受賞者インタビュー
「2018年度グッドデザイン賞」を考える
hanare 宿泊施設
2018.12.31
谷中の街に機能を分散したホテル
大学で建築を学んだ後、世界各地のプロジェクトを担う建築設計事務所に就職しました。若い建築家にとっては十分に恵まれた環境だったと思います。しかし仕事のスケールが大きすぎて、社会に対して自分がどう役立っているかがよくわからなくなってきました。身の丈に合った仕事をしたいと考えるようになった矢先、2011年に東日本大震災が起こります。事務所を辞めてボランティアを始めたのち、そのまま独立の道を選びました。
当時は東京・谷中の古い木造アパートに住んでいて、その物件が取り壊しになることを知りました。耐震補強を施してまでアパート経営を続けるのが難しくなっていたのです。そこでアパートの最後を飾るためのアートイベントを企画します。このイベントが意外なほど好評で、大家さんも建物を残そうということになり、2013年に最小文化複合施設「HAGISO」をスタートしました。建物のリノベーションも、その後の運営も、私の会社で行っています。
HAGISOではさまざまな展示や催しを行い、多くの人が集まるようになってきました。谷中という地域の魅力が、HAGISOの価値を担保しているのです。ただし住民にとっての街の魅力と、観光地として訪れる人々の評価がずれているという課題もあります。そこで、1日を通してリアルな谷中を体験してもらうため、HAGISOをレセプションにして谷中全体をホテルとするhanareのアイデアが浮かびました。お風呂は昔ながらの銭湯で、レストランは街中の食堂を案内するのです。宿泊棟は、ずっと無人だった木造アパートに目をつけました。
意識を変えると、街の魅力が浮かび上がる
谷中では、いつの間にか消えていく木造建築が多くあります。hanareの宿泊棟の建物も、そうなっていく運命だったと思います。そのアパートが気になっていたため、大家さんを探し当ててhanareのアイデアを提案しました。大家さんは、祖母から建物を相続したものの、改修してアパートを再開するリスクは大きく、しかし思い出があって取り壊しや売却ができなかったそうです。築後約60年の建物だったので、一般的には価値のないものとして取り壊しになる物件でしょう。しかし、古民家とは違ってプロダクト的に量産された安普請であることに、逆に自由にリノベーションできる可能性を感じました。また、さらに使い続けて築100年になると、文化的価値が高まるかもしれません。2016年にオープンしたhanareの宿泊棟は、本来の佇まいや、以前の大家さんの趣味を感じさせる型ガラスを残しながら、間取りや床の高さなど大部分を一新しています。新しい空間によって、周囲の街の見え方が変わりました。例えば近隣の建物との距離の近さや、密集した電線は、マイナス面として受け取られがちです。しかし宿泊客からは「距離の近さが楽しい」「街に住んでいると実感した」という感想をもらいます。
街の景観を美化することは、しばしば地域の意向に合わなかったり、画一化や地価の上昇などを引き起こすため、ジェントリフィケーションとして世界的な問題になっています。しかしhanareが試みたのは、デザインで人の意識を変えること。これなら地域に負担をかけず、時間もお金もあまり必要ありません。
ただし、その地域になじみのない人を呼び込むのですから何らかの配慮は必要です。hanareで はチェックインの際に、街での暮らし方のマナーを伝えます。これを「面倒くさい」と感じるか、「未知の世界を体験する準備」と感じるかも、お客さんの意識次第。そんな関係性を構築するコミュニケーションのプロセスもデザインの一部だと考えています。
まちやどのネットワークを広げたい
hanareを運営する中で、宿というものの存在意義をあらためて意識するようになりました。宿とは「街の交通整理役」なのです。どんな人を街に呼び、どう行動してもらい、何を得てもらうのか、どんな気持ちで旅立ってもらえるか。私たちがつくる流れは小さくても、毎日続けていくと大きな流れになっていきます。 人が知らない街を楽しむためには、ある種のリテラシーが欠かせません。似たような街並みも、地域性や歴史を知るとリテラシーのハードルが下がっていきます。そのための宿の強みは、人にフェイス・トゥ・フェイスで働きかけられることです。日々、新しい人に出会っていると、そのためのアイデアが次々と湧いてきます。
hanareで得たノウハウを生かし、日本まちやど協会を設立して、地域と密着した宿の連携を進めています。「街=宿」という考え方で活動している事例は全国にあり、そんな活動を結びつけていきたいのです。仕事がないと言われる地方の街で、特別な技術や設備がなくても、地域ならではの魅力を提案できる宿があれば、観光という産業が生まれます。宿泊者は一生忘れられない体験をするかもしれないし、それは地域の人々にとっても大きな喜びになります。
私たちがhanareという「まちやど」を運営する大きな理由は、この活動がとてもおもしろいということ。ユーザーにサービスを直接提供することはシビアでスリリングですが、得られることがたくさんあります。かかわる領域や人もどんどん広がって、すべてのつながりから感動が得られるのです。私たちは、街づくりをしようというつもりはなく、自分たちが楽しみながらできることをやり、結果として誰かの役に立つならうれしい。そんな意識で、この活動を続けたいと考えています。
宮崎 晃吉
株式会社HAGI STUDIO一級建築士事務所 代表取締役
土田 貴宏
ライター