focused-issues-logo

グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

thumbnail

2025年度フォーカス・イシュー

デザインの自由と解放

モノより、人をつくるほうが難しい。それでもインハウスデザイナーを育て続ける理由──パナソニック 臼井重雄 × 富士フイルム 堀切和久

2026.7.9

富士フイルムのハーフカメラ「X half」、新時代のチェキ「“チェキ” instax mini Evo Cinema」、パナソニックの電動シェーバー「ラムダッシュ パームイン」——これらの製品はすべて、両社のインハウスデザイナー、それも若手のアイデアから生まれた製品だ。

ただし、最終的な製品化へと導いたのは、デザイナー個人の力だけではない。若手の気づきを拾い、事業部や経営層も巻き込みながら世の中に出す──デザイン部門を起点に生まれるそうした“連鎖”が、ときに計画外から生まれるヒットの源泉になっている。

2026年3月に開催されたグッドデザイン賞フォーカス・イシュー2025の発行記念イベント。セッション6に、パナソニック ホールディングス株式会社執行役員でグループCCOを務める臼井重雄と、富士フイルムホールディングス株式会社執行役員でデザイン戦略室長を務める堀切和久が登壇した。

聞き手は、2025年度グッドデザイン賞審査委員長の齋藤精一。この三者での鼎談は、昨年の発行記念イベント以来およそ1年ぶりとなる。前回は「インハウスデザインは元気がない」という課題感も浮上したが、今回の議論はむしろその逆——巨大メーカーのデザイン部門がいかにして「自由」を手にしてきたかを、具体的な製品と組織の変遷から掘り下げていった。


「元気がない」は本当か——この時代の“インハウスデザイン”を改めて考える

齋藤 昨年度のイベントのオープニングでは、事業会社の中でデザイナーが「はじめの一歩」を踏み出すために必要なことを、この三人で話しました。デザイナーの能力である「整理・統合・可視化」の価値をどう社内に伝えるか、経営や世の中との距離を測りながら、デザイン部門としての信頼をどう得ていくか。それらを議論するなかで、実は「インハウスデザインって、最近元気がないですよね」という話が出ていたんです。

齋藤 ところがその後、僕が「デザインの自由と解放」という視点で改めていろいろな人に会い、実際の企業の取り組みを聞いていくと、どうもちょっと違うんじゃないかと。もちろん、インハウスデザインが強くない会社もありますが、逆にデザイナー個人の熱量がしっかり上に届く仕組みを内部につくり、まさに「はじめの一歩から広がるデザイン」を体現している組織もたくさんあったんです。デザインの領域では今、むしろ“インハウス”こそが最強なんじゃないかと思うようになりました。

パナソニックの場合は、グループ内で行われているさまざまな研究を、デザイナーが横断的な視点から引き上げ、製品に統合したり、別の部門につないだりして新たなモノづくりを進めています。一方で、富士フイルムでも、フィルム事業から染み出してきた技術が、写真とは離れた新たな事業ドメインに転用されてますよね。

大きな企業の中でも、ただ役員にデザイナーがいるだけでなく、経営において「デザイン」というレンズがしっかり機能している。そんな二社のインハウスデザイン部門を率いる臼井さんと堀切さんから、まずは改めてご自身のお仕事と、自社のデザイン部門の役割をご紹介いただけますか。

臼井 プロダクトデザイナーからスタートして、デザインに関わる仕事を30年以上やってきましたが、この数年でデザインの役割が大きく変わりました。今はパナソニックグループ全体のデザイン部門に加え、ブランドや広報部門までを担当しています。特にデザイン部門は、家電にとどまらないさまざまなデザインを手がけていて、領域が非常に拡張しているのを感じますね。また経営として進むべき「未来」を先駆けて描く事にも参画し、時間軸という意味でも活動が広がっているように思います。

もともとグループ内で分野をまたぐ異動が多いこともあって、さまざまなカテゴリーの製品に関わった経験を持つ人が多い。そのうえで、「市場におけるライバルだけを見ていない」点は、デザイン部門の大きな特徴かもしれません。例えばうちはヨーロッパで洗濯機を展開していないのに、良いなと思うドイツの洗濯機メーカーを継続的にベンチマークしています。

事業部は自社が参入する市場の競合を中心に見ますが、デザイナーは市場に関係なく、優れたデザインであれば追いかける。優れたデザインは市場や領域に関係なく、自分たちの仕事に活かせるからです。

images01
臼井重雄|パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCCO、ブランド・コミュニケーション戦略グループ長

堀切 私は富士フイルムで長くデザイナーをやっていて、インスタントフォトシステム「チェキ」などの開発に関わってきました。その後、2014年からデザインセンター長を務め、2018年からはデザイナー出身として初めてホールディングスの執行役員も兼務しています。

2000年代半ばに写真事業が縮小した一方で、会社としてはそこから医療や化粧品など事業領域を大きく広げていきました。その流れを受け、2006年に現体制となったデザインセンターも「富士フイルムを丸ごとデザインする」をミッションに活動を続けています。

私も臼井さんと同じように、デザインが「未来」の起点になると考えており、経営にとっても欠かせないものだと捉えています。一方で、経営への貢献と同じくらい大事なのが、個々のデザイナーの熱量をどう育てるかです。2023年にデザインスタジオ「CLAY」を開設したのも、その課題を解決するためでした。

CLAYは社内の事業部、研究所、そして社外のクリエイターやアーティスト——これらが自然につながれる場を目指して設計されています。寄席を開いたり、バリスタチャンピオンにコーヒーを淹れてもらったり、普通のオフィスではできない催しも繰り返しやってきている。役員もよく足を運んでくれるんです。領域や世代を超えてさまざまな人たちが訪れることが刺激となり、CLAYにいるデザイナーたちの熱量にも良い影響を及ぼしています。場が変わると、人の熱量も変わることを実感しています。

「ロードマップの外」から、新たな製品を生み出す

齋藤 お二人とも触れてくださったように、企業の「未来」をつくることは、インハウスデザインにおいてますます重要な役割になっていると感じます。そのうえで、デザイン部門も短期の成果を会社や株主から課せられますよね。長期的な目線も含めて開発をしたり、戦略を立てたりする一方で、自社の売上状況や、製品価格の推移などはどのくらい気にされていますか?

堀切 細かな数字も、相当気にしています。むしろその情報がなければ、良いデザインはできないと思います。先日、弊社の社長があるインタビューで「富士フイルムのデザイナーは、競合も売上も技術も、全部を頭に叩き込んだうえでデザインしている」と言ってくれたんですが、どこのインハウスデザイナーも同じじゃないかなと。ただ、そうした姿勢の大切さが、私たちが思う以上に社外では伝わっていないのかなとは感じています。

images02
堀切和久|富士フイルムホールディングス株式会社 執行役員 デザイン戦略室長、富士フイルム株式会社執行役員 デザインセンター

臼井 同意見です。それと同時に、ただ中長期の計画を立てたり、先行技術を仕込んだりするだけでなく、世の中の状況を見ながら“予定外のものをぶち上げる”力もデザイナーには必要だと考えています。

例えばコロナ禍のようなものが来て、顧客のニーズが想像もしない方向で変化することもあるように、すべてがロードマップ化できるわけではありません。いま話題になっている富士フイルムのカメラで、新人研修から生まれたものがあると聞いたんですが、あれなんてまさに、ロードマップ外の製品ですよね。

堀切 2025年に発売された「X half(エックスハーフ)」ですね。新人向けの自由課題に出された企画で、35mmフィルムの1コマを半分ずつ使って撮影する「ハーフカメラ」の考え方をデジタルで再解釈したものです。そのアイデアを元に、あるデザイナーが「半分は写真で半分が動画、みたいな表現がデジタルならできるのでは?」と発想を広げ、商品提案としてプレゼンしたんです。本来、デザイン部門内で発表して終わる課題なのですが、これは面白いと社内で評価されて、最終的にそのまま製品になりました。

発案者の気づきやデザインももちろんですが、そのデザイナーの発想に目を留めて併走した事業部も素晴らしいと思うんです。「優先順位を変えてでもこれを製品化する」と事業責任者が経営層に提案していかなければ、このカメラは生まれなかった。こういう事例がひとつ出ると、他のデザイナーたちが「自分も!」とモチベートされて、いい循環に入っていくんです。

臼井 一回きりで終わらせず、デザイン部門として何回もこうした提案を続けていくと、社内でも「またデザインから提案が来たぞ」と認知されて、提案すること自体が評価されるようになるんですよね。もちろん当初の事業計画を崩しているわけですが、事業部側も予算やスケジュールを柔軟に組み直してくれるようになる。実はパナソニックでも、こうした計画外の提案を経営者を含めて検討する場を設けるようにしています。

「黒い布」を外す──プロセスを共有し、社内のメンバーを巻き込む

齋藤 フィルム事業から化粧品や医療へと事業領域を広げてきた会社で、新人向け課題から再びカメラの企画が生まれ、製品化されたわけですよね。そこがすごく面白いなと思いました。

images03
齋藤精一|クリエイティブディレクター、2025年度グッドデザイン賞審査委員長、フォーカス・イシュー・ディレクター

堀切 今年に入って発売された「“チェキ” instax mini Evo Cinema」も、同じように一人のデザイナーの提案から生まれた企画です。撮影時にダイヤルで年代を選ぶと、その時代の色合いやノイズが再現される仕組みで、動画撮影に対応し、チェキに映像表現を持ち込んだところが新しい。「夢みたいなことを」と周囲に言われながらも、事業部が併走してくれて、製品化まで至りました。自由に妄想するからこそ、既存の枠にとらわれず面白さに気づけるんだなと教えてもらいました。

臼井 新入社員ならではの「組織を活性化する力」は私も重要だと思っています。パナソニックの電動シェーバー「ラムダッシュ パームイン」(2023年度グッドデザイン金賞)も、若いデザイナーの提案から実現したものでした。

手のひらに収まる石ころのようなフォルムは、4枚刃を5枚刃に、5枚刃を6枚刃に……という従来の延長線で行う開発では、絶対に出てこない。そのデザイナーはまさにそうした“既定路線”に疑問を持っていて、コロナ禍が明けかけたタイミングで、「より持ち運びやすいシェーバーが求められるはずだ」と提案し、形にしていったんです。

変化を捉える感度を彼が持っていたこと、そしてそれを受け入れて実現まで導く連鎖が社内にあったこと──富士フイルムさんと同じ構造が、あの製品を生んだと考えています。

齋藤 富士フイルムやパナソニックでは今、そういう自由なアイデアが出たときに、デザイン部門あるいは事業部門のトップがしっかり拾い上げていると思うんです。こうした文化は、いつ頃から根づいてきたものなんですか?

堀切 アイデアを拾ってもらえること自体は昔からありましたが、「それ面白いね」で終わることも多かった気がします。きちんと事業化までつながるようになったのは、この10年ぐらいですかね。なぜそれができるようになったかといえば、一つひとつのデザインが生まれるまでのプロセスを、他部門にちゃんと説明するようになったからだと思います。

プロセスが見えると、最終的なアウトプットだけでなく、「そういう試行錯誤があったんだ」と背景や意図まで評価してくれるようになるんです。すると、次にまた計画外の提案をしたときも「デザイン部門がここまで言うなら、一歩前に進めてみようか」となる。当初の計画からは外れていても、本質的な期待にしっかり応えていくなかで、そうした信頼が積み上がってきた実感がありますね。

臼井 うちも2016年くらいから、デザインプロセスを可視化しようという動きが増えてきました。それ以前は、完成度を高めてから共有する文化が強かったので、製品をギリギリまで見せなかったんですよ。社内でも、台車にいつも黒い布をかけて移動して……という時代が長くあった。そこを変えて、早い段階からいろんな部門を交えて議論するようになりました。

もちろん、ハードウェアでこれをやるのはすごく大変なんです。でも、そうすることで課題が早い段階で解消できるようになったし、デザイナー以外のメンバーにも「一緒にデザインをしている」という意識が芽生えてきました。デザインは単なるひらめきでやっているわけじゃないんだ、と社内で認められたことが、今の文化につながっていると思います。

「デザインが必要だ」と言う人を、デザイン部門の外に増やす

堀切 デザインプロセスで言えば、うちも今、かなり早い段階から精巧なモックアップをつくるようになりました。最終形に近いものをまず目の前に置いてみて、開発も企画もみんなで議論するんです。最初に形を生み出すのはデザイナーだけど、そこからデザインを磨いていくのはデザイナーだけではない。みんなでつくり上げていくこと自体が、インハウスデザインだと私は思っています。

images04

齋藤 デザインの専門的なトレーニングを受けた人たちがまず形にして、そこから安全性やコスト、タイミングも踏まえながらみんなでつくり上げる。そうしたプロセスを通じて、「自分たちはしっかりデザインされたものをつくって、社会に届けるんだ」という意識が組織全体に浸透している企業は強いなと、グッドデザイン賞の審査に携わってきて感じます。実際、そういう会社は結果もしっかり出ている。お二人の会社で、こうした意識を浸透させるために重視してきたこと、あるいは今ご自身が大事だと感じていることはありますか?

臼井 デザイナーが商品企画部門や技術部門に出ていくのはもちろんですが、逆にブランドや技術畑の人にもデザイン部門へ来てもらっているのが、もしかすると大きいかもしれません。当然、絵は描けないし戸惑うことも多い。ただ、その人たちを介して他の部門との交流はすごく増えるんです。すると、デザインを理解する人、「デザインを活かしたい」と思う人が、社内にどんどん増えていくんですね。

そもそもデザインは、単独では完結しないものだと私は感じています。商品開発や広告、ブランド、経営などと結びついて初めて、新しいデザインが生まれていく。だからこそ、そうしたデザインの“差し込み口”をどれだけつくれるかが重要です。デザインの力を持ったメンバーはすでにたくさんいるなかで、その力を発揮できるような機会をどう設計するか。私自身は今、そこをすごく意識しています。

堀切 富士フイルムでは、事業責任者の異動が比較的活発なんです。だから、カメラ事業でデザインの重要性を実感した人が、次は医療システムの事業に携わる、なんてことがよく起きる。そうした経験を重ねるなかで、領域ごとに果たすべきデザインの役割を、各事業を率いる人たちが理解してくれているのは大きいと思います。コンシューマー向けと医師向けでは、見るべきポイントはかなり違いますが、それでも事業部側から「ここにデザインが必要だ」と言ってくれるんですね。そういう関係をどうつくるか、デザイン部門としても、一人のデザイナーとしてもずっと考えてきた気がします。

もう一つ考えているのは、自分の熱量を「目に見える形」にして相手にぶつけていける人を、どう増やすかです。実は先ほどの二つのカメラ開発に共通するのが、デザイナー自身が技術者と対話するために、動くプロトタイプを自分で作ったことです。言葉や絵、モックアップだけでは伝えきれないとき、相手にわかる言語で持っていくと、受け取った側の心にも火がつく。単に絵を描いたり、造形したりするだけで終わらない人たちの集団を育むことこそが「デザイン部門をつくる」ということなのかと、私も今更ながらわかってきました。

自由の反対は、不自由ではなく「無関心」

齋藤 ありがとうございました。最後に一つだけ、あえて伺いたいことがあります。どちらの会社も、外部のデザイナーと組むこともありますよね。そうした外部との協働と、インハウスのデザイン部門を育てることのバランスについてはどう考えていますか?

臼井 外部のデザイナーの方に入ってもらって、新しい視点をもらう機会はもちろん大事にしています。ただ、社内に健全な緊張感を生むためには、自分たちで考えて、自分たちでつくれることもやはり重要なんです。そうした力を持つ人が現れ続けないと、部門間の壁を乗り越え、事業を前に進めることがいずれできなくなってしまいますから。モノよりも人をつくるほうが難しい、というのは松下幸之助も語っていることですが、それでも長い時間軸の中で捉えたときに、“デザイナー”という専門性を持ったメンバーを組織の中にしっかり育てておく必要があると私は思います。

堀切 インハウスデザイナーは、自社の課題に対してしっかり“答え”を出すのが役割なんですよね。一方で、そこに縛られていない外部デザイナーは、与えられた課題に直接応えるのではなく、新しい「問い」を自由に立てることができるんです。それが、外部の方と組む大きな意味かなと私は思っています。一定の専門性のもと、より狭く深く掘り下げていくインハウスの良さもあるんですが、そうした前提を持たない問いの立て方から学ぶべきところもある。それは今回の「自由」というテーマで見えてくる、デザインのもう一つの側面かもしれません。

齋藤 自由な状態って、要するに選択肢を持っていることですよね。どうしても社内にあるものから発想しがちですが、問いだけでなく答えも、今いる領域を越境するようなところから出してもいいのかもしれません。

自由の反対語は、選択肢の少ない「不自由」ではなく、選択肢がゼロの「無関心」だと思っています。そう捉えると、仮に不自由さを今感じていたとしても、できることが見えてくるのではないでしょうか。

堀切 私たちが自由という言葉を正しく捉えられていないから、できないことをつい不自由と表現してしまうのかもしれませんね。齋藤さんのおっしゃるように、“何でもあり”の状態は、自由とは違います。実はデザイナーにとって、すごく大切なキーワードが「自由」ですから、今回のフォーカス・イシューをきっかけにもっと掘り下げて考えていけたらと思いました。

佐々木 将史

ライター

保育・幼児教育の出版社に10年勤め、'17に滋賀へ移住。児童福祉をベースに、教育、デザインなどの領域で編集者として活動中。


栗村 智弘

エディター

愛知県生まれ、職能は取材・執筆・編集およびプロジェクトマネジメント。一般社団法人デサイロ「Unknown Unknown」マネージャー。ほか複数の事業会社・スタートアップ・Webメディアで活動中。早稲田大学文学部卒。競技歴は野球、バスケットボール、空手、陸上、ハンドボール。猫とうさぎと神奈川県在住。


今井 駿介

フォトグラファー

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。