focused-issues-logo

グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

thumbnail

この記事のフォーカス・イシュー

完成しないデザイン

トライ・アンド・エラーによる共創を続けてゆく。長く、みんなで、安心して取り組むデザイン

2022.03.28


「生き物のように変化する」デザインの条件

現代は個人や社会のニーズが複雑化し、画一的な商品を提供するだけでは事足りなくなりつつあります。さらには、社会変化のスピードもますます速くなっている。それゆえに、大規模なプロジェクトを立ち上げ、時間をかけて完成形を目指す、従来型のデザインプロセスは通用しづらくなっています。

こうした時代背景を鑑みると、物事に変化の余白を残しながら、小さく柔軟に、スピード感を持って課題を解決していく姿勢を持ったデザインが必要なはず。言い換えれば、最初は小さくて不完全でも、長い時間軸でトライ・アンド・エラーを繰り返しながら、生き物のように変化するデザインのあり方を探求したい──それが「完成しないデザイン」をテーマに据えた理由です。

「完成しないデザイン」は、どうすれば実現できるのでしょうか? グッドデザイン賞の審査過程で思索を深 めていくうちに、それが成立するための条件が3つ、明らかになってきました。

1. 長期的に継続できる仕組みがあること

1つ目は、長期的な継続性です。それを体現しているのが、「きたもっく」の事例と、「神水公衆浴場」の事例でした。

軽井沢に拠点を置き、自伐型林業を展開する「きたもっく」は、25年かけて事業領域を拡張し続けているプロジェクトです。キャンプ場経営から始まり、木材加工業・林業に事業を拡張。自伐型林業も開始しています。また現在では食品の生産加工業も手がけるようになり、自ら養蜂したはちみつの製造・販売まで行うようになりました。

一歩進むと、次の課題が見えてくる。それが次のアクションにつながる。少しずつ領域を広げ、すなわちスパイラルアップして、課題解決の範囲が広がっていく。こうした数珠つなぎのような広がりは、地域や林業が抱える課題解決に継続的に挑んでいるからこそ可能となります。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e60777f-803d-11ed-af7e-0242ac130002

熊本地震の支援をきっかけに作られた熊本県の銭湯併設の住宅「神水公衆浴場」も示唆に富むケースでした。オーナーである建築士の黒岩裕樹さんは「銭湯はあくまで副業として運営しており、それ自体で稼ごうとしているわけではない」と言い切ります。生活がかかっていないからこそ、収益構造的に黒字化が難しい銭湯運営を長期にわたり継続でき、“肩の力を抜いて”変化の余白を持つことができるのです。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e59d620-803d-11ed-af7e-0242ac130002

※参考記事:黒岩裕樹×飯石藍|必要なのは、無理なく続けられるデザイン

2. サービスそのものに主体性・当事者性を持って関わる余白があること

2つ目は、サービスの受け手が自らを「お客様」と捉えるのではなく、主体性や当事者性を持ってアクションしていることです。この点で興味深いのが、「ジョンソンタウン」の事例と、「Taitung Slow Food Festival」の事例でした。

埼玉県入間市にあったスラム化した2.5haの住宅地を再生させていく街作りプロジェクト「ジョンソンタウン」は、着手して18年経過してからグッドデザイン賞に応募されました。その間、住宅の新築や街路の新設に加え、居住者が少しずつコミュニティを温め続け、街を盛り上げるための試行錯誤を繰り返してきたのです。

都市計画のプロジェクトでは、住宅分譲のように予め開発されたもの、ないしは出来上がったものを、住まい手が買うという構造になりがちです。しかし、このエリアでは、オーナーとなる磯野商会と建築家、そして住民が主体的になって街をつくり続けている。家と家の間に路地を残す運動をしたり、一部を店舗付き住居に変えたりと、変化が起こり続けており、場所と居住者が一緒に育っているような印象を受けます。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e5e871f-803d-11ed-af7e-0242ac130002

台湾・台東県内の伝統食品を軸に、スローフード(編注:おいしく健康的で、環境に負荷を与えず、生産者が正当に評価される食文化を目指す社会運動。郷土に根付いた農産物や文化を失うこと、ファストライフ・ファストフードの台頭、食への関心の薄れを憂いて始まったという)の活動やイベント、コミュニティを展開する「Taitung Slow Food Festival」では、先住民族の食文化や歴史を紹介するだけにとどまらず、脱プラスチックや環境配慮型デザインにも取り組んでいます。しかもそれは、主催者だけではなく参加している近隣の飲食店も含めてです。

イベントを経て、飲食店のみなさんはスローフードやサステナブルなデザインのノウハウを学ぶ。それを各店舗に持ち帰って、日常的に実践する。イベントがスローフードを継承するきっかけとなり、学び合いの引力が発生している。このように、参加店舗の主体性や当事者性を育てる好循環が起こり、新しい変化が生まれやすくなっているのです。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e607e80-803d-11ed-af7e-0242ac130002

3.心理的安全性が確保されていること

3つ目は、小さなトライ・アンド・エラーを繰り返せる心理的安全性が確立されていることです。

ここまで挙げてきたプロジェクトに共通しているのは、ステークホルダーみんなが対等で、ゆるやかにつながることを大事にしている点です。お互いを許容しあい、必要であれば、ゴールに向かうためにどうすればいいかフラットに意見を交わしあう。こうした優しい関係性があると、より濃密な結果へつながっていくのです。

なお、プロジェクトに心理的安全性を担保するためには、二つの点に気をつける必要があると考えます。まずは、短期的な経済合理性を求め過ぎないこと。短期的に利益を生み出すことを重視していたり、経済的な指標ばかりを基準にプロジェクトが推進されていたりすると、心理的安全性が確保されづらくなります。なぜなら、人々の動機が「数字を達成すること」一色になり、それにつながらないものは価値がないと思われてしまうからです。この点は、「完成しないデザイン」が前提とする中長期的な時間軸でプロジェクトを進めていくにあたり、とても大切なポイントになるでしょう。

もう一つ重要な点は、責任を追及しすぎないこと。人間は失敗できないプレッシャーがあるとリスク回避志向となり、新しいチャレンジへ動きづらくなります。特にこの影響を色濃く受けるのが、失敗を許されない環境にいる大企業や行政の人たち。近年、都市デザインに関して「社会実験」をうたったプロジェクトが増えているのは、何が起こるか分からない未来を前提に取り組むにあたって有効な言葉だからです。「実験」と名付けることで失敗が許容され、行政の人でも責任やリスクから解き放たれ、動きやすい関係性が生まれるのです。

共創の土台は「ビジョンの共有」

ここまで、「完成しないデザイン」が成立する3つの条件──①長期的に継続できる仕組みがあること ②主体性・当事者性があること ③心理的安全性が確保されていること──を説明しました。こうした条件が揃ったプロジェクトを実践していくためには、何より「ビジョンの共有」が重要です。

プロジェクトにはさまざまなステークホルダーが関与します。これらを束ねて力を合わせるには、目標とするビジョンがきちんと共有されることが不可欠。何のためのプロジェクトか、誰のためのプロダクトなのか。そうしたビジョンを共有することで、目的のわからないやらされ仕事がなくなり、さまざまな方が当事者性を持ってプロセスに関わることができるようになります。

ビジョンはできる限りわかりやすい形で可視化するべきです。全体のビジョンを絵に描いてステークホルダーに共有し、現場レベルではプロトタイプをつくってアウトプットイメージを可視化していく。例えば長期にわたるプロジェクトでは、担当者変更によって、プロジェクトが存続の危機に陥ることが往々にして起こります。その時、誰にでも一目でわかる可視化されたビジョンやプロトタイプがあると、人が入れ替わった際にも共通の価値をみんなで認識し続けられるのです。

「完成しないデザイン」は、多様な人たちと共創するからこそ生まれます。一人の天才が完璧な「答え」のようなデザインを作るのではない。少し先の未来を想像しながら、複雑な社会の課題をさまざまな人の知恵で解いていくことが必要なのです。


飯石 藍

都市デザイナー|公共R不動産 コーディネーター / 株式会社nest 取締役

公共空間を面白くするメディア「公共R不動産」にて、クリエイティブな公共空間活用に向けたプロセスデザイン、リサーチ、自治体とのプロジェクト推進、新たなマッチングの仕組み「公共空間逆プロポーザル」等のディレクション等に携わる。また、「グリーン大通り・南池袋公園(豊島区)」にて公共空間活用を通じたエリア価値向上プロジェクトを推進。著書に「公共R不動産のプロジェクトスタディ -公民連携のしくみとデザイン-(学芸出版社)」。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時