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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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この記事のフォーカス・イシュー

ひとことで言えないデザイン

誰もがつくり手になり、“暫定一位”を更新し続ける。複雑で厄介な問題を解くためのデザイン

2023.03.09


トップダウンでは、複雑で厄介な問題は解けない

私が属する建築の世界ではかつて、「スター建築家が考えたコンセプトをそのままトップダウンで実現する」という考え方が主流でした。今よりも社会の多様性や不確実性が小さく、作るべきものの完成形が、スタートの時点でなんとなくわかっていたからなのでしょう。

しかし、今の社会は複雑で厄介な問題が山積みです。それらに対する答えはさまざまで、変わりゆくもの。だからこそ、できるだけ多くの価値観を包括しながら、関わる人皆で答えを探っていく手法が建築にも求められるのではないでしょうか。そして建築以外の分野でも、きっと同じことが言えるでしょう。

今の社会に求められる、多様性を包み込むものづくりを可能にするための方法を考えるべく、私は2022年度グッドデザイン賞フォーカス・イシューで「ひとことで言えないデザイン」というテーマを設定しました。世界に存在する問題や世界のあり方が、「ひとことで言えない」複雑さを持っているのであれば、デザインも、ひとことでは決して言えないような厚みを持つべきではないかと考えたのです。

「ひとこと言えないデザイン」を実現するために、重要な要素とは何か?──そんな問いを胸に抱きながら、2022年度グッドデザイン賞の審査に臨みました。

積年の「問い」を背景とした、確固たるビジョンを持つ

受賞作を見ていく中で、まず浮かんできたのは、ぶれないビジョンが確立されていることの大事さです。

先ほど、多様な価値観を包括することが大切だと述べました。ただし、どんな意見であっても取り入れることを推奨しているわけではありません。「ひとことで言えない」は、「何でもあり」を意味するわけではないのです。だからこそ、アイデアを取捨選択する基準として、確固たるビジョンが必要なのではないでしょうか。

例えば、2022年度のグッドデザイン金賞を受賞した「ハンズフリーパーソナルモビリティ [UNI-ONE]」。着座しながら両手が自由に使えるパーソナルモビリティで、座った人と立った人が、同じ目線でコミュニケーションを取ることができます。開発を手がけたHondaでは、あらゆるプロジェクトのはじめに、作り手の思いや企画の意義を言語化する「A00」というフォーマットがあるそうです。A00はつくる過程で常に立ち返る「確固たるビジョン」と言えるのではないでしょうか。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/7711

※参考記事:解釈の余地あるデザインが、多様な人々を包摂する──中川エリカ×Honda UNI-ONE

そして、確固たるビジョンは、積み重ねられた「問い」のもとで成り立っていることが多いと感じました。

例えばUNI-ONEは、体を傾けるだけで自由自在な動きを実現することを目標に作られた「UNI-CUB」、「UNI-CUB β」に続く3代目のパーソナルモビリティです。つまり、UNI-ONEを作り始める以前に、新しいパーソナルモビリティのあり方という問いについて、すでに多様な思考が積み重ねられてきていたのだと考えられます。

また、同じく金賞を受賞した、静岡県富士宮市の「住宅 [バウマイスターの家]」も、問いの積み重ねによって生まれたビジョンを持つ良い事例です。国産の大径材をそのまま活用する工法により、材料の歩留まりや解体後の再利用可能性を高め、木造住宅の流通・加工における課題解決を目指すプロジェクト。設計者の網野禎昭さんは、持続可能な社会につながる木造建築づくりに、ずっと取り組まれてきました。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/7835

事実、本プロジェクトの前身には2015年に竣工した、傷や割れのせいで市場に流通しないスギを大量に活用した「新築住宅 [木のカタマリに住む]」があります。これは、製材の利活用の可能性を示しただけでなく、林業の収益にも良い影響を与えたとして、同年のグッドデザイン賞を受賞しています。

バウマイスターの家もまた、木造建築とそれを取り巻くビジネスモデルに好影響を与えた建築です。バウマイスターの家で使われているのは、製材としての利用が滞りつつある大径針葉樹。この製材をできる限り中間業者を省いたハンドクラフトのみで仕上げることで、住宅として許容されるコストの範囲で、規格外形状の多様な木材の利用を可能にしました。結果、材木の歩留まり率を上げ、林業従事者の収益を増やすことに成功しているのです。また、解体後も再利用を前提とした部材設計を行うことで、製材の長期利用も実現しています。

このような建築が実現したことは、網野さんが木造建築のあり方について常に考え続けてきた賜物ではないでしょうか。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dcb3ca6-803d-11ed-af7e-0242ac130002

道筋は常に“暫定一位”と捉え、更新し続ける

確固たるビジョンが必要がある一方で、それを実現するための「手段」は柔軟であるべきではないかと私は考えます。あくまでも“暫定一位”の手段でいい。「更新し続けること」こそが大切だと思うのです。

複雑で厄介な問題に立ち向かう「ひとことで言えないデザイン」においては、その実現のための道筋や戦略は、当初から想定しきることはほぼ不可能に近い。ものづくりの過程で、関わる人みんなで手段を育て、変えていくことが不可欠です。

同時に、その更新のプロセスでは、「モノへの結実を繰り返す」ことも重要でしょう。

複数の人でものづくりに取り組む際、同じモノを作っていたとしても、頭に思い描いている完成形のイメージは微妙に異なるものです。そうした微妙なニュアンスの違いを、言葉だけでの説明でうまく伝えることは難しい。

一度モノという形にすると、それぞれのイメージとの差分が明確になりますし、差分からまた新しいアイデアが生まれます。モノへの結実と軌道修正を繰り返すことで、関わる人それぞれのアイデアが付け加わってゆき、結果「ひとことで言えないデザイン」になっていくのではないでしょうか。

私自身、建築家として建築物を作る時は、毎度いくつもの新たな案を作るのではなく、一つの模型を何度も更新していく手法を取っています。結果、“暫定一位”を更新し続けることが可能になり、多様な意見を内包した「ひとことで言えないデザイン」が生み出しやすくなると感じています。

2022年度のグッドデザイン賞の受賞作の中でも、つくる過程でそうした「更新」を繰り返したということが、ひしひしと伝わってくるものがいくつもありました。

例えば、「掃除機 [日立 コードレス スティッククリーナー PV-BH900SK]」。この掃除機は再生プラスチックを積極的に活用しながら、見た目のデザインも追求したものです。「リサイクル素材を使う」というコンセプトを納得度の高いプロダクトとして実現していくには、度重なるアイデアの交換、そして形への結実があったはずです。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/12136

また、ワークチェアとしても使用できる「縦長」のバランスボール「バランスボール [&MEDICAL MALLOW]」からも、同じような「更新」の積み重ねが伝わってきました。一見すると、「縦長」という明快なコンセプトからスタートしているように思えます。しかし、「縦長」と一言でいっても、どれくらい長くするのかは意見が分かれるところでしょうし、「縦長」のまま立たせるなど、バランスボールとして機能させるための挑戦が必要とされたことでしょう。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/12324

「つくり手」と「使い手」の隔たりをなくす

積年の問いに支えられた強いビジョンのもと、“暫定一位”のコンセプトを更新し続け生まれる、「ひとことで言えないデザイン」。

こうしたデザインを社会に広めていく上では、つくる側と使う側の間の隔たりをなくしていくことが大事ではないかと私は考えます。“暫定一位のコンセプト”を「みんなで」更新していくためには、役割で人をカテゴライズせず、誰もが創造性を発揮することが求められるだろうからです。

「ひとことで言えないデザイン」は、さまざまな人を巻き込みながら生み出されていく。その過程で、自身の価値観を反映しながら、自らの手でものづくりをする喜びを実感する人が増え、誰もがつくり手であり、使い手となる。そんな社会になるといいなと思っています。

最初のうちは、小さな動きかもしれません。しかし、その積み重ねこそが、大きく世界を変えるのではないでしょうか。グッドデザイン賞の審査過程でも、今はまだ関わる人が少なくても、どんどんファンが増えて、いずれ社会に大きな影響を与える可能性を秘めたデザインがたくさんあると感じました。

誰もが使い手であり、つくり手でもある世の中になり、「ひとことで言えないデザイン」が自然と生み出されていく。そんな日が来ることを、心から願っています。


中川 エリカ

建築家|株式会社中川エリカ建築設計事務所 代表取締役

個人住宅・オフィス、宿泊施設まで、大きな模型を活用した独特の建築手法により、多様な建築の設計に取り組んでいる。主な作品に、株式会社ライゾマティクスオフィス2015-2019、桃山ハウスなど。主な受賞に、2011年度JIA新人賞、第15回ヴェネチアビエンナーレ国際建築展 国別部門特別表彰、住宅建築賞2017金賞、第34回吉岡賞など。