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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

続いていくデザイン

「自分たちが変える」という民主的な感覚を取り戻す。主導権を手渡し、つないでいくデザイン

2023.03.09


いま世界では経済的な乱高下や疫病、戦争など、私たちが意図せぬ大きな出来事が次々に起こっています。

社会の価値観が急速に変わる先行きの見えない世界で、変化する状況に柔軟に合わせながら動き続けるデザインとはどのようなものか。あるいは、いま大切にしているものをどのように数十年先まで育んでいけばいいのだろうか——2021年度フォーカス・イシューで設定したテーマ「完成しないデザイン」と、2022年度の「続いていくデザイン」との間には、ぼんやりとした危機感や不安感のようなものから生まれた課題意識が通底しています。

ひとつのプロジェクトを「続ける」だけなら、意志を持った当事者が瞬間的に馬力を発揮すれば可能かもしれません。

しかし、長期にわたり自然と「続いていく」ためには、限られた人の頑張りだけでは難しいこともある。自分ではない誰かへと主導権を手渡し、世代交代しながら大切な価値観を守りつつ、時代に合わせて柔軟に変化しつづけることが求められるのではないかという仮説を立てました。

そうした「続いていくデザイン」は、どうすれば実現できるのでしょうか?グッドデザイン賞の審査過程で思索を深めていくうちに、いくつかのヒントが見えてきました。

時間軸を長く持ち、世代交代を明確に意識する

まず、世代交代も視野に入れた“長い時間”をかけて作るという前提を持つことが大切だと感じます。言い換えれば、最初に携わった人がいなくなった後まで想定して、無理なく続いていくプロジェクトを設計すること。これをとりわけ感じたのは、「神山町・大埜地の集合住宅」の事例でした。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/13791

“100年後まで長く住み継がれてゆく町営住宅”をコンセプトに掲げる、子育て世帯向け集合住宅で、入居者に年齢制限などの要件を課しています。また、住民たちが建物の維持管理なども自分で行うようにルールを整えたり、パンフレットを作ったりして、住民による主体的な運営をサポートします。

※参考記事:「面倒くささ」が育む、世代を超えて「続いていく」デザイン──馬場達郎×飯石藍

「注文が多い住宅なんです」と代表理事の馬場さんは冗談めかして語りますが、一見面倒くさいこれらの決まりごとには、集合住宅内に世代交代の循環を生み出し、家を「住み継ぐ」ことで100年先にまで残すための叡智が詰め込まれています。

また、「続いていくデザイン」は、デザインをする側——つまり運営側においても短距離走で作り上げるのではなく、チームでプロジェクトをつないで長距離のバトンリレーをすることが多くなります。代表理事の馬場さん自身も将来世代にバトンを渡すことを常に意識しており、「いつでも代替わりできるように」と後継者の育成まで見据えてプロジェクトを設計していると語ります。

カリスマ的なリーダーがいない

次に気づいたのは、ひとりの強いリーダーによってプロジェクトが牽引されているのではなく、多様なプロジェクトメンバーにより集合的に活動が行われていることです。この点も先述の「神山町・大埜地の集合住宅」の取り組みが興味深いと感じました。

神山町の集合住宅は、行政と市民をつなぐ立場の「一般社団法人 神山つなぐ公社」を中心に実現しましたが、「企画者やプロジェクトリーダーは誰ですか?」と聞かれると、多くの人が首を傾げます。「続いていくデザイン」が根付いているプロジェクトでは、複数の人々が対等に関わっており、リーダーが誰なのか不明瞭なことが多い。「この人が作った」というカリスマ的な存在がいないのです。

この“匿名性”とも言い換えられる性質は、プロジェクトの初期段階から意図的に組み込まれていました。特定の誰かがリードするのではなく“みんな”で作るには、「何が起きても対話で乗り越えていく」というプロセスや文化、価値観が欠かせません。それを育むために、神山つなぐ公社の元理事である西村佳哲さんが、最初にワークショップやファシリテーションなどの方法、マインドセットを神山町役場内や、創成戦略を考えるプログラムで実践していったそうです。

その結果、立場や世代が異なるメンバー間でも、それぞれの熱量や想いを共有しながら自発的に協議するという文化が生まれた。何か課題が起こっても、その都度対話で柔軟に解決できるからこそ、次世代の人にもプロジェクトを引き継いでいける、チームとしての強さとしなやかさを携えているのだと思います。

先人が作り上げたものを守りながら、変わり続ける

さらに、その地に根付く文化や伝統など、先人が作り上げたものを守るだけでなく、絶えず変化・進化し続けていることも共通点として見えてきました。言い換えれば、時代の流れに合わせて、新たな技術や価値観を取り入れて変えていくこと。これを体現している事例として、「The sustainable chocolate business model」が挙げられます。

かつて台湾最南端の屏東(ドンピン)県の集落では、噛みタバコに似た作物・檳榔(ビンロウ)を栽培していました。しかし、健康面などの問題から産業が衰退し、その代わりに農家たちは台湾産カカオの栽培を開始します。その後、カカオの発酵技術やチョコレート製造技術の研究を重ねて生まれた「フーワンチョコレート」は、新産業ながら高い品質が認められて世界各国で100以上の賞を受賞。集落の農家たちの生活を持続させていくことに成功しました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/11870

同じことをただ続けるだけのプロジェクトは、緩やかに熱量が下がって惰性になり、少しづつ状態が悪化していきます。もし屏東の農家が昔と変わらず檳榔を作り続けていたら、集落は衰退しきっていたかもしれません。時代に合わせて絶えず変化し続けなければ、そもそも現状維持すらも難しいことも多い。集落にある23軒の農家が、「このままではいけない」と集団で立ち上がったからこそ、持続可能になっただけでなく、多くの人に評価される取り組みになっていきました。

もちろん、こうした革新が求められるのは、集落などに限った話ではありません。例えば従来のものづくりでは、消費者が喜び、短期的な購買欲求や所有欲求を満たすことを良しとしてきたように思います。

しかし、近年ではものが生み出されるプロセスにおいて、透明性や長期的な持続可能性など、その取り組みの根底に流れる理念や健全性が問われるようになったと感じますし、そういった点を消費者も見つめてものを選ぶようになってきました。あらゆる分野において、時代の大きな変化を受け止め、守るべきものと変わっていくべきものを見定めていくことが大切になってくるように思います。

関わりの余白を設計する

最後に重要だと感じたのは、そのプロジェクトに関わりたくなる「余白」があることです。取り組みの過程がオープンで誰でも関わることが可能であり、人々の主体的な参加を促すようなデザインがされている。代表的な事例としては、「まほうのだがしやチロル堂」「NFTを含む山古志住民会議の取り組み」「YAMAP DOMO(ヤマップ ドーモ)」を活用した山の再生事業」が挙げられます。

チロル堂は、貧困や孤独といった環境にある子どもを、地域みんなで支える駄菓子屋です。いち駄菓子屋という顔を持ちながら子供たちの新しい居場所をつくっているだけでなく、1枚100円の価値がある店内通貨「チロル札」によって、子供たちが駄菓子を買えたり、カレーが食べられたりする仕組みになっています。

ここでのポイントは、「寄付する」という行為を「チロる」という名前に変えることで、「思わず寄付したくなる」デザインになっていることです。つまり、貧困という課題へのアプローチを、義務感ではなく楽しさに変換している。社会課題の切迫感を一方的に伝えようとするのではなく、その問題への関心が薄い人たちも「関わってみよう」と思える余白を生み出していると感じます。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/10335

「山古志住民会議」も示唆に富むケースです。新潟県の限界集落である山古志が、NFTを発行して購入者を「デジタル村民」と位置付けたこの事例では、物理的な制約を超えて共感者や応援者を受け入れ、関わりを持つ新しい仕組みを構築したことが興味深いと思いました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/13777

さらに、登山者たちの共感・感謝・応援の気持ちをユーザー同士でおくり合い、貯めたポイントを山の再生支援プロジェクトに活用できるポイント制度「YAMAP DOMO」も、課題を楽しさに変換している取り組みのひとつです。山を愛する人々の利他的な行為や想いがユーザー同士の交流を生み、それが課題解決につながっていく。こうした仕組みには、環境保全といった課題に対して直接的なアプローチだけでなく、まずはユーザー同士の気持ちを贈り合うところから初めていくと、結果として山の再生にもつながっていくというコミュニケーションの設計がとても上手だなと感じました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9428

また、余白を設けるという意味では、取り組みの概要だけでなく、それが生まれるまでのプロセスや思想、熱量、価値観をオープンにすることも大切だと感じました。誰にでもプロジェクトが開かれており、自分がそこに関わることに意味を見出せること、まだ関わるには距離があっても、少しでも興味を持ったら飛び込んでいける状態にあることが、人々の「関わってみたい」という気持ちを育むのだと思います。

「自治」の感覚を取り戻す

ここまで、「続いていくデザイン」を表すヒント——時間軸を長く持ち、世代交代を明確に意識していること/カリスマ的なリーダーがいないこと/先人が作り上げたものを守るだけでなく、変わり続けていること/関わり方の余白を設計していること——について整理してみました。

振り返って考えてみれば、私がフォーカス・イシューのテーマを掲げながらぼんやりと感じていた危機感や不安感のようなものは、「手触りのある、民主的な世界が遠ざかっていく感覚」だったように思います。予期せぬ出来事が次々に起こる不確かな世界、自分の知らない大きな力が社会を動かしているように感じる世界で、私たちは「社会の仕組みや自分の生活、暮らしを変えることは難しい」と無意識に感じて、諦めてしまうこともあるように思います。だからこそ、いま求められるのは、自分が世界に関われる「手触り」を取り戻すためのデザインではないでしょうか。

では、「自分たちが変えられる」という感覚を取り戻すためには何が必要か。そんな中、“自治”という概念を問い直していくことへの可能性を感じています。

まちの行政サービスを司る機関は「自治体」と定義されています。さらに地域単位での自治会や町内会・商工会などの組織は、ゼロからまちを作り出すという戦後・高度経済成長期に形成されてきたものです。しかし、職住が離れてしまった都市や生活様式の変化により、自らが暮らすまちに対して意識を向ける機会が減り、先人が作り育てた住民組織も世代交代が進みづらいという状況が全国各地で起きています。

一方で、海外ではまちやコミュニティとの新たな関わり方が生まれています。例えばアメリカのポートランドでは、「ネイバーフッド・アソシエーション」という自治組織が存在します。形式としては日本の町内会と近いのですが、市に公式に認定された組織であり、政策決定や予算策定にも関わることができたり、まちづくり全般に関する計画・実行を担うことができたりする、いわば小さなまちの経営チームのような形態をとっています。自分たちが欲しい暮らしの機能に対して、お金を集め、仲間を集め、実行していく。若い世代も多く関わっており、まさに「自分たちがまちを作っていく」という感覚を手繰り寄せているように見えます。

こうした潮流は、「ポスト個人主義」と呼べるかもしれません。自らの暮らしを良くすることばかり考えるのではなく、自分が属するコミュニティや地域がより豊かになるために、自分のお金・時間・能力などをシェアして動く。その結果個人も共同体もともに良くなっていくことが、巡り巡って個々人の暮らしを本当に豊かにする——こういった視点を持つことで、取り組みそのものに命が宿って続いていく道筋が生まれてくるように思います。

「続いていくデザイン」は、自分以外の誰かにバトンを渡していくことから生まれます。自分たちの想いを受け継ぐ次世代やコミュニティなど、共同体への想像力を働かせながら全体にとっての理想を追求することが、この不確かな社会では求められているのかもしれません。


飯石 藍

都市デザイナー|公共R不動産 コーディネーター / 株式会社nest 取締役

公共空間を面白くするメディア「公共R不動産」にて、クリエイティブな公共空間活用に向けたプロセスデザイン、リサーチ、自治体とのプロジェクト推進、新たなマッチングの仕組み「公共空間逆プロポーザル」等のディレクション等に携わる。また、「グリーン大通り・南池袋公園(豊島区)」にて公共空間活用を通じたエリア価値向上プロジェクトを推進。著書に「公共R不動産のプロジェクトスタディ -公民連携のしくみとデザイン-(学芸出版社)」。