2025年度フォーカス・イシュー
デザインの自由と解放
「人」中心の企業はどう生まれるか──野生と土着から考える、「リズム」と自己変容をめぐるデザイン
2026.6.10
アテンションエコノミーの渦の中、さまざまな情報は一瞬で過ぎ去っていく。それぞれが持つ意味を考える間もなく、次々と押し寄せてくる情報の断片を追い続ける──そんなせわしい日々の中、自分らしい「リズム」を失ってしまったと感じている人も少なくないだろう。
2026年3月、東京ミッドタウン・デザインハブで開催された「フォーカス・イシュー2025 発行記念イベント『デザインの自由と解放』」。そのセッション3では、2025年度グッドデザイン賞フォーカス・イシュー・リサーチャーの一人である、中村寛の提言「野生のファイナンスで、土着の生活リズムを守る」を元にしたディスカッションが交わされた。
中村に加えて登壇したのは、B Corp認証の普及を手がけるB Market Builder Japan共同代表の溝渕由樹。モデレーターはコクヨ株式会社ヨコク研究所/ワークスタイル研究所所長、WORKSIGHT編集長の山下正太郎が務めた。
提言の背景にある中村の視座、Ginza Sony Parkや株式会社中川といった具体事例、「B Corp」に代表されるこれからの企業制度、そして私たちがそれぞれらしい「リズム」を取り戻すための思想──議論は一つひとつ、段階を踏みながら深まっていった。アテンションエコノミーが加速し、すべての人がせわしく生き続ける現代。「野生のファイナンスで、土着の生活リズムを守る」から見えるこれからを紐解いていく。
人類学の知から立ち上がる「野生」、フロー化の根源を問う「土着のリズム」
山下 中村さんはフォーカス・イシュー2025を通して、「野生のファイナンスで、土着の生活リズムを守る」という提言をされました。まずは、この提言について解説いただけますでしょうか。
中村 まず「野生」は、人類学者が好んで使う言葉なんです。20世紀後半、世界中に大きなインパクトを与えたレヴィ=ストロースの書籍『野生の思考』に由来していて、フランス語では「sauvage(ソバージュ)」ですね。一般的には、「野蛮な」と訳されるような言葉で、あえて「野生」と訳されたわけです。それと連動して生み出された「ブリコラージュ」という概念が有名です。今でいうDIYのようなイメージで、手元のありあわせのものごとから、手づくりで物事をつくり出す精神性を言い表しています。
2025年度のグッドデザイン賞に寄せられた作品を見ていて思ったのは、そんな「野生的な」姿勢から立ち上がってくるビジネスモデルや、ファイナンスの方法があるのではないかということ。そんな思いから「野生のファイナンス」という言葉を使いました。

中村 「土着の生活リズムを守る」は、「現代を生きる私たちの『忙しさ』はどこから生まれているのか」を考える中で生まれた言葉です。アテンションエコノミーはますます加速し、かつてはストックされて価値を持っていた情報が、ほとんどすべてフロー型に変わったように見えます。
たとえば1960年代、ベトナム戦争や公民権運動の様子を捉えた一枚の写真が、社会を変えるほどの大きなインパクトを持っていました。しかし現在、一つひとつの「意味」が当時のようにしっかりと受け止められることはほとんどありません。そうしたスピード感の中で生きることが、現在の「都会的な生活」であり、私たちの「忙しさ」の根底にあるものなのだと思っています。
そのような時代にあって、グッドデザイン賞の応募対象の中には「その土地に根付く、独特のリズムを守るための巧妙な仕組み」といえるものがいくつもあった。それらが非常に印象的だったんです。「スピード」あるいは「時間」を巡るルールメイキングやコミュニティ内の利害調整、言い換えれば「スピードの政治」や「時間の政治」とも表現できる仕組みがとても気になって。その関心を、「土着の生活リズムを守る」という言葉に込めました。
銀座の一等地にも和歌山の山林にも、「土着のリズム」は存在する
山下 特にインスピレーションを得た、具体的な受賞作の事例についてもお伺いできますか?
中村 一つは、金賞を受賞した「Ginza Sony Park Project」です。「野生のファイナンス」や「土着の生活リズム」という言葉から、かけ離れたプロジェクトなのではないかと感じる方もいると思います。銀座の一等地にあって、どこが「野生」で、何が「土着」なのかと。
私はそこが東京のど真ん中であっても、「野生」や「土着」と無関係ではないと考えています。東京もひとつの「地域」として、相対化して捉えたい──そんな思いから、このプロジェクトをピックアップしました。
一口に「東京」といってもその面積は広大で、エリアごとに文化も異なります。であれば、その土地ごとに「土着のリズム」があるはず。その兆しを感じるプロジェクトとして「Ginza Sony Park Project」の事例を選択し、インタビューもさせていただきました。
山下 地域に根ざした事例に「土着」を見るのは理解できます。ただ、銀座のようなグローバル資本主義の象徴ともいえる場所に、土着という言葉を持ち込むことには、かなり違和感もあります。都市は本来、流動性によって成り立つ場所でもある。その中で、あえて「固有のリズム」を語ることは、都市開発そのものへの批評にもなり得るのでしょうか。
中村 はい。20年後、30年後も都市人口が増え続けると予測されている中で、都市はどうあるべきなのか──現段階で、答えを持っているわけではありません。そのうえで、都市の中でしかできない、さまざまなステークホルダーを巻き込んだ「『都市ならではの土着』の再設計」はあってもいいんだろうと感じています。「Ginza Sony Park Project」は、その実践に挑んでいる事例といえるかもしれません。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/29984中村 もう一つ、事例を挙げます。和歌山県田辺市において「木を伐らない林業」を実践する、株式会社中川です。
この会社は「三方よし」どころか、社会、環境、地域コミュニティ、サプライチェーン全体、パートナー企業、従業員、そして従業員のご家族のみなさんにとっての「利益」を考えたビジネスの仕組みを整えています。同社の創業者である中川雅也さんにお話をうかがったところ、「現在のビジネスモデルを構築するまでに、かなりの試行錯誤があった」そうです。そのなかで、自社の利益率についても頭を悩ませたとおっしゃっていました。「パートナー企業やサプライチェーン全体のことを考えたとき、自社の利益率はどれくらいに留めるべきなのか」と。
実際の利益率を聞いたとき、「もっと高い利益率を目指せるのではないか」と思い、率直にそう伝えました。それに対して、「いや、『全体』のことを考えた場合、現在の利益率が最も適切なラインなんだ」とおっしゃっていたことが、非常に印象に残っています。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/29486山下 フォーカス・イシューの冊子でも紹介されていましたが、株式会社中川は「木を伐らない林業」と植樹を事業の軸に据えている会社ですよね。「林を育てること」には数十年単位の時間がかかるので、1〜2日休んでも事業に大きな影響はない。それは「働き方改革」というより、むしろ家族や地域のリズムに合わせて、 企業そのものの時間感覚を作り替える試みのようにも感じます。
中村 その通りだと思います。中川さんが語っていた、事業を立ち上げるきっかけになった出来事もとても印象的で。
ある日、子どもに「パパ、遊んで」と言われたので「仕事があるから」と断ったら、「じゃあ、いくら払ったら遊んでくれるの?」と返されてしまった。中川さんはそれがとてもショックで、すぐに当時勤めていた会社に辞表を出したそうです。そして、「子どもに『遊んでよ』って言われた時に遊べる会社って何だろう」と考え始めたところから、新しい事業を設計し始めたという話でした。
B Corpはなぜ生まれたのか──失われる会社の価値を、制度として守るために
山下 では、ここからは溝渕さんにお話を聞いてみたいと思います。まずは、B Market Builder JapanとB Corpの概要についてお聞かせください。
溝渕 B Market Builder Japanは、B Corp認証を提供するアメリカのNPO法人B Labの公式パートナーとして、日本国内でのB Corpの普及、認証取得のための環境整備、コミュニティの活性化などを推進しています。
B Corp認証は、「インクルーシブかつ公平で、リジェネラティブな経済システムへの変革」を推進する企業を認証する制度です。約200の設問からなるBIA(B Impact Assessment)で80点以上に達した企業が申請し、B Labの審査を通過すると「B Corp認証」が付与されます。
この制度は2006年にアメリカのフィラデルフィアで誕生したもので、現時点(2026年3月)で認証を受けた企業は世界で約1万1,000社が存在します。近年はヨーロッパでの広がりが大きく、イギリスだけで約2,500社、EU全体で約3,000社が取得している一方、アジアはまだ約500社で、日本では現在約80社がB Corpを取得しています。

山下 ガバナンス、ワーカー、コミュニティ、エンバイロメント、カスタマーの5分野で評価するとのことですが、企業の成長や市場での評価を高めるための動きと、B Corpを取得することが、一見相反する部分があるようにも感じます。
溝渕 B Corpも、成長や売上の優先度を下げて捉えているわけではありません。そのうえで、B Corpとそれ以外の企業とでは「利益」の考え方が異なります。
B Corp認証が生まれた経緯をお話しするとわかりやすいかもしれません。B Corp認証の創設者たちは、もともとストリートバスケットボールブランド「AND1」の経営者でした。彼らは、従業員や地域へのコミットメントを大切にしながら、このブランドを大きく成功させた過去を持ちます。
ところが、PEファンドへの売却後、表面的なデザインや製品だけが残り、福利厚生や地域コミュニティ活動はどんどん失われていった。結果として、AND1自体も失敗してしまったんです。そのような経験をした創設者たちは、「経営者や事業内容が変わったとしても、会社の軸となるパーパスを守るためにはどうすればよいか」を考えた。その結果、「基準(スタンダード)」が必要だという結論に至ったわけです。
山下 認証制度を使うことによって、守るべきものを守る、という考え方ですね。
溝渕 そうです。B Labはこの認証制度に加えて「ベネフィット・コーポレーション」という、株式会社や合同会社と同じような法人格を各国に導入するための活動も進めています。ベネフィット・コーポレーションは、営利企業でありながらビジネスの意思決定において、従業員や顧客、地域、社会、環境への影響も考慮することを求められる企業のこと。アメリカでは、複数の州でベネフィット・コーポレーション法が制定されており、それに基づいて法人格として認められています。
つまり、法による保護と外部機関による認証によって、会社のパーパスを守ろうとしているのが、B Labという組織なのです。
山下 大企業になるほど、個人は時間のコントロール権も、意思決定権も失っていきますよね。一人ひとりのリズムを守ろうとすると、最終的には企業のガバナンスそのものを変えざるを得なくなる。B Corpは単なる認証というより、「会社とは誰のものか」という問いでもある気がしています。

溝渕 やはり会社の規模が大きければ大きいほど、時間はかかります。いわゆる大企業の場合、早くても3年、中には10年以上B Corpの取得を目指して取り組みを進めている会社もあります。
そのうえで、大切なのは認証を取ることよりも、そのプロセスにあるんです。基準をすべて満たせなかったとしても、「こういう視点があるんだ」と気づいてもらうだけでも意味がある。私たちが「スタンダード」と呼んでいる認証の「基準」は、ある種の教科書的な存在としても機能すると考えています。
それぞれの「リズム」を守るために──完璧を手放し、仲間とともに自己変容のプロセスを歩む
中村 今日のテーマに引き寄せて伺いたいのですが、時間ってとても捉えがたいですよね。進行を止めることもできないし、取り出して「これです」と見せられない。人類の歴史は、日時計や水時計から星座の動きまで、時間を可視化しようとする試みの連続でもありました。
ただ、私自身は「時間」そのものよりも「リズム」の方が大事なのではないかと思うようになってきています。溝渕さんは、さまざまなB Corpを見てこられて、そこで働く人々の「生活のリズム」のようなものが守られている──そんな実感はありますか?
溝渕 まず「リズムを守る」ことは、言い換えれば「『人』を中心に据える」ことでもあるかなと思いました。2026年3月から改定されるB Corpの新基準でいうと、エンプロイ領域の中に「フェアワーク」という項目があります。従業員一人ひとりのウェルビーイングに注目しており、端的に言えば、「働いているすべての従業員が、それぞれの時間軸や事情に合わせて自分らしくあるために、会社として何ができるかを考えましょう」と。それを具体的に実践しようとすると、一人ひとりの時間をどう使ってもらい、どのようなリズムで働いてもらうのか──そのための仕組みを考える必要性が出てくるのではないでしょうか。
山下 仕組みとして統一的な基準やルールを設けようとすると、どうしてもそこからこぼれ落ちる人も出てきてしまうと思うんです。そういった問題については、どのように向き合うべきなのでしょうか。
溝渕 難しいですよね。大前提として、B Corpの基準では「すべての従業員が、いつでも声を上げられる仕組みを整えていくこと」が求められています。そのうえで、大きな判断を下すときには「部門内でとどめず、最高意思決定者の耳に入れる」ことも基準の一つに含まれます。やはり会社全体を最も広く見ており、最も多くの情報を持つ人こそが最終決定を下すべきだ、という考え方ですね。
山下 なるほど。大きな会社になればなるほど、一人ひとりには決定権がない。時間のコントロール権もなければ、ステークホルダーに対して起こせるアクションも限られていく。だからこそ、誰もが声を上げられる状態をまずつくっていく──そこが出発点になるわけですね。
最後に、お二方からまとめのメッセージをいただけますか? 今日の話を踏まえて、まず何から考えてみればよいか、あるいはどんな一歩から動けそうか。そんなことを添えて、一言ずつお願いします。
溝渕 今日話していて感じたのは、「『完璧』なんて存在しない」と認識することの重要性です。
そもそも「完璧」とは、ある意味で人工的な概念なのではないでしょうか。生物や自然界に目を向けると、「完璧」なものなど存在せず、絶えずよりベターなほうへと変化し続けています。時には一度消えて、新しい、もっと良いものに生まれ変わっていくこともある。そうやって変わり続けていくのが、生物や自然の本来のあり方だと思うんです。
「完璧」をあらかじめ想定して、そこから逆算するように準備を重ねるうちに、肝心の一歩がなかなか踏み出せない。私たち日本人には、そんな傾向もあるように感じます。そうではなく、まずは動いてみること、柔軟に変わり続けること、そして変化を恐れないこと。それが、「生物的なあり方」に立ち返るうえで、ひいては今日話してきた「野生」や「土着」を取り戻すうえでも、大切なのではないかと感じました。

中村 本当にその通りですね。「完璧」を求めないからこそ、変わっていくこと自体を楽しめるのではないかと思います。ルーティンをこなすのは心地よいことでもありますが、一方で従来の「当たり前」や「自分」のフレームを外したときに感じる、ある種の「心地よい敗北感」は、何度か経験してみると癖になる。
あとは、何か新しいことを始めたり、変わったりするためには仲間を探すことも大事だと思っていて。一人で変化を起こすことは大変だし、すべての分野で自分が専門家になることはできない。たとえば、人文知について知りたければ人類学者や歴史学者、哲学者に相談する。あるいは、デザインについてはデザイナーに相談する。そうやって徐々に仲間を増やしながら、少しずつ変化していけばいいのではないかと思っています。
山下 「野生のファイナンスで、土着の生活リズムを守る」という提言を読むと、明確な目標があってそこに向かって突き進むイメージを持つ方もいるかもしれません。ですが、今日の話を踏まえると必ずしもそうではない。むしろ一度立ち止まって、みんなで議論や対話を重ねながら少しずつ変わっていく自己変容のプロセスを、どうデザインしていくかという話でもあったと思います。
まずやってみること。あるいは逆に、それまでの行動や習慣をやめてみること。そういったことから、何かが動き出すのかもしれません。
鷲尾 諒太郎
ライター
1990年、富山県生まれ。ライター/編集者。早稲田大学文化構想学部卒業後、リクルートジョブズ、LocoPartnersを経て独立。『FastGrow』 『designing』『CULTIBASE』などで執筆。『うにくえ』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。
栗村 智弘
エディター
愛知県生まれ、職能は取材・執筆・編集およびプロジェクトマネジメント。一般社団法人デサイロ「Unknown Unknown」マネージャー。ほか複数の事業会社・スタートアップ・Webメディアで活動中。早稲田大学文学部卒。競技歴は野球、バスケットボール、空手、陸上、ハンドボール。猫とうさぎと神奈川県在住。
今井 駿介
フォトグラファー
1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。
