、「どの技術を捨て、どの技術を残すか」を見極めることが、伝統の分野でもデジタルの分野でも求められているように思います。スマホの中にいろいろな機能やデザインをただ詰め込んでも、アイデンティティや軸のないものが出来上がってしまう。それは、一瞬は楽しく感じても、ずっと愛されるようなものにはなりません。薄っぺらな使い捨ての体験を繰り返すのではなく、「残して守るもの」「新しく加えるもの」を見極めることが大切だなと思っています。自分への反省も込めて。
廣川 私はデザインというのは物事を前進させる力だと思っています。それを今回、広い視野で「技術・伝承」として捉えた時に何が見えてくるか楽しみでした。建築や、目に見えないもののデザインもある中で、私は主にプロダクトをデザインしているので、元々のイメージは「伝承」=「伝統産業」でした。しかし、審査を進める中で「伝承とは?」と深く考える機会になり、その結果、いま目の前に並んでいる全てのものは、何かしらの既存の技術が伝承された結果だという気付きにつながりました。伝統産業に限らず、あらゆるものは既存のデザインへのリスペクトから新しいものが見出される。デザインとは、伝統に限らず技術を伝承していく一種の現象なのではないかと思っています。有田焼や京織物など、プロダクトとして伝統産業の息吹を感じるものも多々ありましたが、着火機能付きお香[hibi 10MINUTES AROMA]は発想のジャンプがある素敵な商品だと思いました。通常、器などであればテクスチャーやフォルムなどの要素などから検討しますが、この商品は「マッチ」から「お香」にいきなりジャンプしているところが面白い。昨今はマッチを日常で使うシーンが失われつつあるため、マッチの技術をいかに現代に落とし込めるかが課題だったと思います。同じ兵庫県にある播磨のマッチと淡路のお香、隣接した2つの伝統産業が融合して新たなプロダクトを生み出しました。伝統的な技術は、その継承が危機に追い詰められたとき、何か大きな変化を遂げなければ生き続けられないため、進化したデザインが生み出されることがあります。伝統産業の大きな課題のひとつは、「伝統」であるが故に、長年培われた生産工程のフォーマットを壊すことが難しくなることです。ですから、こういった全く新しい発想のプロダクトの開発は革新的なものだと思います。
佐々木 「伝統」という視点では私もhibiに注目しました。デジタルの分野だと「気分に合わせてボタン1つで10種類のアロマが自動で楽しめます」といったアプローチになりがちです。しかし、hibiはお香とマッチのハイブリッドという形によって、時間、マッチを擦る動作、火薬の匂い、しみじみ香りを楽しむという体験まで、アナログの良さをいいバランスで残すイノベーションがなされている。デジタルやテクノロジーの進化により、現代では非連続の変化が生み出しやすくなっています。メーカーはその魅力に飛びつきやすいのですが、「残す」「加える」のバランスが本質的には重要だと思っています。そのバランスがいいと思ったのは、スマートコーヒーメーカー[ジーナ]。クラシカルなデザイン でありながら、スマホ連動で美味しいレシピが再現できたり、そのレシピをシェアできたり。これも「ボタン1つで世界のおいしいコーヒーを」ではなく、コーヒーを淹れる時間や所作の楽しみを残しつつ、テクノロジーを加えるバランスが絶妙です。所作の楽しみを残す事例ではElectronic Piggy Bank [Little Can]という、電子マネーが主流の中国で子どもへのお小遣いを送金するシステムですが、このプロダクトのかわいいところは、振ると「チャリンチャリン」と音がするのです。電子マネーの便利さを取り入れつつ、貯金箱への触れ合い方や楽しみ方はアナログで残しています。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e061d12-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e08eb87-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0a2c94-803d-11ed-af7e-0242ac130002既存のリソースを生かす、継承しながら前へ進む
廣川 工業製品としての伝承を象徴する、長く愛されているプロダクトが3つありました。レコードのターンテーブル[Technics SL-1200MK7]、システム収納家具[USMハラーE]、バイクの[SR400 40周年アニバーサリーエディション]です。どれも「なぜいまGマークに出品されたのだろう?」という誰もが知る定番商品ですが、これまでユーザーに愛されてきたデザインはそのままに、技術革新が加えられているものです。ターンテーブルは機能面で新しいデジタル技術を搭載。ハラーはディスプレイ需要に応えるために加えられた内照式のライトがあり、表面からは見えないようにうまくデザインされています。SR400は排ガス規制のために一度販売終了をしながらも、基準を満たす機能を備えてリバイバルしました。これらは定番としてファンのために同じデザインを継続する、そして「常に前へ」とブラッシュアップし続ける探究心が素晴らしいと思いました。企業としてひとつの製品に対するものづくりを、時代を超えて半世紀以上続けるにはその「もの」に対する深い愛情と忍耐力が必要です。定番の座にとどまらず、常に挑戦し、真摯に取り組む姿勢に大変心動かされました。
佐々木 同じように定番的なリソースを使ったプロジェクトに、デジタルコンテンツ[NHK回想法ライブラリー]がありました。認知症には薬を使った対処法など、さまざまな療法がありますが、昔の映像を見て懐しんだり、昔の道具の使い方を思い出してコミュニケーションを取ることが、脳の活性化に役立つといいます。それをVRで実現するものです。新しい技術であるVRの「没入感」を活かして、映像は昔のものを活用するという、新旧のバランスが面白い。それが認知症予防という差し迫った課題の解決につながるという点も素晴らしいものです。
廣川 使い手であるファンのため、そして、つくり手自身もまたそのかつてのデザインを愛するが故に、伝承という現象が起きるのだと思います。何十年とプロダクトが生き続けるためには、使い手の存在はもちろん必要ですが、常に同じように売れ続けるわけではない時代の波の中で、メーカーにも「つくり続けたい」という熱意がなければ成り立ちません。つくり手の想いもまた、伝承に欠かせないものだと思います。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e05eb39-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e074594-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0c9239-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e197ceb-803d-11ed-af7e-0242ac130002デザイナーが志す「足すこと・引くこと」
廣川 上手に「そぎ落とした」アイテムとして、消火器[+ 住宅用消火器]があります。従来の真っ赤な消火器をモノトーンに変えることで、いまのライフスタイルにマッチして、自宅に消火器を置く人が増えるという着眼点を持った商品です。なぜいままで誰も思いつかなかったのか。「色を変えただけなのに」むしろ「色を変えただけで」こんなに革新的なことが起こるのかという驚きがありました。逆に、ゴミ収集車 [プレス式塵芥収集車 プレスマスター PB7型]は「盛った」デザインです。幼少期、私にとって大きな音を立てながら「ゴミを食べる」ように動くゴミ収集車は恐ろしい存在でした。しかし、この収集車はそれが化粧を盛って出てきたという印象です。色は綺麗なメタリックブルーでフォルムも若干丸くなって優しくなったようなデザイン。通常、このように化粧を盛ったようなデザインにすると、一般的な支持者は減ります。みんな「普通」のものが好きなので。しかし、常にゴミを抱えて働く存在であるからには、化粧をすることでその汚いイメージをカバーでき、小さな子ども達にもファンが増えて好きになってもらえる可能性を秘めたデザインではないでしょうか。これらはユーザーを全ターゲットに広げるのではなく、一部に絞り込むことで生まれる発想です。
佐々木 少し違った視点から、Mobility as a Service (MaaS) Platform[Whim - All your Journeys]というスウェーデンのモビリティアプリに注目しています。日本はまだ乗り物の種類ごとに別のアプリを使いますが、これ1つであらゆる乗り物に乗ることができます。既存の仕組みをつなぐ不便さはテクノロジーで解決しつつ、「自分の意思で手段を選んで自由に移動する楽しさ」が継承されているシステムだと思います。利便性だけを追い求めていくのではなく、気持ちや所作、所有する喜び、人間臭いエモーションを感じる部分に価値を見出していく。そこにフォーカスし、デザインすることによって、伝承されることもあると思います。テクノロジーの力であらゆるものに機能を追加できる時代になったからこそ、デザイナーは「何を残し、何を残さないか」「何を加え、何を加えないのか」を最終的に選定する重要な存在といえます。色や造形の表面的なデザインだけでなく、これまでと違った美意識、そして未来を見通す時間軸的な視点を持つことが必要ですね。学び続けなければならない使命と共に、なんでもできる時代だからこそ、そこを見極めていける点でおもしろさがある。
廣川 デザイナーは常に過去を見て、現実を探り、未来を予知する力が必要だと思っています。そして伝承には向上心、好奇心、探究心、つくり続ける信念が必要だと思います。それにより長く愛されるものがつくられ、その愛されるものが継承されていく。自分が信じるものを常に磨き続ければ、それに感動した人が伝え、「伝承」という現象は必然的に現れてくる。伝統産業には「既定の型を変えられない」という課題もありますが、技術のためにものをつくるのではなく、現代のライフスタイルに必要なもののために技術を伝承していくことで、新たな進化を遂げることができるはずです。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0738dd-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0ae3e5-803d-11ed-af7e-0242ac130002 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0cab6f-803d-11ed-af7e-0242ac130002佐々木 康晴
クリエイティブディレクター|株式会社電通 第4CRプランニング局 局長・ECD
1995年電通入社。コピーライター、インタラクティブ・ディレクター、電通アメリカECD等を経験し現職に至る。デジタルの知識とクリエーティブの知見をハイブリッドに活用して新領域クリエーティブのリーダーを務めるかたわら、海外グループ拠点と協業しグローバルクライアント対応任務も担う。カンヌ、One Show、D&ADなど国内外の広告賞を数多く受賞し、国内外でのアワード審査員や国際キーノート講演経験も多い。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時
廣川 玉枝
クリエイティブディレクター / デザイナー|SOMA DESIGN
2006年「SOMA DESIGN」を設立。同時にブランド「SOMARTA」を立ち上げ東京コレクションに参加。第25回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。単独個展「廣川 玉枝展 身体の系譜」の他Canon[NEOREAL]展/ TOYOTA [iQ×SOMARTA MICROCOSMOS]展/ YAMAHA MOTOR DESIGN [02Gen-Taurs]など企業コラボレーション作品を多数手がける。 2017年SOMARTAのシグニチャーアイテム”Skin Series”がMoMAに収蔵され話題を呼ぶ。2018年WIRED Audi INNOVATION AWARD を受賞。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時