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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

将来世代とつくるデザイン

数百年スパンでの「循環」を見据えて。次なる時代をつくる世代と共に、手間をかけて取り組むデザイン

2022.03.28


「将来世代」に込めた意味

私たちは今、世代交代のうねりの中にいます。「デジタルネイティブ」「SDGsネイティブ」と呼ばれ、これまでの世代とは全く異なった価値観を持つZ世代やミレニアル世代。そうした新世代の人たちが、国内においても、国際社会においても、まもなくマジョリティを占めるようになります。より具体的に言うならば、2024年には国内の労働人口の半分がZ世代・ミレニアル世代になり、2030年には世界人口の半分がZ世代になります。

この地殻変動を目前に控え、企業活動という文脈においても、そしてデザインの世界においても、新世代に対する意識は必要不可欠なものになっていくでしょう。「将来世代とつくるデザイン」というテーマは、こうした背景のもと設定しました。

将来世代という単語は、サステイナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)の概念に由来しています。この概念が打ち出されたのは、1987年に国連が開催した「環境と開発に関する世界委員会」(通称:ブルントラント委員会)。その定義は「将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすこと」というものでした。以降、「将来世代(future generations)」は世代間の公平性を考えるキーワードとして用いられるようになりました。

私が掲げた将来世代という言葉には、2つの要素があります。1つはZ世代やミレニアル世代といった、今の若い人たち。そしてもう1つは、まだ生まれていない世代の人たちです。このように捉えたとき、「将来世代とつくるデザイン」は、非常に時間軸の長い取り組みになるはずです。

また、若い世代の人をターゲットにした商品やサービスは、将来世代の“ために”つくられたものであっても、将来世代と“共に”つくられたものではないので、厳密には「将来世代とつくるデザイン」には当てはまりません。一見すると共につくっているように見えても、取り組みの主体が大人側にあるものも同様です。

上記を踏まえ、私は2021年度グッドデザイン賞の審査前にこんな仮説を立てました。真の意味での「将来世代とつくるデザイン」——現代の大人と将来世代が同じ立場に立ってデザインしているもの——はまだ少ないのではないか。

実際に審査プロセスを経てみると、明確に将来世代を意識した作品は多くはありませんでしたが、それでも興味深いプロジェクトに出会うことができました。例えば、豊富な写真とイラストで様々な問いを投げかけ、自ら考えることで建築の面白さを伝える子供向けの書籍「はじめての建築」。地域の建築を題材に、答えのない問いに対して大人と子どもが一緒に取り組めるような構成になっており、大人と将来世代が同じ立場にある作品の事例だと感じました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e604d10-803d-11ed-af7e-0242ac130002

ゆっくりつくると、手間がかかるが壊れにくい

将来世代と共にデザインしていくプロセスを具体的に考えるとき、まずイメージしやすいのは、デザインの過程に将来世代を巻き込む方法です。そのため審査にあたっては、どのようなチームでつくっているかという点に着目していました。

審査の議論において、デザインのプロセスは年々その重要性を増しています。値段や機能、意匠性によって商品を差別化するのが難しくなったことで、最終成果物だけで作品を判断することができなくなったためです。代わりに、どのようなチームや働き方でつくったのかという制作のプロセスや、チームの思想・姿勢といった目に見えない部分が、より重要な評価の指標になってきている。この流れは、今後もますます進むでしょう。

チームという観点で印象的だったのは、近年グッドデザイン賞の常連になっている富士フイルムです。審査会のプレゼンテーションは、通常、企業や担当者によってクオリティにかなりのばらつきがあります。しかし、富士フイルムはプレゼンターが営業であれ、マーケターであれ、デザイナーであれ、みなさんものすごく上手いのです。

不思議に思って理由を聞いてみると、分業制の廃止に起因していることがわかりました。富士フイルムは全てのプロジェクトではないものの、研究開発、商品企画、販売促進といったビジネスの一連のプロセスをそれぞれの職種に閉じないそうです。研究者、デザイナー、セールスパーソンといったさまざまな立場の人が、チームとして全工程に関わっているのだと。

その結果、プロダクトには多様な視点を反映でき、メンバーの全員にとってプロジェクトが“我が事”になる。だから、誰が登壇しても臨場感のあるプレゼンをできるのだと教えてもらいました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e0d75cf-803d-11ed-af7e-0242ac130002

デジタルネイティブ世代をターゲットにした日本初のデジタル銀行「みんなの銀行」もまた、さまざまな立場の人を含むチームが一丸となってつくった作品の一例です。特に、金融機関出身のメンバーとミレニアル世代のデザイナーたちの間では、バックグラウンドの違いからしばしば意見が衝突したものの、全員の合意が得られるまで丁寧な議論を重ねて開発を進められたそうです。

これらは非常に手間がかかる取り組みです。しかし将来世代とつくるとは、本質的にそうした手間が必要なのだと感じました。異なる世代や立場の人が関係性を築くには時間がかかりますが、ゆっくりできたものは壊れにくい。「ゆっくりつくる」は、将来世代とつくるという営みにおいて、不可欠な要素です。

関連記事:永吉健一×石川善樹|「共にいる」ことで実現する、みんなのためのデザイン

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e5fd089-803d-11ed-af7e-0242ac130002

「共にいる」ことから始め、つくったあとも「共にいる」

もう1つ大事なキーワードは、「共にいる」ということです。

例えばみんなの銀行は、専門委員会を組織してユーザーの「声」を集め、毎月の取締役会の場で検討するというプロセスを定めているとのこと。経営のトップを含んだメンバー全員が、ターゲットユーザーである将来世代と「共にいる」ことを実現しています。

将来世代と括るとイメージがぼやけてしまいますが、そこにいるのは一人ひとりの人間です。その人たちに興味を持って共にいる時間を長くすることから、「つくる」という行為が始まります。

みんなの銀行は他にも、ユーザーとの交流イベントやオウンドメディアによる情報発信を通じて、プロダクトやサービス以外での接点を創出。ユーザーと「共にいる時間を長くする」ための、さまざまな工夫を凝らしている事例だと感じました。

台東県内の伝統食品を軸に、スローフード(編注:おいしく健康的で、環境に負荷を与えず、生産者が正当に評価される食文化を目指す社会運動。郷土に根付いた農産物や文化を失うこと、ファストライフ・ファストフードの台頭、食への関心の薄れを憂いて始まったという)の活動やイベント、コミュニティを展開する「Taitung Slow Food Festival」もまた、「共にいる」ことから始まったプロジェクトの一例です。

この活動は、当初観光産業の発展に向けて何かできないかという話から始まったそうです。ただ、海と山以外に何もない土地で、これといってやることもなかったので、まずはみなさんが一緒にいることから始めたとのこと。するとだんだんとコミュニティの輪が広がり、「何かやろう」とスローフードフェスティバルが生まれました。

共にいることから始まっているので、スローフードフェスティバルが終わったあとも、きっとみなさん一緒にいるのでしょう。何かの目的のために、チームを組んで役割を振って進めるのがこれまでのデザイン。一方で「将来世代とつくるデザイン」は、みんなで一緒にいることから始まり、いろんな話をしながら時間をかけてつくっていくものになるのではないかと感じました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e607e80-803d-11ed-af7e-0242ac130002

耐久性や永続性ではなく、「循環」をデザインする

ここまでは、Z世代やミレニアル世代といった、今の若い人たちとつくるという観点で考察してきました。続いてもう1つの「将来世代とつくる」、すなわち「まだ生まれていない世代の人たちとつくる」という観点も考えます。

この観点で非常に象徴的だったのが、キャンプ場の運営を基軸に循環型事業を展開する、「きたもっく」の事例です。

まだ生まれていない世代の人たちとつくるデザインは、自ずと非常に長い時間軸の取り組みになります。そこで、きたもっくの方に事業のスパンについて質問したところ、彼らは「未来は自然の中にある」というコンセプトのもと、100年と700年という2種類の時間軸で事業を考えられているということでした。100年とは木を植えて育て、伐採するまでの周期。そして700年とは、浅間山の噴火の周期。とてつもなく長いスパンです。

さらに私が驚いたのは、それをきたもっくの代表が語るのではなく、一社員の方が淡々と語られていた点でした。何世代先かはわからないけれども、まだ見ぬ将来世代の人たちと一緒につくっている感覚が、会社全体に浸透しているのだと感じました。

きたもっくの事例を通じて改めて思ったのは、「将来世代とつくる」とは、単に耐久力の高いものや永続的に続くものをつくることではない、ということ。そうではなく、滅びることを前提に循環をデザインする。あるデザインが役目を終えた時に、その先をどうするかは将来世代へ託す。自然のサイクルに人間の生産サイクルを一致させ、再利用できない廃棄物を一切出さないモノづくりを目指す「Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごへ)」につながる考え方です。

したがって、「将来世代とつくるデザイン」のステークホルダーは、人間だけに留まりません。そこにある自然もまた、ステークホルダーに含まれてくる。このことは、今回のフォーカス・イシューで私が得た、非常に大きな気づきでした。

誰のためのデザインか。現在の消費者のみならず、将来世代や自然環境、地球といったマルチなステークホルダーを意識できているか。この視点は、今後ますます問われるようになっていくでしょう。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e60777f-803d-11ed-af7e-0242ac130002

これらを踏まえ、「将来世代とつくるデザイン」を増やしていくためには、3つのステップを踏むとよいのではないかと考えています。

それは、ともに「いる」、仲間に「なる」、デザイン「する」。

大人になると、どうしても「する」から物事を始めがちです。しかし、まったく価値観が異なる将来世代と、まず一緒に「いる」ことから始めてみる。その積み重ねで、仲間に「なり」、ともにデザイン「する」ことへとつながっていく。そうした長い目線が、「将来世代とつくるデザイン」の鍵ではないでしょうか。


石川 善樹

予防医学研究者|公益財団法人Well-being for Planet Earth

1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がよりよく生きる(Well-being)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。 専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時