今回のお訪ね先
A4/エーヨン、合同会社オフィスキャンプ
国民的おもちゃを目指して(後編)
2023.08.31
今回の訪問先は、奈良県東吉野村で手加工・手塗りの積み木「tumi-isi」(ツミイシ)をつくっているA4/エーヨン(合同会社オフィスキャンプ)です。一つひとつ形が異なる積み木は子どもから大人まで楽しむことができ、2021年度のグッドデザイン・ベスト100に選ばれました。前編ではプロダクトデザイナーの菅野大門さんが、長い時を経て再始動した背景を伺いました。後編では、同社代表の坂本大祐さんにも参加していただき、地域・環境とクリエイティビティについて語っていただきました。 前編はこちら
広い家に住むと、ものの見方が変わる
— 「tumi-isi」(ツミイシ)は、菅野さんがデザインし、ご自身の手で削り、塗っている積み木です。実際につくることまでできるというのは、プロダクトデザイナーとしての強みになっているのではないでしょうか。
菅野大門 企業内のプロダクトデザイナーは、企画から生産、営業、流通、と全体を見ることは難しいかもしれません。しかし、地方へ移り住むと自分で何でもやらなきゃいけないんです。僕もすべて自分でやっていたら、いつの間にかこうなっていました。自分でデザインしてつくれて売れるのは強みですね。というか、プロダクトデザイナーの範疇を超えているような気もしています。
— 菅野さんは2013年に東吉野村に移住されました。この10年で、地域で活動するデザイナーはどんどん増えてきていますね。
菅野 物流やネットインフラが整ってきたことや、地方には空き家がたくさんあるという、時代性も影響していると思います。そのことによって、地方でも都会と変わらない便利な暮らしができるようになってきました。地方では都市部より比較的広い家に住めます。広い家で暮らしてみると、ものの見方や考え方も変わってくるんです。
菅野 僕の場合は、家で過ごすことも多くなったので、じっくり生活のなかで、ものを使い込むことができるようになりました。つまり、長い時間かけてものづくりをすることで、長い時間使えるものをつくれるようになったんです。
— 地域でゆったりとした住環境に身を置くことで、ものづくりも、見えてくるものも変わるのですね。
菅野 高校生の頃から、よくオークションサイトやリサイクルショップ巡りをして、時代の名作と称される1960 年代から 80 年代の家具やプロダクトなどを買い集めていました。とても勉強になります。ヒンジ(蝶番)はこうなっているんだとか(笑)。
毎日の暮らしがデザインに表出する
菅野 昔のプロダクトは、時代背景もあり、しっかりつくり込まれています。広い家に住むことで、たくさん集められるようになりました。膨大な優良サンプルと暮らせるんです。「tumi-isi」の質感や色合いは、そうした過去のプロダクトを使った経験が下地となって表出したのではないかと感じます。
— 確かに、名作家具との相性もよさそうです。
菅野 自然と60〜80 年代の家具の雰囲気に合うようなものになっているのかもしれません。最近の住まいはマンション白壁が主流なので、感覚はそちらにも残しつつ、オールドな質感も追究しています。使い込めば使い込むほど、人にも空間にも馴染んで合っていく。そんな考えでつくっているんです。
— ゆったりとした地域の環境があることで、根底にある哲学と実際のものづくりが無理なく一致できるのですね。
菅野 一致というのは意識した状態ですが、意識している時点で、まだまだなのではないでしょうか。それすらも超えて、普通なこと、無意識に染み込んだものとなって、知らず知らずのうちに勝手につくるものに反映される状態となることが本来あるべき状態だと考えています。周囲の環境が無意識に働きかける影響力というのは、それほど大きいものなんです。
ほかにも、草刈りをしたり、川で遊んだり、薪割りをしたりするのも日常ですが、そこから感じたことも、フィードバックされて制作物に入っています。そうやって丁寧につくった「tumi-isi」が、ゆっくりと時間をかけながら広まっていく。 僕がそうだったように、やがて誰かに影響を与えられるものになることを願っています。
— 深いところで人々に影響を与えていく玩具ということですね。さて、2021年度のグッドデザイン・ベスト100に選出されました。どのような反響がありましたか?
菅野 反響は大きかったです。「tumi-isi」の認知が増えて、今ではたくさんの方に届けることができています。第三者による評価を得て信頼性が増し、模倣品にも一線を引いた感覚です。応募してよかったなと思いました。
— 応募に関して、難しかったことなどありましたか?
菅野 グッドデザイン賞に応募する作品の多くは、発売・公表されて間もないものだったりしますが、僕の場合は、十何年も続けてきたことなので、伝えるための文言や写真はすでに揃っていましたし、特別なことはありませんでした。
個の集合体として、個を自由にさせる組織
— A4(エーヨン)はオフィスキャンプのプロダクト部門という位置付けです。オフィスキャンプはフリーランスや経営者が集まってできたクリエイティブファームで、代表は坂本大祐さんです。どのような体制で働いているのでしょうか。
菅野 僕は合同会社オフィスキャンプに所属する会社員という位置付けですが、会社自体は、僕のやりたいことを後押ししてくれるマネジメント事務所みたいな存在です。会計をサポートしてくれたり、適した仕事を分配してくれたりと。所属する社員それぞれが個々に責任がある分、自由に仕事できるという体制になっています。
坂本大祐 まさに個の集合体ですね。屋号ではなく、それぞれが自分の名前で仕事するというのが、これからの時代に何よりも大事ではないかと思っているんです。オフィスキャンプは、コワーキングスペース「オフィスキャンプ東吉野」の運営に始まり、グラフィックデザインやウェブサイトの制作、ブランディング、まちづくりのプランニング、木工デザインなど業務内容はさまざまで、部門は10ぐらいあります。その部門ごとに会計は分けてあり、ホールディングスみたいな構造になっています。
それぞれが業務を遂行していくかたちなので、ともすると個人が不在の場合は業務が滞る属人化を招いてしまいます。東吉野村ぐらいの過疎の場に来て何不自由なく暮らしていくには、自分から切り開いていく力が必要で、現実的にはそれなりにタレントがないとやっていくのは難しい。そうして集まったタレントをチームとして増強するために存在している組織なんです。
「チロル堂」のアイデアの秘密
— さて、坂本さんは、「まほうのだがしやチロル堂」で、2022年度のグッドデザイン大賞を受賞されたメンバーの一人です。地域や自治体が主体となり、貧困や孤独などに直面している子どもたちに食を提供する「こども食堂」を、駄菓子屋やガチャガチャを用いて、もっと子どもに身近な存在にしたのが「チロル堂」です。子どもが分け隔てなく集え、気負わず日常的に支援できる仕組みも評価されました。
まほうのだがしやチロル堂とは:子どもも大人も集える楽しい駄菓子屋。18歳以下の子どもは100円でガチャガチャを回して入店。100円以上の価値がある「チロル札」が出て、札1枚で駄菓子やポテトフライ、カレーライスなどを食べられる。寄付(ドネーション)を「チロ」るという。大人はランチや夜のチロル酒場として利用でき、その代金からチロることになる。チロる=「まほう」で、寄付をしてあげるという感覚をもたずに支援できる。
坂本 これは、内外のリソース使って年間10~15本ほど行っている「坂本部門」のプロジェクトのひとつです。もともとは、石田慶子(一般社団法人無限)さんの声がけにより、就労継続支援B型事業*の新たな拠点づくりのプロジェクトを吉田田タカシ(アトリエe.f.t.)さんと3人で進めていて、そのメンバーで話し合っているときに、瓢箪から駒みたいにして出てきたアイデアなんです。
*就労継続支援B型事業 障害などで就職が困難な人に、就労機会や就労訓練を提供する障害福祉サービス。
坂本 福祉に携わる石田さんが、こども食堂を運営する知人から常設の場所を持てず活動が定着しないと相談され、なんとか場所をつくれないかと口にしたのがきっかけでした。そこから皆で、持続性のあるこども食堂とはどういうものかという仮説を立てるミーティングを重ねました。
吉田田さんは「ラベリングしないこと」だと言います。助けを求めることが恥ずかしく、躊躇する子もいる。だから困っている人が集まる場所だと見えないようにすることが大切なんです。より人が集まりやすい、楽しく面白い場所にするべきと考えました。
ある日、吉田田さんが、カプセル自販機を用いたストーリーを思いついた。それで行こうと動き出し、これだったら持続できるという仕組みづくりまで辿り着きました。視野の大きい問いから始まっているんです。
環境や付き合う人は選べる
— 小学生の口コミでチロル堂の情報は伝わったそうですが、集いたくなる場所になっているということですね。福祉事業は対象者を限定するので、当初からこども食堂をつくろうと話し合ったら、その先入観にも囚われてしまい、このようなアイデアはなかなか出てこなかったかもしれません。
坂本 そうかもしれませんね。偶然の産物のようですが、やはり人と環境の影響が大きいでしょう。このオフィスキャンプという場も、人との出会いで偶然のようにして生まれました。
僕らの移住をきっかけに、仲間も移住を口にしはじめたので、奈良県庁の福野博昭さんに相談したところ、「だったら、いっそのこと、東吉野をデザイナー村にしよう」と言ってきたんです。この話に東吉野村の水本実村長も協力してくれて、人々が自由に集えるこのコワーキングスペースができたんです。
— 出会いによって、一気に動き出すのが特徴的です。組織がフレキシブルだからかもしれません。
坂本 日本の組織のあり方も、もっとデザインできるはず。ピラミッド型の組織を盲目的に踏襲してると、その分、活動範囲が狭まってしまうんじゃないかな?
目的をもってきっちりやることも重要だけど、いろんな道がある。一本の道ばかりをみんなが目指すのは、危ない。環境や付き合う人は選べるんです。それを意図的に選ぶことによって、行きたい方向に行けるんです。自分で選んでいいとわかるまでは時間がかかるけれど、自分に主導権があるということを意識して、取り戻すことが大切なのだと思っています。
積み木 tumi-isi
A4/エーヨン
創造的感覚を養うことを目的とした、「遊んでもよし、飾ってもよし」の楽しいバランシング・オブジェクト。ランダムな多面体とグリップが効きやすい仕上げにすることで、河原の石を積むような独特の積み上げを体験できる。小さな子どもでも安心して触れることのできる自然塗料を使用し、誤飲を防ぐようサイズも考慮している。https://www.designofficea4.com/tumi-isi
- 受賞詳細
- 2021年度 グッドデザイン・ベスト100 積み木「tumi-isi」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e491275-803d-11ed-af7e-0242ac130002
- プロデューサー
- 菅野大門
- ディレクター
- 菅野大門
- デザイナー
- 菅野大門
地域で子どもたちの成長を支える活動 まほうのだがしやチロル堂
アトリエe.f.t/合同会社オフィスキャンプ/一般社団法人無限
貧困や孤独といった環境にある子どもたちを地域みなで支えるために生まれた。支援をされる側もする側も気遣いをしないですむよう工夫し、初期投資のあまりかからない駄菓子屋で展開することで、持続可能となる仕組みを構築した。https://www.tyroldo.com/
- 受賞詳細
- 2022年度 グッドデザイン大賞 地域で子ども達の成長を支える活動「まほうのだがしやチロル堂」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/10335
- プロデューサー
- 吉田田タカシ/坂本大祐
- ディレクター
- 吉田田タカシ/坂本大祐
- デザイナー
- 吉田田タカシ/坂本大祐/株式会社コーバ
石黒知子
エディター、ライター
『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。
倉科直弘
写真家
高校卒業後、アルバイトで出会った写真家に撮影方法を習う。2008年より大阪を拠点に作品を発表しながら、雑誌・広告の撮影を中心に活動している。