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グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

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2025年度フォーカス・イシュー

デザインの自由と解放

法、市場、規範の手前で──“アーキテクチャ”から余白と更新を生み出すデザイン

2026.8.7

私たちの行動は、目に見える法律やルールだけでなく、街並みや製品の設計、デジタルサービスの仕様といった「見えない設計」によっても規定されている。効率化が突き詰められた現代社会では、こうした構造のなかに、人が自ら考え、選び、関わる「余白」が次第に失われつつある。社会の構造そのものに働きかけ、新たな余白と更新を生み出すデザインは、いかにして可能だろうか。

2026年3月、東京ミッドタウン・デザインハブで開催された「フォーカス・イシュー2025 発行記念イベント『デザインの自由と解放』」。「アーキテクチャから余白と更新を生み出す」をテーマに掲げた第5セッションでは、同タイトルで今年度提言を発表した、2025年度グッドデザイン賞フォーカス・イシュー・リサーチャーの太田直樹が登壇した。

太田に加えて登壇したのは、市民セクターを舞台に数々の実践を手がけてきた龍谷大学副学長の深尾昌峰。モデレーターは、一般社団法人デザインシップ理事の小松尚平が務めた。 千代田区の公園や真鶴町「美の基準」、コミュニティファンドによる施設整備、Pluralityを確保するテクノロジーの可能性──具体事例を手がかりに、社会を更新していくための"緩やかなルール"とは何かを考えていく。


“緩やかなルール”が人の行動を生み出す──アーキテクチャという視点

セッションの口火を切ったのは、モデレーターの小松だ。VRの研究者として活動し、戦災や医療などをテーマにしたプロジェクトでは、自らデザインエンジニアも務めてきた。普段からデザイナーと仕事を共にしているという氏は、太田の提言を読んで、同世代に欠けている視点に気づかされたと語る。

小松 2010年代以降にスタートアップで働いてきたUIデザイナーやプロダクトデザイナー、エンジニアたちは、iPhoneのような既存のプラットフォームの上で何かをつくることが仕事の中心でした。それより一段上にある「構造」をあまり意識してこなかったのは、特に僕らの世代の特徴かもしれません。ただ、昨今の生成AIなどの登場で状況が変わり、「見えていないもの」をどう設計するかが改めて重要になってきている──太田さんの提言を読んで、そう感じました。

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小松尚平/一般社団法人デザインシップ 理事、東京大学大学院 特任研究員|東京大学、高知大学医学部で研究員を務め、「戦災VR」やうつ病治療VRを開発。デザインシップ共同創業者、BiPSEE CPO。グッドデザイン賞、日テレイマジナリウムアワード2023 XR部門大賞等を受賞。主なメディア出演歴にNHK Eテレ、PIVOT等。港区平和都市宣言40周年事業実行委員会委員、経済産業省エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会等に参画。

提言した太田自身は、フォーカス・イシュー・リサーチャーではあるが、デザイナーではない。専門はDXで、行政やソーシャルセクターにITを導入し、事業をより良く動かすことに長年取り組んできた。フォーカス・イシューに2年間かかわるなかで、デザインを通じて変わりうる大きな「仕組み」への関心を深めてきた。

今年度の提言「アーキテクチャから余白と更新を生み出す」は、2024年度の提言「柔らかなビジョンのもと、小さな挑戦を連鎖させる」の延長線上にある。3年前にグッドデザイン大賞を受賞した「まほうのだがしやチロル堂」の吉田田タカシ、坂本大祐との鼎談も経て、あえて“緩やかなルール”を設けることが、人が行動を起こすための余白を生み出すのではないかと考えるようになったという。

太田 25年ほど前に、ローレンス・レッシグという法律家が、人の行動をコントロールする規制作用は「法」「市場」「規範」「アーキテクチャ」の4つに大別され、なかでも「アーキテクチャ」が重要になると唱えました。例えば「歩く暮らし」を目指すとき、それがどの程度実現されるかは、土地の運用ルールや建蔽率(法)、地価や家賃(市場)、挨拶への意識(規範)などに大きく影響されます。これらは住民がすぐに変えるのは難しい領域です。

しかし、もう少し緩やかなルール、つまりアーキテクチャが設定されていれば、具体的な行動を起こしやすくなる。ベンチを置く、木陰ができるよう植樹する──そうやって歩行を促進するルールを意識的に設けることで、人の行動、ひいては社会の仕組み自体が変わるのではないか、という主張です。

この視点で今年の受賞対象を見ていくと、まさにアーキテクチャそのものに働きかけるようなデザインがいくつもありました。

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太田直樹/共創パートナー、株式会社 New Stories代表取締役社長。2025年度グッドデザイン賞フォーカス・イシュー・リサーチャー|2014年まで、ボストンコンサルティングの経営メンバーとして、アジアの テクノロジーグループを統括。2015年から17年まで、総務大臣補佐官 として、デジタル戦略と地方創生の政策策定に従事。2018年にNew Storiesを立ち上げ、デジタルに関する専門知識と官民のネットワーク を活かし、未来の価値を創造する仕事をしている。Code for Japanな ど、テクノロジーを活用するコミュニティづくりを支援。2025年12月か ら内閣官房参与として国の政策策定に関わっている。

太田が具体例として紹介したのが、今年度グッドデザイン金賞を受賞した「千代田区公園基本方針2025+公園リニューアル」だ。区内約60の公園は、それぞれ立地ごとに異なる住民ニーズを抱えている。それに応えるため、住民を交えた1年間のリサーチ活動を経て、いくつかの基本的な決まりごと以外は、各公園で自由にルールを変えていけるようにした。

実際にここから、花火の持ち帰りルールを定めて「花火ができるようになった公園」や、遊ぶ時間を住民同士で決めて「スケートボードができるようになった公園」など、特色ある公園が次々と生まれているという。

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太田 僕がいま二拠点生活をしている神奈川の真鶴町でも、“緩やかなルール”が暮らしに影響を与えているのを感じます。ここは30年ほど前に、当時9000人いた町民の3分の1ほどが参加して、「美の基準」と呼ばれる69のルールをつくったんです。「少し見える庭」「人の気配」「座れる階段」などがあって、家をリノベーションしたり店舗をつくったりするときには、このうち6つは守ろうと。

特に罰則はありませんが、実際にこの基準が「真鶴っぽさ」を維持することにつながっていて、まち中での会話を増やしてもいます。こうした事例を見ていると、自分たちで運用していける柔らかいルールの存在が、まちを面白くするためには必要なのだと考えさせられます。

ユーザーが「オーナーシップ」を取り戻す──熊本フットボールセンターが示した“中間領域”

深尾は、龍谷大学で教鞭を執るかたわら、現在もさまざまな地域づくりのプロジェクトに携わっている。2014年にグッドデザイン賞を受賞した地域貢献型メガソーラー「龍谷ソーラーパーク」では、売電収益を地域貢献活動の支援資金に還元する仕組みを構築するなど、ファイナンスを起点とした地域づくりに長年取り組んできた。

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社会に足りないものに気づいたとき、すでにある技術を組み合わせて「まずは自分でつくってみる」意識で行動してきたという深尾。太田の話を聞きながら、かねてから自らがよく用いてきた「自治」という言葉を想起していたと語る。

深尾 「自ら治める」、あるいは「自ら治まる」というのは、「自分がどう生きたいか」を考えることだと思っています。地域づくりをしていくときに、“社会課題”のような光の当て方をすると、どうしても何かを規制するルールが増えていくんです。そうではなく、自分たち本来の“あり方”を見ていくと、まさに太田さんのおっしゃる「花火がしたい」から始まって、「できるにはどうすればいい?」という議論になっていく。みんなが快適に生きていくために、一人ひとりが知恵を絞るようになるんですね。

特にコロナ禍以降、昔と同じことができなくなってきたコミュニティが増えています。それをただ嘆くのではなく、「自分たちがやってきたことは何だったのか」「今何をするべきか」を問い直す動きが近年出てきていると感じていたので、太田さんの提言もまさに「自治」の話として聞いていました。

“緩やかなルール”が人のアクションを促すという太田の指摘に、深尾も大きく頷く。経済の力が強く働く現代社会は、まちに関わろうとする人に対して、サービス提供者になるか消費者になるかの二択を迫ってしまう。「自治」への手応えを感じづらい構造のなか、市民の側から見た“取っ掛かり”をいかにつくるかが重要だと語る。

実例として深尾が挙げたのが、2021年から22年にかけて募った「熊本フットボールセンター」の応援ファンドだ。行政の補助金だけでグラウンドを整えるのではなく、保育園やカフェも併設した地域の文化拠点となる複合施設を企画に掲げ、幅広い住民から市民出資を集めて建設にこぎつけた。

深尾 ファイナンスの仕組みにすることで、地域の人たちが権利を持ちながら、自ら参加できる場を目指しました。ただビジネスとして関わるのでもなく、善意の塊だけでもない、中間的な領域をつくる。それが、市民が自分たちのまちの“オーナーシップ”を取り戻すためには必要だと考えたんです。

実際に施設ができると、地元の方が「サッカーをしに行く子どもたちがゴミを拾って帰るようになった」という変化を教えてくれました。親たちと一緒になってつくった「自分たちのサッカー場だ」という意識が、人のなかに芽生えているわけです。これは金融を接点にした試みですが、人がオーナーシップを持つためのこうした社会技術が、まだまだ足りていないように感じています。

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深尾昌峰/龍谷大学 副学長、政策学部 教授|熊本県出身。滋賀大学大学院修了。1998年きょうとNPOセンター設立と同時に事務局長に就任。2001年には日本で初めてのNPO法人放送局「京都コミュニティ放送」を立ち上げに参画し、事務局長、理事長などを歴任。2009年、公益財団法人京都地域創造基金の理事長に就任し、市民による公益創造のインフラづくりを展開。2010年4月龍谷大学法学部准教授に就任し、2011年4月から政策学部准教授、2018年から教授。2022年4月から副学長。その他、経済財政諮問会議専門調査会「選択する未来委員会」委員などを歴任。2012年には株式会社PLUS SOCIALを起業。2016年に日本で初めてのインパクト投資専業金融会社を起業し、2020年12月まで代表取締役会長。現在、東近江市参与、一般財団法人ネイチャープレナージャパン代表理事など。

効率化が突き詰められた結果、社会のなかに余白が生み出されにくい構造ができあがっている。一方で、そのことに人々が気づき始めてもいるからこそ、アーキテクチャ自体を問い直せるデザインが求められるようになっている。深尾が語る“中間領域”へのアプローチは、この点で太田の提言と深く響き合う。

ただし、企業がこうした取り組みに踏み出すハードルは決して低くはないと、太田は語る。特にプロダクトデザインにおいては、ユーザーに使い方を委ねる“余白ある製品”を実現しようとすると、越えるべき壁がいくつもあるという。

太田 企業の担当者からすると、製造者とユーザーの境界が曖昧になることはすごく怖いんです。例えば以前、あるハッカソンで「向こう側にいる人の気配が感じられるドア」をプロトタイプした人がいました。どんな気配をどう伝えるかをユーザーが自由に設定できるようになっていて、より住みやすい家に変えたり、より良いパートナー関係を築いたりできる、いろんな可能性が詰まったドアでした。しかし、発案者は「会社では通せません」と。現行のPL法(製造物責任法)に引っかかるし、説明書も書けないから無理だろうと言うんですね。

先ほどの4分類で言えば、「法」「市場」に規定されてデザインをしなくてはいけない世界が実際にあるわけです。深尾さんがおっしゃる「ユーザーがオーナーシップを取り戻す仕掛け」には大きな可能性がある。そのうえで、具体的な話を始めるには、この現実を乗り越えるための知恵や覚悟が求められます。

失敗できる環境をいかに設計するか──テクノロジーと「Plurality」の関係

太田が日々向き合うITの領域は、市民が自らテクノロジーを柔軟に使いこなし、身の回りから社会の構造に至るまで変えていくことが期待される分野だ。特にデジタルツールは、他のプロダクトに比べて、ユーザーが自由に使える余白が多いようにも思える。

しかし実際には、デジタル領域もまた「見えない設計」から逃れているわけではない。小松が指摘したように、AIの台頭でむしろその影響力は増している。アーキテクチャによるコントロールが強まりすぎた結果、余白が失われていくリスクをどう捉えていくべきだろうか。

小松 太田さんは最近、SNSを全てやめたと伺いました。アーキテクチャの「透明性」について強い危機意識を持たれているのではないかと感じています。昨年度のフォーカス・イシューで行われたオードリー・タンさんとの対談でも、エコーチェンバーやフィルターバブルが話題になっていました。人同士の対立も深まるなかで、「Plurality(多元性、多様性)」を確保していくデザインが極めて重要になっていると感じます。

太田 ソーシャルメディアには、もともとオープンでフラットな場という側面があったと思うんです。ところが最近は、特定の人としかつながれなくなり、特定の意見しか入ってこなくなった。いろんな人が混ざりあって何かを一緒に生み出していくことが、かなりやりにくい場になってしまった感覚があります。

ただ、SNS以外のテクノロジーを使えば、Pluralityを保ちながら、それぞれがオーナーシップを持てる話し合いの場はつくれるのではないかと思うんですね。タンさんがよく例に出すのが、コロナ禍でマスクが足りなくなった時期に、どこにどれだけ在庫があるかデータを公開し、行政・企業・市民が話し合える場をオンラインに設けた事例です。すると、単に「マスクがない!」と為政者を叩いて終わるのではなく、どこに何枚配るか、解決に向けた具体的な議論ができるようになった。自分たちの地域や身近な暮らしをどうしたいか、多様な人が意見を交わし合えるルールの設計が必要だと感じています。

深尾 敵か味方か、すぐに白黒つけたがる時代になってきているからこそ、既存の価値観を疑える場をつくることが大切だと思っています。実は私たちの常識は常に移ろっていて、今ではみんなが差別だと理解している振る舞いが、ほんの30年前には当たり前だったこともありますよね。さまざまなマイノリティの人がいて、多くの人に気づかれていない課題は今もたくさんある。

当事者が声を上げたり、その方たちが暮らしやすい環境を提案したりすることは、時に摩擦を起こしますが、そうした行動が私たちの生き方の更新につながっていきます。その価値を浮き上がらせていくためにも、社会のなかにきちんと余白が設計されていて、気づいた人がチャレンジをしていけることが大事だと思っています。次の社会のルールができるまでの「失敗できる」環境をどれだけつくれるか、とも言えるかもしれません。

深尾自身、さまざまな試行錯誤を重ねながら、新しい価値観がもたらす摩擦や軋轢と向き合ってきた。税金投入が当然とされる事業をコミュニティファンドで運営することも、不登校が“サボり”と見なされていた時代にフリースクールをつくることも、新たな価値観が定着するまでは決して簡単な道のりではなかった。そうした挑戦を支える「アーキテクチャ」の再構築に、実践者である深尾が共鳴することの意味は大きい。

小松 深尾さんがされてきたことは、まさに余白と更新を生むアーキテクチャづくりだったのではと思います。一つ伺いたかったのは、なぜそれができたのかということ。その背景を知ることは、今の若いデザイナーたちにとっても重要な気がしたのですが、いかがですか?

深尾 一つは、たくさんの命が失われるのを何度も目の当たりにしたことではないかと思います。阪神淡路大震災、オウム真理教のテロ、そして東日本大震災。僕自身は被災をしたわけではありませんが、「生きるとは一体何なのか」と考えざるを得なかった時代を生きてきたことは、かなり影響していると思います。

もう一つ、私たちの世代が現実的な問題として突きつけられたのが、非正規雇用の解禁です。自分たちが思っていた働き方と大きな乖離を感じるなかで、何とかしたいけどどうにもならない、みたいな無力感もあったんですね。ただ、いくつかのプロジェクトに関わるうちに、今日お話しした「自治」の可能性のようなものを感じてしまった。「無くてもつくれば何とかなる」という手応えを得る機会があったことが、今につながっていると思います。

「半径10m」の課題から、新しいルールを立ち上げる

冒頭で小松が触れたように、生成AIの登場によって、これまでとは比較にならないほどの大量生産が可能になった。「なぜ人間がモノづくりをするのか」という本質的な問いを、デザイナーは今まさに突きつけられているとも言える。

小松自身、視点を切り替えるためにも、これまでとは違うインプットの必要性を自覚していた。例えば最近、若い学生が浅田彰『構造と力』や鈴木健『なめらかな社会とその敵』といった、自分たちが学生時代に触れていない本を読んでいるのが気になるという。過去の社会の流れと、それを踏まえた現在の構造に改めて目を向けることが、モノをつくるうえで大きな鍵を握る時代に入っている。

深尾 「何のために生きるか」「どう生きるか」の問い直しをいかに重ねていくかも大切ですよね。それには、これまで人類が積み上げてきた哲学や倫理、文学のようなものも含めて学んで、自らアップデートしていくしかないのかなと思います。

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深尾自身は「デザインのことはわかっていない」と自らを評する。それでも、自ら望む“生き方”や“あり方”を何か形あるものに変えていくとき、デザインの果たす役割は今後ますます大きくなるはずだと語った。

深尾 昨日、ある離島に行ってきたんです。その島には、「この島の高校に入りたい」と、今の社会に違和感を感じていたり、「こう生きたい」というイメージを持った若い人たちがどんどん集まっていて。潰れかけていた高校が、今や入るのが難しい状況にすらなっています。これは一例ですが、そういう変化が社会に起きていることをどう表現し、他者とどう共有していくか。みんなが感じている価値を引き取り、より成熟させていくときにこそ、デザインが必要になると思っています。

太田 その離島、僕も以前から時々行くんですよね。行政の仕事でさまざまな地方を巡ると、よく「国は何をしてくれるんですか?」と聞かれるんですけれども、その島は違って、「国は大丈夫ですか?」とみんな言うんです。まさに深尾さんがおっしゃった「自治」、自分たちのことは自分たちでやるんだという意識が根付いているのを感じます。

今、テクノロジーがどんどん民主化されているなかで、自分たちで実現できることの範囲が広がっています。そういう時代だからこそ、大きな社会課題じゃなくて、子育てでも環境でも金融でも、何か半径10mぐらいのテーマを考えてみることがすごく大事で。まずはそこから始めて、より多くの人と共有できるルールが新たに立ち上がっていけばいいなと思います。

「これは仕事にならないかも」「会社で企画が通るかわからない」と結果を考えれば考えるほど、余白も更新も社会には生まれなくなってしまう。迷いも含めて、プロセス自体を開示していくことの意義を、太田は最後に言葉にした。

人の行動を、無意識下でコントロールしうるのがアーキテクチャだ。そこにはリスクがあるからこそ、一人ひとりが肌感の伴った形で身近な課題に向き合う必要がある。それぞれが“あり方”を問い、多様な実践を重ねていけば、“緩やかなルール”の延長線上に、誰もが生きたいように生きられる新たな社会の姿も見えてくるはずだ。

佐々木 将史

ライター

保育・幼児教育の出版社に10年勤め、'17に滋賀へ移住。児童福祉をベースに、教育、デザインなどの領域で編集者として活動中。


栗村 智弘

エディター

愛知県生まれ、職能は取材・執筆・編集およびプロジェクトマネジメント。一般社団法人デサイロ「Unknown Unknown」マネージャー。ほか複数の事業会社・スタートアップ・Webメディアで活動中。早稲田大学文学部卒。競技歴は野球、バスケットボール、空手、陸上、ハンドボール。猫とうさぎと神奈川県在住。


今井 駿介

フォトグラファー

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。