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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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受賞者インタビュー

「2018年度グッドデザイン賞」を考える

フードハブ・プロジェクト 農業と食文化の地域内循環システム

2018.12.31


地域の内外での循環と価値の伝え方

フードハブ・プロジェクトとは、地域の農業を次の世代につなぐため、2016年に徳島県神山町で役場や農業者、私が所属する民間企業などで興した株式会社の名前です。地域で育てて地域で食べるという意味を込めた「地産地食」を合言葉に、農業チームが育てたものを、食堂「かま屋」で調理をして地域の人に食べていただく、小さいものと小さいものをつなぐ循環をつくっています。かま屋に併設したパン屋と調味料などを扱う食料品店も含めて町外の方も利用できますが、基本的には神山町の方々に向けて営業しています。「フードハブ」とは、アメリカ農務省(USDA)が提唱する農産物の新しい流通の仕組みから引用しました。また新たに間に立つ流通の仕組みをつくっても仕方ないので、人口約5,300人の神山町で、自分たちで作物をつくって食を提供するまで完結させる仕組みと再定義しています。

農的な暮らしで培われてきた文化、風景、暮らしが急速に失われていることへの危機感を持った少数の地元の方と私とで、2015年に役場が地方創生の戦略を検討するワーキンググループを立ち上げたとき、多数の合意形成はあえて目指さず、きちんとリスクのとれる、批判を受けても倒れないチーム編成が大切だと考えました。大勢を一度に説得するのではなく、良質な料理やパンや加工品によって活動の意味を届け、伝わるまで待つ「遅いコミュニケーション」をとることも意識しました。月1回制作する紙媒体『かま屋通信』も、徳島新聞の折り込みチラシとして神山町内で無料配布しています。購読率が8割を超えるこの媒体はアナ ログなSNSとして支持されています。

食堂のランチで使われた地元食材の割合を示す「産食率」を、毎月この通信の同じコーナーに掲載することも、地域への浸透を意識してのことです。数値化を繰り返し、オープンにすることを心がけました。 町内外の方々に応援していただくためにパン屋は欠かせない存在です。パンは地元に向けて日常性を持つのはもとより、町外の人に向けて非日常性を持つ食品でもあります。町外から車で何時間かけてでも買いに来る人がいますし、オンライン販売を通じて我々の情報を遠くまで伝えてくれるツールでもあります。食の循環をつくる上で大切なのは、地域への愛着の育て方だと思います。これを具体的な行動に因数分解しますと、

利益率など経済合理性よりも、地域の文化に貢献するという美学を優先させる。

外からの新しい価値に目を向けるのではなく、地域内にあるものの価値を掘り下げ、磨き直す。

非日常ではなく、日常の食に落とし込むことで、地域の人が受け入れやすくなり、循環が加速する。

日常を支える料理人やパン職人などのつくり手を大切にする。

このような4つのメソッドに集約することができます。同時にハードのデザインもとても大切です。食堂を地元の方にとって違和感のない場にするため、間口を広くとるための立地から空間デザインまでチームで検討しました。

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イノベーションよりも改善と内側への眼差しを

ゼロから何かを生み出すイノベーション以上に、そこにある地域性に対して創造性をもって取り組む「改善」という姿勢を我々は大切にしています。代表例が1978年に出版された『神山の味』という郷土食を紹介する書籍です。我々にとってのバイブルで、レシピやグラフィックデザインも含めてベースにしています。グッドデザイン賞でこの活動のスピード感も評価されたのは、意外でしたが、ゼロイチよりも「改善」をさまざまな案件で繰り返すからスピード感があるように見えるのかもしれません。

アーティスト・イン・レジデンスから着想したシェフ・イン・レジデンスという取り組みも機能し始めました。国内外のシェフに神山町に滞在してもらいながら、いろいろな活動を地元でやります。フードハブ・プロジェクトをやってみたいという各地からの申し出に対し、彼らの力を借りてメソッドや考え方を提供しています。京都・与謝野町、広島・尾道市、鹿児島市の地元の方々から声をかけていただいたこの取り組みは、店舗のコンセプトづくりや製品開発の依頼へと発展しています。3月10日オープンの尾道駅舎内「おのまる商店」では、地域食材を使った食品の開発やコンセプトづくりに昨年から関わってきたのですが、ここでも外ではなく内側に眼差しを向け、地元の海と山の幸のポテンシャルにしつこくこだわるよう、関わる方の意識のチューニングを徹底しました。

働き方も含めた実験的なデザイン

地域の足元に注目する我々のような取り組みは丁寧につくりこむ必要がありますが、同時に社会資本化すべきものだとも思います。農業・飲食業・製品開発・食育を同時に、かつチームで取り組むことで、地域に還元できると思っています。ローカリティだから可能な、社会的な時間と私的な時間が融合したような働き方を推奨しているので、離職率も低く、多くのスタッフがチームで働くメリットを感じています。私が働く民間企業は出資者であると同時に、メディアづくりのノウハウを提供するなど、事業のスピード感を上げる存在です。短期的に見るとフードハブは収益性の低い新規事業かもしれませんが、長期的に見て福利厚生や採用面でプラスに働くなど、複合的な作用があると感じています。

食の取り組みにおいておいしさは大前提ですが、デザインは、おいしい味の先にある美しい食文化や風景という美学に、多くの人がどのくらい思いを馳せられるかという点に機能し得ると思います。


真鍋 太一

株式会社フードハブ・プロジェクト 支配人

 


小川 彩

インタビュアー/ライター