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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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2023年度フォーカス・イシュー

イベントレポート

デザインの“定点観測”から見る、「課題先進国」で豊かさや幸福を探る論点──デジタル庁・浅沼尚 × KOEL・田中友美子×グッドデザイン賞・齋藤精一【Featured Projects 2024】

2024.08.19

2024年5月に開催された、多様なデザイナーが一堂に会するデザインフェスティバル「Featured Projects 2024」。同イベント内のトークセッション「『デザインの潮流』から考える、いまデザイナーが取り組むべき『論点』」では、デジタル庁デジタル監・浅沼尚、NTT コミュニケーションズ デザインスタジオ KOEL Head of Experience Design・田中友美子が登壇。モデレーターはパノラマティクス主宰/2024年度グッドデザイン賞審査委員長・齋藤精一が務めた。

三者の対話で語られたのは、「課題先進国」と呼ばれる日本において、社会の豊かさや幸福に目を向けたデザインを誰もが実践していく重要性だった。

本記事は、designing制作のイベントレポートを転載しています。


対象から手段、人数まで起こる「デザインの拡大」

本セッションは、グッドデザイン賞が制作しているレポート『FOCUSED ISSUES 2023 勇気と有機のあるデザイン』を軸に展開された。このレポートは、グッドデザイン賞の審査過程の中で見えてくるその年ごとのデザインの“うねり”を捉え、次なるアクションへと繋げる提言をまとめたものだ。

勇気と有機のあるデザインを紐解く:2023年度フォーカス・イシューレポート公開

現代の「デザインの潮流」を踏まえつつ、その最前線に立つ実践者たちはいかなる考えを持ち、こうした提言を受け止め考えるのか。会場では参加者にもレポートの冊子を配布し、各々がその文脈をかみ砕きながらセッションを聞き入った。

まずマイクを握ったのは、2023年度からグッドデザイン賞審査委員長を務め、フォーカス・イシューの指揮も執る齋藤精一。過去の変遷を振り返りながら、グッドデザイン賞が評価するデザインは海外と比較しても稀有な存在だと齋藤は語る。

齋藤 「もともとグッドデザイン賞はプロダクトデザインを中心に創設されたのですが、近年では本当にさまざまな活動やプロジェクトが評価対象となり、デザインの領域が拡大していることを感じます。ここまで範囲が広いのはグローバルで見ても珍しく、海外の人から『それはデザインなのか?』とたまに指摘されるほどです。

ただ、例えば『持続可能性』などの観点は近年ますます重要性を増していて、デザインの背景にあるプロセスや素材、環境、社会貢献性までを評価する意義は大きい。そうしたエッセンスを『提言』という形に整理することで、次のアクションにつながるきっかけを生み出せたらと思っています」

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パノラマティクス主宰 / クリエイティブディレクター 齋藤精一

続いて語ったのは、NTTコミュニケーションズのデザインスタジオ「KOEL」でHead of Experience Designを務める田中友美子だ。

KOELはインハウスデザイン組織として、2023年度グッドデザイン賞を受賞。公共の支援だけではカバーしきれず、企業からも収益化を目的としたビジネスの目線では関心を寄せられづらい「空白地帯」を支援する「セミパブリックの課題を解決するデザイン」が評価されたことが受賞の背景にあるという。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/17841

KOELを通して、地域や医療、教育などさまざまな分野を横断して活動する田中は、近年の潮流について「デザインに触れたことのない人がデザインにかかわる機会が増えた」と分析する。

田中 「これまでデザインは『特殊な職業訓練を受けた人だけのもの』というイメージでした。しかしデザイン思考の普及などにともない、そのイメージが変わりつつあると感じます。デザインの手法やプロセスを取り込めばデザイナーではない方でもデザインに関与できる方法が定着したことで、さまざまな人々が参加可能になって裾野が広がりました。

例えば、企業内で部署をまたいでワークショップを開催することは一般的になりましたし、公共サービスの改善を目指して地域のみなさまが参加する対話の場をデザインすることも、珍しくなくなりました。また、NTTコミュニケーションズ社内でも、デザインがわかる人材を約600名ほど育成する取り組みを行っており、デザインにかかわる人が大きく増加していると感じます」

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NTTコミュニケーションズ株式会社 KOEL Design Studio Head of Experience Design 田中 友美子

続いて、行政内でのデザイン活用のトレンドについて語ったのは浅沼尚だ。浅沼は2021年のデジタル庁発足時にCDOとして入庁し、その後2022年4月にデジタル監に就任。同庁が掲げる「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を」というミッションの実現に向けて、一人ひとりに寄り添った政策やサービスの実装と実行に取り組んでいる。

デザインすべきは、「誰一人取り残されない」ための“場”──デジタル庁CDO 浅沼尚

デジタル庁は、2022年に「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」における行政サービスデザインの取り組みでグッドデザイン賞を受賞した。デザインにかかわる人が増えているという田中の発言に同意しつつ、「行政内でもデザインに対する印象が変化し、その重要性が認識されはじめている」と浅沼は語る。

浅沼 「今までの行政の現場では、『デザインで何をするのですか?』と聞かれるところから始まることが普通でした。行政組織のなかにサービスデザインチームができたことによって、閣議決定文章などの国の公文章にも利用者視点の重要性やサービスデザインといった文言が盛り込まれるようになっています。

さらに、中央官庁向けにサービスデザイン研修をオンライン開催しているのですが、1,000人以上もの人が参加する人気研修になっています。『利用者視点での政策づくり』という観点からデザインを学びたいと考える行政官も多く、デザインの態度やアプローチが政策づくりの構成要素として認識されるようになってきているのでしょう」

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デジタル庁 デジタル監 浅沼 尚

「デザインの民主化」の時代に、デザイナーが担うべき役割

ここまで見たように、近年のグッドデザイン賞は行政や公共サービス、地域社会でのセミパブリックな取り組みまで評価する範囲を広げている。

とりわけ田中が指摘した、デザインにかかわる人や機会が増えているという潮流は、「デザインの民主化」とも呼べるだろう。デザイン思考の普及・浸透によって、ファシリテーターなどを介してみんなで議論して合意形成していくアプローチは少なからず一般化してきた。

だが、まだまだデザインの役割や適応領域の拡大に追いつかない人も多い。その結果、デザインの力をデザイナー以外の人に認めてもらう難しさや、逆にデザインへの過剰な期待が起こっていると齋藤は語る。

齋藤 「デザインという言葉は、イメージの難しさから聞くだけで『ウッ』と抵抗感を示す人も多いと思います。そうした人たちにデザインの力を理解してもらおうと言葉で頑張って説明しても、『僕たちのことを認めてください』という姿勢やメッセージに見えてしまう。

一方で、デザインが『魔法』のようなものだと誤解されたイメージを持つ人もいます。いずれにせよ、きちんとデザインができることの認識をすり合わせつつ、ステークホルダーと対話して合意形成をしながら、社会に必要なものを地道に提供していく姿勢が求められていると感じます」

この言葉を聞いた浅沼も、根気強くデザインについて説明して目線を合わせることの重要性について語る。

浅沼 「おっしゃるとおり、やはりデザインは万能ではないことを理解してもらうのが重要ですね。あくまでも課題解決や目標達成のための態度やプロセスであって、すぐに成果を生み出せる魔法ではない。

だからこそ、短いスパンでも小さな成果や成功を積み上げていくことが大事です。『デザインの態度やプロセスは一気に何かを変えられるわけではないけれど、少しずつ目の前の状況をより良い方向に前進させられる』とうまく認識してもらえれば、メンバーも安心できると感じます」

それに重ねて、成果を可視化してコミュニケーションをとっていくことが物事をスムーズに進める上で重要ではないかと語るのが田中だ。デザイン思考のプロセスには「プロトタイプをつくる」という過程が含まれており、これが地に足のついたデザインへの理解を進めるのではないかと。

一方で、近年デザイン思考の有用性については疑問の声があることにも田中は言及する。その際に重要なのは、デザインのプロセス自体を「ツール」として広げていくことではないかと田中は語る。

田中 「デザイン思考という言葉は、あくまで独り歩きしたデザインのプロセスのひとつだと思っています。これからはデザイン思考がどうこうではなく、デザインの手法やプロセスを既存の業務に取り入れていけると、できることが広がってくると思います。

そもそもデザイン思考への批判も、特定のユーザーやターゲットしか見ないことが社会的な風潮に合わなくなってきた、その結果として起きているのかなと思っていて。だから、これからのデザインはどういう社会や世の中をつくりたいかを考えて、『自分だけ』ではなく『私たち』という広い視野を持ちながら実践していく必要があるのだと思います」

「閉じていく社会」でも豊かに生きるためのデザイン

続いて3人の議論は、レポートの事例に言及しながら、これからのデザインのあるべき姿へと展開していった。

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まず考えを述べたのは田中。建築家の永山祐子が提示した「未来からの『逆ベクトル』で考える」を印象深い視点として挙げる。

永山が注目した老人デイサービスセンター『52間の縁側』の事例は、これまで管理側にとっての合理性を重視していた施設設計を再考。入居者の幸福の実現を第一に掲げてデザインされたという点に、田中も強く共感したと語る。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/20423

田中 「私はデザインの大事な役割として、生活者や暮らしの目線を保つ、人の代弁者になることがあると思うんです。人間らしさや幸福感を守るためのルールを設けることで、営利の追求に偏りがちな企業であっても、社会的な善や人間の幸福を第一に考えられるようになる。その抜け落ちていた視点に気づけるのが、まさにデザインの力だと思うんですよね」

だが、こうした生活者の幸福を考えてデザインをすることは困難がつきまとうと齋藤は言う。齋藤が課題だと感じているのが、各ステークホルダーが抱える「複雑な事情」の多さだ。

齋藤 「世の中には利害関係や縦割り主義、既存のビジネスモデルなどの内部の事情から、生活者に不便を生じさせるものがたくさんあります。例えば、複数のサービスを利用する際に同じ情報の提出を何度も求めたり、本来一つのアプリ内で完結できる申請をいくつものアプリを経由しなくてはいけなかったりしますよね。

こうした『サービスを提供する側』の複雑な事情が反映され、生活者に余計な手間をかける仕様を私は“棘”と比喩しています。異なる企業間や部門間が協力しあって共創しながら、“棘”を抜く社会実装のあり方を常々考えています」

齋藤は理想とする共創のあり方の事例として提言内でも言及した、市民参加型の科学研究プラットフォーム「NHKシチズンラボ」を挙げる。同プロジェクトでは、研究者だけでは解明できない研究テーマについて、Webサイトや番組、イベントなどを通して市民から情報を募集。市民は科学と接点を持つきっかけを得られ、研究者は膨大なデータが取得できるなど、組織や属性を超えたWin-Winの関係性が生まれているそうだ。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/20377

これからのデザインにおいて、“棘”を取り除く重要性について浅沼も肯首する。「課題先進国」ともいわれる日本において、「複雑な事情」に公共が主体で切り込んでいく意義は大きいと語る。

浅沼 「労働生産人口が増加し、経済成長が続く時代は、民間企業同士の競争によって政府が提供サービスを最小限にする『小さな政府』の形がまだ成立していたと思います。しかし、人口が減り続けて競争力そのものが低下する現代日本では、もう『小さな政府』は機能しなくなりつつあります。

いま政府に求められているのは、人口減少や経済縮小という制約下でも、公共サービスの質を維持して提供し続ける社会の実現です。そのための一つのアプローチとして、政府はデジタル技術をフル活用しながら少ないリソースで最大の効果を発揮する『小さくて大きな政府』をめざすことになるでしょう。

また、その活動においては、市民や民間企業との協業を含めセミパブリックな領域のプレイヤーと共同でルールや規範をつくっていくことが大事になる。いまこそ『複雑の事情』の“棘”に向き合って、公共の役割が変わらなければいけないと思うんです」

この発言を聞きながら、「まさにKOELがセミパブリック領域に取り組みはじめた理由だ」と田中は深く賛同する。

田中はフィールドワークで過疎化や高齢化が進む地域に赴くと、国の支援が行き届かなくなりつつある現実に直面するという。だからこそ、これからの企業は民間と行政の垣根を超えて、日本全体の住民の豊かさや幸福感に目を向けるべきなのではないかと田中は語る。

田中 「高齢化や過疎化、市町村合併が進行して、『閉じていく社会』に突入しているまちはいま日本全国にあります。さまざまなことが行き届かなくなる状況でも、豊かな気持ちで暮らしていくためのサービスや仕組みを自分たちでデザインしていく姿勢が今後は大事になると思うんです。

例えば、全てのスーパーが潰れてしまったまちで、最後のひとつを買い取って、コミュニティストアの経営をはじめた人とお話する機会がありました。その方は『最後の一人がいかに幸せに暮らせるか、いかに地域を閉じていくかを考えて事業を立ち上げた』と、まさに公共的な考え方をお話されていて。こうした取り組みを見逃さず、グッドデザイン賞が評価していけば、社会の変化をもっと良い方向へ後押しできると考えています」

まずは自分が持つ「特殊能力」に目を向ける

これからはデザイナーではない人々でも、身近な生活の課題や豊かさ、社会全体の幸福に目を向けて生み出した取り組みが評価されていく。提言で取り上げられている事例からはそうした潮流が読み取れるだろう。

一方で、デザイナーにしか持ちえない特殊能力もやはり存在すると浅沼と田中は口を揃える。それは「まずは作って見せられること」だ。

浅沼 「デザイナーは意思や情熱をガソリンにして突き進むことができる人が多い。たとえ思い込みであってもまずは形にしてみるという行動が取れると感じるんですよね。

そして、まずは作ってみたものを周りの人に見せた結果、膠着した状況にブレイクスルーを起こせることが往々にしてある。ものを作って見せることが最初のドミノを倒すきっかけにつながり、大きなうねりを起こしていく可能性があると思うんです」

浅沼の発言に対して、そうした「まずはやってみる」能力は本来は誰にでも備わっているのではないかと齋藤は言葉を続ける。市民や技術者、企業などがそれぞれの技能を持ち寄って社会に参画することで、よりよい社会を目指していけるのではないかと。

齋藤 「『自分は特殊能力なんてない』と思う人もいるかもしれませんが、ここで提供される技能は必ずしも卓越した能力である必要はありません。みなさんに今備わっているスキルや知識、例えば、日本語が読めるとか、大きな声が出せるとかでもいい。誰もが必ず持っているコンピテンシーがあるはずなんです。

例えば、私は最近家のガレージで板金をはじめまして。その姿を見た近所の人から、なぜかよく車の修理を依頼されるようになりました(笑)。このように消費する側ではなく、生産やデザインする側に自分が回ってみると、想像以上にたくさんの社会参画の形があることに気づくんです」

近年デザインのあり方は大きく変化し、誰もがデザインという営みに携われる段階が訪れつつあるように見える。だからこそ「課題先進国」と言われる日本では、市民起点のボトムアップな変化が次々に生まれている、という前向きな見方もできるのではないか。

豊かで幸福に生きるために、一人ひとりが自分ができることを考えて実践していくデザインや取り組みは、今後もますます拡大していくだろう。

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佐々木まゆ

ライター

1992年生まれ、青山学院大学卒。新卒で料理教室の運営会社に入社し、動画制作に携わる。その後、株式会社ロフトワークにてWebデザイン制作を中心としたクライアントワークに従事。2021年にライターとして独立。現在は、ウェブメディアにてインタビュー記事や採用記事などを執筆している。関心領域は、デザイン、ビジネス、働き方、暮らし。


Featured Projects 2024運営

フォトグラファー


石田哲大

エディター

92年生まれ、国際基督教大学(ICU)卒。北海道出身。農業系・建築系スタートアップの事業開発を経て、編集者へ転向。人文・社会科学分野の研究者を支援する団体「De-Silo」運営。デザイン、サステナビリティ、ディープテック領域を中心に、研究者への取材をメインに活動。

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